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内憂と嫉妬とほの暗い感情

 非常呼集へ敏感に反応した訓練生達は、深夜の基地本部前に整然と整列する。

すでに何度も反復して、昼夜を問わず発令されている非常呼集と、それに続く訓練を経験していた。

その為、用意や気構え、そしてその行動にはムダがなく、自信に満ち溢れている。


 これから彼らは、訓練の最終仕上げとなる 『作戦能力認定演習』へと出発するのだ。

訓練生達は、約一週間の訓練期間のすべてを野外で過ごし、与えられた任務を完遂すべく、持てる能力を限界まで振り絞る事になる。


 この演習は総合的な作戦能力が、部隊に備わっているかを判定する演習となり、教官達は判定と救護以外には手を貸さず、全ては訓練生達が主導する。

そして、その合否は厳しく審査され、内容次第では再演習や訓練期間の延長もあり得るものだった。


 この演習の下敷きになったのは、米海兵隊のMEU(海兵遠征部隊)の訓練サイクルを参考にしたものだ。

白山達の部隊は、未だ新編途中であり充足率も練度も不足気味となっている。

その為、練度向上の訓練と新規隊員の訓練を合わせて部隊のボトムアップを図る必要があった。


 そこでMEUに在籍していたリック軍曹の提案で、このサイクルが考案されていた。

作戦能力認定演習を経て四ヶ月間の実戦配置につく。

それが終わった部隊は、半数が訓練サイクルに入り、基礎訓練が終わった新兵と合流して、再び能力向上訓練を実施、作戦能力認定演習を行う。

部隊の充足率を一定レベルまで持っていくまでは、当面このシステムで能力と人員を回してゆく計画だった。


 通常時は部隊の半数しか運用できないが、無論緊急時の増員計画も立案されている。

ここまで長かったように思えるが、実際はここからが正念場だと、白山も教官達も意識を新たにしていた。

ここからは、実際の部隊の運用と新兵の訓練、更には能力向上訓練が重なってくるのだ。


 また、この世界の情勢は軍を訓練だけで終わらせてくれるような環境ではないだろう。


これに実戦が加わってくるのだ……


 白山は王宮での会議において見学会の開催を言い渡された後、サラトナと話し合いその内容について打合せた。

その結果、演習の一環ではなく別に機会を設けることにして、予定通り認定演習が実施される事になった。



 馬鹿でかい背嚢を背に、徒歩で出発して行く訓練生達を、親のような眼差しで見送った白山は、これから別の仕事が待っていた。

頭の痛い問題について深夜の話し合いが行われるのだ……


 元第三軍団長であるザトレフが、主導している南部の都市、リタでの諸侯軍への呼びかけの動きが活発化していた。

名目上は、リタの領主であるザトレフ家の家長の名で触れが出されているが、その裏ではザトレフ本人が動いていることを確認している。


 それが、王都での治安維持ではなく南部の野盗討伐にすり替わり、諸侯共同軍を組織する方向に流れていた。

各領土の内部だけで実施していた野盗の討伐を、周辺の諸侯軍をまとめ合同で実施したいというのが、表向きの名目だった。


 純粋に野盗の活動に頭を痛めている諸侯も参加しているが、それ以外は貴族派の諸侯による私兵が大半となっている。

この情報が王都に届いたのが昨日、そして明日にもその対策会議が開かれることになっていた。

ドリーは以前からリタ周辺のバードアイによる偵察を行っており、現在までに約三百名に近い諸侯軍が、リタの郊外に集結している事を確認していた。



「この諸侯軍の目的は、本当に治安回復のためだと思うか?」



 会議室に入った白山は、ドリーにそう問いかけた。

テーブルにヒジをつき、手に顎をのせた格好の彼女はもう片方の手で資料をトントンと叩きながら、思案顔で口を開いた。


「画像情報だけでは、何とも判断できないわね……

もう少しヒューミント情報が入らないと、情報不足だわ」


 白山も同じく、ドリーがプリントした航空写真を見ながら険しい顔を浮かべる。

連絡手段が限られるこの時代では、どうしても鮮度の高い情報を素早く得るのは難しい。



「それでも、この規模の軍隊で出来る事は、限られるだろう?」



 白山のペンが指し示す先には、リタの郊外にある小さな古城に集まっていた。

その他にも、南から少数の部隊がこれに合流するために移動している様子が鮮明に写っている。


 白山が指摘している通り、現状では第一軍団が二千名 親衛騎士団が千名、合計三千名が南部に入り治安維持を行っていた。

そのおかげで被害は沈静化しているが、肝心の野盗を捕縛できずに、現地での駐留期間が長引いている。


「よし、彼らの思惑を無視して、軍事的に何が可能かを、客観的に考えてみよう」


白山とドリーは様々なパターンの行動を検討し、夜は更けていった……



*********


 翌朝、今回も白山達は馬車で王宮に向かっていった。

認定演習で白山の高機動車も使用しているため、馬に乗れないドリーを慮って、馬車を用意したのだ。


白山は、もう少し車両に余裕を待たせなければならないなと思いながら、馬車に乗り込んでいった。


 普段の車窓とは違う光景に、新鮮な気持ちを感じながら、一行は王宮へと向かって行く。

本来であれば心からこの光景を楽しむ事が出来たのだろうが、深夜まで会議を行っていた白山達は、口数少なく外の光景に視線を向けていた。

これからの会議の内容に思いを馳せるもの。部隊の今後の行動を見据えた目。そして油断なく周囲を見回す視線。


 郊外から王都に入った馬車は、市場の前を通過する。

やはり以前に比べると明らかに市場に流通している品物が少ないように思える。


 幸いにしてこの王国は食料自給率が高く、国外にも輸出できる程の生産量があり食料には困らない。

しかし、抜本的な対策を講じて、野盗による被害を根絶しなければ住民の生活にも多大な影響が出るだろう。



 程なくして王宮へと入った白山達は、案内についた騎士に先導され会議室へと入った。

そこには宰相であるサラトナ、そして軍務卿であるバルザムがすでに何やら打ち合わせを行っていた。


 部屋に入ってきた白山達に気づいたサラトナが、頷き、会話に加わるように手振りで示す。

これは何かあったなと、感じた白山はドリーと一緒に隣の席に腰を下ろした。


 既に、結構な話し合いを続けていたのか、サラトナもバルザムも少し疲れたような表情を浮かべているが、それは体力的なものだけではなさそうな様子だ。

話し疲れたのか、無言のまま白山に二枚の羊皮紙を差し出した。


 それを受け取った白山は、その内容に目を通す。横からドリーが覗き込んでくるが、サラトナもバルザムも意に介さない。

既にドリーも、この国の運営を司る会議の重要なメンバーとして認識されており、サラトナからの信頼も厚いからだ。


羊皮紙の内容は、白山達の上空からの偵察映像を裏付ける内容だった……


 諸侯軍がリタ周辺に集結しつつあり、その目的は野盗討伐の為であり、諸侯連合軍を南部に巡回させる予定であると、その報告書には書いてあった。

この報告書は、南部で討伐を担当している第一軍団からの急報で、ビネダ砦に設置された無線から伝達され、従来よりも早い時間で王都に届けられていた。

二枚目の報告書にはその報告に対する返答が書かれており、そこにはバルザム名で第一軍団にモルガーナ周辺に待機して、諸侯軍の動向に注視せよと書かれている。



 そこまで見た白山は、小さくため息を吐くと書類をドリーに回して、図嚢から持参した書類を取り出すとサラトナとバルザムへと差し出した。

書類はバードアイによる航空写真で、集結しつつある諸侯軍の様子が、鮮明に映し出され、動向や終結の具合が判りやすいように、位置が丸で囲まれている。


既にバードアイによる航空写真に慣れている両者は、その内容を苦々しく見つめると、こちらも盛大にため息を吐く。



「どうやら、集結は事実のようだな……」


 書類を机に置き、目頭を揉むサラトナは吐き捨てるようにそう呟くと、黙って腕を組んだ。



「とりあえずは第一軍団に諸侯軍が北に向かった場合に備え、モルガーナに配置させたが、どうすべきか…… 悩ましい所だな」



 自身の派閥である筈の貴族派が、自身のあずかり知らない所で動き出している事態に、バルザムも難しい顔を浮かべ、口を閉じる。

白山の暗殺失敗以来、バルザムは貴族派の中でも穏健派として、微妙に立ち位置を変えている。

相変わらず貴族派の威勢はいいが、王都ではそうした急進派の動きに、特段の変化は見られないと言っていた。


「ならば、諸行軍を第一軍団に組み込んで野盗討伐に向かっては?」


 ドリーのその言葉に、サラトナも一考の価値があると思ったのか、バルザムへ視線を向けた。

しかし、視線を向けられた本人は、渋い顔を崩さずにゆっくりと首を横に振る。



「いや、諸侯軍の指揮権は各諸侯のものだ。それを覆すのは難しいだろう……」



 バルザムの話では、各諸侯の軍とは一種の独立した軍隊として、王国に力を貸しているという名目だという。

その為、先の皇国との戦争においても諸行軍は、諸侯連合軍として独立した指揮権を有していた。

そこに王家の総指揮官からの要請として、命令を出していた経緯があるという。



難しい議題に全員が頭を悩ませていた所に、白山が声を上げた。



「野盗の被害については、王国軍も諸行軍についても、解決したいのは同じ筈だ。それならば……」



 白山は、ギリギリ妥協できるであろう折衝案を切り出した。

それは、移動の期間は一ヶ月に限り、南部4領に行動を制限する事。

王都への北上を警戒する為第一軍団はモルガーナを動かず、代わって親衛騎士団が諸行軍と合流し、その行動に同行する事とする。


議論はおおよそ出尽くして、白山の案を採用して一応の結論としていたが、会議に参加した面々はどこか腑に落ちないような、座りの悪さを感じていた……




*********


 カマルク率いる第二軍団の別動隊は、半ば強引にバルザムからもぎ取った任務である、交易港であるバレロと王都を結ぶ街道警備を行っていた。

ちょうど、王都とバレロの中間地点に位置する、西南のアデーレに拠点を構えたカマルクは、天幕の中で難しい顔を浮かべて一枚の羊皮紙に目を落としていた。


 この密書が届けられたのは、王都で放火騒ぎがあった頃……

白山達が王都に入った途端、目覚ましい活躍でその治安を回復させた事を報告で聞き、普段よりも深酒をした深夜の事だった。


 小用と、乾く喉を潤そうと天幕を離れた時だった。

柵で囲まれ周囲には見張りの兵が立つ中に、その影は悠然と姿を現しカマルクに密書を手渡していったのだ。


 天幕に戻ったカマルクは、燭台に火を灯しその内容に目を通す。

すると、そこには驚くべき内容が書かれており、先程までの酔いも忘れすっかりその内容に引きこまれていった。


 ひと通りそれを読んだカマルクは自分の意識に、ほの暗い情熱が灯るのを自覚し、そしてニヤリと笑みを浮かべていた……



 カマルク家の三男として生まれ、クリステンと名付けられたこの男は、これまで名家としての教育でも家を背負う重責も感じず、家名の威を借り奔放な生活を送っていた。

徒党を組み少年期には領内で横柄な態度をとり、領民からも疎まれていたクリステンは、父である領主から軍に入るように命ぜられた。


 軍での規律正しい生活を経験すれば、幾らか粗暴な性格が治まるかと期待した父による軍への入隊だったが、この淡い期待も裏切られてしまう。


 入隊当初は反発していたクリステンも、そこそこの腕力に剣の腕と、持ち前の声の大きさと徒党を組む能力、更には家名も相まって軍の中でいつの間にか派閥を形成してしまった。

そして連隊長として、先の皇国との戦争において、戦績を残してしまう。


 これは、半ば命令無視の独断専行であったが、これを持って戦後に第二軍団の軍団長代理に、異例の出世を遂げていた。

ただしこの出世には裏があり、入隊当初から独断専行で自身の戦果にこだわるカマルクは、指揮命令系統を逸脱する事が多く、上層部としても悩みの種だったのだ。

そこで本来ならば、注意や処罰の対象となる戦役時の功績を認め、お飾りのポストに近い団長代理に押し込めたという真相があった。


 王都でくすぶるカマルクは、何かにつけて自身の部隊を持てる現場への復帰を望んでいたが、バルザムを始めとした軍首脳部はそれをのらりくらりと躱し続けていた。

そして、この度の皇国の再侵攻である。


半ば強引に、自分が部隊を率いると軍団長に進言し王都周辺に展開した。

そこまでは良いが、王都周辺の警戒警備が主任務である第二軍団は、前線への展開や移動はなく、遂には戦闘そのものが収束してしまう。


その間カマルクは何度か、自分を前線に向かわせるように上申していたが、その要請は聞き入れられる事はなかった。

そして、部隊の撤収命令が届くと、カマルクは落胆してしまう。


勇んで指揮を買って出たのに、王都周辺の警備という脇役にも近い動きと、活躍の場さえ与えられていない状況に、憤りを覚えていたのだった。

英雄願望の強いカマルクとしては、今回の侵攻で目覚ましい活躍を挙げられると信じて疑わなかった。

王都周辺の警備を行っている最中にも、砦への救援や第三軍団が砦を抜かれて、それを迎え撃つ自分の姿を夢想していた程だ。


それ故に、部隊の大部分を撤収させた後も、実家からの私費で一部の子飼いの部隊を残して自分の功名心を満たす任務を求め王都周辺にとどまり続けていた。


 しかし、現実はどこから現れたのか鉄の勇者などと持て囃される男が、一足早く王都へ凱旋し、貴族位を賜ったばかりか、王女の婚約者候補として祀り上げられる。

何故、自分がいるべき場所に、あの男が立っているのだと、身勝手な激しい憎悪と嫉妬が湧いて出る。

そんな怨嗟の炎に燃料を追加するような内容の密書は、ほの暗い私怨の対象を王国と王に広げてゆく。


鍵のかかる引き出しにしまい込まれたその密書から、チラリと見えたその羊皮紙には、ザトレフ家の家紋が血塗られたように光っていた…………

遅くなりました。

いや、仕事で暫く缶詰になっておりました。


ご意見ご感想、評価などお待ち申し上げておりますm(_ _)m

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