制限と魂と輪廻と食物
「制限解除? 何の話だ……?」
白山は、怪訝そうな顔を浮かべてドリーに視線を向けた。
ドリーは、書類の端をトントンと揃えて机の上に置くと、居並ぶ男達を見渡す。
「ホワイト、今のプールされている魂の数は 159(24,768)で、間違いないわね……?」
それを尋ねられた白山は、メモしてきた数字に目を落として、ドリーへ僅かに頷く。
その視線は何か嫌なものを感じており、出来れば聞きたくないと言う表情を見せていた。
「それほど難しい話じゃない……
使用可能な、プールしている魂の使用可能範囲を変更するだけよ……」
事も無げに言った彼女に、白山が眉をひそめる。
それに気づいたドリーが何か諦めたように苦笑し、ゆっくりと説明を始めた。
「貴方が初期設定で、対象範囲を王国全体にしたのを覚えているかしら……?」
「ああ……」
不機嫌そうに、言葉短く答える白山の表情を見ても、ドリーは平然と説明を続ける。
「カッコの中の数字、その魂の数は保護対象の範囲で、亡くなった人間の数を示していると言う事。
それを召喚に使用できるようにする……
このプログラムを作った人は、その辺も織り込んで作ってたみたいね……」
白山は険しい顔を崩さず、ゆっくりと首を横に振る。
「それは出来ない……
いくらこの国の人達を守る為とはいえ、その魂を恣意的に使用するのは反対だ」
そう言った白山に、ドリーが呆れたように教官連中にジェスチャーをすると、キッとした視線を白山に向け反論する。
「なら、貴方が何処か旅に出て、犯罪者でも殺して回る?
制限を解除しなくても、使用数が増えるなら私は構わないわよ?
それにね……」
ドリーは、ファイルから取り出した資料を全員に配り、その内容を説明し始める。
「召喚用のラップトップにある文章をプリントした物なんだけど……」
そのプリントに目を通した白山の表情に、少しの驚きが見えそれを見たドリーが、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
そこに書かれていたのは以下の文章だった……
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魂とは、所謂 魔素の集合体である。
大気中及びこの世界に存在している物体には、少なからず魔素が含まれているが、その量は微量である。
その為、大量に魔素を消費する召喚には、魔素の集合体である人間の魂を使用する事を前提としている。
古来より召喚の儀式には、生贄の命が必要不可欠であったのはおおよそこの理由によるものらしい。
しかし、このプログラムで魂を消費する場合抵抗を持つ者も少なく無いだろう。
自然界や生態系には、バランスを調整する能力があるように、魔素にもそうした均衡を元に戻す働きがあるという。
人間の魂を消費して召喚を実施する場合、一時的に人間の数は減少する。
だが、自然界からの魔素の供給が増え、長期的な目で見ればそのバランスは調整され、やがて元に戻る。
この文章を見ているとすれば、このラップトップの内部を解析出来る人間だという事だろう。
表のFAQに表記した内容は、嘘ではないが徒に召喚を乱用し、人口の絶対数や回復不能な数に人口を減少させる事を危惧しての事だ。
制限を解除する場合、死亡率と出生率に留意して使用して欲しい……
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黙ってそれを読んでいた白山は、この文章の出処が何処なのかと訝しむ。
それを察したのか、ドリーが白山の機先を制して口を開いた。
「この文章は、プログラムの裏側にあった、隠しファイルに入っていたわ……」
そう言って一息ついたドリーは、長い足を組み替えると表情を和らげて白山に語りかけた。
「貴方の人命や倫理観には共感もするし、尊敬も出来る…… それでも、今は召喚が優先よ。
この国の人達を守るならね……
皇国でも北の帝国でもいいわ。彼らが攻めてきて、為す術もなく使えない制限内の数字が増えていくのを、眺めたくはないでしょう?」
そう言ったドリーは、コーヒーを一口啜ると真剣な表情で白山に視線を投げかける。
腕を組んだ白山が僅かに頷いて、その話の内容とドリーの説明を頭の中で反芻しつつ、続きを促す。
「要は、人口増加率を計算して、支障が出ない範囲でなら、使っても問題がないって事。
それから……」
そこで言葉を切ったドリーが立ち上がって、決然とした表情で続きを切り出した。
「私が、絶対にこのプログラムを改良するわ。
プログラマーとして意地でも、この召喚システムを効率化してみせる。
安心しなさい。 魔法使いの爺さん使い倒してでも、実現させるから……」
その目には決然とした意思が見えており、それを見た白山はドリーの意見に同意するしかなかった。
「分かった…… 使用可能な数量を早急に割り出してくれ。
それから数量が増えたとしても、乱用については厳禁だ。その点にだけは注意しよう」
その言葉に頷いた面々は、白山の言葉で表情を引き締めた。
「要するにだ……
税金で養われていた我々が、今度はこの国の魂で養われる。
こりゃ、手を抜けんな……」
口を挟まずドリーの説明を聞いていたウルフ准尉が、ゆっくりと口を開く。
その一言で周囲の面々が頷くと、白山もやっと肩の力を抜いた。
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会議の翌日、馬車に乗ったフロンツが基地を訪れ、面会を申し入れてきた。
しげしげと基地の内部や休務となった訓練生達を眺めている。
フロンツはやや興奮した様子で、持参した資料を胸に抱き、落ち着かない様子だった。
早速ドリーを紹介すると、二人は握手を交わして早速彼女のラボに向かってゆく。
立ち話を聞いていたが白山には、専門的な内容が多く理解できない部分も多かった。
断片的だったが、聞こえてきた内容では魔法陣や魔素に関する内容のようだった。
その声を聞きながら、ラップトップの改良やシステムの内容について、ドリー任せにするのは不味いだろう。
ドリーから後程レクチャーを受ける必要があるなと思いながら白山は、果たして理解できるだろうかと、若干不安に思っていた。
ふと、白山は昨日の会議でのドリーが言った言葉を思い出す。
互いに嬉々としてラボに向かって行ったが、果たしてフロンツは無事にあの部屋を出られるのかと、心配になってしまう。
今日明日は、訓練自体は休みだが、やるべき仕事は多い。
白山は、教官達や王宮から上がってきた書類の決裁や、文章の作成など仕事は多かった。
医療スタッフの召喚は、午後から行うことになっている。
今回は女性を召喚するので、やはりドリーの立会が必要になる。
そして現在は、解析でドリーがラップトップを使用しているので、午後からと言う事になっていた。
白山は、ふとコーヒーのカップが空になっているのに気づく……
そして、リオンの姿を探そうと一瞬思い、それから彼女の不在を思い出す。
すでにリオンが側にいるのが当たり前になっている自分に、苦笑しながら立ち上がった白山はコーヒーを淹れるべく暖炉の横へ行く。
この時期すでに暖房用の火は焚いていないが、それでも湯を沸かす炭火は常に置いてある。
粉をネルに落とし、特注した口の細いポットからお湯を落としてコーヒーを蒸らし始める。
最初に飲んだ時はかなり酸味が強い印象だったが、炭火でじっくりローストする事で苦味の強い白山好みの味になっていた。
ドリップを開始しながら白山は、昨日のドリーの報告を考えていた。
昨夜のうちにラップトップの限定は解除完了しているそうだ。
今の所は詳細な出生率が判明していないため、どの程度の数字が使えるかは不明だった。
ただ、端数に関しては使用しても問題がないだろうという判断で、その分の数字を使用可能数に割り振っていた。
その為使用可能な魂の数は、768+159として 927まで増加している。
銅製のカップに溜まったコーヒーを、炭火で少し暖めながら、魂の存在について考えていた。
人間の魂とは故人の意識や人格と、不可分だと考えていた。
しかし、それがどんな原理で魔素が魂としての役割を果たすのか?
そして、故人の魂を召喚するにあたり、他人の魂がどう影響するのか……?
判らない事だらけだった。
プツプツと僅かに沸き立つコーヒーが、良い香りを立ち上らせた。
コーヒーをカップに注ぎ、それを一口含むと香りと濃厚な苦味が口に広がる。
それが感情のざわめきを抑えてくれ、白山は暖炉横の壁にもたれて虚空を見上げ、考えに耽っていた……
昼食を摂ろうと食堂に降りた白山は、そこでドリーとフロンツがやって来て、白山の隣に陣取った。
二人は午前中を基礎的な魔法理論に費やしたと言い、フロンツはドリーの吸収の早さに驚いていた。
「これほど楽しい一時は、ここ数年なかったですわい」
少しかすれた声で、そう言ったフロンツはカラカラと笑い、水を一口飲むと徐ろに切り出してくる。
「先程、ドリー女史から伺ったのですが午後から召喚を行われるとか……
是非! 見学させて頂けますでしょうかのう!」
召喚の状況を見ることが出来れば、助言や魔法術式の構造について、何かしらの手助けになるとフロンツが力説している。
さて、どうしようかと白山が思案していると、横からドリーが僅かに頷くのが見えた。
成程、ドリーとしても何か得るものがあるらしく、それを見た白山はフロンツの見学を認める事にした。
もとより召喚の秘密を知っているフロンツには、召喚を秘匿する必要性は少ない。
白山はふと思い返し、フロンツに先程の魂についての質問をぶつけてみた。
すると、フロンツは少し思案した表情で興奮を抑えて、その質問に答え始めた……
「この世界には森羅万象すべての物に、魂や魔素が宿っております。
これは肉体を構成する血肉とは別に、人間の意志や感情、運命など様々なものに作用しておりまする。
人の思考や行動がそれぞれ違うのは、魂の大小やその特性によって決まると言われておりましてな……
子を成し魂を分かつ…… また、年老いると魂は消耗致しますのじゃ。
激しい運命や動乱に翻弄されれば、その分魂は早く消耗しますのでの……」
白山はその話を身じろぎもせず、聞きそれを見たフロンツは、咀嚼の時間が必要と判断して言葉を切った。
その間にフロンツは、残った食事を平らげ水を一口飲むと、白山の様子を見やり話を続けた。
「魂の大小やその人間が何を成すかは、身分の貴賎や生まれには関係がありませぬ。
転生した魂が天に召され、そこですり減り摩耗した魂は、森羅万象から数多の魔素を吸収し、その吸収によりその大小が運命づけられるのです」
そこまで聞いた白山は、黙って腕を組みその話を考えていた。
その様子に年配者らしい気遣いを視線に浮かべ、フロンツがゆっくりと言葉を重ねる。
「午前中に、少々小耳に挟みましてな……
魂を召喚に使われることに、抵抗を感じられておると」
思考を中断し、話のネタ元であろうドリーに視線を向けた白山は、あさっての方向を向いて、当の本人が視線をそらすのを見て諦める。
責任追及は後回しにして、フロンツに頷いてみせた白山は、ゆっくりと切り出す。
「ええ…… 正直に言えば魂を使い、他者を殺める兵器や兵達を死地に送る得物を呼び出す。
それは死者への冒涜にはならないかと、私自身は考えています……」
その答えにフロンツは小さく頷き顎ひげをしごくと、やがて微笑んだ。
「ホワイト様はお優しい方じゃな……
天に昇った魂にまで、心を砕かれておいでか」
そう言ったフロンツは目を細めて白山に語りかけてくる。
「人間とは森羅万象の一部に過ぎませぬ。
言葉を語り、何かを考え動く。それは、人だけの独特のものではあります
ですが、子供を育みそれを守ろうとする動きは、程度や言葉の有無は無くとも、この世の動物すべてが持ちあわせておりまする。
ならば、意思や物言わぬ獣達に対しても、魂の価値は等しく平等になりますな。
先程の食事の中にも肉が入っておりました。
食に対する感謝と祈りは欠かせませぬが、それと召喚によって生み出された品物に、同じ魂の価値でどれだけの差がありましょうや?」
魂と呼ばれるものの存在を人間に限局して考えていた白山に、フロンツは輪廻の輪を歪曲して見るなと訴えていた。
「人間が食を欲するのは何も血肉を補うだけではないのですぞ……
気分が落ち込んだ時、打ちひしがれる時に与えられる一杯のスープは、身も心も癒してくれるでしょう。
それは、胃の腑が温まるだけではなく食物を通して、消耗した魂に糧となった命の魔素が染み入り、すり減った魂を補ってくれる所以でもあるのですじゃ。
魔素で出来た魂が食となり人を癒やす。
昇華した魂が現世において人助けに使われる。
詭弁かもしれませぬが、全てが輪廻し流れ巡るのであれば魂の使い道に貴賎はありますまいて……」
そう言ってカラカラと笑ったフロンツは、ドリーが気を利かせて運んできてくれたお茶に手を付ける。
「軍人という、業の深い職に就かれているのです。
食に感謝と祈りが欠かせぬように、死地へ旅立つ相手や仲間に敬いの気持ちさえあれば、それで十分ではないですかのう……?」
その問いかけに何かを考えるようにゆっくりと頷いた白山は、肩の力を抜くとフロンツに礼を言うと、午後の召喚に向かうべく席を立った。
その歩調と背中には、先程までの逡巡は見られず、迷いなく歩いているように見えた…………
遅くなりまして失礼致しました。
いやはや、花見に行きましたら体調を崩しました。
そんなときに限って、書き溜めストックが無いんですよね。
明日以降は、通常更新に戻ると思いますので宜しくお願い致します。
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m




