暗雲と士気とヘッドライト
会議が終わり、サラトナの執務室に呼ばれた白山は、ソファに腰を下ろすと深くため息をつく。
すでに地位や立場を超えて、気心がしれている両者は、特に気を使わずに会話を進める仲になっている。
「さて、先程のゴリ押しで我々を出そうと思った理由…… 当然、お聞かせ願えますよね?」
出されたお茶を啜りながら、口を開いた白山にサラトナが疲れたように口を開く。
「少し不穏な状況でな…… まだ確定ではないので口止めしとるが、蜂起の動きがある」
その言葉にぴくりと眉を動かした白山は、続きを聞くべくカップを置き身を乗り出す。
周囲に目を走らせ、人払いをしたサラトナはゆっくりと白山に身を寄せて小さな声で続きを口にする。
「行方をくらましていたザトレフが、どうやらリタの周辺に潜んでいるらしい」
それを聞いた白山は、今起こっている事件……いや、テロとその関連性を探る。
筋書きとしては王都に目を向けて、その隙に蜂起してリタを占領するのか、それとも何か他の動きをするつもりなのか……
隣に座るドリーに目配せをすると、僅かに頷いて簡単なメモを取り始める。
恐らく周辺のバードアイでの撮影も含めて、近日中には必要な情報収集を開始するだろう……
「サラトナ殿は、王都での一件と、何か関連性があると……?」
頷いたサラトナは、ドリーに一瞬だけ、視線を向けてから語り始める。
「ドリス女史の話を聞くまでは、半信半疑だったが、今は確信しておる」
成程、もしここでカマルクが王都に入って、蜂起した勢力に呼応される事を警戒している。
「リタについては、今の所表立った動きはない。
蜂起の動きを牽制する為にも、早期に王都での事態を収拾しなければならんのだ」
「それも我々に近い筋でな……」
最後の一言は、小さな声だったがその意味と重みは非情に深かった……
********
白山は早々にサラトナの執務室を出ると、すぐに基地に取って返す。
すでに時間的には夕暮れ時で、これからは忙しくなるだろう。
明日以降、王都に展開するならばすぐに準備を開始しなければならない。
作戦内容や後方支援に装備資機材の準備など、やる事は山積している。更に移動の時間も考慮すれば時間は限られている。
教官室に飛び込んだ白山とドリーは、夕方の訓練が終わり集まっていた教官達に、事の次第を告げる。
おおよその話を聞くに連れ、教官連中の視線がどんどん険しくなってゆく……
「ドリー、ウルフ准尉は俺と作戦の立案、前川一曹と田中二曹は装備と弾薬の準備、必要なら訓練生を使っていい。
リック軍曹と山城一曹は、十名連れて先遣隊を準備、完了次第出発して、南の住宅地域を中心に情報収集。
河崎三曹は、隊員を掌握して出発準備の指揮を取れ」
白山の命令で、弾かれるように教官室を飛び出した各人は、それぞれの役割を行うべく動き始める。
事前の取り決めはある程度決定していたが、それぞれが経験によって細部を補えるだけの技量がある。
飛び出していった教官連中を安心して見送った後、残ったドリーとウルフ准尉を前に、白山は作戦の概要を考えるべく、王都の地図を広げ始めた。
「しかし、また厄介な任務を押し付けられましたな」
ウルフ准尉が、地図の四隅を留めるのを手伝いながら、そう口を開く。
苦笑しながらそれに同意した白山は、セロファンを地図の上に広げるとグリスペンで、おおまかな割り振りを決めてゆく。
中央の道路に東西に線を引き、南部の住宅地域を分断するように二本線を引くと、配置を書き込んでいった。
ウルフ准尉は何も言わずその作業を見守り、完成した図面を見て頷く。
「まあ、妥当な線でしょうな。動哨警戒と分散配置による、包囲殲滅ですな」
白山は、王都の中を大まかに区切ると、南部の住宅地域に三個分隊を配置した。
更に緊急展開チーム(QRF)として1個分隊を王都の中央部分に配置させる。
戦略予備と基地の警備を兼ねて、基地に1個分隊を残す。
単純だが、その分だけ練度の低い新兵達でも実行可能なはずだ。
「各分隊から選抜射手を抽出して、支援班を編成しましょう。城壁の上から支援させれば、兆候が早期に発見できる……」
白山はウルフ准尉のその意見に頷くと、その旨を書き込んでいった……
兵舎に走り込んだ河崎三曹は、起床時に使う鉄鍋を打ち鳴らすと、皆の注意を惹く。
兵舎の清掃を終え、ようやく訪れたつかの間の休息時間に身近な班付が、血相を変えて飛び込んできた事態に驚き、全員の視線が集中する。
「全員、直ちに装備着用の上、本部前に集合しろ! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!」
その言葉に、何が起きたのか質問しようとしていた訓練生達も、慌てて装備を身につけるべく、バタバタと動きまわる。
非常呼集の訓練は、抜き打ちで数度実施しているので、皆の動きは急ぐ中でも確実だった。
「いや~あの台詞、いっぺん言ってみたかったんだよな……」
そんな喧騒に阻まれ、ちょっとニヤけた河崎三曹のつぶやきは、誰にも聞かれる事なく慌ただしさに消えてゆく。
程なくして完全装備で本部前に集合した訓練生達は、普段の訓練よりもかなり速いタイムで集合を完了する。
白山によって開放された武器庫から、訓練生達が武器を取り出す。
本来なら半数以上がM4を手にしており、分隊に一丁の割合でM240が配備されるが、教官からの指示は全員小銃携行だった。
これは、練度的にやや不安が残る訓練生達に、民衆が混在する市街地で威力の高い兵器を使わせる事を考慮しての判断だ。
それでも、分隊に二名の割合でハンドガードの下部にM320 40mmグレネードを装備しており、面制圧力に欠ける事はないだろう。
そして射撃の成績から選ばれた選抜射手は、ウルフ准尉と同じSCAR-Hを装備している。
ACOGの望遠照準器を備えたごつい外観は、訓練生達の憧れになっていた。
こうしたアウトレンジからの射撃によって、援護されれば余程の大軍相手でなければ事足りると白山とウルフ准尉は判断していた。
訓練生達の武器搬出が終わる頃、本部前には幾つかの変化があった。
そこには、前川一曹と田中二曹が、二十箱近いMRE(米軍個人携帯用戦闘糧食)と戦闘糧食Ⅱ型改の箱を積み上げている。
ナイフで封切られたその箱から、訓練生達が黙々と糧食を取り出し背嚢に詰めていった。
味にうるさい者には戦闘糧食が人気だが、甘味が高級品であるこの世界では、ガムやチョコレートが付属するMREも、根強い人気を誇っている。
中には故郷の兄弟に菓子類を取っておいている者もおり、嗜好品の少ないこの訓練生達の間では、些細な依頼や頼み事にも金銭や酒の代わりに使われたりもする。
「よし、A分隊弾薬搬出に手を貸せ。B分隊は、田中二曹について行って、無線や資材搬出を手伝え」
その言葉に、各訓練生は日頃の訓練の成果を発揮して迅速に行動する。
先日からこうした緊急展開訓練は何度も行っており、出動準備にかかる時間は日々短縮されていた。
程なくして無線機や個人用暗視装置、更には分隊用医療パックなどを携えて隊員達が本部前に集合を完了する。
そこへ白山がウルフ准尉を伴って現れた。
何が始まるのかと、不安な面持ちでいる者やどこか興奮気味の者など、その表情は様々だった。
「諸君、先程王陛下より命令を賜り、部隊として初の実戦に赴く事となった!
ここ数日、王都の城下街では、無差別な放火や罪のない人々を殺害する、許しがたい犯罪が横行している。
我々はこれより数日、親衛騎士団の本隊が到着するまでの間、王都での警備任務に就く事となっている。
初の実戦で不安になる者も居るだろう……緊張もするだろう。だが、教官の命令をよく聞き、全員無事にここへ帰って来い! いいな!」
「応っ!」
腹の底から出ている声が、星明かりの瞬き始めたファームガーデンに木霊する。
「よし、先遣隊は直ちに車両で出発、現地の状況を確認して本部との連絡を密にせよ。
先遣隊は現地に到着後、車両による移動警戒を実施する。指揮はリック軍曹、コールサインは『モバイル1』
モバイル1は、本隊到着後QRF(緊急即応部隊)を兼ねる。
山城一曹は現地到着後、城壁に移動しろ。選抜射手を掌握し、高所から不審な兆候を観測、コールサイン『シエラ1』
準備が出来次第、すぐに出ろ!」
高機動車のキーを山城一曹に放り投げながら、ウルフ准尉のでかい声が響く。
その声に、A分隊を集めた2人は、任務内容の詳細と注意事項を説明している。
その準備作業を尻目に、ウルフ准尉の声が再び響いた。
「本隊は、準備が完了次第、徒歩にて王都に入る。
それぞれコールサインを『ゴースト1・2・3』とする。こちらも各分隊の選抜射手とそのバディは、城壁に登り、山城一曹の指揮下に入れ。
指揮に入り次第、それぞれ『シエラ2から4』を付与 シエラ4は、北の王立教会の望楼に登れ。王宮方面への不審者の観測及び、各シエラの死角のカバーを実施。
最後の1チームは俺が指揮する! コールサインはヘッドクォーター1 任務は、王都に出てるチームがピンチになったらケツを引っ叩きに行く係だ!
居残りだから楽ができると思うなよ! こき使ってやる!」
その声に笑い声や、割り当てられた連中の悲鳴が聞こえてくる。
それに構わず、ウルフ准尉が続けて注意点を説明する。
「本作戦は、治安維持任務だ! 訓練を思い出せ。 一般市民には丁寧に接しろ! テロリストには容赦するな!」
「応っ!」
再び大きな返答が聞こえ、その目にはやる気が漲っているのが、彼らの表情から伺える。
練度的には不安は残るが、この士気の高さならば為すべき事を達成できるだろう……
そう考えた白山は、ウルフ准尉に目配せをすると准尉も同じ思いを抱いたようで、満足気に頷いてくれる。
「教官は、十分後に出発前ブリーフィングを実施する。教官室に集合しろ」
短い時間だが、各分隊を掌握している教官達は訓練生達に指示を与え、必要な準備を実施させる。
その間に作戦の要点や注意点を各分隊を掌握している教官達に伝える必要があった。
パラパラと教官室に集まった教官達に、白山は自身の準備をしながら、全員に注意点を語り始めた。
「必成目標は被害の抑止を主眼とし、望成目標が犯人の捕獲ないし制圧とする。
訓練生達は、まだまだ練度が低い…… 安全を優先し、深追いはするな」
その声に全員が頷き、理解したことを確認すると再び口を開く。
「今回の作戦は先程も言ったように治安維持任務だ。 経験が少ない訓練生は、恐怖心が先行する恐れがある。
部下をよく掌握し、付随被害と友軍双撃に注意してくれ」
弾倉をチェストリグに押し込みながらそう言った白山に、手を上げた河崎三曹が声を上げた。
「交戦規則はどうなってますか?」
その言葉に、白山はよどみなく答える。
「部隊及び一般市民に危害が加えられると判断される場合、指揮官判断で射撃を許可する。
訓練生達には、自己防衛を除き射撃時には許可を求めるように、訓練生達に徹底しろ」
その言葉に、河崎三曹が頷いて周囲を見渡した。
その視線に気づいたのか、田中二曹が口を開く。
「犯罪の現場に遭遇した場合は、指揮官判断でいいのですか?」
その言葉に頷いた白山は、ひと通りの準備を終えるとその質問に答える。
「ああ、犯罪の抑止を優先してくれ。深追いせず追跡し、他の分隊と連携し包囲して捕獲ないし制圧する」
その言葉に全員が頷くと、ウルフ准尉が周囲を見渡して、声を上げた。
「現地前哨本部を教会前広場に置き、交代で休息を取る予定だ。その間は、モバイル1が、ゴーストをカバーする。
無線チャンネルは、戦術ネットワークを使用する。
各分隊とHQのチャンネルそれから、分隊内の相互通信をドリーが構築してくれた。
上空支援はレイブンを使用して、直援で画像情報を分隊長に送信する予定だ。
リック軍曹、忘れずに現地到着後レイブンを射出してくれ……」
「俺はリオンとともに、南の住宅街に潜る……
位置情報は常に報告するが、兆候を発見したら応援を呼び、ステルスで接近して包囲する。
夜間はIRビーコンの点灯を忘れるなよ」
これで、すべての準備が整った。
リック軍曹と山城一曹は先遣隊として出発すべく、高機動車に乗り込む。
出来れば、全部隊を車両化したいが、やはり燃料や召喚の問題が立ちはだかる……
今後は長距離の展開を考えて、馬車や騎馬の使用も考えなければならないだろう。
そんな事を考えながら、白山は高機動車に先遣隊とともに乗り込んだ。
一四名は流石に定員オーバーだが、それほど距離があるわけではないし、一時だけだ。
すし詰めの後部座席で、緊張した面持ちの訓練生達を横目に、白山は助手席に乗り込む。
リオンも器用に運転席と助手席の間に収まっており、リック軍曹はM2重機関銃に取り付いていた。
山城一曹が運転する高機動車は、煌々とヘッドライトを点灯させて出発する。
本部前で出発準備を整えている本隊の訓練生や、ウルフ准尉が敬礼をして見送ってくれていた。
車長として敬礼を行った白山は、ふと暫く自分以外が運転する車両に乗り込んだなと、感慨深く思い返していた。
部隊の発足は成ったが、本当に大変なのはこれからだと白山は考えている。
延々と多種多様な訓練を繰り返して戦力を高め、更には新しい隊員を入れて、部隊の規模を拡充しなければならない。
召喚できる人や物資には限りがあるが、その点については追々考えていくしかないだろう。
ヘッドライトに照らされた街道を見据えながら、白山は思考を一端頭の隅に追いやると、マインドセットを切り替える。
これから先は実戦の場だ…… 余計な事を考えている暇はない。
王都の城壁が見えてきた頃、白山の頭脳と視線は、ゾッとするほど冷たく冴え渡っていった…………
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