郷愁と登壇と閲兵式
王都近郊で催される王立戦術研究隊の観兵式は、会議で王が閲兵を希望し、サラトナが即座にその体制を整えていた。
数日と経たぬうちに布告と、有力貴族への招待などが行われていた。
この件で張り切っていたのは、訓練教官である前川一曹だった。
総火演……富士総合火力演習の担任部隊である、普通科教導連隊出身の前川一曹は、白山から演習の話を聞くと真っ先に担当になると手を挙げた。
未だ火砲や大規模な火力はないが、それでもおおよそ十種類程度の携行火器がある。
それらを順次紹介して、それから後段演習で目標地点の奪取を任務とした演習を行うと、計画書を提出してきた。
白山はそれらの計画について、概ね問題無いと判断したが、思わぬ所からから異論が上がってきた。
「この計画だと、部隊の能力や火器の性能についてバレない……?」
そう懸念を訴えたドリーの言葉に、それももっともだと思った白山は、計画を教官達に話して会議にかけると、そこで様々なアイデアが出てようやく骨子が纏まった。
その後、作戦能力認定演習が終わり、休暇明けの隊員達が帰隊すると、早速訓練が開始されたのだった……
抜けるような初夏の青空に緑色の草原が広がっている。
そこには観覧席が設けられ、赤い布が等間隔で巻きつけられたロープがその前に貼られていた。
観覧席は三箇所に設けられており、両サイドは地方の領主や王都近郊の有力貴族、そして各軍団からの見学者などで占められている。
各領主達や幹部クラスの軍人達は、部下や従卒などを引き連れていたが、それらの人間はまとめて一箇所の敷物に座らせられていた。
見ようによっては、まるっきり総火演のミニチュア版だ。 相違点を上げれば、富士山が見えない事位だろうか……
周辺警備には八名を研究隊から出し、それ以外は親衛騎士団が周囲を固め、不用意に前へ出たりする輩の警戒や、不測の事態に備えていた。
数日前から遠方の諸侯らがチラホラと王都へ登り始め、城下は久しぶりの活気を取り戻したようだった。
野盗の騒ぎが活発化してからは、旅人や交易の人間が減り、観光業や屋台などは大打撃を受けていた。
だが、領主の護衛部隊や随伴などが多数王都に入った事で、久しぶりに城下の宿屋は満室となり、かつての賑わいを一時だけだが、取り戻している。
敷物の周辺や観覧席が埋まり、朝二番の鐘が遠くから聞こえた頃、司会進行を務める前川一曹がハンドマイクを使い、観覧者に開始を告げた。
「大変長らくお待たせ致しました。只今から、総ご……、訂正 王立戦術研究隊 設立記念閲兵式を、開催致します!」
少し音割れのするハンドマイクを調整しつつ、前川一曹の説明は続く。
「当研究隊で使用する火器は、大変危険であり大音響が発生する物が多く存在します……」
駐屯地記念行事や模擬戦で聞き慣れたフレーズが、前川一曹の口から発せられて、それを聞いていた白山は思わず苦笑してしまう。
この閲兵式は何故か、教官達の中でも国防軍組は、ノリノリというよりミリミリという雰囲気で、分どころか秒単位までスケジュールを組もうとしていた。
なんというか、刷り込まれた性というか気性というか、白山は予行に参加している時に、思わず昔を思い出してしまったが、本人達は真面目にやっているので特に口を挟まなかった。
エンジンを切った車両の中で本番の口上を聞いていた白山は、久しぶりに表舞台に引っ張りだされたように感じて少し懐かしく感じていた。
もしかしたら、教官達もこの閲兵式に何か郷愁のような懐かしさを感じていたのかもしれない。
「間もなく、レイスラット王陛下がご登壇なされます。 全員ご起立下さい」
少し遅れて、前川一曹の声が聞こえそれに合わせるように車載無線が鳴る。
『ジープ発進、前へ……』
その声が聞こえると、河崎三曹が運転する73式小型トラックがエンジンを始動させ、静かに前に進み出す。
先日来の車両不足を補う意味で、召喚したのだがこんな場面で役に立つことになるとは思わなかった。
このパジェロには、運転手である河崎三曹に、レイスラット王国の国旗を携えた旗手と白山、そして助手席には先程、馬車から乗り換えたレイスラット王が乗車していた。
ほぼ新車の状態だったこのパジェロは、某駐屯地の装備更新で配備されて間もない車両で、どこもピカピカだった。
その車両に王が乗り込み、観覧席と並行に走る道をまっすぐに進むと、中央の地点で静かに停車する。
観覧席からはザワザワとした声や明らかに動揺した声が聞こえており、その声を聞き王が自慢気に鼻を鳴らしたのが白山の耳に届いた。
それを聞き流した白山は、王そして国旗に続いてゆっくりと観覧席へと昇ってゆく。
その周囲は、実弾を装填したM4を持った隊員が迷彩服姿で周囲を固め、ガッチリとガードしている。
観覧席でブレイズと合流した王の一行は、所定の席へと着席して、周囲にも楽にするように王が手を振って促す。
それを見た前川一曹が参列者に着席を促した。
「さて、ホワイトよ…… 今日は楽しみにしているぞ」
着席した後で、体を横に寄せながら小声でそう囁いた王の言葉に、白山が僅かに頷くと、王は満足そうに正面を見据え、目を細めていた。
王は何時もの豪華なマントではなく、狩猟に赴くような動きやすい服装で長いブーツを履いている。
あまり見かけたことはないが、ゆったりと足を組むと、しきりに周囲を見回し、その様子は映画が始まる前の子供のようにそわそわとしている。
それには、王の横に座っているサラトナをはじめとする、この国の主だった面々も苦笑を禁じ得ない。
もっともそう言う彼らも、落ち着いたふりはしているが、時折チラチラと周囲の様子をうかがっており、待ちきれない様子だった。
「それでは、これより前段演習 研究隊が保有している火器の紹介とその威力をご覧いただきます!」
前川一曹がひときわ大きな声で、開始を宣言するとパラパラと周囲から拍手が上がり、観覧者の視線が一斉に前川一曹に向けられた。
「まずは、車両のご紹介です あちらより進入してきましたのは、部隊の移動手段である大型トラック及び高機動車です」
僅かに聞こえるエンジン音と、前川一曹が腕を伸ばす先に視線が集中し、やがてOD色の車両達がその威容を現した。
「大きい方が、73式大型トラック この荷台には人員二十名あまり
多数の荷物を積載することが可能で、馬車が進入できない悪路であっても、迅速に兵員や物資を輸送可能となっております」
そう言うと、3トン半は路面上に等間隔で並べられた丸太を乗り超えて、小さな丘を登攀する。
エンジンを吹かして、黒煙とその車体が揺れる度に、観覧席ではざわめきと感嘆の声が響き渡った。
「もう一台が高機動車 こちらも悪路をものともせず、十名の人員と荷物を積載可能です」
そう言うと、高機動車は観覧席の目の前を猛スピードで走りぬけ、奥のほうで旋回するとスラローム走行の要領で、サスペンションを効かせながら土を跳ね上げる。
その迫力は観覧者達に、悲鳴にも似た驚きの声を挙げさせていた。
その様子を目を輝かせながら見ていた王は、小声で「あれに乗って王都へ帰還したのだ」と、サラトナへ楽しそうに話しかけている。
「続きまして、火砲の紹介となります……
ご覧頂くのは、60mm迫撃砲による瞬発射撃をご覧頂きます。
観覧席より一番奥に、大きな☓印がご覧いただけますでしょうか?これより相手の頭上に砲弾を降らせるべく、射撃を開始致します!」
ノッて来たのか、前川一曹の口調がスムーズになってきた。
ここから標的までは、せいぜい一キロ程度だ。これは、火器の性能・諸元を秘匿するために敢えて短く設定してあった。
隊員達が、高機動車から展開して迫撃砲を設置してゆく。
その姿はスムーズで、淀みないものだった。
「この迫撃砲は上空へと打ち出した砲弾を、山なりに相手の頭上に降らせる兵器で、建物の陰や丘に隠れた兵を攻撃可能です……」
前川一曹の説明の間に、組み上げられた二門の迫撃砲が太陽を浴びて鈍く光っていた。
ガキン!と軽迫撃砲特有の金属的な射撃音が鳴り響くが、それだけで終わったように思えたらしく、観覧席から疑念のようなどよめきが起こる。
中には「外したのか?」などと訝しむ物もいるが、一呼吸置いてから目標周辺で、僅かな発光と白い爆煙が迸った。
それは、正確に☓印の周辺に着弾し遅れて重々しい弾着音と、衝撃が観覧席に襲いかかると僅かな悲鳴が上がるのが聞こえてくる。
「次にM72 対戦車ロケット弾をご覧頂きます!
これは直接照準によって敵の陣地や城門を破壊できる兵器です」
後方爆風を警戒して観覧席から離れた位置に、土のうで射撃陣地が作られており、そこに射手が走り寄って射撃姿勢を取る。
遠目で分かり辛い事を考慮してか、前川一曹の元にもう一人の隊員が走り寄り、もう一本のM72を図上に掲げてみせた。
誰もが、その小さな筒に釘付けとなり、半分ほどが前川一曹の注意喚起を聞き逃す。
「大きな音がします。ご注意下さい!」
彼がそう言った次の瞬間、派手なバックブラストと共に、白い尾を曳いてロケット弾が轟音とともに飛翔した。
そしあっという間に、古びた馬車に着弾すると跡形もなく馬車を吹き飛ばしてしまう。
その光景に、貴族の妻などは黄色い悲鳴を上げ耳をふさいでいた。
「部隊火力の最後は、M2重機関銃となります。
こちらは陣地に据え付けないし車両に搭載して射撃可能な銃で、その銃弾の大きさから優れた制圧能力を有しています!」
そう言うと、高機動車が二台観覧席の前に侵入してきて、標的方向に鼻先を向けると先程と同じように射撃を開始する。
ドドドン!と短いバースト射撃とともに時折混じる曳光弾が、一キロほど先の馬車に吸い込まれるように消えてゆく。
標的周辺はたちまち土煙に覆われ、あっという間に馬車は残骸と化してしまった……
間近で目撃した圧倒的な破壊力と、高い機動性。
そして何より、これまでの戦闘の概念を覆す距離と威力に居並ぶ諸侯や軍人達は言葉を失っていた。
しかし、前川一曹はそんな場の空気などお構いなしに、淡々とプログラムを消化してゆく。
「続きましては、個人携行火器のご紹介をさせて頂きます。
まずは、M240汎用機関銃です。
こちらは、戦場において兵士を直接援護する為の兵器で、面制圧能力に優れた兵器となっております」
高機動車から展開した二個分隊は素早く周囲の警戒を固めると、機関銃にベルトリンクをセットし、射撃準備を整える。
「撃てっ!」
風に乗って聞こえてきた分隊長の射撃号令が響き、軽快な射撃音が鳴り響くと、百メートルほど先の木樽が水を吹き出しながら木くずに変わる。
視覚効果を狙って、木樽としたのは上手い選択で派手な水しぶきとともに、木樽は忽ち残骸へと変わっていった。
白山は、チラリと周囲の諸侯や軍人達の様子を伺おうと左右に視線を走らせた。
恐怖を浮かべている者や、興奮した様子で眺めている者、更には真剣な表情で冷静に見つめる者などその反応は様々だった。
「それでは続きまして、我が隊の主力小銃であるM4カービンの分隊射撃をご覧頂きます!」
前川一曹のアナウンスは、間もなく前段演習が終わりに近づいていることを知らせてくれる。
白山は、前方に視線を戻すと、教え子達の晴れ舞台に視線を注いでいった…………
遅くなりまして失礼致しました。
少し短いですが、キリの良い所で切りました。
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