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訓練生達の試練~前編

 ODカラーのインフレータブル(自己膨張式)テントに、評価訓練部を設置していたウルフ准尉は、その中で広げられた地図を眺めながらコーヒーを啜っていた。

そこには目標地点となる仮設の敵拠点の位置、そして定期的に無線が入る訓練生達の位置が示されており部隊の移動は概ね順調だった。


 この演習は当初、西部沿岸地域にあるバレロの海岸からスタートして、北部の国境都市であるクヌートの南にボートで上陸する。

そこからは徒歩で王都の北にある、マザーレイク湖岸の敵拠点を目指す強行軍だった。


 無論、敵性地域での活動との前提で、民間人との接触や街道の使用は禁止されており、彼らは道無き道を目標地点へ隠密裏に進んでいる。

既に出発から二日が経過しており予定より少し遅れているが、概ね許容範囲の位置に到達していた。


 そこへ車両の音が響いて誰かがやって来た事を報せ、准尉は顔を上げた。

護衛にリオンを伴った白山がテントに入ってくると、互いに敬礼を交わし地図に視線を向ける。



「概ね、予定通りに推移していますね。しかし、これまで多くの新兵の訓練をしてきましたが、ここまでガッツがある奴等は初めてですね……」



 その言葉に満足そうに頷いた白山は、持っていた訓練計画表と地図を照らしあわせて納得する。

本来であれば、十数パーセントの脱落や落伍者を出すと思われていた訓練課程でも、これまで負傷による途中離脱はあっても、脱落者は皆無だった。

この世界の体力基準は、現代のそれよりも数段高く、それに合わせて訓練計画も高めに設定していたが、それでも落伍者が出ないのは感嘆に値する事だ。


 白山が、訓練生達と食事を共にして聞いた所では、面白い答えが聞けており、以前に教官達へその話を聞かせていた。

訓練生達は、白山の部隊が軍隊だとはとても信じられないと口々に答えており、更には絶対にここに残ると、皆が声を揃えて訴えていたのだ。

彼ら曰く、衣食住や更には医療までもが、実家や街で暮らしていた頃より充実しており、夕方には勉学まで教えてもらえる。


 それに、給金も高く軍に付き物の理不尽さも、以前に王国軍に所属していた兵士に言わせると、雲泥の差があるという事だった……

理由なき暴力やいじめも存在せず、更に言えば、その理不尽さにも必ず理由があり、教官達もペナルティは課すが、決して暴力を振るう事もない。


 何より、自分達が日々強くなっているのが実感できると口々に話し、満足そうな笑顔を見せてくれていた。


『TP (training platoon)よりHQ…… TPは、ポイント チャーリー(Charlie) に到達……』


『HQ 了解……』


 言葉短く無線に答えたウルフ准尉が、マイクを置くと、地図上にある部隊のコマを移動させた。

そこは、急造で作られた仮設の村…… 今回の急襲地点である湖岸の村から数キロの地点だった。


 本来ならばもう少し経って夕方過ぎに、そこに到達すると思っていたが予定よりも早く訓練生達は、目標地点に到達していた。

白山は地図を睨みながら、何故彼らがこれだけ早くポイントC に到達できたのかを考えていた。


 通常の歩きやすいコースを辿れば、間違いなく夕方か下手をすれば夜になるが、彼らはいい意味で予想を覆してくれていた。



『HQより、TP…… 進行ルートを報告せよ……』



 白山は無線を手に取ると、統裁官として随行している、前川一曹にその答えを尋ねる。

母隊が普通科教導連隊である彼の能力は、この演習でも遺憾なく発揮されており、統裁官兼監督官として訓練生の動きを観察していた。


『TPからHQ…… TPチームは予想ルートではなく、東側の急峻な地形を登攀し、ショートカットした。なお、彼等の行動に訓練規定に抵触する行為はなし……』


 その答えに白山とウルフ准尉は顔を見合わせると、互いに苦笑をこぼしていた。

いずれにしろ、困難な断崖を踏破して距離を短縮したと言う事だ。

更に言えば、前川一曹の報告にあった『訓練規定に違反する行為なし』とは、無謀な試みや安全管理を怠るような挑戦ではないと言う事だ。

つまり、指揮官役の人間を中心に部隊がきちんと考えてそのルートを選択し、適切な装具を使い地形を克服したという事になる。


 余程早く目標に到達したかったのか、それとも遅れをとりもどすべく、奮闘したのだろう……



 白山とウルフ准尉は、ひとしきり忍び笑いをこぼすと、互いにコーヒーのコップで乾杯の仕草をした。

通常であれば二日間もほぼ不眠不休で行動しており、疲労も溜まっている。そんな時は誰しも安易なルートを選択しがちになるものだ。


 しかし、彼らはそれを行わず敢えて困難な地形に立ち向かっていった。

その精神力を鍛えたのは、白山をはじめとする教官達だったが、それを実行に移した訓練生達は賞賛に値するだろう。


 予想ルートで伏撃を仕掛けるべく、待機していたリック軍曹達には申し訳ないが、ここは訓練生達を褒めるべき所だった。



「さて、それじゃHQも移動を開始しましょうか……」



 コーヒーを飲み干した白山にウルフ准尉が、声をかける。

その言葉に頷いた白山はカップを戻すと、撤収に備えて地図を畳みはじめた。


 訓練生達は、これから仮設の村を急襲すべく偵察を実施して、夜明けまでに作戦を立案して実行しなければならない。

その間に仮設敵を担任しているリック軍曹は、警戒中の訓練生達に夜中の襲撃を仕掛けるだろう。


 彼らにはこれから明日の昼過ぎまで、最後の苦行が待っている。

強固な陣地への攻撃前進と村への突入、そして負傷者と人質役の人形を抱えて、数キロを撤退しなければならないのだ……


 だが、それはこの訓練期間における最後の試練であり、手を抜いては彼らのためにならない。

その為に、これまで教官達は彼らに罵声を浴びせ限界以上に追い込んでいったのだ。

しかし、それが彼らをこの先、生き残らせるために必要だと、判っているからこその厳しさだった。


 白山は、畳み終えたテントを車両に積み込みながら、次のポイントに向け出発して行った……




*********



 訓練生達は、目標の村から三キロほど離れたポイントCに到着すると、すぐに周辺の警戒に移り、即座に簡単な防御陣地を築く。

持参していた土のう袋と、折りたたみ式のシャベルを使い、簡素な陣地を作成した訓練生達は、交代で警戒を行いながら、暫しの休息に安堵していた。


 ここに来るまで、急峻なアップダウンのある地形を、ロープを使って確保を取りながら、慎重に進んできた彼らには、既に濃い疲労の色が滲んでいた。

それでも輪番で指名されている指揮官役の学生隊長は、重い背嚢を降ろすとすぐに地図を睨みながら、今後の動きを検討している。


 前川一曹は、その様子を真剣な表情で眺めつつ、彼らの兵士としてのポテンシャルの高さに、内心では教官として鼻が高かった。



「学生隊長、命令下達……

事前指示のポイントD<デルタ>に対して、夜明けまでに襲撃を実施せよ。

なお、細部についてはブリーフィング時点より変更なし。


細部作戦計画については学生隊長に一任する……」



 前川一曹が、地図を眺めている学生隊長に矢継ぎ早に命令を下達すると、素早くメモを取った学生隊長が各班の班長に、集合の指示を出していた。

これまでの能力向上訓練なら教官達が、何をするべきかを質問する場面や罵声が響く所だが、今回の作戦能力認定演習ではそうした罵声や指摘は一切ない。


 その代わりに統裁官である前川一曹が、冷静に訓練生達の行動を、評価・観察していた。


 学生隊長と各班長達は、若干の戸惑いもあったが各班から六名を出して、偵察隊を目標に出すことに決め、その手法と偵察すべき場所を検討していた。


 今の学生隊長は元々商家の次男坊だったが、体格の良さと少し荒れた性格から、悪さをしでかし実家を勘当され、腕試しにとこの部隊の門を叩いていた。

しかし、多少の腕自慢程度では教官連中には歯も立たず、最初の白山との格闘訓練で、さんざん玩具にされた過去があった。


 そのおかげなのか、訓練を通じて随分と改心し、周囲の面倒をよく見るようになり、訓練生達からは慕われていた。

訓練成績も真面目に取り組むようになってからは、メキメキと伸び今では座学も実技でもトップクラスに入るまでに成長している。

あのショートカットを立案したのも彼であり、周囲の反対意見をしっかりと聞き、その上で実行の判断を下していた。


 夕暮れが近づく中、学生隊長の指示と各班長が意見を出し合い、それがまとまると、偵察隊は北の方角に向けて進んでいった。


 学生隊長は現地までのおおよその距離やルートの偵察と、周辺地形や村の状況や敵の配置を確認するように伝え、帰還時の進入要領についても打ち合わせていた。

とりあえずは、及第点かと考えた前川一曹は、表情を変えずに偵察隊の出発を見送ると、その旨を少し離れて無線に送信する。


 短く了解を告げた無線から響いた声の主はウルフ准尉で、彼は白山と分かれて車両に積載した無線機を使い、移動HQとしてこの周辺に待機していた。



 訓練生達は、周囲を警戒しつつも各班長達から、交代で休息と食事を摂るように命令されていた。

既に急襲地点に近いこの場所では、火を熾したり湯気を立てるのは禁止されており、冷えたレーションを背嚢から取り出し、パッケージを開けてベトつく中身にかぶりついている。


 それでも昨夜の休息以来のまともな食事であり、訓練生達はむさぼるように胃の中に収めてゆく。

これを逃せばいつ食べられるか分からないという強迫観念と、襲撃を警戒してすっかり早食いが身についている。


 白山達は、初期の頃から演習時はこうした食事時に襲撃を掛けており、その瞬間の油断や、警戒態勢が疎かになる事を厳しく戒めていた。

その所為か訓練生達は、警戒の集中を途切れさせることなく、交代で食事を取り、そしてまた警戒を続けていた。


 食事が終わり休息となった隊員達は、背嚢を枕に体を横たえると、少しでも睡眠を取ろうと目を閉じていた。

途切れ途切れの睡眠でも、幾らか体力を回復させてくれるだろうと期待して、ほんの少しだけ夢の世界に旅立ってゆく。


 横になっても襲撃を警戒して、銃は手放さず目を閉じている。

中にはバディに手伝ってもらいながら、ポンチョで目隠しを広げて、下着や靴下を取り替えている者もいた。


 僅かではあるが、安息の時が流れて行き、徐々に夕暮れが迫ってくる。

訓練生達は少しずつこの場所の空気や自然に溶け込み、日没に備えて備えを怠らずに体を休めていた。


 日没と夜間の行動に備えて、暗視装置やライトのバッテリーをチェックして、交換している。

同時に夜の間に必要になるであろう物品の位置を確認したり、班の中で警戒方向の確認を行っている所もあった。



 日没から数時間が経過した頃、偵察隊が帰投したようだった。

カサカサと僅かな移動音と合図である赤色ライトの僅かな瞬きが送れられて、それに対する返答の発光信号が僅かに取り交わされる。


 重い背嚢を持たず、必要最低限の荷物だけで目標に向かった彼らの足は早く、警戒を怠らずに移動してもそれなりの速度で帰還したようだ。

すぐに学生隊長の元に報告に赴いた彼らは、簡略スケッチを胸元から取り出すと、情報を部隊にもたらしていた。

学生隊長だけでなく、彼が指揮を取れない場合に備えて、各班長達も偵察隊の報告を聞いてゆく。


 早速彼らは、周囲の地面を使い枝や小石、そして木の枝などで応急的な砂盤をこしらえると、それをもとに偵察結果を報告してゆく。

周囲の地形や建物の位置、見張りの場所や目にした特異点などを報告して、班長や学生隊長がそれに質問を投げかける。


 それらの聞き取りがひと通り終わると、偵察隊の面々は休息を取るべく自分の班に戻ってゆく。

彼らには少し長い休息が与えられ、ホッとした様子だった。中には小さな声で、「やっと食事が取れる」と笑顔で囁いている者もいた。



 学生隊長と班長達が、その場で砂盤を睨みながら今後の作戦を検討していた。

警戒の輪からある程度抜けている彼らは、その代わりに部隊を率いるという重責に頭を悩ませている。


 地面に敷いたポンチョに潜り込み、地図と砂盤を前にして小さな赤いライトを灯して小さな声で作戦を検討している。

その横では、小隊本部の隊員がその周囲を警戒しており、無防備な部隊の頭脳を防護していた。


 そんな様子を見ながら、前川一曹は少しだけその表情を緩めると、自分も今後のスケジュールを確認すると、交代の山城一曹に引き継ぎをすべく、後方へ下がっていった……



長くなりましたので前後に分割します。

後編は、1800に更新致します。


何かリクエストが多かったので、苦しみにあえぐ訓練生達の様子を

タップリとご堪能下さい(笑)



ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m

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