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幕間~あの夜の出来事 リオンの気持ち


 白山は、ベッドの上でリオンに抱きすくめられたまま、身動きが取れずにいた。

リオンは器用に身を捩ると、白山の頭部を自分のひざの上から、腹の方に寄せてゆく。


 それによって、白山の頭部はリオンの胸と腹部に腕と、そして後頭部に感じるリオンの吐息で、完全に動きを封じられてしまう。



『不味い…… マズい…… 拙い……』



 頭に血が上るのをハッキリと自覚した白山は、この情況を切り抜けようとした。



 苦しいとか、動けないのが拙いのではない……白山の理性がマズいのだ。

シーツを握る指に力を入れ、体力や技術ではなく、精神力を振り絞る。


 だが、動けば動く程、蟻地獄のようにヒザを立てたリオンの腹部の方向に、顔が落ち込んでゆく……

そして一層強く腕と胸が押し付けられて、熱い吐息が首筋にかかってゆく。



 毎日替えられる清潔なシーツの匂いに混じって、甘く、それでいてどこかレモンのように爽やかな香りが白山の鼻に届く。


 その匂いを嗅いだ時、白山は意志に反して体の力を抜いていた……

それはいつも自分のそばにいる香りで、ここ数日は白山の記憶から遠ざかっていた、懐かしい香りだった。



 理性は危ういし、鼓動はまるで十代の少年のように早鳴り、喉はカラカラだ。

それでもどこか懐かしいような、落ち着くその匂いは、白山の必死の抵抗を諦めさせる、不思議な効果を持っていた。



 やがて、白山は吐息だけではなく、首筋に何か違うものが落ちてきた事に気づく。



リオンは声を殺して泣いていたのだ……



 次第にリオンの嗚咽は大きくなり、声は出さないがその代わりに肩を揺らすようにしゃくりあげ、静かに泣いていた。

白山はリオンの力が弱まったのを感じ静かに首を抜くと、リオンの横に座ると、その肩をそっと抱く。


 まだ嗚咽の収まらないリオンは、白山の肩に顔を押し付けると、ひとしきり泣ききっていた。

気づけば鼓動も収まり、白山はどこか穏やかな気持ちになっている。



『リオンちゃんの意思、聞いてからもう一遍悩んでみなさい……』



 不意に白山の脳裏をドリーから告げられた言葉がよぎった。



『確かに、普通のバディの領域や関係は、とっくに超えてるよな……』



 そう思った白山は、リオンが泣き止むのを待ってから、ゆっくりと優しく声をかけた。

恐らく、普段の白山を知っている人間なら、この男にこんな意外な一面があるのかと驚くような優しい声だった。



「リオン、お前の気持ち気付いてやれなくて、ゴメンな……

お前の気持ち、聞かせてくれないか……?」



 その言葉に、涙を拭い呼吸を整えたリオンが、ゆっくりと顔を上げる。

そこには、不器用な笑みを浮かべる白山の顔が間近にあった。


白山のそんな顔と言葉に、リオンは再び泣きそうになるが、必死にそれをこらえて言葉を紡ぐ。



「怖かった…… ホワイト様が、女の人を連れて来た時……

もう…… 捨てられるんだって…… もう、私はいらないんだって……」



 先程、ポーラ達をリオンの診察に連れて来た時の事だろう。

白山はあの時、一瞬だけ見せたリオンの表情をよく覚えていた。


 再び、泣きそうになっているリオンを、白山は火傷している首筋を気づかいながら、リオンを抱きしめた。



「そんな訳、ないだろ……」



 白山にしがみついて、再び涙をこぼし始めたリオンの頭を撫でて、白山はゆっくりと言葉をかける。



「俺はどこにも行かないし、俺にはリオンが必要だ……」



 その言葉を聞いたリオンは、白山の胸の中で僅かに頷くと、やがて顔を起こした。

吐息が掛かる距離で見つめ合う二人は、何も言わず、お互いの瞳を見つめ合う……


 リオンがそっと、白山の顔に手を伸ばすと、いとおしそうにその頬に触れた。

白山の…… いや、二人の鼓動が再び早鐘を鳴らした。


 リオンの頬は、うっすらと赤みを帯びている。

ずっと泣いていたリオンの瞳は、少し充血していたが、それでも綺麗だと白山は素直に感じていた。


 思えば、これほどお互いの顔を見つめた事はなかった。

透き通るような白い肌も、桜色の唇も…… そして、その少し悲しげな瞳も。



 白山は素直にもっと見ていたい。本心から、そう思っていた。



「私は…… ホワイト様の事が……好き、です……」



 白山が一番聞きたくて、そして一番聞いてはいけない台詞が、リオンの口から紡がれた……



『俺も、リオンの事が好きだ……』



 その台詞が口から出せずにいる。

それを口にするのは簡単だ。現に白山はその言葉を、喉元まで口にしかけていた。


それでもそれを口にしてしまえば、二人はバディではなくなってしまうだろう。


 ただ、ここで言葉を濁して答えを引き伸ばすのは誠実ではない。白山はそう思った……


 少し困ったように笑った白山は、リオンの頬に触れる。

その熱く、それでいて柔らかい滑らかな感触は、白山の心を大きく揺らしていた。


 このまま想いを口に出来れば、どれだけ楽になるだろう……



そして楽になりたい……



 そんな気持ちが、甘い誘惑のように白山を包んでいた。



「リオンは…… 俺にとって、かけがえのない大切な人だ……」



 白山の言葉で、もう一度だけリオンの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちていった。

その表情は、何かを悟ったように…… そして、何かを慈しむように優しく微笑んでいた。


 白山が伸ばしていた手に、リオンの手が重ねられる。

そして、リオンは僅かに頷くと、再び二人は見つめ合った……



「ホワイト様……」



 何かを求めるように、リオンが口を開く。

その言葉に白山は、ゆくっりと首を横に振った……



「いや、ホワイトじゃない。 浩介…… コウスケでいい」



 この世界に来てから、カバーネームや苗字ではなく、初めて下の名前をリオンに呼んで欲しいと伝えた白山は、少し恥ずかしそうに笑った。



「コウスケ…… 良い名前ですね……」


 そう言って微笑んだリオンの笑顔に、白山は思わず引きこまれそうになる。

ただ、そんな気持ちが働いたのは、リオンも同じだった。


 見つめ合う二人の距離は、少しづつ縮まり、やがてその唇が触れ合う。

柔らかいその感触に、白山は思わずこのまま押し倒してしまいたい衝動に駆られる。


 それを振りほどくように唇を離した白山に、リオンが追撃を仕掛けてきた。

離れようとする白山を追いかけて、唇を重ねてきたリオンに白山はたじろぐが、だまってそれを受け入れた。


刹那の間、唇を離し互いを見つめ、その存在を確かめ合う。そして再び唇が重ねられる。




 幾度目かの、そして永遠に続いて欲しいと願いたくなる、そんなつかの間の幸せに、唐突に終わりが訪れた。



『カタン……』



 それは、ほんの僅かな音だった。

普通の住人であれば気にも留めない、そんな小さな音だ。


 しかし、ベッドで肩を寄せ合う二人は、残念ながら普通ではなかった。

その音に瞬間的にスイッチが入った二人は、互いにアイコンタクトを交わす。


見つめ合うと言う、先程までの睦言ではなく、互いの意思を伝え合う真剣なやりとりが一瞬で交わされる。



 音が聞こえたのはドアの方向……

つまり来訪者であれば、自然にノックする所をノックもせず戸口に立っている。

二人の中で、これは襲撃前を連想させていた。



 リオンは枕の下からナイフを取り出して、ベッドの反対側に降り、白山に頷く。

腰からSIGを抜き出した白山は、スライドを僅かに引いて、薬室内の弾薬を確認するとリオンに頷き返した。


そして白山は、一切の音を殺してドアに近づいてゆく。

リオンは陽動の可能性を警戒して、じっとベッドサイドで窓の方向を警戒している。


ドアノブに手をかけた白山はゆっくりとひねり、掛け金が外れた瞬間に一気にドアを開けた!



「どわ~っ!」



 バランスを崩したドリーが、つんのめり部屋の中に転がり込んでくる……

その様子を見た白山は、SIGをデコッキングすると、大きくため息を吐いた。



「一応聞いておくが…… ドリー、何してたんだ?」



 バツが悪そうに頭を掻いたドリーは、乾いた笑いを浮かべながら、言い訳を始めた。



「いや、トイレに行こうとしてたんだけど、リオンちゃんの様子が気になって……その~」



 その言葉に片眉をピクリと跳ね上げた白山は、SIGにチラリと視線を向けると質問……いや、尋問を始めた。



「ほう、トイレは一階のはずだがなぁ…… ちなみにどこから聞いていた?」



 視線だけで人が殺せそうな眼光を向けてくる白山に、思わずドリーがリオンに助け舟を求めて視線を走らせる。

リオンはその視線に気づくと、残念そうに笑って首を横に振った。


 この瞬間、孤立無援だと悟ったドリーは、すっと立ち上がると回れ右をして、そそくさと退出しようと試みる。



しかし、それはムダな努力だった……



 白山にしっかりと腕を拘束されたドリーは、二人から洗いざらい自白させられてしまう。


 結局、ドリーは音が鳴った瞬間に部屋に到着したらしく、何も聞いていなかったと言っている。

とりあえずそれを聞いた白山とリオンは、ドリーを開放すると彼女は余程恐ろしかったのか、足早に去っていった。



「あっ、大丈夫だよ。 コウスケでいい!とか、全然聞いてないから!」



 ドアを閉め際に、ドリーが特大の置き土産を置いて、あっという間に逃げ去ってしまう。

パタンと閉じられたドアを見つめ、追いかけることも忘れ、暫くその方向を見ていた二人だったが、ふと目が合うと何故か可笑しさがこみ上げてくる。


 最初は静かに、そして肩を揺らして笑い合った二人は、ひとしきり笑うとやがて落ち着いたように、ベッドに腰掛けた。



「今日はもう寝よう…… 明日も早い」



 とんだ珍客のせいですっかりかき回された空気に、そう言い出した白山の言葉に、リオンも素直に頷いてくれた。



「そうですね。 まったく、ドリーさんったら……」



 そう言ってまたクスリと笑ったリオンは、視線を白山に戻すと、何かを確かめるように呟いた。



「おやすみなさい…… コウスケ……」



 その言葉に、何か暖かい物を感じた白山は、恥ずかしそうに少し微笑んだ。



「おやすみ、リオン……」



 再び軽く触れ合った唇を、名残惜しそうに離した二人は、何かを確かめるように頷き合う。



 白山が部屋を出て一人になったリオンは、そっと自分の唇に触れると、これが夢ではない事を確かめていた……


 そしてこれが現実だと実感すると、部屋の明かりを消し、ベッドに腰掛ける。

ベッドサイドに置かれた小さなランプの揺らめきが、まるで自分の心を写しているように思って、リオンは少しだけ笑った。


 リオンは引き出しを開けると小箱を取り出し、その小さな絆を取り出した。


 白蝶貝で蝶のデザインを施した、小さいが上品なそのブローチは、リオンの大切な宝物だった……

それを少し眺めて、引き出しに戻したリオンは、ランプの炎を吹き消すとベッドに潜り込んだ。



「おやすみなさい、コウスケ……」



小さく呟いたリオンは、幸せな気分のまま目を閉じていった…………


総合評価 10,000ptを超えました。

これも皆様にいつもお読み頂いているお陰です。


それを記念しまして、第112話『食事と不安と静寂と』の続編を書いてみました。


正直、ラブストーリは苦手です(笑)

今朝の更新で、「えっ、あの続きじゃねぇの? 何で2ヶ月飛ばすんだよ!」


っと、思った方は正直に挙手願います ノシ


いや、ほら…… 最近は朝更新が多いので、こんな甘酸っぱい話を早朝から読むのは辛いでしょ。


そんな訳で、時間とタイミングをずらして更新してみました。

さて、これから白山とリオンは、どうなって行くのでしょうね。

書いている本人が、一番楽しみかもしれません。


それでは、今後とも拙作を宜しくお願い致しますm(_ _)m



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