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進展と治安と会議

 医療チームや車両を召喚した後、二ヶ月の時間が経過した……


 王都での犯罪は白山達の活躍と、親衛騎士団の帰還によりすっかり沈静化し、王都は落ち着きを取り戻している。


 訓練生達は基礎訓練が終了し、現在は多様な状況に対応できるように、想定訓練や技能訓練に移行していた。

具体的に言えばロープワークや登攀技術、水路潜入そして市街地や室内での近接戦闘技術などだ。


 グループ別にローテーションで個別の技能訓練を繰り返し、月に一回は全隊に想定が付与されて、一週間ほどの訓練に入る。

その訓練生達は、まるで乾いたスポンジのように技術やノウハウを蓄積しており、指揮官や班長としての頭角を現し始めた者も散見されている。

部隊の戦力化は順調であり、このままで行けばあと一ヶ月ほどで、初期実戦配備が完了するだろう。


 勿論、今後も継続して訓練を実施し、その能力を高めてゆく必要はあるが、間もなく一定の水準には達すると白山達は判断していた。

更にこの後は、階級を定めて下士官候補の分隊指揮に関する訓練、そして新規隊員の二次募集も半年後から開始される。




 医療チームは発足後、王からの命令書を付与されて、教会との接触を開始した。

まずは人体の基礎知識や解剖学などを、少しづつ講習会を開き医療知識を浸透させてゆく。




 最初は半信半疑だった教会の医療従事者達も、徐々に高度な医学の知識に触れると熱心に勉強を始めた。

そして教義と医療活動の整合性について、すり合わせが始まり、活発な議論がなされている。


 不安だったソフィーも、こうした仕事が出来たせいか落ち着きを取り戻して、精力的にチームの一員として貢献している。


 更に、こうした活動を可能にしたのは、王都の周辺での防疫活動や、乳幼児に対する栄養指導などを、チームが教会に委託した為だった。


 これは目論見通り効果を発揮して、教会の権威を押し上げるのに一役買っていた。


 医療チームはその見返りとして、これまでこの世界特有の病気や、流行病などのデータを提供してもらい、現代知識との比較検討と治療や対処法を検討していった。


 召喚によって医療用の野外手術ユニットや、新設された入院棟と診察室、研究室が作られて間もなく完成の予定だった。

診療開始の際には、教会関係者から研究名目で研修人員の受け入れも検討しており、この国の医療水準を、長期的には押し上げることになるだろう……



 それ以外にも、幾つかの進展があった。

まずは、無線通信網の整備が着手されたのだ。

これは設備の大きさや規模の問題から、中継用のアンテナと中継装置をラモナとモルガーナ、ビネダ砦そして王都に設置したのだ。


 野戦用の中継装置を地上設置型に改造し、ソーラーパネルを取り付けたドリーと山城一曹の努力の結晶だった。

それらを訓練と現地習熟のために、教官達と訓練生がビネダ砦周辺に展開して、その最中に設置の工事も併せて行ったのだ。


 これによって王都からモルガーナ周辺までは、無線の通信が可能になった。

バードアイの中継機能を加えると、前回の侵攻時白山が活動した範囲は、完全な通信可能領域となる。


 ただし無線機本体は、その機密性からビネダ砦と王都、そして白山達の部隊に限られていた。

これらを上位の無線交信システムとして、白山達の部隊はその下に、小隊規模の無線ネットワークが構築されているのだが……



 本来であればリタとその周辺にも中継装置を設置したいのだが、『ある事情』 により、それは見送りとなっていた……



********



 白山は月例の王宮への報告のため、リオンとドリーを伴って王宮に向かっていた。

部隊の移動が頻繁になり、白山の高機動車も訓練で使用していた為、馬車での移動だった。


 王宮に到着した白山達は、待ち合わせていた宰相のサラトナと執務室で合流すると、後宮に程近い会議室に向けて歩いてゆく。

余談ではあるが、王宮の宰相執務室と基地には、野外電話機を設置して有線構築が行われている。

これによって基地と王宮はホットラインで繋がれたが、何かあれば頻繁に電話がかかってくるため、実質的なやりとりの相手であるドリーは辟易していた。


 今日の会議は政務が終わり次第、レイスラット王も参加する事になっている。

議題については幾つかあった。


 席についた白山達とサラトナ、そして軍務卿であるバルザム、財務卿であるトラシェが揃い、会議のおおよそのメンツが揃った。

上座に置かれた椅子だけが空席になっているが、その椅子の主も間もなく姿を表すだろう。


「さて、それでは始めようか……」



 サラトナのその一言で会議が始まった。

最初の議題は、王国の治安状況だった。


  挿絵(By みてみん)



「王都の治安状況は、ホワイト卿の活躍と親衛騎士団の帰還で落ち着きを取り戻している。

しかし、バレロ・クロエ・リタの周辺や街道で、野盗が頻発しているとの報告が上がってきているのは、前回話した通りだ」



 その言葉に、ため息が聞こえ白山はその方向に視線を向けた。

すると軍務卿であるバルザムが、苦い顔をして口を開く所だった……



「まったく頭の痛い問題だ…… 親衛騎士団を派遣すれば、再び王都の治安が乱れるだろう。

さりとて、皇国への警戒を怠る訳には行かん……


南部の領主達からは、軍の派遣を願い出る陳情が、連日のように届いておる」



 王国においては、各領内の治安維持は領主の責任となっており、警備隊や地元騎士団の仕事となっている。

しかし、それで間に合わない場合や大規模な騒乱や犯罪、そして災害などがあった場合は別だ。

応援要請を受けて王家として、常設軍である各軍団や親衛騎士団を、派遣する事になっているのだ。


 だが、ここ数年は先の皇国との紛争で王国軍も再編の最中、諸侯軍も大きな消耗を受け、その数は半減している。

その所為か小規模な盗賊や野盗が跳梁跋扈しているというのに、それを取り締まる事が出来ずにいた。


 いや、積極的に小出しではあるが討伐隊を組織して、各領主は奮戦しているが、それをあざ笑うかのように掻き消えるという。

そしてもっとも被害が集中するのは、手出しのしづらい各領地の境界付近や、討伐隊から遠く離れた箇所に出没するのだ。


 白山が召喚された当初、王が南部のオースランド王国との会談のために南へ赴いた際、地元の山賊や犯罪者などは徹底的に狩り尽くされていた。

それからは、比較的治安状況は落ち着いていたのだが、ここ数ヶ月で不可解な増加が続いている。


 これを受けて先月の会議では、帰還予定であった第一軍団を急遽モルガーナに移動させた。

そこを拠点として、南部の街道周囲を警備させていたのだが、それでも被害は治まらなかった。



「これも、裏には皇国の影が、見え隠れするのう……」


サラトナがそう言葉を吐くと、会議室の空気が重苦しくなっていった。



「恐らく、それは間違いないと思われます。

現場の状況報告や生存者の証言、ここまで狡猾に軍の動向を出し抜く技量。


それらから考えて、余程情報に長けた人間の仕業であると……」



 ドリーの手にはこれまでの被害報告の資料が握られており、王都での治安悪化から徐々に各領地での被害が増えていっている。

これは何かしら、両者が連動していると思われた。 極めつけは先日の諸侯軍が討伐に出た際の報告だった。


 彼らは移動途中に、襲撃を受けている商隊を発見してこれに応戦した。

だが諸侯軍は思わぬ反撃を喰らい多くの死傷者を出し、これを取り逃がしてしまう。

この際の攻撃というのが、あの魔法陣による物と思われる、火球での攻撃だったのだ……


 丈夫なプレートアーマーを装着していた騎士が、それの直撃を受けて鎧の隙間から炎にまかれて、大やけどを負ってしまった。


 何かを期待するような視線が、サラトナから白山に向けられるが白山は、その意味を理解し、ゆっくりと首を横に振る。

前回の王都での治安維持作戦と同様に白山の部隊に出動が出来ないかと言う事だろう。


 前回は緊急避難的な出動であり、他に出られる部隊もなく場所も近かった。

しかし今回は、王都から遠く離れた南部地域であり、訓練もいまだに完了していない。

そんな中で、確実に長期作戦となるであろう、治安維持任務に部隊を出すのは難しいと、白山は判断していた。


 白山達の活動には訓練にしろ実戦にしろ、この国の貴重な魂を必要とする。いたずらにそれを浪費する事はできないのだ……


 更に言えば白山達の部隊は総勢が五十名程度の寡兵だ。これを南部四領に派遣したとしても、効果は薄いだろう。



「ならば親衛騎士団はどうだ? どの程度出せる?」


 バルザムは、指揮下の第一軍団が思うように成果を挙げられず、渋い顔のままサラトナに尋ねる。

親衛騎士団はその名が示す通り王家の直轄となっており、治安維持任務は本来彼らの仕事だという事もあり、そう質問した。


 それに答えたのは、サラトナではなく財務卿のトラシェだった。



「ここ数ヶ月、糧秣や物資の値上がりが酷いですね。

財務としては出せても二ヶ月分、それも兵数は半分で見積もったとしてです」



 親衛騎士団は、現在王都での治安維持に当たっている。

その総数は二千であり、その半分として約千名が財政的には限度と言う事らしい……


 確かに、ここ最近王都周辺では、山賊の影響で商隊による流通が滞り、物価が上昇していた。

純粋に品薄な物もあれば護衛に冒険者を多く雇い、その分のコストが反映されている商品も多い。


 これが皇国の作戦だとしたら、地味だが確実に王国の経済にダメージを与えている事になる。

敵ながら見事というしか無い……


「では、そのようにブレイズに伝え、準備をさせるとしよう……」



 しぶしぶといった表情で、サラトナが親衛騎士団の出発を認め、南部に出発する事が内定する。

千名の人間が出発するのだから、一週間以上は準備が必要になるだろう。それまでは第一軍団に頑張ってもらうしか無い。


 白山は、ふと第一軍団を率いているアトレアの姿を思い出して、思案する。

彼女もタフな部類に入るだろうが、連戦で相当疲労しているだろうなと……


少し考えた白山は、頭の中に付箋を貼りアイデアを記憶にとどめると、会議に意識を戻した。



「しかし、軍団といえばカマルクは一体何を考えているのだ?」



 訝しむように声を上げたのはサラトナだった。

先の皇国の侵攻からは三ヶ月近く経つというのに、いまだに第二軍団の一部を、西南のアデーレに留まらせている。


 当初連れてきた三千名の大半は北の国境に返していたが、第二軍団長代理であるカマルクが、五百名を自身の判断で残留させているのだ。

それも現在では、駐屯の資金が尽きているだろうに、実家の資金だろうか?私費を投じて駐留を続けているのだ。



「奴の言い分では、手柄を上げることなく砦に帰ったのでは、実家に帰れなくなると言っておった。

まったく、何を考えているのか判らん。


儂にも何か任務を寄越せと、陳情してきてうるさい限りだ……」



 同じ貴族派である筈のバルザムまでもが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、煙たがっている。

これが軍務卿の得意な腹芸なら驚くが、この表情は本心からそう言っているようにも白山には見えていた。


 バルザムは、後程適当に任務をでっち上げ、帰還命令書とともに勲章の一つでも贈り、追い返すとサラトナに釈明する。



「部隊と言えば……」



 バルザムが口を開きかけた所で、部屋の扉がノックされる。

従者が王の到着を告げてそれを聞いた一同が起立して出迎えの支度を整えた。


 一呼吸置いて会議室に姿を現した王は、政務の疲れからか、やや渋い顔で室内に入ると、唯一の空席である窓際の上座に腰を下ろした。

居並ぶ重鎮の顔を見回した後、ゆっくりと王が口を開く。



「うむ、楽にせよ……

して会議は、どこまで進んだかな……?」



 従者から差し出された議題の目録に、じっと目を通しながらそう尋ねた王へ、サラトナがこれまでの決定事項を手短に報告していく。

それを聞いて満足そうに頷いた王は、手振りで会議の続きを促す。


それを受けてバルザムが、先程言いかけた言葉を再び口に出した。



「部隊といえば、ホワイト卿の部隊はどのような状態かと思ってな。

調度良い機会だ。報告は目を通しているが、卿から直接聞かせてもらえるか?」



 その言葉を聞いた白山は、ドリーに目配せをすると僅かに頷き、参加者へ資料を配り始める。

そこで訓練の進捗状況や、これまでに行っている訓練の内容を説明し、あと一ヶ月程で初期実戦配備が完了する事。

二期生の募集や下士官の訓練が、今後半年以内に開始される旨を報告した。


 バルザムは元軍人らしい視点から、白山達の部隊が行っている訓練の内容やその密度に驚き、トラシェは予算の少なさに呆れていた。


そして、白山は説明の最後をこう結んだ……



「来月の後半に王都近郊において、作戦能力認定演習を、実施予定となっております」



 その言葉に食いついたのは、他ならぬ王だった。

これまで訓練を閲兵したいと再三に渡って側近たちに命じてきたが、スケジュールの関係からそれが叶わなかったのだ。



「ホワイト卿、その演習はぜひとも見学させてもらうぞ……?」



 王のその有無を言わせない言葉に、白山は首を縦に振るしかなかった。

すると何かを思いついたのか、サラトナが何時もの悪巧みをしている時の表情を一瞬だけ浮かべると、王に口を開いた。



「では、閲兵式ではありませんが、王都近郊の諸侯や来賓を招き、訓練の見学会を催しまする……」



「なっ!」



 予定では、四夜五日に渡る不眠不休の訓練を実施する予定だった。

白山にとってみれば見学会など、いい迷惑でしか無い。


 反論の材料を探そうと、ドリーの方向を見るが、彼女もサラトナの悪巧みには呆れたらしく首を横に振っていた…………


ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m


※今日中に番外編を投下予定です。ご注意下さい。

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