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王都の夕暮れと二人だけの茶話会


 およそこの世界の常識から考えれば、考えられない事態ではあるが、リタでの戦闘の模様やその勝利は、その日のうちに王宮へと報告された。

それによりひとまずは王国首脳部は落ち着きを取り戻したが、その発表は三日後と決定される。

これには王国の情報伝達速度の秘匿や、後任人事の詰めの作業などに要する時間を勘案した結果だった。


 王都の様子も一時の治安の乱れから立ち直り、依然として物価はやや高い傾向ではあるが、こちらも少しづつ日常に戻りつつあった。


リタでの鎮圧から二日が経過した王都は、王城周辺の警備は強化されているが、それ以外は通常と変わりがない。


 昼前に王都の城壁前に到着したカマルクの部隊は、西南の城門に近い草原に部隊を進めると、部隊にゆっくりと休むように申し渡す。

親衛騎士団の城壁警備の隊員が、じっとこちらに視線を注いでいるのが漠然と感じられる。

その視線に気づかぬふりをしつつ、現場の兵達を纏める中隊長に、今後の指示を伝えた。


「すべて、手筈通りに……」


 そう言い残したカマルクは、副官や数名の側近とともに馬を駆り、王都の中へと駈け出した。

ひとまず王都の屋敷で一休みして、今夜の大仕事に備える必要がある。



 王都にあるクリステンの屋敷は、城の東側にある貴族街にある瀟洒な邸宅だった。

そこへ馬を乗り入れて屋敷に入ったカマルクは、旅装を解くと居間のソファにどっかりと腰を下ろす。


そこへ執事が茶と共に1通の封書を差し出してくる。

無言でそれを手に取ったカマルクは、小刀で封を破りその中身を読む。


-----------

北に向かう英雄は順調……

今夜の宴席は予定通りに執り行われる。

-----------


 そう書かれた小さな紙片を千切ると、愉快そうに茶を味わったカマルクは窓に目を向け、王城に視線を向けニヤリと笑った。



*********



 夕暮れに染まりつつある王都は、これから一日の疲れを癒やし、一時の休息を得るために安らかな眠りに向かう。


 そんな中で、複数の男達が動き始める。

夜の警戒任務につく親衛騎士団の面々が詰所に集合して点呼を受けていた。

総勢二百人の男達は三交代制で、王宮と王都の主要箇所の警備を受け持ち、これから夜明けまでの警備に就くのだ。


 その様子を双眼鏡で眺めているウルフ准尉は、十名の部下を引き連れ王宮の警備に赴いていた。

表面上はそうした動きは一切見えないが、ウルフ准尉達は確かにそこに存在している。


 王宮のすぐ手前に存在している教会の尖塔にスナイパー、そして主力は王城の周辺に分散し、完全にその姿を秘匿している。


王からの命令が下され、リタに向けて部隊を進める際、懸念事項として考えられたのは王都の防衛だった。

南部の動きが陽動だった場合、王都が攻められる可能性が高いと白山達は考えていた。

現状では親衛騎士団が王都に戻ってはいるが、六百名の親衛騎士団には全土の巡回と治安維持も任されているため、王都の警備には最大でも三百名が限度となる。


 親衛騎士団長であるブレイズは、当然その点を見越して王都の守りを厚くしているが、皇国の工作員が暗躍する現状では、不安が残る事も確かだった。

その為本来らならば基地の警備と後方支援に充てるべき人員をウルフ准尉が預り、王城の周辺に展開していた。


現在の懸念事項は二つ……


 皇国の工作員によるテロの再来、そして未だに部隊を撤収していない第二軍団のカマルク率いる部隊の存在だった。

明日には形だけの勲章授与を行い、解散を命ぜられるのだが、それ故の懸念があった。


 現在カマルク率いる部隊は、王都から一日の距離にあるアデーレ近郊に駐屯していたが、叙勲に向けて王都近くまで進軍してきている。

部隊が王都へ立ち入る事は認められてはいなかったが、それでも百名前後の部隊が、守りの薄い王都に近づく事は不快でしか無い。


 それ故に王都の護りを担う面々は、水面下で幾つかの策を巡らせており、ウルフ准尉が率いる十名の隊員は、その最先端に位置する剣の切先だった。



『デルタ1より、HQ 定時連絡……異常なし』


 ウルフ准尉は双眼鏡から目を離し、間もなく沈みゆく夕日を一瞥してから、無線にそう語りかける。


『HQ了解……』


 ドリーの冷静な声が、無線から響いてくる。

彼女もここ数日、ほぼ二四時間体勢で基地内の指揮所に詰めており、疲れている筈だが、それでもその声に疲労や淀みは感じられない。


 ウルフ准尉は、小さく息を吐いてから周囲を見渡す。

城壁に配置された彼の周囲には四名の部下が控えており、禍々しい暴力の塊に張り付いて、周囲に油断なく視線を向けていた。



「力を抜け、今夜も長い夜になる……」


 部下に向けて、そう言いつつ古参らしい余裕を見せた准尉は、ニヤリと部下に笑いかける。

それを見て、僅かに頷いた隊員達は肩を回したり姿勢を変えるなど、少し硬くなっていた姿勢と意識を弛緩させていた。



*********



 後宮で王女であるグレースは、夕食の支度が整った事を伝える侍女の声を聞き、読んでいた本を閉じると視線を横に向ける。

そこには胸元にMP7を下げたリオンが佇んでおり、その視線を受けて僅かに頷いた。


 女性であるグレースに付く警護は、侍女達の中で武芸を習得した者が当たっていたが、それだけでは不十分だと白山達は判断していた。

その為、唯一の女性であり銃器の扱いに習熟しているリオンに白羽の矢が立つ。

そうしてグレースの警護に就いていたリオンは、これまでつつがなくその任務をこなしていた。


 もっとも元々口数の少ないリオンは、グレースとの身分差もあり殆ど会話を交わす事はなかった。

それが、同じ男に好意を抱く者同士の気不味さなのか、それとも任務に忠実なリオンの所為なのかは、当人達にしか解らない事だった。


 黙って廊下に出た両者は、後宮のダイニングルームまでの長い廊下を歩いていた。


「明日で、貴方の警護も終了ですか…… ご苦労おかけしましたね」


 石造りの廊下には、絨毯が敷かれており、グレースの足音が僅かに響く。

それに対してリオンの足元からは、一切の足音が立つ事はない。


「いえ、任務ですので……」


 王女からの労いの言葉に、言葉短く答えたリオンには感情の揺らぎは見えなかった。

前を見据えゆっくりと歩くグレースは、そんなリオンの返答に些かの不満を抱く。


 これまでの警護期間中にリオンから、白山の事を聞き出そうとあれこれと話しかけたが、その言葉は徒労に終わる。

どう言葉の切り口を変えても当り障りのない言葉ではぐらかされ、一向に埒が明かずそのうちに諦めてしまった。


 やがてダイニングルームに辿り着いた二人は、そのまま主従別の食事を摂る。

ここ数日は、ドリーの判断で警戒レベルを上げている為に、リオンはサンドイッチにスープという簡素な食事を素早く腹に収め、控えの間からすぐにダイニングルームへと戻った。

その頃にはグレースは前菜を食べ終えて、スープに移る頃だった。


 グレースが運ばれてきた料理に視線を向けると、ちょうどリオンが戻ってくる。

運ばれてきた色鮮やかなスープを口に運びながら、グレースは明後日に帰還する白山の事を考えていた。

リオンは明日までで警護の任務を終え、白山の帰還を出迎えるのだろう。


そしてその後は、ずっと白山の側に控える生活に戻る……


 それに引き換え、自分は王女という身分に縛られ想い人へ、気軽に逢いに行く事も儘ならない。

貴人故の束縛と、自分の側に控える護衛であるリオンが、自分が渇望して止まない想い人の側に控える現実。

それに僅かばかりの羨望と嫉妬を覚え、はたと思い直してその考えを否定する。


 自分の浅ましい考えを否定しつつも、抱いてしまった思考は一滴の雫のように心の中に波紋を広げてゆく。

メインの一品が運ばれてくる前、その思考のさざ波はふとした拍子にグラスの縁から僅かに零れた。



「今日のデザートは、結構よ…… その代わり、二人分の茶菓子を、部屋にお願い」



給仕にそう伝えたグレースは、恭しく頭を下げる給仕から視線を後方に向ける。

そこには小さな椅子に腰を下ろしているリオンの姿があった。



「今夜は女性同士、貴方の慰労も兼ねて茶話会としましょう……」



 王族として常に求められる、感情を切り離した笑顔をリオンに向けてそう伝えたグレースは、運ばれてきたメインディッシュに向き直った。

リオンも負けず劣らず、持ち前のポーカーフェイスで、僅かに頭を下げ承諾の旨を、王女へと伝える。

それは嵐の前の静けさなのか、ダイニングルームには僅かな食器の音だけが響いていた……



 食事を終えたグレースは、リオンと侍女を伴い自室に向けて戻ってゆく。

部屋へとたどり着いた一行は、部屋の安全を確認したリオンの合図によって無事にその中に収まった。

グレースは侍女達に茶の用意をして、今日はもう下がるように申し付ける。

流石に王家の侍女を務めるだけあって、既に流れるような優美さで茶の支度が進んでおり、茶葉のふくよかな香りが湯気とともに室内に漂う。



 先ほどのグレースの言葉を聞いているにも関わらず、用意された小さな椅子に控えているリオンへ、グレースが声をかける。


「リオンさん、こちらへどうぞ」


 柔らかな微笑みを向けながら、そう促したグレースにも表情を崩さずリオンはスルリと立ち上がり、対面のソファへと一礼して腰を下ろした。

無論、護衛である立場上、銃を手放す訳にはいかないが、王女の前に座るにしては些か剣呑で、無骨にすぎる銃器を背中へ回し、目立たない様に配慮する。


 礼節を重んじると言うか、硬さの取れない雰囲気のまま対面した両者は、茶を供した侍女が一礼して部屋を辞した後も無言だった。

そんな様子見とも遠慮とも取れるリオンの態度に、グレースが口火を切る。


「どうぞ、楽になさって……」


 そう言って、リオンに茶を勧め、自らもカップを手に取り優美な手つきで口元へと運ぶ。

香草を少しブレンドした紅茶の香りを楽しみ、ほぅ……とため息をこぼす。

カップをソーサーに戻しながらリオンに向かい、グレースは初手を切る。



「あの時の……城での邂逅以来ですね、こうしてお話するのは……」


 思い出すように柔らかな視線をリオンに向けているグレースは、懐かしい思い出を慈しむように、言葉を紡ぐ。

その言葉に、少し遅れて紅茶に手を付けたリオンがコクンと頷き、カップ越しに涼やかな視線で対面に座る王女に視線を向けた。


「あの時は……ありがとうございました。

多分、私だけではホワイト様の考えを、変えられなかったと、思います……」



 白山が人物の召喚を渋り、部隊設立時に疲労困憊だった時……

たまたま書類を届けに城に赴いていたリオンが、グレースと遭遇し事の次第を相談した時の事だった。


 それまでグレースは、リオンの事を只の従者か副官と思っていたが、その時の熱意や語り口に、何か感じるものがあった。

同様にリオンもグレースの事を、恋に恋しているだけで、そこまで白山の事を本気で考え好意を抱いているとは思っていなかったのだ。

しかし、その考えも周囲の反対を押し切り、突如として基地に訪れ、白山を諭す熱意とその眼差しで考えを改めていた……



 そして、突如として持ち上がった皇国の間者や貴族派の脅威で、王族への警護が強化される事になると、グレースへの警護がリオンに下達された。

白山からその命令を受けた時、リオンは喉元まで出掛かった反論を、ようやく飲み込んで頷いていた。


 警護の任務を遂行する間、自分の感情を割りきって慇懃にその役職に徹してた。


グレースに対して抱いていた、どうしても割り切れない感情……


 それにこの国の王族と貴族として、白山とグレースの婚姻がレールのように敷かれた現状に、言いようのない気持ちを抱えていた。

白山に命を助けられ、生きる事の意味を授けられたリオンは、幾多の死線を共に潜り抜ける事で、白山の隣に立つのは自分だと思っていた。


そんな自負とは裏腹に、白山の背中を守る事で近づくグレースとの婚姻……


 その当人を前に、リオンはさざめき立つ感情を必死になだめ、会話の続きを待っていた。


「そんなに、固くならないでも良いですよ。

貴方とは、一度こうしてゆっくりと話をしたいと思っていましたから……」



 そう言ったグレースの瞳に、敵愾心や対抗心を見いだせず、いつもの様に柔らかな視線を投げかける。

リオンはそんな視線に戸惑い、それを察したのかグレースが話を続けた。


「いつも、ホワイト様を守って頂いて、本当にありがとう……」


 そう言って寂しそうに笑ったグレースに、リオンは驚いてしまう。

王族であるグレースは、そう簡単に謝意を表す事も頭を下げる事も、滅多に無い事だった。


 ましてや貴族でもない、一介の護衛である立場の者に感謝の言葉を述べるなどは、周囲に人がいたならば絶対にあり得ない。

それ故の人払いであり、個人的な茶話会なのだがリオンはそれよりも、唐突に投げかけられたその言葉の意味に、戸惑っていた。


 滅多に感情を表に出さないリオンが、息を止め一瞬だけ驚きの表情を見せる。

それを見たグレースはニッコリと笑い、その理由を語り始めた。


「私は王配を迎え、王家を存続させる義務があります。

それ故に、多くの制約があるのです……」



そう言ったグレースは、寂しそうに窓の方向を眺めながら語りかける。


「自由な外出や、交際などは望むべくもなく……」


 ポツリ、ポツリと語られたグレースの心境を聞き、次第にリオンは驚きや自身の感情を忘れ、その話に聞き入っていた。

時折、相槌を打ちながらいつしか真剣に、その言葉に耳を傾けていた。



「……ですから、その叶わぬ願いを、貴方に託したいと思っているの……

いえ、貴方にしか頼めないわ」



 すっかり心情を吐き出したグレースは、どこか背負っていた物を下ろせたような安堵の表情を浮かべる。

おしゃべりで乾いた喉を紅茶で潤し、やがてゆっくりと視線をリオンに向けた。


「王女様に代わりホワイト様を守り、そして常にそばに居る私に、ホワイト様との逢瀬を手伝えと……?」


 熱の入った言葉で飾られ、危うく頷いてしまいそうになったが、一呼吸置いて話の筋をなぞれば、そういう話になる。

しかし護衛でありこの国の王族である王女からの頼みであり、断るのは難しいかもしれない。

だが、これは私的な会話であり、命令ではないのだ。


 そんな逡巡を汲み取ったのか、少しだけ悪戯っぽく微笑み、グレースは立ち上がると席を移動して、リオンの隣に腰掛けた。

そして何事かをリオンに耳打ちする。


驚いて固まってしまったリオンは、グレースにされるがままになっていたが、耳打ちの内容を聞くと一瞬にして真っ赤になってしまった。


「……っ! えっ!?」


 驚きと戸惑い、そして、恥ずかしさで耳まで赤くなったリオンは、グレースに提案された取引について、グルグルと考えてしまう。


「側し……」


 口をパクパクさせながら、一言そう呟いたリオンを見て満足そうに微笑んだグレースが、視線で同意を求める。

僅かに頷いたリオンを見て、グレースが口を開きかけた時だった……


不意に、遠くから警急を告げる鐘が僅かではあるが、風に乗ってリオンの耳に届いた。


その瞬間、マインドセットが切り替わったリオンは、グレースに鋭い視線を向ける。



「何かあったようです…… 動かないで」



 突然の出来事に、戸惑うグレースへ動かないように伝え、窓際に移動したリオンは外の様子を伺う。

後宮からでは城下の様子は見えないが、城内の兵達の動きが俄に騒がしくなりつつあった。


 その様子を見たリオンは、背中からMP7を胸元に引きつけると、チャージングハンドルを引き、初弾を薬室に送り込む。

城下で何かが起こっている……


 警護対象<パッケージ>であるグレースを見ると、リオンは次の行動に意識と思考を向けていった…………



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