戦果と捕虜と偽情報
アトレアと田中二曹が私室に飛び込んだ時、すでにリタ領主とその家族は事切れていた……
昔ながらのワインに混ぜた毒を飲み干し、ソファで一家は躯と成り果てていたのだ。
ご丁寧に王の乱心を身を持って諌めるという内容の遺書が残されていた。
その内容は貴族派の主張を手本として書き写したかように、一方的な視点から書かれたものだった。
アトレアは混乱した現場を上手く取り仕切り、部下達や領主館に残った人間に王名として指示や命令を下してゆく。
次第に領主館や混乱は収まり、昼頃には第一軍団長の名前で街に宣誓が出され街中の動揺も静まっていった。
もっとも市内に遅れて到着した歩兵達が目を光らせ、定期的に騎兵が巡回している状況では不満の声は上がる筈もない。
大半の住民は領主が変ろうと自分達の性格に影響がなければ、不平などはないのだろう。
空にある雨雲で雷鳴が鳴り響こうとも、豪雨や落雷が自分達に降り注がなければ、じっと雨雲が去るのを待つだけだ。
一部の商人や官吏のみが、これまで受けていた恩恵やお目こぼしなどを思い返し、拘束の不安や露と消えた袖の下に嘆く。
領主一族の遺骸はシーツに包まれた後、簡単な弔いとともに墓所へ葬られる。
反乱の首魁として王都に連行され処刑されたならば、その躯は広場に晒されるか火葬に付されるのが通例だ。
しかし、例外として名誉の自決を選択した場合においては、ある程度の温情が施される。
残された家人や役人などは一部を除いて、新しく任命される領主に引き継がれる。
新しい領主はこれまで王宮で地方行政をになっていた中堅の法衣貴族が充てられるとの事だった。
そして家人達は、領主の私兵が主の最後の時間を守る為に抵抗した痕跡を、複雑そうな面持ちで片付けている。
そんな中、アトレアと田中二曹はひとまず戦闘が一段落した事で、被害や今後の動向について打ち合わせていた。
「死者三名に、負傷者が七名…… 思っていたより此方の被害は少なかった。 田中殿のおかげだ。礼を言う」
そういって、軽く頭を下げたアトレアに田中二曹が恐縮する。
「いえ、もう少し上手くやれていれば、死傷者数を減らせたのではないかと……」
そんな謙遜の言葉を聞いて、アトレアは小さくため息を吐きつつ内心で呆れていた。
本来らならば領主館といえど、小さな砦を攻めるに等しいこの戦闘では死傷者の数はもっと多くなるのだ。
それがこれだけの数字で収まり、短時間で領主館を落とせたのは驚くべき成果だった。
それなのにこの男ときたら、まるで無傷で落とせたのではないかと言わんばかりに、険しい表情を崩していない。
明らかに視点や考え方が違うのだ。
「先程、ホワイトより連絡がありました。
あちらも無事に古砦の制圧を完了し、ザトレフの死亡を確認したそうです」
アトレアはその言葉に頷き、すぐに兵の半数を割り振るように副官に命じていた。
「しかし、二百余名の駐留する砦を攻めて、自軍の損害が無いとは呆れるほどの強さだな……」
似たような条件であり、自軍の数も違うそれでも白山達は無傷で二百に近い人員を殺傷し無傷。
そして自分達はと言えば、百の騎兵で領主館を攻めたのだ……
田中二曹は自分の隊を褒められ、少し気恥ずかしそうに苦笑しながら後頭部を掻いていた。
これまでの常識で考えれば圧倒的に少ない損害であり、誇るべき戦果なのだが、アトレアにはどうしても納得できなかった。
田中二曹達の支援があってこその戦果である事を認めざるをえない。
虎の子とも言える銃隊を率い奇襲をしかけたのだが、自分達だけであれば制圧にかかる時間も死傷者も、もっと多かった筈だ。
「後は…… 銃の効果的な運用と戦術でしょうね……」
アトレアの表情を読み取った田中二曹が、助け舟を出した。
その言葉に片眉をピクリと上げたアトレアが、小首を傾げて話の続きを促す。
力強いノックとともに出発準備が出来た事を報せに、隊員の一人が田中二曹へ報告に訪れた。
「銃を持つ兵達は希少ですが、今後我々との連携が進めばもっと機動的かつ柔軟な運用が可能になると思いますよ……」
腰を浮かせながら簡潔にそう答えた田中二曹は、アトレアに対して着任時と同じようにピシリと敬礼を行うと、くるりと踵を返しゆっくりと入口へ歩いて行く。
アトレアは返した答礼を解きながら、その言葉の意味を黙って噛み締めていた……
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白山達は一部の外周警戒要員を残し、諸侯反乱軍の宿営地の最終制圧作業に移行していた。
迫撃砲と一斉射撃により壊滅的な打撃を与えた宿営地だが、実際にはその地に入り残勢力の拘束や負傷者の収容などを行う必要がある。
歩兵は最終の決という言葉があるが、制圧地域に足を踏み入れ実際に占領や武装解除を行う、地に足をつけた活動も歩兵の本分だ。
砦内部の制圧はつつがなく終了し、内部の人員は中庭の一箇所にまとめられ、後ろ手にタイラップをかませて拘束してある。
拘束された者達は膝立ちで複数の列に並べられ、その側面と後端にそれぞれ隊員が配置されていた。
士官と思われる男が、何かを交渉しようと口を開きかけるが、その言葉は銃口と背中を蹴られた事によって地面に押し付けられ、叶うことはなかった。
そんな初期の威圧もあってか、概ね列に並ぶ捕虜達は一様に大人しく指示に従っている。
白山は、そんな様子を明かり取りの窓からその様子を眺め、それから自身が屠ったザトレフの遺体と向き合った。
その遺体には、プレートメールの胸部に小さな穴が複数穿たれ、夥しい量の出血が地面に広がっている。
白山は、タブレット端末のカメラ機能で、その骸の顔と全身を撮影すると、両手を組ませてまぶたを閉じさせた。
死んでしまえば唯の人…… 任務や命令で人を殺す事があっても、それは仕事と割り切っている。
立場や信条、それぞれの立脚点から見て、敵だっただけだ……
詰まる所自分達の主義主張を、力で押し付け合うのが戦闘なのだ。
そこにはキレイ事もなければ、余計な感情が入り込む余地もない。
白山は、部屋の中を家探ししている隊員に目を向ける。
書類の束や手紙など数点の資料があったが、やはりというべきかザトレフと皇国とのつながりを示す書類などは出てきていないという。
その場の捜索を隊員に任せた白山は、宿営地の方に向け歩いて行った。
そこは、戦闘後の硝煙の残渣と血の匂い、そして悲鳴やうめき声が木霊するまさに地獄だった……
山城一曹とリック軍曹のペアは、自らも率先して負傷者の収容と武装解除を行っていた。
既に指揮系統が崩壊していた宿営地の兵士達は、逃走できる五体満足なものは逃げ出し、血気盛んな者は抵抗を示そうと挑みかかってきたが即座に射殺された。
一定の距離をとって武装解除を呼びかけた部隊は、現在投降してきた兵や負傷者を監視している。
二十四名の三個分隊では、百名近い投降者を監視制圧するだけで精一杯であり、それ以上の処置は行う事が出来ない。
ここは第一軍団から応援が到着するまでは、最低限の応急処置と見張りを行うことが任務となる。
「動けるものは、武器を捨て投降場所に向かえ!」
高機動車の荷台からそう呼びかけるリック軍曹の傍らでは、車両に積載されたM2重機関銃が捕虜達に睨みを効かせている。
北側にある砦の横の開けた場所に、支援チームが鉄杭と有刺鉄線でコの字型の柵を作り、即席の捕虜収容所をこしらえていた。
そこに向かって一列で歩く捕虜達は、衣服を血と泥に染め、まるで幽霊のようにノロノロと進んでゆく。
その途中にも、弾丸を喰らったであろう死体が転がっており、非現実的な光景になっている。
空は青く小鳥がさえずっているというのに、そこへポッカリと地獄が落ちてきた有り様だった。
ボディチェックを受け、捕虜達が柵の中に放り込まれてゆく。
彼らは戦が終われば帰郷できると心待ちにしていただろうが、今後は戦争奴隷として鉱山や開拓に使役される。
白山はこうした捕虜虐待は当然ながら反対だったが、これも致し方ない事だった。
今回の戦闘は、懲罰的な見せしめとしての側面が強いのだ。
ここで手を抜いてしまえば、今後もザトレフのような考えを持つ貴族が現れないとも限らない。
その為、この世界の慣習に倣って捕虜を遇している。
そして捕虜達も、どこか諦めたようにその境遇を受け入れていた……
第一軍団の副官と、田中二曹の高機動車が戻ってきたのは、昼前頃だった。
先行して騎馬隊の五十名が見張りを引き受け、昼以降に歩兵五百名が到着次第、この場を引き継いでくれるそうだ。
そうして幾分人数に余裕が出てきた白山達は、負傷者の手当や遺体の埋葬といった作業に取り掛かる。
本来であれば、かなり重症な負傷者であっても後送し手術を受けさせれば助けられるのだ。
だが今回の作戦では、敢えて医療チームの面々や、そうした機材を白山達は持ち込んでいなかった。
二百名もの死傷者の後送と手術、それにともなう医薬品や機材、さらには後送に用いる運送手段が、絶対的に不足していたからだ。
それにこの世界の基準では、戦争捕虜にそうした手厚い看護や手当は行われない。
血が出ていれば布を当てて縛り、骨折していれば簡単な添え木を施す程度が関の山なのだ。
それよりは、幾分マシな手当を負傷者に行いつつ、もう一方では隊員達が地面に向かい、黙々と土を掘っていた……
亡骸を埋葬する為だ。
見れば近くの森の梢にカラスが留まり、不気味な鳴き声を発しこちらの様子を窺っていた。
それだけではなく、このまま放置しては疫病の恐れもあるため、速やかな埋葬が求められるのだ。
それにこの世界では、アンデットやゾンビが信じられており、遺体を放置することはタブーとされている。
白山もそうした隊員達に混じって、黙々と土を掘り返していた。
ある程度の深さになったならば、そこに死体を投げ入れそして土をかぶせていく。
そんな繰り返しが延々と続いてゆく。
隊員の一人が、堪え切れなくなったのか口元を抑えてどこかに走っていった。
白山は作業の手を止め、切り上げ周囲の隊員に目を向けてから、ゆっくりと掘りかけの穴から抜けだした。
「皆、よく見ておけ…… これがお前達に預けた、銃や兵器の威力だ。
こうして容易く人命を奪い、そして殺傷する。
命の重さと奪うことの意味、それに自分達の力の重さ…… それを忘れるな……」
白山の言葉を聞き、隊員達はそれぞれが背中に背負った銃や、自分の手を見て何事かを考え、そして力強く頷いてくれた。
それを見た白山は、僅かに微笑むと深く頷きそして作業へと戻っていった……
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街道をひた走る影は、誰にも気取られることなく、無事に王都近郊の街に辿り着いた。
裏道を抜け馬を盗み夜を徹して走り続けて、到達した影は目的地である天幕へとスルリと滑りこむ。
その天幕の寝所には、第二軍団から長期離脱中である、クリステン・カマルク軍団長代理が難しい顔をしてベッドに腰掛けていた。
「来たか…… して、首尾は?」
その言葉にフードで顔を隠した影は、抑揚のない声で返答する。
「諸行軍は予定通り第一軍団と鉄の勇者を出し抜き、王都へ向けて前進しております。
早ければ、二日後には王都へ入れるでしょう……」
その言葉を聞いてカマルクは昨夜届いた命令書に視線を向け、苦々しく鼻を鳴らした。
内容は三日後に最後の街道警備を実施し、王都において功労勲章の授与と新たな配属先の命令を受けよと記されていた。
おそらく功績を上げられないことを理由に、撤退を渋っていたカマルクに勲章を与えて追い払おうという魂胆だろう。
そう思っていた矢先の諸侯軍到着は、朗報とも言えた。
「本当に、諸行軍は第一軍団とあの鉄の勇者を出し抜いて王都へ出発したのか?」
確認を意味を込めて、そう念を押したカマルクに影は僅かに上体を倒し頷いてみせる。
「鉄の勇者が到着前に陣を払い、第一軍団の目付けを殺害し、夜間に発ったと報告が来ております……」
影はさも自分が見聞きしてきたように偽の情報を並べ、カマルクに情報を浸透させていった。
実際の所は予定通り、鉄の勇者の軍がリタに到着している旨を、聞き及んでいる。
しかし、鉄の勇者の軍は現在、モルガーナを少し過ぎた所であると、さも真実であるように語り、カマルクを手玉に取っていた。
影の目的は、自分と部下の撤退…… それに最後の仕掛けを施すためだった。
「では、諸々予定通りに……」
そう言って、掻き消えるように影は、天幕から姿を消した。
カマルク達の宿営地を後にした影は、酷薄な笑みを浮かべると、そのまま東へと走りはじめ、やがて何処かへと消えていった…………
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