表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/183

長雨の被害と今後の展望


 白山は、部下達と共に黙々とスコップを振るっていた。

三十名の人員と医療スタッフ達、更に食料や飲料水などを満載した車両を駆り、バレロ領に入ったのは二日後だった。


 途中で崩落した土砂を除きながら進み、到着したバレロの周辺は大変な惨状だった。


 マザーレイクは北部の帝国との国境近くにある、龍霊山脈から流れ出る雪解け水が流れ込んでいる。

そしてその水は東西に出口を持ち、西は王都の横を流れてバレロの横を通過して湾に流れ込む。

もう一方は、皇国を南北に流れて、リバスの北から海へと流れていった。


 そうした大量の水は、平時であれば母なる恵みとなり、農作物を潤し肥沃な土砂を下流に運んでくれる。

しかし一度その牙を剥けば、人の営みなど簡単に押し流し、すべてを海へと還してしまう。



 バレロで白山達が目にしたのは、河川が氾濫しその周囲にあった畑を洗い流し、押しつぶされてしまった家々だった。


 幸いにも川沿いの住人達は増水が始まった時点で、それぞれ教会や高台に避難しており死者や行方不明者は少ない。

領主に面会して被害の状況を聞くと、田畑の被害と家屋が流された事がやはり深刻らしい。


 白山がこの世界に召喚されてから王と共に王都へ戻る際、面識があったので王からの書面を見せ救援を申し出ると大変に喜んでくれた。

領主の話ではこれまで災害によって被害があっても、王都からの救援や支援が、これほど早くやって来る事は無かったと大層驚いて、全面的な活動の許可を白山達に与えたのだ。



 そこで、まず白山は現地対策本部を立ち上げ、当日から活動にあたっていった。

医療スタッフ達は、教会関係者とともに医療拠点を作り診察や治療を行ってゆく。


 その間に上流へ偵察を出した白山は、今回の豪雨で被害の引き金になった決壊箇所を探させた。

同時に本部横に立て看板をこしらえて人員を募集する旨を告知させた。


 人員の少ない白山達の部隊だけでは、広大な面積の復旧にはとても手が足りない。

そこで王国からの資金と領主からの資金を合わせて、現地の農民や男手を募集したのだった。

これには領民達に現金収入を与え、当面の生活を保証する意味でも有効な手段だった。



 翌日から開始された募集には長い列ができて、白山はその人数を三班に分けて復興に当たらせる。

土のうでの河川の応急補修や、畑に流れ込んだ土砂の撤去、そして道路の復旧や消毒作業に割り振らせ仕事を行っていった。


 一人あたりの賃金はそれ程でもないが、今の現状ではそれで一家が食いつなぐことが出来る。

農民達にはその他にも一握りの麦の種を与え、今後の作付に支障が出ないように取り計らっていた。


 そして何よりも白山達が、率先して作業にあたる事で最初はおずおずと接していた領民達も、いつしか仲間のように馴染み、一緒に作業をこなしていた。

医療班も当初は骨折や外傷の治療が多かったが、後半には子供達に栄養シロップを配り、産婆と協力して妊婦の出産まで行い、まるで聖者のように崇められていた。


 当初は炊き出しも行って、住民と作業員の食事を賄っていたが、そのうちに近所の女性達が集まり出し調理場も賑やかになってゆく。

皆が何かしら持ち寄り、粥やスープの味付けはバリエーション豊かになり、作業員達の舌を楽しませてくれる。



 そうした作業は一ヶ月にも及び、作業の終わりが見えてきた時点で、白山は撤収を指示した。

後の作業を領主に引き継ぎ、撤収作業を始めると誰もがその別れを惜しみ、農民の次男坊などは絶対に入隊すると意気込んでいる者も居た。


 まだまだ被害の爪あとは見えるが、到着した当初から比べると、格段に片付けや復興が進みつつあるバレロの街を見て、白山は安堵の溜息を零す。



*********



 そして撤収から二日後、白山達は無事に王都へと帰還を果たした……


 帰還の報告と資機材の手入れで忙しく動きまわっていた白山は、事後処理が一段落した段階で、ようやく三日間の休暇を取った。

この数週間は、実働任務で働き詰めだった為、久しぶりに自分の邸宅でゆっくりとした時間を過ごしていた。


 執事のフォウルに散髪をしてもらい、ここ暫くの報告書を読みながら、リオンの淹れてくれたコーヒーを楽しんだ。

そんな所に、メイドの一人が不意に来客を告げてきた。 聞けば王国一の商人であるクローシュがやって来たとの事だった。


 皇国の侵攻があってから定期的にクローシュとの会談を設けている白山は、応接室へと向かい王国一の大商人と向かい合った。

応接室のソファに腰掛けていたクローシュは、白山が入ってくると立ち上がりにこやかな笑みを浮かべて握手を交わす。


 互いに挨拶を済ませ、着席するとクローシュが本題を切り出した。


「さて、本日は今月の入金額の確認と…… 少し、小話でもと思いまして」


 そう言って書類を数枚、テーブルに広げたクローシュは、売上に関する説明を始めた。

鐙の販売益は順調に推移しており、一財産とまではいかないがそれなりの金額が白山の懐に入ってきている。

そういう点では、やはりクローシュは一流の商人といえるだろう。


 次に先日開設してもらったPX(売店)の販売益だった。

こちらに関しては、白山の懐に入るわけではないが部隊の雑収入として、運営費用に充てられるのだ。


 細かな日用品を売る売店は、隊員達に好評でわざわざそうした細かい日用品を買うために王都まで出かける必要がないのは、非常に便利だった。

同時に開店させた隊員クラブのような、食堂兼酒場は休日の隊員達で賑わっている。


 部隊の食堂でもきちんとした食事は出るが、酒については何かの報賞や記念日にしか振る舞われない。

それ以外で酒を飲むには、王都まで出る必要があったのだが、王都で飲むには一泊する必要もある。

その為、気軽に酒が飲める食堂は、大変好評だった。


 この話には余談もあり、本来ならば訓練では、携行糧食を隊員達に食事として支給しているのだが、食堂では弁当や軽食の売れ行きも好調だった。

これは、妻帯者や子供のいる隊員は手軽な土産として、糧食を持ち帰るのが流行っている。

同じように隊員同士の賭け事や小さな頼み事に、糧食に入っているデザートがよく使われるのだ。


 その為、短期の訓練であれば食堂の弁当や軽食が売れるという、どこか現代と似たような光景が、基地でも見られるようになってきた。


「さて、売上のご報告はこの程度ですね……」


 そう言うとクローシュは、それらの書類を脇に追いやり徐ろに話を切り出した。

ここからが話の本題になる。


 白山は鐙の販売契約と平行して、クローシュと別の契約を結んでいた。

それは各国の動静や些細な変化など、クローシュの持つ販売網から上がってきた情報を買い上げる契約だった。


「先日からの国境閉鎖と食料の差し止めは、皇国の西部に甚大な被害をもたらしているようです……」


 そう言って各国の沿岸を巡る船乗りや、オースランド王国を経由して皇国へと入った行商人などから拾い上げた情報を、白山に聞かせてくれた。

飢饉の噂は王都の中でも流れていたが、実際に見聞してきた商人からの情報は、生々しい程の話だった。


「もうひとつは、あまり信憑性のない情報なのですが、どうも皇国内に新しい部隊が創られたようです」


 そう言って、行商人が酒場で仕入れた噂話だと断りを入れながら、その内容について語ってくれる。

なんでもこれまであった重装歩兵師団が、改編され新たな部隊になったらしい事、それから魔法を使った新しい部隊が作られているとの話だった。

相槌を打ちながら、話を聞いていた白山は、その話に裏付けと確認の必要があると感じていた。


 残念ながらこの国では、これまで対外的な情報収集には、あまり力を入れていなかった。

隠密というか影は、ある程度力のある貴族が個人で飼い、それ以外ではそうした特技を持つ、冒険者を雇う事が一般的だったようだ。

しかし、その用途もどちらかと言えば敵対する貴族の動向や、揚げ足取りに注力されており、この国の情報収集能力は低いと言わざるをえない。


 それを危惧していた白山は急場を凌ぐために、こうしてクローシュから情報を買い上げている。

間もなく諜報機関や情報収集に関しては、手を打つ予定だった。


 ひと通りの話が終わった白山とクローシュは、握手をして会談を切り上げた。

ふと気になった白山は、クローシュに尋ねる。


「そう言えば、国境閉鎖でクローシュさんの所は、損害は出なかったのですか?」


「いえ、逆に儲けさせて頂いておりますよ……」



 そう言うと、断りを入れてから、そっと白山にそのからくりを耳打ちしてくれた。

まったく、呆れるほどの読みの鋭さと抜け目のなさだ……


 そう思いつつ、白山は廊下を進む大商人の後ろ姿を見送っていた……



*********


 ミーティングルームには、王宮の警備に就いている田中二曹以外の全教官達が集まっていた。

翌朝、基地に出勤した白山は、朝のミーティングで昨日クローシュから伝達された情報を全員に伝えていた。


 早速、ドリーがバードアイを動かして、周辺地域の偵察活動を強化する旨を伝えてくれる。


 これまでは二基体勢だったバードアイは現在では四基体勢になり、交代で周辺空域の警戒と通信の中継を行っていた。

それによって、二日程度あれば周辺の詳細なイミント IMINT (image Intelligence)偵察情報が上がってくる。


 それ以外にも定期的に皇国や国境周辺の偵察を行って、地形情報などはすでに完璧に把握されている。

ろくな地図が無かった初期の頃とは雲泥の差で、今では簡易的ではあるがグリッド入りの地図が作成されていた。


 今後部隊を拡充する際に、遠距離火力の投射に際してやはり地図は欠かせない。

欲を言えばGPSがあれば言う事はないが、そこまで望むのは現状では酷というものだ……


「画像情報はそれほど問題ないけど、現地の情報が入ってこないのは問題ね……」


 ドリーは、ペンで皇国の地図をトントンと叩きながら難しい顔を浮かべていた。

その言葉で、教官達にもドリーの渋顔が伝染していた。


「そうだな、現地情報の収集は遅かれ早かれ必要だな……」


白山はコーヒーを一口啜ると、情報を整理するように天井を眺める。


「ウルフ准尉、訓練の進捗状況は?」


「現在、基礎訓練課程を受けている者は七一名、三月からの訓練開始でしたので、九月までに作戦能力認定に進めると思います。

部隊は戦闘待機が一個中隊、訓練待機サイクルに一個中隊 合計一六〇名ですな」


 白山は、腕を組んでウルフ准尉の言葉を聞いていたが、鋭い視線を准尉に向けると、改めて問いなおす。



「部隊の練度はどうだ?贔屓目なしでだ……」


「軽歩兵として見た場合、一般の部隊より勝り、エリート部隊といえる部隊よりは、少し劣るといった所ですな……」



 これまで幾多の部隊を見てきた経験豊かなウルフ准尉が、部隊の能力を冷静な分析でそう評価する。

その評価は、ほぼ白山の考えと合致しており、それを聞いた白山は決断を下した。



「よし、長距離越境偵察作戦を立案する。

決行日は概ね一か月後、作戦立案及び人選は准尉に一任する……」



その言葉で、俄に参加者の表情が引き締まった。


「出す隊は二個、南北のビネダ・カイサの両砦を拠点に、国境周辺の状況を偵察させる」


 ペンの先で国境の周辺を示しながら、そう言った白山は全員の顔を見て語を続ける。



「ドリー、バードアイで画像伝送が可能なように運行計画を出してくれ。それから後方支援体制についても、見積もりと計画を頼む。

山城一曹とリック軍曹は、作戦前訓練の計画を立てろ。その内容で人選と練度を見る。


編成は、小隊長に俺達の誰かを当て、分隊長は一期生からで問題はないか?


俺はこの話を王宮に上げて、裁可を取ってくる。正式にGOサインが出るまでは、隊員達には知らせるな」



それを聞いたリック軍曹が、軽く手を挙げて発言する。


「今回、ピックアップする隊員を基にして、今後リーコン(偵察)やレンジャー(遊撃)のような、資格訓練を設けるのはどうですかね?」


白山はその意見を聞き、大きく頷いた。


「それもそうだな。 今後FO(着弾観測)や部隊規模が大きくなれば、部隊の耳目は必須だ。

よし、その件については、このミッションが終わったら、俺が担当しよう」


 長年特殊作戦に携わってきた白山は、ニヤリと笑いながら自ら育成を買って出た。


「うわ~、白山二尉の訓練とか、隊員が可愛そうっす……」


 そう言って隊員に同情を浮かべたのは川崎三曹だった。

その言葉に全員が和やかに笑い、思わず白山も苦笑してしまう。


 隊の雰囲気に馴染んできたのか、召喚された当初より角がとれた様子の川崎三曹は、今では隊のムードメーカーのように機能している。

それでも白山の自主訓練に積極的に参加したり、展示要員として隊員達の訓練にも積極的に参加し、その実力はメキメキと伸びてきていた。


「川崎、お前今日の格闘訓練で相手役な……」


 白山の逆襲でショックを受けた表情を見て、全員の笑い声が更に大きくなった。

笑いが収まったタイミングで白山が声を上げる。


「よし、それじゃ次の議題に移るか」


 その言葉に異論を挟むものはおらず、全員が頷く。

それを見て白山も大きく頷き、次の議題に移る。



「次に先日、話をしていた部隊規模の拡充と、新たな人員の召喚だが……」



 そう言って白山が目配せをすると、リオンがそれを見て参加者に封筒に入った資料を配った。

その中には、ピンク色の紙に数人の召喚候補者のデータが記されており、容姿の右上には赤いスタンプで極秘と記されている。

それを見た全員は、これまで以上に真剣な眼差しを資料に注ぎ、そして白山に視線を戻す。


 今回の召喚は、今後を見据えた人員を召喚する予定だった。

まずは圧倒的に不足している後方支援体制の拡充と、新たな兵科部隊についての新編準備、そしてもう一つ……

部隊、いやこの国に欠けている必要不可欠な職種について、新たな教官を召喚する予定だった。



「小平の鬼神を、召喚するのか……」



 シンと静まった室内で、誰かがそう呟いた。

教本にもその名前が載っている、自衛軍では誰もが知っている名前だった…………



ご意見、ご感想お待ちしておりますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ