Epilogue~ 騒乱と報賞
Epilogue~
その後レイスラット王国の動きは早かった。
即座に第一軍団と白山の部隊を帰還せしめ、迅速に事後処理を行っていた。
リタの領主であるザトレフ一族、そしてカマルクの私兵が起こした反乱を、迅速に鎮圧した旨が宣言され、王国の民や貴族達は大いに驚いていた。
どちらの家も有力な貴族であり、武家としての誉れ高き一族だったからだ。
それは情報伝達の遅いこの世界においては、驚異的な早さで進行しカマルクの家系は断絶のうえ、一族も処刑された。
そしてこの王国を揺るがせた未曾有の事件は、背後に皇国の扇動がありその証拠として、数々の証拠品が提示された。
カマルクの懐からは、正門を破壊するのに使用しようと目論んだ魔法陣が発見された。
同じように城内に侵入した間者が同じ魔法陣を所持し、破壊活動に及んだことが発表される。
その鎮圧と両家への容赦の無い処罰は、貴族達に衝撃を持って迎えられ、屋台骨や後ろ盾であった有力な家が取り潰され、貴族派は事実上壊滅していた。
そして王国の貴族達の間では、間もなく大規模な貴族の領地替えや、領地の改易が行われると噂されていた。
そこには、宰相であるサラトナが意図的に流した噂も含まれるのだが……
現在は、軍務卿であるバルザムが中心となってまとめた貴族穏健派が、揃って王家への忠誠を誓い直した事で、王国の政治中枢は平穏になっている。
これまで主戦派であった貴族達も、王の発した『未だ機は熟さず……』と言う言葉で、臥薪嘗胆を図るとの意図が浸透し国力を増強する方向へ明確に動き出す。
明確な方針が打ち出された事で、反抗的な態度を取る領主や貴族も納得し、国内の体勢は王を中心とした安定した支配体制に、一応は落ち着きを見せていた。
皇国へも、王命において正式に抗議がなされたが、例によって黙殺され、返答どころか書状の受け取りも拒否された。
本来であれば、これだけの被害を与えられた王国としては、軍を率いて皇国へ攻め込んでも良い事案であった。
だが、国内の治安状況を鑑み国内体制を引き締める必要があると判断して、王は派兵を見送ったのだ。
その代わりに王国は、皇国との国境を全面的に封鎖した……
これまで民間での取引や、自由な往来をある程度認めていた国境を完全に封鎖した事は、ある程度王国にも影響はあったが、それ以上に皇国へのダメージが大きい。
東西に長い皇国はこれまで、西側の食料供給に王国からの輸入に依存していた部分が大きかった。
それが四年前の侵攻で半分まで減らした輸出量を、今回の一連の侵攻や騒乱により、全面的にカットしたのだ。
『民に罪はなく他国の民であっても、飢えさせる事は忍びない』
そう言った王の言葉によって、最低限の輸出や民間の商取引については許容していたのだが……
今回は往来も含めた全面的な国境の封鎖が言い渡され、第三軍団が国境の封鎖を厳重に執り行っている。
これについても、皇国からのリアクションは一切なく不気味な沈黙を保っていた……
*********
一連の騒動から一ヶ月が経過し、王国につかの間の平穏が訪れていた……
王都近郊に設置された白山達の王立戦術研究隊の基地では、活気にあふれた声が響いている。
声の持ち主はつい先日、二期生として基地の門をくぐった訓練生達であった。
基礎体力錬成に汗を流し、まだまだ元気な声を張り上げている。
訓練教官は相変わらずウルフ准尉を筆頭とする教官達が指揮を執っているが、その補助に一期生の隊員が充てられ、後輩となる訓練生をしごいていた。
その他にも、新たに開始された下士官課程や初級幹部課程が基地内では開始されており、百名以上の人員が基地内の活況に一役買っている。
実戦配備された第一期の隊員達は、それぞれが実戦配備と訓練のローテーションを持って更にその技能を磨く体制が整いつつあった。
白山は、そんな活気ある基地の様子を執務室から眺めながら、コーヒーを啜っていた。
その顔は満足気でもあるが、その分増えた活動費用や予算のやりくりに、頭を悩ませていた。
今日もこれから、財務卿であるトラシェとの折衝が待っている。
今期からは、軍の交換訓練生を受け入れており、関係は良好だったが、今期の訓練生が予想以上に多く、白山達を驚かせていた。
この志願者の増加には国中に流れた噂があり、爆発的に志願者が増えたのだ。
現代兵器を扱うには、それなりの知識や知能が求められる。しかし、この世界においては農民は農民のままで、学問に触れることもなく、その生涯を終える事も多かった。
そして算術や簡単な計算は、貴族か商家に生まれているか、そうした所で才能を見込まれて習うしか無いのだ。
もちろん学校はあるにはあるが、裕福な商家の子息や貴族中心であり、ある意味社交界の延長に近い存在だった。
その為に、軍人としての訓練と同時にそうした学問も一緒に教えられるという噂と言うか、事実が耳に入ると、家を継げない次男以下の住民達が殺到したのだ。
それに王国軍の一般的な給与よりも高い給金が加われば、殺到の理由もうなずけるものだった。
軍の徴募担当からクレームが入るほど、志願に偏りが出ており、各軍団でも急遽そうした学問を習える態勢を整え始めた程だ。
第二期の一般公募訓練生は総勢で百名を計画し、そこへ交換訓練生の五十名が加わり、基地は大いに賑わっている。
交換訓練生についても述べておく必要があるだろう……
彼らは、志願ないし上官からの命令によって、訓練生に加わる形でその技能を磨いていた。
この点は、現代兵器を扱う部隊の特性上、例え原隊での位が高くても、訓練生から開始しなければならない。
当初は一般の訓練生との反目や対立もあったが、訓練のハードルが上がるに連れてチームワークの醸成が進み、訓練にのめり込んでいった。
教官達は、巧みに派遣された母隊のメンツやプライドを煽り、士気を高めてゆく。
数日経つ頃には、皆と一緒に泥に塗れ、夕方からの勉学にも励んでいる。
そんな中には、第三軍団から志願してきた、斥候隊長のクリストフの姿もあった。
彼もこれまでのキャリアを忘れ、一から技能を磨くべく訓練に奮闘していた。
交換訓練生というからには、互いに行き来する必要があるのだが、それには下地作りと前提になる武器や、戦術の配備や浸透が必要だった。
そのせいもあり、こちらから王国軍への隊員派遣は、もう少し先になりそうだった。
現在の交換訓練生達は、基礎訓練が終了した後に、二年の部隊配備を経て母隊へと戻ってゆく。
その間、成績が優秀であれば下士官課程や幹部課程にも進む事が認められている。
彼等が母隊に戻り、その数が増えれば王国軍の作戦能力は、大幅に底上げされると見積もられていた。
白山はリオンから予定を告げられると、頷いて本部前に用意されていた高機動車に乗り込むと、王城に向けて出発した。
運転は白山付きの従卒兵となった隊員であり、騒乱の終了後に開始された特技訓練で車両操縦を受けていた。
この訓練によって、運転技能を有する隊員が増え、教官達の負担も減り、訓練や作戦における柔軟性が高まっている。
助手席に収まった白山は、夏のさわやかな風を感じながら、王都までの短いドライブを楽しんだ。
程なくして、レイスラット城が白山の視界に飛び込んでくる。
美しいマザーレイクの湖面の輝きと、城としては質素だがその控えめな佇まいが、実に景観と合致しており絵画のような美しさだった。
城下の道々では、人々が活発に行き交いかつての賑わいが戻りつつあった。
王国が皇国へと輸出分として蓄えていた小麦や食料を市場に放出した事で、物価についても落ち着いてきており、表面上は影響は消えつつあった。
しかし度重なる皇国からの攻撃は、少なからず彼の国への国民感情が悪化しており、ようやく貴族派の主戦論が収まったかと思えば、市民が沸き立つ。
なかなかに上手くいかないものだと、車上で白山は考えていた。
程なくして貴族街に抜け、カマルク達が凄絶に鎮圧された、正門までの上り坂に差し掛かる。
こちらも制圧直後は凄惨な様相を呈していたが、今ではそんな事件があったなど、言われなければ気づかないほど綺麗に片付けられている。
正門をくぐり、高機動車は静かに車止めに停車し、白山はIDカードを胸に着けて玄関の警備ポストを通過する。
城内に敵の間者が侵入した事は、大きな問題となり一時期は親衛騎士団の責任問題にも発展しかけたが、白山がこれを擁護した。
今必要なのは責任問題の追求よりも、同じ過ちを繰り返さず対策を早急に講じる事が肝要であると、周囲を説き伏せて警備のプランを提示した。
具体的には外周に基地に準じるセンサーやカメラを配置し、ローテーションで一個分隊を城へ常駐させ、親衛騎士団と連携させて警備にあたっている。
訓練中の部隊は、定期的に小部隊で模擬潜入を行い、対処訓練を行っていた。
そうして強化された警備体制を抜けて、執政院にあるトラシェの執務室へと歩いて行った。
「ホワイト様、私はグレース様の所へ顔を出して参りますので……」
リオンはそう言って頭を下げると、執政院の奥にある後宮へと向かっていった。
白山は何も言わず頷いてリオンの別行動を認めると、一人でトラシェの執務室へと向かってゆく。
レイスラット王国の王女であるグレースは、あの事件以来、別人のように変わったと専らの噂になっている。
一度、月例の会食会で顔を合わせた白山は、グレースのその変貌ぶりに内心驚いていた。
これまでのグレースは、美しさの中にもどこか無邪気な雰囲気を残していた。
しかし、今ではすっかり落ち着いた淑女という物腰で、咲き誇る薔薇の花にも似た、匂い立つような高潔な女性へと変貌していたのだ。
それだけではない。これまでたおやかに社交界の華として振る舞っていたグレースが、政治や内政に興味を示し、積極的にそれらを学び始めていた。
その勉強ぶりは、専門の文官に高度な質問を投げかける程であり、周囲からは一体何があったのかと驚きを持って迎えられている。
会食会の場で、白山はその事をさり気なく聞いてみたが、微笑みではぐらかされてしまう始末だった。
そして何故、グレースの元へリオンが向かっているのかといえば、グレースとの約束事があるそうだ。
その約束事とは、城下の物価や見聞きした出来事などを、茶話としてグレースへ聞かせるというものだった。
本や書類だけの知識だけではなく、領民や市井の暮らしについても興味があるようで、近々お忍びで視察に赴くという話も出ている。
何にせよ王族として、幅広い知識や能力を身に付けるのは良い事だと考えた白山は、リオンとグレースの仲に口を挟むつもりはなかった。
程なくしてトラシェの執務室に辿り着いた白山は、渋い顔を浮かべながら大量の書類と格闘するトラシェの姿があった。
書類の山から顔をのぞかせたトラシェは、凝り固まった背筋をほぐしながら立ち上がると、白山にソファを勧めた。
「ここの所、新領主からの陳情や、皇国の国境封鎖で発生した損失など、目の回る忙しさですよ」
「表計算の方は、幾らか慣れてきましたか?」
白山の問に少し笑って頷いたトラシェは、手渡された書類を手にしてその中身を受け取り、その内容に目を通してゆく。
その書類は表計算ソフトを使って作られており、こうした収支計算の手法などは、白山やドリーの手によって王国の財務へ徐々に導入されている。
これには笑い話もあって、現代の感覚で予算請求を行い、詳細な予算書類を作成したのだが……
それを見た財務を担当する文官が、卒倒しかけた事があった。
白山達は、年間で示された予算に従って予算配分を決定し、その枠内で物品の調達や兵士達の給金を支給している。
現代の感覚では、そうした厳格な予算管理が行われてこその、シビリアンコントロールだと考えていた。
その為、提示された年間予算の金貨枚数から、細かな銅貨の端数に至るまで、詳細に収支が組まれていた。
それを見た財務文官やトラシェが、腰を抜かしそうな程に驚いてしまったのだ。
この国の軍隊における財務はかなり大雑把なもので、簡単な年間計画を提示する。
そしてそれに対して、王国が一括で年間予算分の金貨をまとめて支払うというものだった。
また、今回のように軍が動き兵糧や物資に資金が必要になった場合は、別途報奨金として金貨が支払われる。
その報奨は部隊の活躍にかかっており、各部隊は奮戦するのだが……
白山達は、部隊の給金に関しては内規で厳格に定めている。
例えば基本的に給金は二四時間で計算され、代休や休日に関しても規定数を定めており、それに基づいた給与を支払っていた。
その中には戦闘任務に赴いた際の特別勤務手当についても定められており、今回はその予算についての話し合いが主な議題だった。
現代でも軍隊が動く場合には、消耗した装備の補填や予算の裏付けが有事の特別予算や後年度の予算に反映されるが、その調整が訪問の目的だった。
つまり渡される報奨金と、掛かった経費のすり合わせを目的として訪れたのだ。
トラシェは内心で戦々恐々としていたが、なるべくそうした表情を表に出さないように白山と対峙している。
実の所、高奥の侵攻で発生した主に第三軍団への報奨金、そして今回動員された第一軍団や親衛騎士団への報奨金は、王国の国庫にとって結構な財政負担になっている。
秋の収穫時期に各地から年貢が収められるまで、昨年の予算をやりくりしなければならないトラシェにとって、頭の痛い問題なのだ。
そこに加えて白山達の王立戦術研究隊への褒章だ。
それもタダの褒章ではない。その働きを見れば、一番高額な報賞を要求されても文句は言えない。
慣例から見て白山達の働きは、十分に一国の領地や一軍団の年間予算に匹敵する金額に達するのだ。
そして今の国庫には、それだけの報奨に見合うだけの金貨や、与えられる領地は存在していない。
さて、金銭ならばいかに分割の約束を取り付けるか。領地を要求されたならば如何にそれを躱すか……
そんな思考を巡らせながら、書類をめくっていてトラシェは、何か違和感を感じていた。
あれほど綿密な計算を行う白山達の書類に目を通しても、どこにも要求金額が記されていないのだ。
書類に記されていないと言う事は、この場で金額を明らかにするのかと、トラシェは少し顔をしかめた。
「あれ?何処か計算ミスでもありました……か?」
「いえ、計算自体は問題無いと思います。ですがこれも上乗せとなると、些か……」
額の汗を拭いながら、トラシェは語尾を弱めながらそう答えるが、これでは埒が明かないと考えていた。
「今回については、頭金にある程度の金額を出して、残額については分割で……」
その言葉を聞いた白山は、僅かに顔を曇らせて「分割ですか……」と答え、うーんと唸りだす。
それを見たトラシェが、内心の焦りを隠しつつ頭金の増額を示すが
白山は、少し困った様子で書類をめくり、内容を確認しているが、トラシェは覚悟を決めて問いかける。
「いや、必要経費は分かりましたが、報賞については書かれていませんよね? この書類……」
恐る恐るそう切り出したトラシェに対して白山は、はて? と、思いを巡らせた。
何か会話が噛み合っていないように思う。
「これは特別予算の執行に関する、予算折衝ですよね……?」
「報奨金について内々に打ち合わせると、聞いていたのですが……」
「「…………」」
どこかで情報伝達に齟齬があったようで、双方とも同じ方向を向いたまま、微妙にずれた会話をしていたようだ……
白山は改めて、この書類の内容についての趣旨を説き、その数字を説明してゆく。
この書類に書かれている経費が賄えるのであれば、それ以上の報酬や報奨金については特に必要がない事。
今後の人員増と基地施設の拡充についてや、福利厚生に関しての話に来たと言う事を説明していった。
「つまりは、ここに書かれている金額が満たされれば、それ以上の報奨金は必要ないと?」
「ええ、我々は報奨金目当てに動いている訳ではありません。内規で決められている分の給金が出れば、問題ありません」
それを聞いたトラシェは、改めて書類に目を落とす。
そこには大雑把見て精々、金貨三百枚程度の経費が書かれているだけで、その内訳の大半は人件費だった。
拍子抜けしたというか、呆れたと言うか緊張してたのが馬鹿らしくなったトラシェは、魂が抜けたようにぐったりとソファに体を投げ出した。
「それと、来年度の予算からこちらの予算案について、ある程度の検討を頂ければと、思っているのですが……」
そう言って遠慮がちに、別の書類を提出した白山を見て、トラシェが再び緊張したように固まった。
書類を受け取ってから、覚悟するように薄目を開けてその書類を見たトラシェは、ゆっくりとその表紙をめくる。
そして、また口から魂を吐き出すように、肩からガックリと力を抜いた。
書類の内容は、売店と食堂の設営許可や兵舎の増築、それに来年度の人員の増加に伴う人件費増が主だった。
それを一瞥したトラシェは、ハハハと乾いた笑いをこぼしながら、うつろな目で白山に視線を投げかける。
「はい、ええ勿論…… これなら満額、いや、色を付けて予算を通しますよ……」
そんな財務卿の様子に、何が起こっているのか判らないが白山は、予算について内諾が得られてホッとしていた。
本省に行った同僚や幹部の話から、財務省との苛烈な予算折衝について聞かされていた白山は、この予算案から何割がカットされるかと覚悟していたのだ。
しかし、あっさりと来年度の予算が通った事で、些か拍子抜けしたように礼を述べた。
白山は知らない……
もし、白山達の戦功をこれまでの王国の基準で報奨金に換算すると、軽く金貨五千枚、領地ならば侯爵領に匹敵する領土となるのだ。
それが高々二千枚程度の金貨で済むとなれば、財務卿としては万々歳と言える。
何か釈然としない物を感じながらも、特別予算と来年度の予算が満額認められた事で、用件が終わった白山は執務室を後にする。
後の報奨金伝達の場で、来年の予算とは別に二千五百枚の報奨金が発表され、予算を余らせてしまうと、白山達が慌てるのは、また別の話である…………
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