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衝撃と隊旗と青空と


「一連の動作はこれにて終了ですが、より間近で隊員達の練度をご確認頂きたいと思います!」



 前川一曹がそう言うと、ザワザワとした雰囲気が一斉に鎮まり、自然に三十メートル先に設えられた、小屋や室内に見立てた一角に視線を向ける。

短い衝立で、十畳程度の広さに区切られた屋根のない部屋は段のついている観覧席からでも内部への突入の様子がよく見えるだろう。

すでに室内には、精巧な写真をベースとした標的が複数枚貼り付けられており、中には人質を取り刃物を突きつけている絵も見られた。


 この時代には存在しない印刷技術で作られた標的は、この時代に生きる人々には、あまりにも生々しく描かれている。

その様子から察するに、何が始まるのかは観覧者達にも容易に想像ができた。


それを裏付けるように、前川一曹が口を開く。


「現在、皆様の目の前にある小屋を模した区切りの中には、人質を取って複数の男達が立てこもっております。

我々は先程のような大規模な敵の侵攻から、こうした街で起こりえる犯罪まで、あらゆる対処が可能です」


 そう言い放つと、前川一曹はサッと手を挙げ、それを振り下ろすと観覧席の意表をついて、不意に状況が開始された。


 突然、パシッ! と言う音が鳴り響き、小屋の近傍に立ててあった標的が揺れる。

それから、タターン! という遠方からの銃声が遅れて聞こえてきた。


 未だに観客席では、何が起こっているのか理解できてる者はおらず、突然の銃声を耳にして、しきりに辺りを見回していた。

すると今度は、ポンッ!と言う軽い音が響いて草むらが動き、何かが弧を描いて小屋の正面に落ちるともうもうと煙を噴上げ初める。


 予め潜伏していたギリースーツに身を包んだ隊員が、狙撃と撹乱を実行したのだ……


 この時点でようやく観客達は、小屋に対する攻撃が行われているのだと、理解するが、隊員達は入念に偽装を施しており、肝心の兵達の姿がどこにも見えない。

再び小屋の方向に視線を向けると、すでに小屋の周辺は煙に覆われており、見通しが悪くなっていた。


 それが意図された物だったというのは、次のタイミングで明らかにされる。

突然、轟音とともに先程攻撃に使用された高機動車が一台、小屋の方向に向けて猛然と突き進んで来た。

軍略に敏い者などは、この煙が成程目眩ましの役割を果たすのかと、感心していたが、彼等でも予想できるのはそこまでだった……


 サスペンションを軋ませ急停車した高機動車から、一個分隊の八名が展開するとそれぞれの役割を持って動き始める。

隊の半分は外周を警戒して四方に目を向け、残りの四名は室内に突入すべく、入口近くで何やら作業を始めていた。



 ドアへ何かを立てかけるように仕掛けた隊員が、コードを引いて隊列の一番後ろに下がると、全員が顔をそむけ一塊となる。

一呼吸置いた後、観客達が想像もしていなかった轟音が周囲に鳴り響き、空気が文字通り揺れた。

その爆発でドアは勢い良く後方へと倒れる。フレームチャージの炸裂は綺麗にドアをなぎ倒し、突入口を開く。


 その爆発と同時に小屋の中に、アンダースローで何かが投げ込まれる。

黒い円筒形の物体は、先程の爆破と同じような強烈な閃光と音響を生じさせ、その強烈な圧力は安全な距離に離れている筈の観客席までをも圧倒する。

女性陣などは小さな悲鳴とともに身を縮め、頭を抱えるようにうずくまっている。


 しかし、隊員達はその圧力を物ともせず室内に突入し、標的に向けて射撃を繰り返す。


「クリア!」 「クリア!」


室内の検索を行う隊員達から、次々と安全が宣言される。


「人質確保! 撤収する!」


 誰かがそう叫ぶと、潮が退くように入口へと隊員達が引いて行き、やがて一箇所に纏まった。


「出るぞ!」 「出ろ!」


 表で周囲を警戒していた隊員と、室内の隊員が合図を取り交わし数十秒で部屋から隊員達が出てくる。

白山は、訓練期間中に発生した出動騒ぎを思い起こし、あの時にこれだけの練度があればと考えたが、たらればだと思いそれを打ち消した。


 隊員達御用達の、人質役の砂入りの人形が引きずられて出てくる。

人質を車両に押し込むとそれに続いて突入隊員達が乗り込み、周囲を警戒していた隊員達がそれに続いた。

そして、煙が晴れる頃には、再び隊員達はその場から立ち去ってゆく。



 観客席では、どこかの貴族の女性だろうか?体調を崩したのか、侍女に付き添われて馬車に戻ってゆく。

数分の出来事だったが、観客席の人間、そして王やその側近達までもが度肝を抜かれ、そして周囲を沈黙が支配した……



「少々…… 刺激が強かったようですが、これにて突入要領の展示を終了致します」



 相変わらず涼しい顔をした前川一曹は、こっそりと耳栓を外しながらハンドマイクに声をかける。

しかし、余程ショックだったのか拍手や歓声、それにざわめきは殆ど聞こえなかった。



 その後、格闘展示がつつがなく行われたが、誰もが突入要領の展示に尋常ならざる衝撃を受けたようで、心ここにあらずと言った体だった。

すべての演習科目が終わり、式典は佳境に入ってゆく。


 編成完結報告と王による閲兵、そして正式に隊旗が授与される事となる。

これは、王国の紋章官によって管理される白山の正式な紋章となり、併せて正式に部隊の旗となるのだ。


 教官達が運転する車両が、ライトを点灯しゆっくりと中央に進んでくる。

高機動車が三台、三トン半が二台、そして先日召喚した73式小型トラック…… 通称パジェロとかジープと呼ばれる小型車両だ。

高機動車の一台は白山と一緒に召喚された車両で、各所が異なっている。

それらの車両が観覧席に正面を向け、横一列に並び停車した。


 続いて、隊員達が四列の縦隊で銃を手にゆっくりと行進してくる。

指揮を取っているのは教官達ではなく、隊員の代表だった。


 自衛軍仕込みの基本教練を叩きこまれた隊員達は、この世界ではありえない一糸乱れぬ行進を披露する。

その様子を見ていた観客達はようやく意識が戻ったように、感嘆のため息を漏らす。


 車両の前に到着した隊員達は列を整え、車両の位置から前に進み出た教官達へ報告を行う。



 そして観覧席から降りた白山は、戦闘帽をかぶり直すと部隊に向け、ゆっくりと歩を進めていった。

部隊の数歩前で停止した白山は不動の姿勢を取ると報告を受けるべく視線を教官達に向ける。


「指揮官に対し、敬礼!」


 ウルフ准尉の命令が、先程までの砲撃音にも似た通り具合で部隊に浸透し、それを合図に白山へ向け一斉に敬礼が行われる。

それに対して、全隊員に視線を送るように左右へと答礼を返した白山が、再び不動の姿勢へと戻った。



「直れ!」



 ウルフ准尉の号令で隊員達が素早く敬礼から、元の姿勢に戻る。



「休め!」



 その動作で幾分楽な姿勢になった隊員達だったが、それでも真剣な表情は崩さない。

それもその筈で、目と鼻の先で王を間近にしており、自分達が何かをするとはこれまでの人生の中では考えられない事だったからだ。


 王を見た事があると言っても、城下で参賀のために顔見世する王族を、ゴマ粒程度の大きさで見られれば幸運で、そうした雲上の人物が至近距離に居る。

普段は明るく冗談を言い合う仲間達も、今日この場だけは表情を引き締め、姿勢を正していた。



 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、白山はその場で回れ右をすると、王に向けて正対し号令を発する。


「気をつけ!」


 ウルフ准尉にも負けずよく通る声が会場に響き渡り、再び姿勢を正した隊員達の前に王が進み出た。

用意された踏み台に登ると、式典の厳粛さを醸し出すように、一呼吸おき白山が号令をかける。


「捧げ、筒!」



 その号令に従い、部隊は一斉に目線の高さまで銃口を掲げ、視線を王へと集中させた。

その統率のとれた動きに、左右の席にいる軍人達や諸侯などが、その練度を見て納得したように息を吐いた。


 目を細め、隊員達からの栄誉礼を受けた王は軽く手を挙げ、それに応えると、何かに納得したように軽く頷いた。

それを合図と取った白山は、「立て筒」を部隊にかけた。


ここからは、王の横に控える宰相のサラトナが声を発する。



「これより、王立戦術研究隊に対する隊旗を授与する」


 侍従の者が恭しく、王の横に置いてあった旗を手に取ると跪き、捧げ持つように頭上へ掲げ王へとそれを手渡した。

風で翻ったその紋章は、王家に連なるものを示す青地に獅子、そこに盾と槍そして銃が刻まれている。


 ゆっくりと前に出た白山は、王からそれを受け取ると元の位置に戻り、部隊の優秀者から選抜した旗手にそれを手渡す。

緊張した様子の旗手は不安げな表情で白山に視線を投げかけるが、白山は青くはためく隊旗越しに彼に視線を送ると、僅かに笑いそして頷く。


「自信を持て……」 そう視線で問いかけた白山に、旗手も僅か頷くと視線に力強さが宿りしっかりと隊旗を握りしめ元の位置に戻っていった。



「王より訓示を賜る……!」



 サラトナがそう声をかけ、部隊が整列休めを取ると、王はゆっくりと部隊を眺めると口を開いた……



「今日の良き日に、斯様に精強な軍が我が国に誕生した事は、誠に喜ばしい。

鉄の勇者であるホワイト公をはじめ、今後諸君らの活躍に期待する……」



 そこで一旦言葉を切った王は、視線を左右の観覧席に向けると、それから続きを切り出した。



「昨今、我が国の内外ではキナ臭い出来事が続いており、儂も心を痛めておる」


 その言葉に観覧席に動揺が走るのが感じられ言葉にならない何か不穏な気配が周囲に漂った。


 本来であれば、こうしためでたい席では国威発揚や王家への賛辞などで飾られ、後ろ暗い話や水を指すような発言は、控えるのが慣例の筈だった。

しかし、王はあえてその言葉を口にしており、誰もが固唾を呑んでその言葉の続きに聞き入っている。



「王国の安寧は、誰もが望みそして誰もがその実現に向けて、尽力せねばならない。

しかし、昨日来まるで王家の治世に、刃を向けるような話も聞こえてくる。


先日の皇国からの侵攻や、人心の乱れからくる犯罪など、内外に憂いは多く存在しておる。

この国難の時にあって、徒に治世を乱す輩は身分の貴賎や、理由の如何に関わらず厳しく処断する事をここに宣言する。


先程、ホワイト公に授けた旗は盾と矛…… そして青地の獅子が描かれておる。

これは、国外の外敵から王国を守護する盾であり、治世を乱す輩を刺し貫く、矛の部隊でもあるのだ」



 王のその発言は、観覧席にいる諸行を中心に、大きなどよめきを生む。

端的に言えば王家として、白山の部隊に内外の王家に逆らう者を狩る権限を与えると公言したに等しいのだ……



「静まれ……」



 王は、厳然たる表情を持って周囲の騒ぎを沈める。

忽ちに静寂を取り戻した会場で、ゆっくりと続きを語り出した……



「この場におる諸侯や忠義の臣には篤くその信に答える事を約束する。

それ故、各々方には己と陪臣を引き締め、王家とこの国に暮らす民草のために、一層の奮起を願うものである」



 これは、一大事と言える出来事だった。

これまで貴族派の勢力に押され、王の発言力が低く抑えられていたレイスラット王国においては、転換点といえる。

鉄の勇者とその部隊が後ろ盾となり、強権をちらつかせて王家への恭順を迫っているのだ。



「今日は、良きものを見せてもらった……」



 王はそう言うと、野外用の簡素なマントを翻し、席へと戻る。

会場は水を打ったように静まり返り、誰もが言葉を発することなく、頬を撫でる風の音だけが聞こえている。



「これにて王立戦術研究隊への閲兵と、隊旗の授与を終了する!」



 サラトナがそう告げると、白山は王への最後の栄誉礼は省略だと理解し、部隊に行進の準備を号令する。

部隊はウルフ准尉に率いられ、車両とともに待機位置へと戻ってゆく。

隊員達はこれから、まだ後片付けが残っている。


早めに開放してやり少し休憩を取らせてやりたいと、白山は考えていた。



 そして、河崎三曹が運転するジープが再び壇上の直近に横付けされ、白山と王そして護衛の兵士がそれに乗り込む。

観覧者の中でも貴族派と思しき人間などは、急ぎ何かを伝えるかのように馬車を駆り、逃げるように会場を後にするものもいる。



 ジープはそのまま加速し、王宮に向けて進み出していった。

白山は後部座席から身を寄せると、王に向けて小さく呟いた……



「今日の発言は、予め考えられていたものですか……?」



 その言葉に、王は薄く笑うと黙って首を横に振った。

それを見た白山は、諦めた様子で息を吐くと困ったように苦笑すると、座席にもたれかかった。


 気疲れのせいか、少々襲ってきた眠気を振り払うように外の風に顔を向ける。

抜けるような青空は澄み渡っていて、それがまるで王の心情を表しているように感じた白山は、大きく息を吸い込んだ。


 首を後ろに向けた王が、白山のそんな姿を見てから、同じように軽く空を見上げる。

そして青空を見上げた王は、クツクツと笑い出し、やがて大声で笑い始めた。



 郊外の誰もいない一本道を疾走するジープから、エンジンの低い咆哮に混じり、王の笑い声が微かに響いては消えていった…………




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