邂逅と勇者と ※
「そなたは、鉄の勇者か?」
レイスラット王は膝をつき真剣な眼差しで白山を見つめ続けた。
本来であれば、王族が壇上から降りる事もあり得なければ、まして土の地面に膝をつくなど、絶対にありえない事だった。
自分達が戴く王がそんな仕草を取った事は、周囲の兵達や従事に最大級の衝撃をもたらした。
どよめく周囲の同様をよそに、王は立ち上がろうとはしない。
どうすべきか少し迷ったが、白山は姿勢を崩さずこう答える。
「陛下、私は勇者など大それたものではありません」
レイスラット王は、僅かに白山の肩に載せた手を震わせながらも、声は至って冷静に発声する。
「では、鉄の杖を用い伝承によく似た格好をどう説明する?」
白山は視線を上げ王の顔を見たい衝動をぐっとこらえ、答える。
「我が国では、至極ありふれた武器でそれほど珍しい物ではありません。この格好も然りです」
「そうか……」そう言って頷いた王は、手の力を抜いた。
「しかし、その姿といい馬車から見た杖の威力と言い、本当にそなたは鉄の勇者ではないのか?」
これでは、埒があかない。そう考えた白山は簡潔に答える。
「勇者とは自ら名乗り称するものではありません。私は自らの信義に基づき助勢しただけです」
その言葉を聞いた王は得心したように頷くと、そこでようやく立ち上がり「面を上げよ」と短く告げる。
すっと、顔を上げた白山はレイスラット王の顔を確かめる。
年の頃は40後半だろうか。貴族や王族としては肥えた様子のない引き締まった体躯をしており、その風貌は苦悩からか深く刻まれたシワは、年より上に見える印象を与えていた。
そしてその眼は、どこか深い憂いと僅かな戸惑いをたたえていた。
「成程、それは確かにそうだな。まずは礼を言おう。昨今、予の治世を乱そうと考える輩が出始めてな」
そう言ったレイスラット王の顔は、冷酷なまでに冷たくなっていた。
「もったいないお言葉を賜り、大変有難く存じます」
僅かに頭を下げ白山は、そう答える。
すると、王は髭を撫で付けながら有無をいわさずこう付け加える。
「よし、此度の功績を認め 儂が鉄の勇者と名乗る事を認める」
周囲に控えていた、騎士や従者が一斉にざわめく。
『まいったな、勇者と言う柄じゃないんだが……』
心のなかでそう思った白山は、語を次ぐ。
「殿下、私は遠き国より突然この国に呼び出され、帰ることもままならず苦慮しております。
知り合った商人どのの話では、私の姿によく似た伝説が王都にあると聞き及び、向かっておりました」
驚いた様子を見せたレイスラット王は、白山がクローシュの知人である事をブレイズから説明され、困ったように苦笑する。
「まったく、クローシュもいい加減に行商を辞めて、王都での商いに専念すれば良い物を」
ブレイズはそんな王の言葉に同調するように苦笑いを浮かべている。
どうやらクローシュは思ったより大物のようだ。
話題が落ち着くと改めてレイスラット王が白山に切り出した。
「成程、おおよその事情は分かった。儂と共に王都へ参ろう。
そこで、誰ぞ詳しい者に【先代】鉄の勇者の伝承について、そなたに享受させよう」
「先代」その言葉を強調した王の言葉から、拝命は断れなくなったと諦めた白山は心のなかでため息をついた。
しかし、王のお墨付きで馬車と変わらぬ速度とはいえ、人目を気にせず移動できるのは有難い。
それに帰還の手段について、王家の資料を閲覧できれば何かしらの手がかりが得られるかもしれない。
「ありがたく存じます」
言葉短く礼を述べた白山に満足そうな笑みを浮かべた王は、従者に合図を送り馬車に戻ってゆく。
*********
白山の肩に王が手を置いて言葉をかけている時、その後方の馬車では王の背中越しに白山をじっと見つめるグレースの姿があった。
薄いレースのカーテンは、背後の小窓を閉めてあり馬車の奥に座っているグレースの姿は見えない。
本当は自分が表に出て直接言葉を掛けたかったのだが、王族二名が揃って外に出ては、万一の場合に防ぎきれないと言われ、渋々こうして姿を眺めているのだ。
グレースは先ほどの王との約束の内容を思い出し、それが叶った瞬間に心臓が止まりそうな胸の昂ぶりを覚えていた。
『もし、降りてくる方が斑の服に身を包んでいたとしたら、直接お言葉をかけて頂き王都へ招いて下さいませ……』
それが王にお願いした約束だった。
ブレイズに誘導され近づいてきた男の服装は、紛れも無く斑だった。
その姿を認めた王とグレースは、その姿をじっと見据えていた。
「あの方を野に置いてはいけません。王家に引き込まなければ……」
グレースはかつてない程に真剣な眼差しで、そう断言した。
「お前は、あの者が本当に鉄の勇者だと考えるのか?」
「間違いありません。私程この国で勇者について識る者はおりません」
「そうか……」
小さく息を吐き出した王は、再び白山の方に視線を向ける。
「これも、何かの定めやもしれんな……」
王はそう言うと、お出ましの合図を受けて馬車の外へと身を乗り出した。
実の所、グレースは王が白山に膝をついて声をかけている場面を、よく覚えていなかった。
カーテン越しの視界ではあったが、まるで穴が空くのではないかと言う程に、白山の姿を凝視していたからだ。
戦士や兵士などは、これまでも多々見ていたグレースだったが、強さを持つ者は往々にして粗野で荒々しさが目についた。
かと言って貴族出身の騎士などは、格好ばかりに気が回るのか、きらびやかな鎧だけを誇示するような中身の無い物が殆どだった。
それらと比べれば、白山の存在は異質ではあるが蛮勇だけではなく、かと言って飾り立てている訳でもない。
東洋系の顔立ちもこちらでは珍しく、格好から佇まいまで、これまでグレースの見たことのない質の男だった。
夢見る少女であった頃は、勇者様が自分へ求婚してくれる場面を想い描いたりしたものだ。
しかし、いざ目の前にそんな存在が現れて王と言葉をかわしている。かすかに聞こえるその声に耳をそばだて、食い入る様に見つめるしか出来ない。
そんな自分が歯がゆく、それに自分が勇者様に出会ったとしてどう接するべきか?何を語りかけるのか?一向に答えは出なかった。
そうした逡巡をしている間に時間は瞬きするほどに短く、王と勇者の邂逅は終わりをつげる。
「よ…… グレースよ……」
ハッと我に返ったグレースの前には、少し寂しそうに佇む王の姿があった。
「す、すみません、お父様……」
慌てて頭の中を切り替えたグレースに、王は真剣な表情で問いかける。
「して、お前の印象はどうだった?」
そう問われてグレースは、よもや『あまり良く見ていませんでした』と言える訳もなく、改めてその姿を脳裏に思い描く。
そうしてゆっくりとではあるが、言葉を紡いでいった。
「立ち居振る舞いは歴戦の騎士、しかし受け答えは学者のようでもあり、王の前でも臆することもない。
これまでに見たことのない人というのが率直な印象ですわ」
そう言ったグレースに王はニヤリと笑う。
「心を奪われでもしたか? だとすれば、王族の心を乱すなど大罪だな。磔にでもせねばならぬか」
クツクツと肩を揺らす王は、グレースの反応を楽しむように冗談を口にする。
旨を去来する感情の整理がつかぬ状態で浴びせられた他愛のない冗談に、グレースはめったに見せない感情を表に見せる。
それは王族としてポーカーフェイスや、貴族相手の腹芸を強いられる立場の者としてはあってはならないのだ。
だが、意識とは別に突き動かされた感情が、冗談を冗談と受け取る余裕を消し去っていた。
軽い冗談のつもりだったが、みるみる曇る娘の顔に驚いた王は、小さく咳払いをすると話題を切り替えた。
「とりあえずは、あの者を暫くは王都に留め置くよう差配した。問題がないと判り、機会があれば対面できるであろう」
王のその言葉に、明らかに安堵した様子のグレースは長い息を吐きだすと僅かに目をつむり体の力を抜くように、背もたれに身体を預けていた。
*********
異例とも言える接見を終えてブレイズは、白山に声をかける。
「ホワイト殿、間もなく出立となりますので、後の馬車にお乗り頂けるか?」
そう聞いた白山は、高機動車を持ってこなければならないと思い、その調整をすべきだと考えた。
「ブレイズ殿、私も自分の馬車と言うか乗り物があり、私にしか御する事ができません。
それに、また襲撃が無いとも限らない。私が先頭を走ろうかと思うが如何か?」
「いや、それには及びません。これより2刻程走れば宿営地に着きます。後ろの馬車の後方に続いて下さい」
厳然としたブレイズの主張に違和感を覚えたが、そういえば親衛騎士団は襲撃を許すと言う失態を犯している。
それに続いて、白山に先頭を走られては面子が丸つぶれになるだろう。
「わかりました。では、最後尾を走らせて頂きますので、護衛の皆様に私の存在を知らせておいて下さい」
王の賓客を最後尾にはとブレイズは難色を示したが、私の乗り物を中央付近に置くと隊列が乱れると白山は説得する。
ブレイズが渋々頷いて、M240を渡してきたので、それを受け取り、足早に斜面を登り始める。
程なく高機動車に辿り着いた白山は、監視装置やクレイモアを解除し、偽装網を手早く纏めるとすぐにエンジンを掛ける。
窪地を抜けだすと、ゆっくりと斜面を下り、隊列の手前で停車すると、馬車の方向に向けて声を張り上げる。
「ブレイズ殿、おまたせ致しました。進めて下さい!」
隊列の騎士達は動揺を隠しきれない様子で、高機動車と白山に視線を向けている。
その声を聞いていたブレイズは、大きく手を振ると了解の意を示し、前に進めと命令を出す。
長い隊列は、ゆっくりと進みだし、その度に運転席に座る白山と高機動車に視線を突き刺す。
やれやれと思いつつ、白山は表情を隠すためサングラスをかけ最後尾につけるため、隊列が動き出すのを待っていた。
*****
最後尾の騎士と少し話して、今夜の宿営地はフォレント城と言う名の古城で高原にあるという事だった。
先程はブレイズの顔を立て、先頭を譲ったが最後尾のトロトロとした速度は、高機動車にとっては燃料を浪費するあまり好ましい速度ではなかった。
その為、最後尾の兵士に断りを入れ、少し距離をとってから追いつくと言う走り方をする事にした。
これにはレイブンを操作して、隊列周辺の安全を確認するという意味もあった。
しかし走りやすい街道を、隊列に追いつこうと高気動車の速度を上げ、土煙を上げながら進むと
追いつくにつれて、最後尾の騎士たちが悲鳴をあげたのには、内心笑ってしまった。
そうこうしながら一行は無事にフォレント城に到着し、城の衛兵と出迎えの城代から出迎えを受ける。
そこでもチラチラと視線を受け、苦笑を禁じ得ない。
さて、入城したは良いが問題は駐車場所だった。
ブレイズは見張りの兵を立てるというが、武器弾薬を含む装備を他人に預けるのは論外だった。
白山は考えた末、車体をビニールシートで覆い、いつもの様に動体センサーとクレイモアを遠隔操作出来るようシステム化した。
ふと、考えた白山はスタングレネードを2発取り出すと、細工をして偽装網に使用される杭を使い、簡易的なトラップをこしらえる。
続いて、車両から少し離れた場所に『粘土』をこねてこけおどしの細工を仕掛けた。
これらが役に立たなければ良いのだが・・・
城の者や隊列の兵士たちには、誰も近づかないようにと念を押すしかなかった。
王に招かれた立場とはいえ、到着までの自分に向けられた視線を考えると、用心に越したことはない。
それから白山は城の中に案内される。
念の為に、背嚢と小銃は城内に持ち込んだ。背嚢と装備があれば車両を抑えられた場合でも奪還や脱出が可能になる。
随行していたメイドに案内され、客室に通される。
30平米ほどの部屋には暖炉と燭台 ベッドそして応接セットに机が置かれ、簡素ながらも清潔な部屋だった。
ベッドの側に背嚢を下ろした白山は、部屋の中を順にチェックする。
部屋の隅で控えるメイドが怪訝そうな顔をしているが、構わず低層・中層・高層と高さを変え順にチェックしてゆく。
その結果、覗き穴らしき場所が3箇所見つかり、何も言わずに調度品をずらして、その穴の前に置く。
まあ、気休め程度だがやらないよりはマシだろう。
とりあえずは、一息ついた白山はストールを脱ぐとソファーに腰掛ける。
すると、洗練された手つきで控えていたメイドが茶を淹れ始める。
その仕草を横目に見ながら、今後について考えていると音も立てず、目の前にカップが置かれる。
『毒殺の心配はないよな……』
そんなことを考えながら、僅かに口を湿らせて様子を見る。
すると、メイドは「湯浴みの支度が整っております」と静かに伝えた。
そう言えば、作戦期間加えると1週間は風呂に入っていない。
野外で慣れてしまえば匂いも気にならなくなるが、一旦気になり出すと途端に風呂への渇望が湧いてくる。
ありがたく頂戴することにして、支度を整える。
チェストリグとプレートキャリアを脱ぎ、背嚢に括りつけ一体化する。そして背部にピンを外したスタングレネードを仕掛ける。
用心に越したことはない。
腰回りの装備と小銃のみを携え、替えの戦闘服を持ち部屋を出る。
部屋を出る際は、メイドには絶対に荷物には触らないようにと念を押した。
「畏まりました」と恭しく頭を下げたメイドの姿に本当に大丈夫か?と少し不安になるが疑い過ぎてもキリがないと、割り切ることにした。
浴場は、こじんまりとした風呂だったが、浴槽は足を伸ばせる広さがあり、適度な温度で湯気が立ち上っていた。
脱衣の間も側に控えているメイドに、退出をお願いしたが「仕事です」と固辞され諦めた白山は装備を見張っていてくれと伝え、服を脱ぎさっさと浴場に離脱する。
「まさか背中まで流しに来ないだろうな……」
ふと、そんな事を考えつつ、白山は久しぶりの浴場に足を踏み入れる。
背嚢に医療処置の手洗いに使う、小さな固形石鹸を入れていたのを思い出して浴室に持ち込み、野外の汚れを落としてゆく。
頭部外傷に使う剃髪用のT字カミソリも、ついでに持ち込んで無精髭を剃り落とし、どこか心身ともに軽くなった気がした。
仲間が未だに砂漠の真ん中で任務を続けている中で、自分だけがこうして湯に浸かっているのかと一瞬後ろめたい気分になったが、ふと思い直す。
最後に任務の時間を確認したのは、離脱の30時間前だった。
時間軸がこの世界とは平行しているのかは、白山には判らないが、案外あいつらも基地に帰投してシャワーを浴びているかもしれないと考えた。
そう思うしかない。そう割り切って湯を堪能した白山は、スッキリとした表情で部屋に戻る。
幸い入浴中の装備も部屋に残した背嚢も無事だった。
久しぶりの屋内で、ゆっくりしていると不意に部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」と言葉短く伝えると鎧を脱ぎ、こちらも入浴したのだろう。幾分さっぱりとした風貌のブレイズが入ってくる。
勧められるまま、ソファーに腰を下ろしたブレイズは切り出す。
「いや、あの乗り物には驚いた。一体どうやって動いているのか!」
そう切り出したブレイズは、これからの予定について話し出した。
「今日明日は、陛下は城で静養され、明後日に出立される予定だ。
今夜は、ホワイト殿を晩餐に招くと仰っている」
そう、伝えたブレイズに短く「分かった」と伝えた白山は、ブレイズに念押しする。
「私の乗り物については、見張りを立てて貰うのは有難いが、絶対に触れないようにしてもらいたい。
触れるととんでもない事になるからな」
そう言って、笑いかけた白山にブレイズは騎士達に伝えておくと、確約してくれた。
すると、ブレイズの視線が背嚢に向いているのに気づいて目を向けた。
背嚢に斜めに立てかけてあった、ナイフと呼ぶにはかなり大ぶりの刃物にその視線が注がれているのに気づく。
「剣が気になるのか?」
そう言ってニヤリと笑った白山は、ベッドの方に進むとナイフを手に取り、ソファーの方に戻る。
シースから抜き出しその刀身を陽光に晒すと、見事な波紋が浮かび上がった。
「なんと見事な剣だ。不思議な造りも見たことがない」
ブレイズは、やはり武人と言うべきか、剣を生業としているだけあってその価値が判るようだ。
このナイフは居合を嗜む白山が、刀匠に依頼して刀身を鍛え、鞘や柄は、現代のナイフ職人に依頼した逸品だった。
日本人として国外の戦場に出入りする度、やはり侍の印象が強いのか、日本人=刀との印象が強かった。
その為、白山自身で図面を引き依頼した特注品で、海外に遠征しているうちに振り込まれていた使い道のない賞与が、丸々つぎ込まれた品で、状況が許せば訓練や実戦に携えていた。
共通の話題作りや、勿論 命を託す道具として白山の身を守った事もあった。
海外の特殊部隊員でも、日本の武術に精通している隊員は多く、その技術は現代でも通用する戦術として活かされていた。
一尺六寸(約48cm)の刀身は、ナイフというより脇差しに近い物で、普段は武器庫に保管してある代物だ。
白山はその柄をブレイズに向けると、彼はやや紅潮した面持ちで慎重にその柄を握った。
「重量感はあるのだが、バランスが絶妙なのか軽く感じるな。握り心地もすこぶる良いな。
この、刃先の文様はどういった代物なんだ?」
年齢が近いこともあってか、いつしか白山とブレイズは次第に旧知の仲のように打ち解けてゆく。
ブレイズの質問に返答を重ねながら談笑しているうちに、白山はブレイズが信頼に足ると判断し、白山がこの世界に飛ばされた経緯について語っていった。
驚いた様子でブレイズは聞き入っていたが、やがて納得したようだった。そしていつしか話は国内外の情勢に移っていった。
「俺は、この世界に来てこの国の情勢や周辺国との関係が分からない。今回のような襲撃はまれに起こるのか?」
これまでの友好的なムードから一変、ブレイズの表情は真剣になりこの国の現状についてゆっくりと語り出した…………
次回は、少し間が空き9月4日更新予定です。




