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火傷と暗闇と

「リオン!」


白山の叫びが、狭い路地に木霊する……


 どんな原理かは知らないが、木造の壁面が突然燃え上がったのだ。

そしてそれにいち早く気づいたリオンが、白山を突き飛ばした。


 腕で炎を遮るように顔面を守りながら、リオンに走り寄る。

炎はまるでバーナーから噴出されるように、目線の高さを横に吹き出していた。


 白山は、それを見て素早く匍匐でリオンに近づくと、チェストリグを掴み、強引に引きずって炎から引き剥がした。


 バックルを操作して背中のハイドレーションを下ろした白山は、給水口を開いて中身をリオンにぶちまける。

幸いにして油脂などは付着していなかったのか、リオンの衣服に引火する様子はなく、無事に水はリオンの熱を冷ましてくれた。

素早くリオンの状態を確認した白山は、その様子に酷い外傷や目視できる傷がない事に少しだけ安堵する。


水の冷たさに、一瞬だけ反応を見せたリオンを目の前にして、白山は決断に迫られていた。



このまま付き添って後送すべきか…… それとも追跡を続行すべきか……



 そんな考えが心のなかによぎるが、頭を振ってそれを思考から除外した白山は、無線に手を伸ばした。


『ホワイト1からHQ 火災発生、負傷者が出た……  メディバック要請…… 俺は追跡を続行する』


『リオンちゃ…… HQ了解 ゴースト2を向かわせる ホワイト1…… 追跡続行せよ』



 一瞬だけドリーの声に動揺が見られたが、一拍置いてすぐに冷静な口調に戻り、指示を出してゆく。

白山は、リオンを抱きかかえ、安全な場所に横たえると自分のストールを外し、リオンの上体にかけてやる。


その動きで、意識を取り戻したリオンが、うっすらと目を開けた……



「ホワイト……様 無事だったんだ……良かった」



 白山は、リオンの頬に優しく手を置くと、その体調を問いかける。



「リオン、おかげで助かった。 何処か、痛む箇所はあるか?」



 IRのケミカルライトを折り曲げて、後続の隊員への目印にした白山は、僅かに下唇を噛み締めていた。


「少し…… 髪が、焦げた程度です」



 暗視装置を跳ね上げて、可視光のライトを点けた白山は、リオンの具合を見る。

幸い防炎になっている戦闘服が、その役割をしっかりと果たしてくれたようだ……



リオンが、白山の腕を握った。……



『前進しろ』 そのスクイーズの意味を理解している白山は、僅かに頷いた。



グズグズはしていられない……



 立ち上がった白山は素早く装備を点検すると、自分とリオンを立ち止まらせた炎に厳しい視線を向ける。

いまだに炎を噴き出しているそれは、周囲を赤く照らしていた。


 どういう仕組みかは判らないが、突然炎が吹き出すと言う事は、トラップの類だろう。

足止めとしては、上々の成果を残している。



 白山はエクスレイが逃走した方向を見据えると、ゆっくりと足を動かす。

ここからは一人だ……狭い路地、そしてトラップに留意しつつ逃亡者を捕捉しなければならない。


 白山は暗視装置をむしり取ると、無造作にダンプポーチに突っ込む。

ここからは死角をカバーしてくれるバディが存在しないのだ。視野が狭まる暗視装置は使いづらくなる。



 左胸からカランビットを抜いた白山は、左手の人差し指にリングを引っ掛けると、M4のハンドガードに添えた。

不意の遭遇戦闘に備えたその構えは、独特の気迫を感じさせる物だった……



 裏路地を進む白山は時折、M4に取り付けられているフラッシュライトを点滅させ、死角を潰しながら進んでゆく。

ふと白山の進行方向の先で、何か赤い光が僅かに瞬いた。


 次の瞬間、石畳の何もない場所から、人間の背丈ほどもある炎が吹き出す。

白山は躊躇いもなく、路地においてあった防火用の桶を右手に持つと、それを炎に投げつけた。

すると、激しく燃えていた筈の炎は一瞬で鎮火し、静寂が戻る。


 その様子に疑問を抱いた白山は、フラッシュライトの光柱を、炎が発生した方向に向けた。

すると、そこには羊皮紙に描かれた魔法陣らしき物体が貼り付けられており、水に濡れた所為か、円形の端が崩れていた。

何故、効果が消えたのかは判らない。 それでも先程の炎の半径分を慎重に迂回して、その場にケミカルライトを投げる。


トラップや注意喚起を行う場所には、常にそうして目印を残すのが、SOP(通常作戦規定)になっているからだ。


 白山は、魔法陣を超え、さらに奥へと向かって進んでゆく……

先ほどの喧騒から離れた裏路地は、不気味なほどの静寂を保っており、何者かの気配が濃厚に感じられる。

肌に感じられるピリピリとした刺激は、先ほどの炎のせいなのか、周囲の気配によるものなのかは判らない。


それでも、この濃密な静寂と濃い闇には、何かが潜んでいると白山は感じていた……


 次の瞬間、白山に向けて、何かが飛来する。

半ば本能的に上体をひねった白山は、飛来した投げナイフを躱すと、その方向に銃口を向けて発砲する。

ライトの照射と共に目標に向けて発射した弾丸は、素早く動いた男に交わされてしまう。

位置を変えて、遮蔽物になりそうな戸板の影に隠れた白山は、成程あれではリオンが目標を外すのも無理は無いと考えた。


そのぐらい男の動きは素早かった……


 ダンプポーチから暗視装置を引っ張りだした白山は、スイッチを入れ、手に持ったままそれを覗き込み、戸口の横から素早く周囲を伺う。

そこに男の姿は見えない。だが濃密な気配は、まだ男が近くにいる事を報せていてた。


安全を確認してから、戸口から出た白山はゆっくりと進み出す。



緊張からか、グローブの下の掌が汗で濡れる……



カタリと何処かで音が鳴った…… その方向にライトを照射した瞬間だった!



 音とは反対の方向から男が跳躍し、頭上から白山に襲いかかってきた。

男の手には血塗られた短刀が握られており、僅かに壁面に反射したライトが、男の手にあるそれを照らす。


 視界の隅にその動きを捉えた白山は、咄嗟に反応しようとするが銃を振るのは間に合わないと悟った。

白山は、M4をスリングの保持力に任せて手を離すと、左手に持ったカランビットを人差し指で回すと、男に斬りつける。


上下に一瞬で交錯した二人は、互いに後ろに飛び退き間合いを取る。



しかし、男のその行動は悪手だった……



 次の瞬間には、腰のSIGを一瞬で抜き放った白山が、男の飛び退いた方向に向けて、銃弾を撃ち込み容赦なく追撃する。

9mmの弾丸は、その破壊力で戸板や薄い壁を打ち壊し、男に襲いかかる。

男はたまらず更に後方へ走り去ると、闇に姿を消した……


 白山はSIGを戻すと、すぐにM4を手にして男を追いかけた。

路地を大通りに近い場所まで進んできた。


 このまま行けば、モバイル1と連携してヤツを追い詰められる。

そう確信した白山は、ライトと暗視装置を駆使しながら、慎重に男が逃げた方向に向けて進んでいった。


 不意に何かが動き、白山はライトを向ける。

どこに隠れていたのか、男がさっと身を躍らせ、物陰から飛び出した。

ライトの光をその男に向けながら、発砲しようと白山が一歩を踏み出した瞬間だった。



 同じように魔法陣が発光し、炎が巻き上がった。

先程の比ではない火柱が、天に向けて立ち上がる。


屋根よりも高く、真昼のように轟々と燃え上がる炎で、照らされた周囲の家々の住人が、何事かと飛び出してくる。


炎の後ろに、逃げる男の影が見え、白山はその姿を追いかけた。


「王国軍だ!止まれ!」



 逃げ出した男は一瞬だけ立ち止まり、振り返るとニヤリと嗤い、壁際の死角に入り込む。

白山と男の間から煙が吹き上がり、男の姿をたちまち隠してゆく。


男が居た位置に、銃弾を撃ち込んだ白山は、煙に構わず歩を進める。


「火事だ! 逃げろ!」


 男が発したと思われる声で、呆けるように炎を見ていた周囲に居た住人達が、暴動のように狭い路地に殺到し、我先に逃げ出そうともみ合う。


銃の使用を諦めた白山は銃口を上に向け、流れに逆らい進み男を追いかけていった。



 大通りまで達した白山の足元には、肩と腕に血痕がついたローブが脱ぎ捨てられていた。

白山は周囲を見渡すが、男の姿は野次馬に紛れ、完全に見えなくなっていた……




********



 白山達が男を取り逃がした後、これまでの連続犯罪が嘘のように鎮まり、王都には平穏が戻っていた。

四日後、親衛騎士団が王都に帰還し、白山達は引き継ぎを済ませると、基地に帰還することが出来た……


 作戦中のローテーションで、途切れ途切れの休息しか取れていない訓練生達や、教官連中にも疲れが見えた。

教官達との打ち合わせを兼ねたデブリーフィングでは、様々な意見が出る。

そのなかでも今後の訓練方針の修正と、必要不可欠な物品が鮮明に浮かび上がってきた。


 その中で、ある程度の車両や、医療関連の知識を持つ人員は、やはり必要だと結論づけられた。

白山もその意見には賛成で、早急に検討する事を約束する。

そして、教官からは車両操縦の訓練を、訓練生にも施す必要があるという意見が出る。


 明日以降、その点を改めて検討する事として、今日はゆっくりと休むように言い渡す。

教官達はその意見に頷くと、訓練生達には簡単な整備を行うように指示を出し、休息を取らせることにした。

白山は訓練生については、三日間の休養を言い渡し、自費で酒と肉を仕入れると、教官達に慰労会を実施して欲しいと依頼した。


その言葉に頷き、今夜はささやかな宴を開くと、ウルフ准尉が言ってくれる。



 白山は一段落すると、夕方には戻ると言い残して、屋敷に戻るべく車に乗り込んだ。


 屋敷に戻った白山は、車を降りると屋敷を見渡す。

暫く帰っていなかったが、日ごとに屋敷は立派になっている気がしていた。

フォウルを始めとする使用人達が、手入れをし家に活力を与えてくれているからだろう。


 庭の花々も陽の光を浴びて、少しずつだが大きくなってきている。

新たに植えられた庭木はまだ小さいが、周囲に咲く花は色とりどりの色彩で、見事に庭を飾っていた。

昼下がりの穏やかな光が庭に差し込み、水やりをしていた庭師が頭を下げてくれる。


それに手を挙げて答えた白山は、まっすぐに二階へ上がると、奥の部屋に向かう。



 コンコンとノックをすると、程なくしてメイドがドアを開けてくれた……



 白山が、部屋の主を探すと、そこにはベッドで上体を起こした状態のリオンが、窓の外を眺めていた……


 リオンは、白山と目が合うとニッコリと微笑み、ベッドから起き上がろうとする。

白山はそれをジェスチャーで制すると、ベッドサイドに置かれた小さな椅子に腰掛ける。


 その顔にはいつもと同じ、白山に向けられる柔らかな微笑みがあったが、その横には白いガーゼが当てられていた。

左側面、耳の後ろから首筋にかけて、大きく覆われたガーゼが痛々しい。


それを見た白山は、僅かに表情を曇らせ、口を開く。



「傷の具合は、どうだ……?」


「だいぶ、痛みも引いてきました。薬が切れれば、動ける程度には……」



 水差しと木のコップ、そして、銀と白色のカプセル。

それは、消炎鎮痛剤と抗生物質の錠剤だった。


 傷自体はそう大事ではないが、感染症と痛みが問題だった。

そこで、内服薬を使用したのだが、薬の効き目が強すぎたのだ……


 薬効に耐性や免疫のない、この時代の人間にとっては強烈な効き目になる。

半分の量でも、リオンは意識が朦朧とするほどの効果を示してしまい、ベッドから降りられずにいた。



 咄嗟に白山をかばったリオンは、吹き出した炎を躱し切る事が出来ず、首筋に火傷を負っていた。

防炎処理が施されている戦闘服は、リオンの肌を守ってはくれていたが、首から上にはその効果は及ばない。


 Ⅱ度の火傷を 5%程度受けたリオンは、重症と見做され直ちに後送する事になったのだが、そこからが大変だった。

活動拠点とした教会前広場で手当てを行おうとした時、善意からなのだろうが教会関係者が手当てを申し出てきた。


 医療関係が発達していないこの世界では、教会が医療を施すことは、災害や戦争ではよく行われている。



しかし、その内容が問題だった……



 水疱になっている熱傷部位の皮膚を剥がし、膏薬を塗りこむと言い始めたのだ。

この世界の治療では一般的だという事だが、感染症の恐れがある状況で、不衛生な処置をされては命に関わる。

これは不味いと、リオンを広場に運んできたリック軍曹が間に入り、それをやんわりと押しとどめた。


 教会関係者が、何故手当てをしてはいけないのかと怒り始めた頃に、白山が到着してすぐに傷の処置が始まったのだ。

基礎的な外傷治療の訓練を受けている白山は、リオンの状態を見て輸液と創傷面の保護にかかった。


しかしその行為が、教会関係者に悲鳴にも似た声を上げさせる事になる。


 どうやら、白山の適切な処置は悪魔的な儀式に見えたらしく、どれだけ説明してもリオンを引き渡せと言って聞かない。

仕方なく白山はリオンを基地に運び、そこで処置の続きを行い、それから現場に戻って任務を続けたのだ。

教会にはドリーが連絡をしたおかげで、宰相からの通達が届き事なきを得たが、そうでなければ白山を火炙りにしかねない勢いだったのだ……



 そして昨日、屋敷に戻っていたリオンは、白山とは事件以来の再会となる。



「私は、バディ失格ですよね……」


少し遠い目をしたリオンが、窓の外を見たままそんな事を口にする。


「いや、リオンが庇ってくれなけりゃベッドに寝てたのは俺の方だった……」


そう言って、リオンの手に自分の手を重ねた白山は、久しぶりに薄く笑顔を浮かべてリオンを見る。



「あの時、私が撃ち漏らしていなければ……」


そう言ったリオンの言葉を、白山は手に力を入れて遮る。


リオンの頬を伝う涙は、ポツリ ポツリとシーツに落ちてゆく……



「そう思うなら、もっと訓練をするんだ…… これを糧にしろ」


 ベッドに身を乗り出して、涙を拭ってやった白山は、優しくも厳しい口調でそう言った。

されるままに涙を吹かれていたリオンは、やがてコクンと頷くと、白山の胸でまた泣き始める。


白山は首筋に触れないように気をつけながら、いつまでもリオンの頭を撫でていた…………



ご意見ご感想お待ちしておりますm(_ _)m


追伸 最近ちょっと忙しくて感想や推敲が溜まっております。

明日以降、落ち着く予定ですので、よろしくお願い致します。

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