表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/183

下達と死神と忠義と

 前川一曹と田中二曹に率いられた先遣隊は、つつがなく任務を終えて正午ピッタリに無事、本隊と合流した。

二台の高機動車で街道を外れた荒野から現れた先遣隊は、泥に汚れた車体を偽装網に隠し暫しの休息に入る。


白山は先遣隊に食事と休息を指示し、1330から状況報告を聞くことにした。



「それじゃ、現地の詳しい報告を頼む」


昼食の合間に、地図を基にして作成した砂盤を前に、先端を削った細長い枝を手にした白山は、それを前川一曹に手渡した。

メモ帳に目を落として情報を確認した前川一曹は、枝の具合を確かめながら位置関係を確認していく。



「ここがリタの街、そしてここが古い砦、呼称 目標X<エクスレイ> リタの領主館を、目標Y<ヤンキー>とします」



こうした席では簡潔明瞭に、敵情に関する要点や緊要地形について報告するのだが、第一軍団の面子の手前、分り易い言葉を選んで説明をしていた。



「地形…… X周辺は砦を中心に周辺は牧草地と思しき草原、周辺には一平方キロ程度の雑木林が点在。

砦の南500メートル東西に川が流れ、地形はそちらに向けて傾斜、川は膝丈程度で、障害には成り得ず」



そこまで報告した前川一曹は、第一軍団の者達や参加した教官連中に視線を向けると、再び口を開く。


「補足 地形情報については写真を参照されたい。撮影地点 目標北側から 距離、約1500メートル」


第一軍団の副官が、少し険しい顔を浮かべたのを見た前川一曹は、少しペースが早かったかと思い、タブレットの写真を表示させるとそれを示す。


「砂盤ですと、おおよそこの地点から撮影した画像になります……」


そう言って、砂盤の上を棒で示した前川一曹の動きに、アトレアが先程までの浮つきを消し去り、軍団長としての顔つきで、砂盤と画像を交互に眺めた。


「OP設置箇所 目標を起点として東西に設置 OP-1 東側、街道を街道を挟み、目標までの距離400メートル。

OP-2 目標西側 対象居留地から約200メートル……」



OP-2の位置を発表すると、教官達からは称賛と冷やかしが聞こえてくる。

逆に、第一軍団の面々はその意味がわからず、怪訝そうな顔を浮かべたため、前川一曹はチラリと視線を送り、タブレットを操作した。



「こういった写真が取れる距離である。 と、言う事です」



副官は差し出されたタブレットを受け取ると、驚愕の表情を浮かべ、絶句していた。

そこには、背景の入った全身写真と顔のアップが写し込まれており、その顔は紛れも無く最後通牒の書状を持っていった時の自分が写っていたのだ。



「こっ、これは……!」



驚く副官を尻目に、周辺の位置関係や画像で、OPの位置を淡々と説明する前川一曹は、少し首を傾げると、続きを話して良いかと一同に視線で問いかけた。

アトレアが驚愕を押し殺し、副官が呆然としているのを尻目に僅かに頷いた。


それを見た前川一曹が、ゆっくりと続きを語り始めた。


「主監視対象 OP-1 目標X への出入者及び物資等の搬出入 OP-2 重要目標の位置特定」


そうして語り出された内容は、白山達にとっては当たり前の目標への偵察情報だったが、アトレア達にとって見れば驚愕に値する情報だった。


ここ数日における物資の搬入状況や、離脱する諸侯の部隊が離れる状況が、事細かに報告されてゆく。

おそらく反乱軍は、監視されていることすら気づいていないだろう。


「よし、状況推移については、概ね分かった。

現在の敵情について、最新情報を教えてくれ……」



白山がそう言うと、前川一曹が頷き、話はより具体的な内容へと推移してゆく。


「敵主力については、おおよそ歩兵が百、騎兵百と思われます。

これは、馬の頭数と目標周辺の荷車の数から、そう判断しました。


次に配置ですが……」


そこで話を切った前川一曹は、適当な葉を周囲の枝から千切ると、砂盤上に木切れで作られている砦の場所に並べてゆく。


「この葉っぱの位置が天幕と言う事で……」


そう言って幾つかの場所に天幕に見立てた葉を並べると、説明を続けてゆく。


「街道と砦をつなぐ東西の支道、今後、a道と呼称 a道の北に天幕群が点在、大きさと個数から人員数は160名と推定。

その他に、砦内部への出入りを観察し、算出した結果 警備兵に天幕から交代で約20名、砦内部に常駐する人数はおよそ20名


これが、撤収前の最新の情報です」


それを聞いた白山は深く頷き、砂盤に視線を落とし作戦の詳細を検討してゆく。



「思っていたよりも、リタの街から近いな。 遮断と接近阻止に人数を割かないと……」


「それなら、川のラインを阻止線にして……」



全体会議が始まり、作戦のアウトラインに沿って、問題点が出されてゆく。

その都度、現地を詳細に見てきた前川一曹や田中二曹が、現地の状況を説明し、それらに補足を加える。


そうして白山達の計画がまとまってきた所で、話の内容は次第にアトレア達の作戦との連動、整合性に話が移っていった……



「こちらの動きは、随伴する分隊が知らせるか、攻撃の音が合図になるだろうな」



白山がそう言うと、アトレアが前川一曹から棒を借り受けて、第一軍団の動きを説明してゆく。



「第一軍団は、現在皇国との国境に近い、カイサ砦に主力が詰めている。

これは、リタ周辺に居留可能な場所がなくてな。一番条件に合う古砦……目標Xだったか?


そこに詰めるのが良かったんだが、生憎と先客が居てな……」


そう言ってトントンと枝の先で、先程前川一曹が置いた天幕を示す葉を叩いたアトレアが悪戯っぽく笑う。



「それならば、移動を反乱軍に気取られる恐れは少ないな……

展開方法は、どう考えている?」



白山の言葉に、アトレアが自身が考えていた作戦を説明する。

だが、彼女は自分が考えていた作戦が、白山達の作戦や情報収集能力を前にして、果たして大丈夫なのかと不安に思っていた。



「俺は、この動きなら問題無いと思うが、皆はどうだ?」


皆が頷いて作戦が承認されると、アトレアは内心で胸を撫で下ろしていた。



「よし、それじゃもう一度おさらいだ……」



そう言って、白山が今後の動きについて全体計画を復唱していった……




********




「命令下達 小隊は反乱軍に対し、明朝攻撃を実施せよ……」


全員を集めて下達された命令は、本来ならば教官達が務める各班長に下達すれば済むのだが、白山は全員を集め伝達する。

これは齟齬を無くすと同時に、初陣である隊員達の不安を消し任務へ集中させるために敢えてそうしていた……



「各分隊の行動!


A分隊 当初 60迫で天幕を攻撃、事後街道まで前進し遮断

B分隊 天幕群の北に展開、支援射撃を実施、射手を抽出しD分隊を支援

C分隊は街道南の小川を境界線に街道を封鎖、Xからの連絡員の警戒及び街からの増援等を遮断せよ

D分隊については、Bより支援を受けつつ、迫による支援射撃後に Xへ突入 重要目標の捕捉ないし殺害を実施する。


田中二曹率いる E分隊は日没後に車両で出発、第一軍団との連絡調整及びその支援に回る!」



車座になった隊員達を前に、白山が長い棒で砂盤を示しつつ命令を下達してゆく。

彼らは今後、自分達だけで指揮や作戦を実施できるだけの経験を積む必要があるのだ。

下っ端の兵隊にはよくある事だが、自分が全体の中で何をしているのか判らず、単に命令に従うだけの場合が間々ある。


部隊の歯車になり、下達された各個の動作を完璧にこなすことも重要だ。

しかし、こうして全体の流れや各部隊の動きを知る事も、彼らの今後を考えれば、良い経験になるだろう。


「よし、現在地点からの出発は日没後、別辞する。

皆は、日没までに準備を整え、いつでも出発できるようにする事。

細部、質問等については分隊長に……」



そう言った瞬間、隊員達の目に何か意思のような魂のような煌きが宿るのを見た白山は、全員を見渡し満足そうに頷いた。


「では、準備かかれ!」



手短に敬礼を交わし、各自の役割に戻ってゆく、この世界の部下たちを見回し、白山はようやく息を吐きだす。

それを横で見ていたアトレアは、その手際と簡潔明瞭な指揮に感動し、白山の横顔をじっと見つめていた……




闇夜の中、低く轟いたエンジン音は低調かつ規則的なアイドリングへと変わり、徐々に冷えたエンジンを温めてゆく。

整列点呼が終わった分隊からその車両に分乗し、やがて全員がその荷台や座席に収まった。


「……出発準備、完了」



無線を通じて響いてきたその報告に 「了解、出発する……」と短く答えた白山は、トルクを効かせゆるい斜面を登ると、街道に復帰する。

程なくして後続の3トン半、そして最後尾を守る高機動車とともに車列を組み移動を開始した。


砂埃を巻き上げながら、時計の針が頂点を指し示す頃には、目標としていた地点に到達し、再びエンジンが切られる。

無言で合図を送り、それに応える隊員達も無言で、音もなく車両から降車する。



ここから先は、約十キロメートル程の徒歩行軍となる。

しかしこれまでの訓練で散々、重量物を背中に感じながら、永遠とも思える距離を踏破してきた彼らにとって、この程度の距離は散歩程度でしかない。


虫の音や風がざわめく夜の街道に沿って、幽鬼のような行進の列が続く。

その目からは、小動物や気の弱い人間ならば、射殺せる程の、鋭い眼光が発せられていた……



風の音に混じって、黙々と足を運ぶ僅かな足音だけが、周囲に響き目的地に向けて着実に進んでゆく。

その足音は、まるで、反乱軍に忍び寄る、死神の足音にも似ていた。



ふと、隊列が止まる。

街道から外れた荒野を進んでいた隊員達には、明確に変化が感じられていた。


これまでは自然が発する、独特で濃密な臭気が周囲を支配していたが、一種独特の獣臭い匂いが微かに漂っている。

これは軍馬が近くにいる所為なのか、兵が発するものなのか……


匂いや肌に感じるざわつきが、目的地が近い事を彼らの本能に伝えていた。



程なくして分隊毎の目的地に向け前進するように、命令が下り彼らの本能が正しかったのだと証明される。


闇が支配する中で視界に入る僅かな灯……

そして煮炊きの煙や生活の音……


そうした兆候が、長く野外に身を委ねてきた隊員達の皮膚に、明確な変化を感じさせていた。



そうした兆候が、彼らを深い水面に沈み込ませる。

感情や感覚から切り離された、任務というモノクロームの世界へ、完全に落ち込んでゆく。



そして、夜明けには幾分早い時間に、配置が完了する。


死神の足音は誰にも聴かれる事なく、その鋭利な鎌は反乱軍の喉元に、ピタリと充てがわれていた……




********



 ザトレフ・カルミネは、使い慣れた露営用天幕から、朽ちてはいるが幾分防護力の高い、砦の中に居を移していた。

二日前に届けられた最後通牒の内容は、到底受け入れられるものではなく、ザトレフはその内容を一笑に付した。


しかし、王国軍も本気のようで諸侯軍を解散するにあたり、各領地への帰還に必要な兵糧を装い、王都への北進用の物資を確保しようとしたのだが……

商人達への圧力がかかっているのか、遅々としてその調達は進まず、本来であれば昨日のうちに兵糧や物資を持たせ、解散を装い西北へと少数精鋭で登る筈だったのだ。

しかし、その目論見も露と消え、最後通牒の日時は、明日の日の出となっている。


 日が登りきれば、おそらく第一軍団の大群がこの砦を取り囲み、猛攻を加えるだろう……


『こうなれば、兵糧は現地で調達する事を考えて先に兵を進め、貴族としての矜持を陛下に示すべきか』



 そうザトレフは考えていた。

珍しく酒を口にせず、茶を飲みながら物資の一覧と地図をにらみそう考えるザトレフの許へ、誰かが尋ねてくる。



「やはり、万全の状態では出られませんな……」



 その言葉を発したのは、元第三軍団の第2連隊長を務めていたロルダンだった。

ザトレフの腹心として、釈明のため王都まで同道する事となっていたロルダンは、同じく影に助けられ、ザトレフと行動を共にして諸侯軍の戦列に加わっていた。



「既に、状況は決している。

今から街まで出て、故郷へ帰れば汚名は着せられずに済むぞ?」



 ザトレフからのそんな言葉に、苦笑したロルダンは手にした蒸留酒の酒瓶を手にザトレフへと語りかけた。



「すでにそんな時勢は、とうに過ぎていますよ。

今となっては、意地と意地のぶつかり合い……


ザトレフ殿も相当に頑固ですが、私も負けてはいませんでね……」




 そう言って貴族の人間が使うには少々粗末な木のコップに蒸留酒を注いだロルダンは、その片方をザトレフに手渡す。



「貴族たる者、信念と誇り…… そして、忠義に対しては、これを曲げるべからず」



 そう言ってコップを掲げたロルダンに合わせ、ザトレフもコップを掲げた。

ロルダンが発した言葉は、貴族であれば幼少の頃に誰もが習うであろう、貴族の矜持や生き様を述べた言葉だった。

この世界の貴族であれば誰もが諳んじる事のできる、謂わば聖典のようなものだ。



「ならば、忠義の名において、悪しき行いには決然とこれに異を唱えん」



 ザトレフもその言葉に続く、一節を諳んじてコップの中の蒸留酒を肚に収める。

アルコールが齎す熱が、五臓六腑を駆けてゆき、じんわりと胸に火が灯ってゆくのを感じていた。



二人が発した言葉には、こんな意味が込められている。



 信念を持ち領主や王に仕えよ……

そして、王が道を違う事あれば、忠義を持ってこれを諌めよ……



すれ違った忠義は、交わる事なく時代の奔流によって押し流されようとしていた…………



ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ