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前座と陽動とマリオネット


 王都での騒ぎは、これまで発生した放火や殺人と比べれば、稚拙な動きだった。

ローブを纏った影達は、本国から派遣された者ではなく、繋ぎや手足として動いていた者達だった。

それでも細長い筒に入れた油と、魔法陣によって引き起こされる火勢は激しかった。


 更には、その進行経路で出会う無辜の住人や、消火に駆けつけた者達を次々と凶刃にかけようと襲いかかった。

逃げ惑う住民と散発的に路地から上がる火の手に、王都は次第に恐慌に包まれてゆく。


 しかし、王都の混乱は長く続かない。

親衛騎士団は白山たちとの打ち合わせで、あらかじめこうした事態を想定し王都に十分な兵力を準備させていたのだ。

二百余名の騎士達は、分散配置された待機場所から飛び出すと、城下の主要な辻を固めながら、消火作業を支援した。

その過程で捕縛寸前まで追い詰められた影は、いよいよ最後と判るなり、魔法陣によって焼身自殺を図る。


 笑いながら魔法陣を広げ、その効果が想定していたものと違い、自身が炎に包まれると、驚愕と悲鳴が深夜の城下に木霊する……

彼らは上役の間者達から、この魔法陣を使えば城下の外へ逃げられると説明されていた。

追い詰められたならば使えと言う甘言に唆され、この騒ぎを演出する役割を引き受けていたのだ。




その騒乱と燃え上がる炎の裏側には、暗い影が静寂とともに忍び寄る。



 暗い漆黒の闇に溶けこむように、蠢く二つの影は、北の城壁を乗り越えて王城の裏手に降り立つと、無言のまま二手に分かれた。

一方はそのまま城の方向へ…… もう一方は城壁沿いに正門の方向へと蠢き出す。


 城に向かった影は、西側の死角になる城の外壁を、手鉤を両手に持ち、スルスルと器用に登り始める。

要所要所で細い鉄杭を器用に差し込み足場にすると、まるでヤモリのように壁に張り付きタイミングを待つ……


 城壁を巡回する警備兵が、油断なく松明を手に周囲に目を光らせているが、薄曇りの夜に外壁の影に隠れた影を発見できずに通り過ぎてしまう。

そのタイミングを見計らい外壁の最後の残りを登り切った影は、明かり取りの小窓をこじ開けると、身を捩らせるようにしてズルリと城内にその身を落としこむ。



 事前に判明していた物置部屋に潜り込んだ影は、じっと城内の環境に体を慣らし、じっと物音に耳を澄ます。

諜報活動は、一見無意味な情報でも広範囲に耳目を広げ、時には当たり障りのない会話から収集を行うのだ。


 誰かの会話や城内の喧伝を集めて、不確かな内容を補完し詰めてゆく。

そこへ外側から判明する間取りと照らし合わせる事で、目的の場所について見取り図を作ってゆくのだ。


『……誰かが、西側の倉庫で女と密会していたらしい』


 そんな情報があれば、そこから西に倉庫があるのが判る。

今の倉庫の場所やこれから進む先のルートは、そんな密会を行っていた男女を脅し入手した物だった。

そうした些細な情報から伝手をたぐり、影は今の物置部屋の場所を割り出し、潜り込んだのだ。


 影が目指すのはこの国の中枢であり、城の最深部である後宮だった。

そこで騒ぎを起こし口実を作る事こそ、この影の目的である。

一見すれば片道任務に思えるこの潜入だが、それを可能とするべく投入された皇国の腕利きの影なのだ。


 頃合いやよしと判断した影は、灰色のローブを脱ぎ捨てると件の密会を行っていた男から入手した、文官の装束を胸元から取り出し、それを身にまとう。

そして廊下に身を紛れさせると、目立たぬように城の内部へと堂々と歩いて行った。



*********



 闇夜に乗じて動き出したのは、影達だけではなかった。

カマルク率いる第二軍団の別働隊も、まるで城下での火の手が合図があったように動き始めた。


「我々はこれより、カマルク様と合流し王都の治安維持に当たる親衛騎士団に協力し、王都を防衛する!」


 部隊の指揮を任されている中隊長は、まるで予定調和であったようにスムーズに部隊を集合させると、兵達に向けて檄を飛ばす。


「第一隊は、城下の治安維持に当たる。

もう半数はカマルク様と合流し、その安全を確保し、指揮を仰ぐ!」


 整然と動き始めたカマルクの隊は、目的を達するべく郊外の草原から城門に向けて進行を始める。

王都では、夜の最後の鐘が鳴るとその縄文は固く閉じられ日の出と同時に開門が行われるのが規則だった。

それ故、カマルクの隊は本来であれば、そこで足止めされる筈なのだ。


 しかし、隊が城門へ到達するとその王都の守りはゆっくりとその重々しい扉を開き始める。

その手際にニヤリと笑った中隊長は、馬上から大きく手を振り部隊を城下へと進めていった。


 それは、あらかじめ数名の部下を分散して王都に潜入させてあった。

その者達が混乱に乗じて詰所を襲撃し、城門を開けさせたのだ。


 その部下の中には、当然のごとく影が入り込んでおり、その技能を持っていとも容易く城門を占領せしめた。

外に向けた警戒を行っていた守備兵は、最優先警戒対象であるカマルクの隊に注目するあまり、内側への警戒が疎かになっていた。

そこを突かれて、騒ぎが起こる前に詰所を襲撃され大多数が捕縛、少数だが抵抗した者は無残な最期を遂げ、血だまりに沈んでいる。



 悠々と西南の門から城下へ入った彼らは、予定通り二手に分かれ行動を開始する。

そこには、既に城下の混乱を制圧しつつある親衛騎士団の騎士達が、整然と作業を行っており混乱は収束しつつあった。


「こちらは、第二軍団別働隊だ! 非常事態につき城下へ部隊を進めさせてもらった!

助成致すゆえ、指揮官殿と面会したい! 」



中隊長が馬上から声を張り上げると、騎士団員の中から一人の男が進み出る。


「こちらは、城下警備隊長のプリモスだ!

支援の申し出には感謝するが、当方だけで対処可能であり、助力は不要である。

速やかに宿営地へと戻られるがよろしかろう!」



「いや、更なる凶行が発生しないとも限らぬ! 我々も合同で警備に当たるべきであろう。

いずれにしろ、私邸に逗留している隊長の判断を仰ぎ、今後の動きを決定したい。


それまでは、この場で警戒を行いたいと考えるが如何か!」



「いや、命令がない以上、それは越権行為である。 早々に立ち去られよ!」



 決然とそう言い放ったプリモスの言葉に、若干ムッとした中隊長は内心で舌を出していた。

隊を分割した本当の意味は別にある。今の状況ではそれは表に出さず、のらりくらりと押し問答を続けていれば良い……


 そう判断した中隊長は、上役であるかマルクからの指示を待つと言いながら、兵達を広場へと進め、そこで待機させた。

こうなっては仕方がないと、プリモスは、一部の兵力を裂きカマルクの部隊に貼り付けるとともにその旨を城へ伝えるよう伝令を飛ばした。




*********


 二手に別れた影のもう一方は、城壁沿いに南へと下り城下の方向へ向けて素早く移動を開始する。

この試みには速度が成功の鍵を握っているのだ。


 次第に道が開けてきて、程なく芝生と丁寧に刈り込まれた庭園の樹木が、闇夜に浮かび上がってきた。

植え込みに素早く身を隠した影は、腰のカーブにそって身につけていた短弓を取り出すと伏せた体勢のまま、体重をかけ弦を張る。

黒く塗られた弓と同じように、黒い一風変わった弓矢を筒から取り出した影は、夜目を凝らし目標を探す。

ぼんやりとした輪郭の中に幾つかの篝火や、動き回る兵達が見え、城の輪郭が頭の中の地図と一致してゆく。


 ざっと、方向を確かめた影は手始めに王城の内部に向けてその奇妙な弓矢を射る。

それは、一見すれば先端に巻きつけられた布から、火矢にも見えるがそれに炎は灯されていない。

その代わりに小さな魔方陣が描かれた布が、先端の布に続いて巻かれておりその飛翔は誰の目にも留まる事は無かった……



 用意した矢を、場所を変えながら次々と城内に曲射で撃ち込んだ影は、最後の仕上げに取り掛かる。

正門へとこれまでの物とは違う魔法陣が描かれている矢を射ると、影は身を翻し脱出に向けて城壁の方向へ駈け出した。


 少しの安堵が産んだ油断だったのか、それとも全てが掌の上だっただろうか……

僅かに城壁の上で何かが光ったと思った瞬間、影は頭部を吹き飛ばされ走り出した勢いのまま、転がるようにその躯を地面に叩きつけられる。


「デルタ1からHQ、破壊工作活動を取るエクスレイ一名を射殺……」


 そこには、僅かに硝煙の昇る銃口を影に向けていたウルフ准尉率いる隊員と、その傍らで観測手を務めていた准尉が、暗視スコープ越しの視線を動かなくなった影に向けていた。


「HQ了解、上空から確認できる脅威は確認できず。

ブレイズさん、一名の不正侵入者は西側の政務区画から侵入した模様、速やかに捕縛を……」



「判った……」


 無線の扱いに慣れていないのか、親衛騎士団長であるブレイズの、やや緊張した短い返答が無線に響いてきた。


「パッケージB<ブラボー>は、シェルターに入った……」


 次いで響いてきたのは、リオンの冷たい声だった。

彼女は警護対象であるグレースを、安全が確保されている後宮の指定された部屋に移動させていた。


「HQ、了解…… 引き続きパッケージの保護を実施せよ……」



 そんな無線のやりとりを聞きながら、ウルフ准尉は、城壁の上から眼下に見える城下へと視線を転じた。

侵入した不審者は気がかりだが、今はここから動くことは出来ない。

予想通りカマルクの部隊が動き始め、城下へと入っているからだ……


 上空からの観測では一方が城下に展開し、もう一方が王都の西側にあるカマルクの指定に集結しつつある。やはり、本命はこちらだろう。

数では劣勢だが、時間の許す限り出迎えの準備はさせて貰った。


 ウルフ准尉は、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべると、城下をじっと見据えていた……



*********



 既に鎧を着こみ準備万端といった体で、兵達の到着を待ちわびていたカマルクは、これから起こる事への興奮を隠しきれず、大きく息を吸い込む。

この筋書きが得体の知れない間者からもたらされた物である事は、些か気に食わないが、それでもここまでは順調に物語は運んでいる。

城下での火の手は、その舞台の幕開けだった。


 すぐに、芝居がかった動きではあったが副官達に状況を報告させると、打ち合わせてあった通り部隊の到着を待っていた。

屋敷の二階から見える城下の炎は、予想よりも早く収まりつつあったが、それでもこの大きなうねりは止められないだろう。


 程なくして、先に城下へと入った中隊長からの伝令が到着し、城下の親衛騎士団と睨み合っている事を報せてくる。

それに素早くペンを走らせ、簡単な命令書を作成したカマルクは、それを伝令に託した。


 自分の命令書があれば、少なくともその命令を確認するまでの間、城下の騎士団は無理に自分達を排除出来ない。

城に確認を取るか自分よりも上位の人間から解散の命令書をもぎ取るまでは手出しができない。


 そう判断したカマルクは、静かに次の演目の幕が上がるのを待っていた。

その舞台の主役は、紛れも無く自分だと考えながら……



 屋敷の門を見下ろす窓から、頼もしい篝火のゆらめきと足音が響き始める。

見れば部下達が屋敷の門を潜り、庭に集まり始めていた。


 これで役者は揃った。あとは合図を待つだけだ。

しかし、このまま徒に兵達を待機させて置くのは、勿体がない。

そう考えたカマルクは、くるりと踵を返し廊下へと進み出す。

目指すは中央階段から外へと通じているバルコニーだった。


 ここで士気の高揚を図るのも、指揮官の務めだろう。

そう考えたカマルクは、自身の昂ぶりを抑えられないと言った表情で廊下を足早に進んだ。


両開きの扉を開け、バルコニーに出ると集合した部下達に向けて声を発する。


「諸君!現在王都において治安を乱す行いが発生している!

しかし、敵は我々が王都に居ることを失念していたのが運の尽きであろう!

これより我々は、王都の平穏を取り戻すべく、その主導的役割を果たすぞ!」



 そう宣言したカマルクの言葉に、兵達の大きな声が響き、屋敷の窓が震える。

兵の士気は最高潮となった。後は合図の炎が上がるのを待つだけだ。



 カマルクは兵達の発する熱を感じ、僅かに身を震わせると静かに階段を降り、兵達の元へと歩み出した。


 程なくして北の方角に見える王城の方向から、一瞬の光と大きな音が鳴り響く。

その音は少し離れているカマルクの私邸でも、ハッキリと確認でき、兵達が何事かと動揺を見せる。


「王城において炎が上るのが見えた。 これは、火急の事態である!

皆の者、城へ向かうぞ!」


 馬に跨ったカマルクは、剣を抜き放つと、その切っ先を城の方向に向ける。

そうして部隊を率いたカマルクは、別の目的を胸に秘めたまま、緩い坂道を王城に向けて駆け出していった。



*********



 眩く発せられた閃光と爆発は、暗視装置の安全装置を作動させる程の光量を有していた。

光量を調節する機能が働き、一瞬暗い映像に落ち込んだ暗視装置を反射的に頭上へ跳ね上げ、ウルフ准尉は肉眼で周囲を確認する。


「D・S <デルタ・シエラ>、そこからこちらの状況が確認できるか?」


ウルフ准尉が無線にそう問いかけながら、暗視装置で疲れた目を瞬かせ、闇夜に目を凝らしていた。



「正門付近に陥没、城門は健在……」


 簡潔な報告が即座に返ってきて、ウルフ准尉はやや安堵する。

しかし、それに割りこむようなぎこちない報告が、状況の悪化を報せてきた。



「ブレイズだ…… 王宮のあちこちで火の手が上がっている。

消火と捜索を平行して行っているが、手が足りんので少し時間がかかる……」



「HQ、了解…… 全部署に通達、王城に向けて、目標X-1<エクスレイ・ワン>、が行動を開始……

到達まで約五分、目視したら確認を……」


「デルタ1、了解……」


「そっちは任せる。こちらは暫く消火に人数を割く……」




 相変わらずドリーの声に動揺は感じられない。

その冷静さが無線を聞く人間にも伝播する事を判っているからこそ、どんな時でも声のトーンを落とし、冷静な口調を心がけているのだ。


「さて、一仕事する時間だ。火器と装備の点検を実施しろ。

派手に庭を荒らしてくれた様だからな、こちらもキッチリ派手に仕事をするぞ」



 そう言いながら、僅かにSCAR-Hのチャージングハンドルを引き、薬室を確認する。

他の隊員達もスイッチや装備、それに弾薬などを確認し僅かに頷きあった。


 ウルフ准尉は、暗視装置のスイッチを入れ直し、再び緑の視界を確保すると眼前に広がる幅広い道を見下ろしていた。

少し遠くに目標のカマルク達の兵が蠢くのを確認する。


「デルタ1、X-1を目視した。敵対行動を確認次第、作戦に移る……」


「HQ、了解……」



 足早にこちらへ向けて進んでくる緑色の兵達を見据えながら、ウルフ准尉は表情を引き締めていった…………


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