移動と再会と眼光と
軍務総会からきっかり十日後、白山達は夜の帳が下りた基地から出発してゆく。
白山の高機動車を先頭に3トン半が二台、それに三個分隊 二十四名の隊員が分乗し、目的地へ向けて出発する。
いつもの事ながら、見送りは少ない……
基地の警備を担任する五名の警備残留隊員が、僅かに敬礼を送ってくれただけだ。
それに答礼を返しながら、車両群は静かに南に向けて進み出す。
これからラモナ・モルガーナを経由して、南部のリタに進出するのだ。
白山の図嚢に収められている命令書には、こう記されている。
『反乱軍を鎮圧し、その首謀者であるザトレフ・カルミネの捕縛ないし、殺害を命じる
なお、その過程で必要となる作戦及び全権を、王立戦術研究隊 ホワイト子爵に一任する』
王命でそう記された簡素な書類は、苦悩の末に王がサインを記している事を、白山は知っている。
それを直接王から受け取った際、既に王の覚悟は決まっており、極めて涼やかな表情であったが、その瞳には僅かな憂いが混じっていた。
この世界の夜は漆黒の暗闇に包まれており、極一部の人間を除いて、深夜は寝静まっている。
王国の主要な街道は、馬車がすれ違える程度の広さはある。
だが、訓練で移動している際、大型の3トン半や車幅のある高機動車は、狭い道などで稀に街道を塞ぐ時があった。
そこで街道を専有出来て、移動が秘匿できる夜間の移動を選択していた。
これによって、かなりスムーズに移動可能になる。
夜明けにはラモナ近郊に到着し、SOP(通常作戦規定)に従って、偽装を施し車両を秘匿してから休息に入った。
現状では車両の運転を行えるのが教官達だけであり、やはり負担が集中している。
今後は隊員達にも車両操縦訓練を施す計画が、部隊内で進んでおりカリキュラムが作成途中だった。
交代で警備に立つ隊員達は、身じろぎもせず、街道から離れた場所に停車した車列を防護している。
現在のところ部隊に対して何かしらの脅威が差し迫っている訳ではないが、それでも警戒には手を抜かない。
もしここで警戒を解いたならば、そこから徐々に気の緩みが出て、平素の警備体制にも隙ができてしまう。
その為、どんな時でも警戒監視は怠らないように、SOPを定めて警備を継続させる。
いつも使っているストールを肌掛け代わりに、マットに寝転び仮眠を取っていた白山は、遠慮がちにかけられた声で意識を覚醒させた。
「隊長、第三軍団からの軍監殿が、面会をさせて頂きたいと申しております」
その声で、ムクリと体を起こして僅かな眠気を振り払った白山は、さて誰が派遣されてきたのかと記憶を思い起こした。
わずか数ヶ月前の出来事だったが、皇国の侵攻で一緒に作戦を行った面々の顔が思い出される。
「ホワイト殿…… いや、今はホワイト公か。 久しぶりだな……」
そこには、相変わらずの皮鎧姿のクリストフが、静かな物腰で高機動車の横に佇んでいた。
僅かな荷物とともに、負い紐でAKMを背負い草色のストールを巻いたその姿は、あの頃よりも風格があるように思える。
「ああ、やっぱりアンタが派遣されてきたか。
アッツオが来たらどうやって追い返そうかと、悩んでたんだが…… 杞憂だったな」
そう言って、笑い合った両者は握手を交わして、揃って腰を下ろす。
白山の部隊が作戦を行う際は、王国軍から戦果や行動を確認する、軍監が派遣される事になっていた。
まだ対立していた頃だったが、バルザムが横槍を入れて作成した条文に今も従って、部隊は律儀に軍監を受け入れている。
現場で合流する第一軍団から軍監を派遣してもらっても良いのだが、中立的な観点から第三軍団から派遣される事になったのだ。
そして、ビネダの砦に近いラモナで合流することになっていた。
「おや? 今回はバディ不在なのか?」
高機動車の側に腰を下ろした二人は、最近の近況を語り合ったが、そこでいつも白山の隣に立つリオンの姿がない事に、クリストフが気づく。
「ああ、今はグレース王女の警護に、臨時でついているんだ」
それを聞いたクリストフは、納得したように頷いた後、小声で白山に尋ねる。
「背中が寂しいんじゃないか……?」
物静かな彼から出たその冗談に、白山は笑ってはぐらかすと、周囲で休んでいる隊員達を顎で示した。
それを見たクリストフが、何か懐かしいものを見るような、それでいて憧れのような視線を隊員達に向ける。
そして、何かを決意するように白山へ声をかける。
「次の隊員募集と併せて、交換訓練生を募集すると聞いた。
アレックス団長に願い出て、その訓練生に志願させてもらった……」
それを聞いた白山は深く頷いてから、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべて言った。
「新隊員の訓練には、一切の手加減はないから、覚悟して来いよ……」
その言葉にクリストフも、不敵に笑いを浮かべていた。
無事に合流を果たした後、部隊は交代で食事や仮眠をとり、夕方近くに出発準備を整えてる。
真っ赤な夕日が沈み、そしてその残り陽に照らされていた齢暮器の空が、完全に星空と入れ替わった頃、車列はエンジンを始動させ再び街道に復帰した。
この先は順調に進めば、数時間程度でモルガーナを通過し、リタの中間地点まで進出する事になっている。
そこで第一軍団と合流して、計画の調整を行いリタまで前進する。
先頭を走る白山の高機動車は、ハイビームで暗い街道を照らしながら、速いペースで進んでゆく。
ここからの街道は、平坦な地形で難所は少ない。 故に速度を稼ぐことが出来る行程<レグ>だった。
時折小休止をはさみながら、部隊は着実にリタへ向けて南下して行く……
その静けさはまるで何かの予兆のようで、隊員達の顔もどこか落ち着かない様子だった。
ガタガタと揺れる車両の荷台で、隊員達は様々な心境を感じていた。
現実感を抱けない者や、これから発生する戦闘を想像して少しの興奮と恐怖感を覚えている者……
何も考えまいとして任務に集中する者など、暗闇の中でじっとそれぞれの思考を反芻している。
不意に車両が停車し、ドアが開閉される音が周囲に響いた。
どうやら長い車両移動も終わりを告げたようだと、隊員達は考える。
「降車、ここで明日の夜まで警戒……」
車長に指名された隊員が、分隊長の指示を伝えそれを聞いた隊員達が動き出す。
警戒方向を定め偽装網を貼り、交代で休息する。
先日まで行ってきた苛烈な訓練では、少ない睡眠と疲労との戦いが常だった。
それに比べれば、今回は配備後に下達された初の実戦任務の筈なのに、訓練と比較して肉体的な負担は、はるかに少ない。
どこか拍子抜けしたような心境を、誰もが抱きながらも与えられた任務をこなしてゆく。
そして警戒態勢が完成する頃、僅かに東の空が白み始めていた……
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「A分隊から、四名…… 第一軍団の誘導に出る」
河崎三曹からそう命じられた分隊員は、与えられた命令に従って街道の方向に進み始めた。
これからリタからやって来た第一軍団の幹部達が、作戦を確認するために陣地を訪れるという事だった……
それを偽装した車列の位置まで誘導しろ。 それが、与えられた任務だった。
バディで偽装を確認し、周囲の環境に溶け込んだ四名は、ゆっくりと街道沿いの土手や丘の上に展開する。
土手に位置する二名が直接誘導を実施し、丘の上の二名がそれを援護する。
この程度の連携は、白山の部隊では初歩の技量で誰もが言葉を発する事なく、音も立てずに配置についていた。
土手に沈み込んだ二名は茂みに紛れ、周囲の情景に溶け込み姿が消える。
丘の上の隊員も、僅かに周囲に首を巡らせ位置関係を確認した後、その姿をかき消した……
アトレアは、無線の連絡によって位置を指定され、移動しながら接触を待てと命令を受けていた。
昨晩は、久しぶりの野営を行い夜を明かし、早朝から目的の場所である、街道の分かれ道に向けて進んでいた。
横には副官と警護役の銃隊の二名を連れており、四名でゆっくりと朝の清々しい街道を進んでいった。
「止まれ…… 第一軍団の者か?」
不意に、どこかからかけられた低く抑揚のない声に、アトレアが周囲に鋭い視線を巡らせた。
「第一軍団の者か……」
再びかけられた声に、周囲を舐めるように視線を走らせて声の主を探すが、その姿は発見できない。
護衛の銃隊の兵は、背に回していた銃を手に持ち周囲を警戒しているが、彼らも声の主を発見できていないようだ……
「第一軍団長 アトレア・リンブルグだ! 姿を見せてもらおう!」
自身も腰の得物に手をかけながら、アトレアが油断なく声を発した。
その声に反応するようにゆっくりと立ち上がったその姿に、護衛の兵士が驚き、慌てて銃口を向けそうになる。
手を挙げて、アトレアがそれを制しつつゆっくりと馬を降りた。
「ホワイト殿の配下の者か!」
銃隊の護衛が、アトレアの動きに戸惑い銃を向けるか戸惑っている。
それもその筈で露出した肌をフェイスペイントで斑に塗りたくり、体の輪郭を隠すようにベールを被ったその姿は、とても人には見えなかった。
しかし、アトレアは既に迷彩服の模様や装備品の造りで彼等が白山の配下であると判っており、声をかけていた。
「お待ちしておりました。 会合地点までご案内致します」
手短にそう答えて、道を外れた先に見える茂みを、手で示したA分隊の隊員は、アトレア達に背を向けて進み出した。
本来ならアトレアも何か応える言葉を発する事が礼儀なのだが、それを忘れさせる程に威圧感を感じていた。
目線を合わせたのは、一瞬……
それでもペイントで肌の色が見えない中、鋭い眼光だけが油断なくアトレア達に向けられていたからだ。
少なからずこれまでの剣技や単純な突撃一辺倒ではなく、白山からもたらされた資料や訓練の手順を使い、ある程度兵を鍛えていた。
そして白山から貸与されている銃を持ち、次の戦ではこれまで以上に活躍する自信を持っていたのだが……
その自信…… いや、驕りは一瞬で打ち砕かれていた。
果たして、あの場であの兵士と戦った場合、我々は勝てたのだろうか……
それよりも自分自身も含め、生き残れたかどうかも怪しい。
アトレアは、まだまだ精進の道は険しいと考えながら、姿を表した隊員の後をついて進み出す。
部下達にも馬を置き、自分について来いと伝えた時だった。
先頭を歩く隊員が口笛を鳴らし、腕を振る。
アトレア達にはその動作が何を意味するかは判らなかったが、不意に周囲で茂みが揺れた。
歩みを止めたアトレアが周囲を見渡すと、同じように潜伏していた残りの隊員が後方から出現し、自分達の後ろに現れたのだ。
それを見たアトレアは、ゴクリと喉を鳴らし戦慄を覚えていた。
自分達も銃を扱うようになって、その威力と精度は十分に熟知しているつもりだった。
しかし後方から出てきた彼らを見て、もし案内に出てきた隊員を撃っていたら、残りの隊員達に撃たれて全滅する所だったのだ。
それよりも、前方の隊員を撃とうとした所で、撃てたのだろうか?
黙りこみ、グッと左手の珍しい形をした剣を握り締めながら、沈痛な面持ちでアトレアは進んでゆく。
気づけば下唇を噛み締めている自分に気付き、アトレアは息を吐き気を静めようと努力する。
程なくして、少しだけ違和感のある茂みに到達する。
より近くまで寄ってみれば、それが草や蔦を模した人工物であることに気づき、アトレアは驚愕する。
よく見ればその中に大きな車両が横たわっているが、街道からではこの偽装を見破る事は出来ないだろう。
もう一度、先頭を歩く隊員が軽く茂みに向かって手を挙げる。
それが仲間に対する挨拶である事に、アトレアが気づいたのは、茂みの陰に横たわる警戒の隊員の至近まで近づいた時だった。
既にアトレアの自信は粉々になり、果たしてこれからの任務を無事にこなせるかも不安になっていた。
そして何故かその胸中には、白山の笑顔が浮かんでは消えていた。
彼はどうやって僅か半年の間に、これだけの部隊を作り上げたのか……
そしてその笑顔と、部隊の冷酷なまでの精強さがどうしても噛み合わなかった。
偽装網をめくり、隊員が白山の元にアトレア達を案内する。
案内されたその裏側には、案内してくれた隊員達とは少し趣の違う、どこかゆったりとした雰囲気を纏った隊員達が思い思いに休息を取っていた。
その光景にますますアトレアの混迷は深まってゆく。
「隊長、第一軍団の方々をご案内致しました!」
隊員の敬礼を見て、ふと現実に引き戻されたアトレアは、目の前にいつもと変わらないやわらかな表情をした白山が、既に目の前にいることに気づく。
その表情を見たアトレアは、どこか安心したような感覚を覚え、そして胸を締め付けられるような再会の喜びを感じていた…………
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