会議と分析と無茶ぶりと
白山は、王に視線を向け頭を下げる。
僅かに頷き、開いている席に着席を促した王は、チラリと隣りに座る宰相に視線を向けた。
その視線を受けて、僅かに頷き視線で自分が白山を呼んだ事を伝えている。
それを見た王は、少し安堵したように肩の力を抜くと、席に座ろうとする白山を見てそれから周囲に視線を走らせる。
「ホワイト子爵よ、よく来てくれたな。 部隊の立ち上げで忙しいというのに、駆けつけてくれた事礼を言うぞ」
王に視線を向け、頭を下げた白山は首を横に振ると口を開いた。
「いえ、私で役に立てる事があれば、何時でもお呼び下さい」
そう言った白山に、満足そうに頷いた王は現状を説明するように宰相に指示する。
それを受けたサラトナは、疲れたように短い顎ひげに手を置くと、ゆっくりと口を開いた。
「二日前から王都で起きている、治安の乱れについて、緊急で会合を持っていたのだ。
この件についてホワイト卿は、何か聞いているかな?」
その言葉に白山は、首を横に振ると、その言葉に返答を返した。
王付きの給仕が、白山の前に茶を運び、一度会話が止まる……
「王都で物騒な事件が発生した、と言う話は聞いています。
ですが、それ以上の情報や動きについては、聞き及んでおりません。
簡単に説明頂ければ、助かります」
その言葉に口を開いたのは、ラモナの西に布陣している筈の、親衛騎士団長のブレイズだった。
彼は、この件で急ぎ王都に戻っており、この会合に参加していたのだった。
「現状は、これまであまり発生した事のない放火と思われる火災が同時に複数箇所で発生。
更にその混乱に乗じて、一家惨殺が一件、通り魔と思われる殺人が三件起きている。
これは、二日前に突然発生し、昨日も殺人と放火が一件発生している……」
ブレイズは、本来自分の管轄である王都での犯罪に、顔を顰めながら白山に情況を説明してくれた。
王宮に参内する途上に見た城下のピリピリした雰囲気は、やはりそれが原因かと白山は真剣な表情でその説明を聞いていた。
「それで、対策の内容については、ある程度まとまったのかな?」
白山が尋ねると、サラトナがそれに応えて口を開く……
「いや、まだ何も決まってはおらん……」
そう言って、周囲に視線を走らせると、何か興奮した様子のカマルクと、黙って腕を組む軍務卿のバルザムが白山の目に映る。
成程、ここでも派閥間の対立かと考えるに至った白山は、突然舞い込んできた難題に、軽くため息をついた。
「すると、問題は王都の治安維持で間違いありませんね?」
白山は、居並ぶ面々にそう問いかけると、パラパラと参加者が頷く。
その言葉で、バルザムがゆっくりと口を開き、配置と治安維持の権限について現状を説明し始めた。
「本来であれば、治安維持については親衛騎士団の管轄だが、問題なのは皇国の動静だ……」
そう語り始めたバルザムの言葉に、頷き現在の各軍団の配置を思い描いた白山は、おおよその問題に当たりをつける。
皇国の侵攻があってから、東にシフトさせた各軍団の前進配置が治安の空白を生んでいるのだろう。
すると、カマルクが鼻息荒く口を挟んでくる。
「前方に配置している親衛騎士団が王都に居ない以上、近隣に配置されている第二軍団が王都に入り警備を担う。
それが自然な動きではないかと、先程から言っているではないですか!」
国王の前だというのに、そうした主張を述べるカマルクにサラトナがため息を吐く。
白山はまだ必要な情報が揃わないと考え、顎に手を当ててじっとその言葉を聞いている。
軍務総会でやり込められた経験があるカマルクは、白山の鋭い視線に一瞬だけ怯んだが、すぐに調子を取り戻して気勢を上げた。
「皇国の動きに警戒が必要な現状では、我が第二軍団が前に出て王都に入る事が、最善ではないですかな?」
確かに、アデーレに駐留している第二軍団の部隊が王都に入れば部隊の移動は最小限で済む。
しかしそれは、ラモナの西に前進配備している親衛騎士団を王都に戻すのも同じような条件だった。
白山の意図では皇国の侵攻が、モルガーナまで及んだ場合、絶対に戦略予備が必要になると考え、第二軍団をアデーレに置いていた。
だが、その意図を理解していないカマルクは、配置だけで戦に絡むことのない現状が不満なのだろう。
治安の乱れについて原因がハッキリしないが、これを好機と捉え何らかの功績を上げたいと意気込むのも無理は無いと、白山は分析する。
「今回の犯行について、何者の仕業かについては見当は?」
カマルクの言葉を聞かず、まずは現状の把握が必要だと判断した白山は、身じろぎもせず視線だけを周囲に向け言葉を発した。
その言葉に誰もが答えを持っていないのか口ごもる。
「いまの所、何か組織だった犯行だと言う事は判っているが、誰とも何処の犯行とも判っていない……」
そう言ったのはブレイズだった。
有能な『元』副官であるアレックスがこの場にいれば、ある程度の情報が集まったかもしれないが、第三軍団の軍団長に着任した現在、それを望めるべくもない。
新任の副官は、引き継ぎを終えてようやく動き出したばかりで、そこまでの能力を求めるのは酷だというものだった……
白山は情報を精査し、この場で対応を決めるべく、持ちうる情報を整理する必要があると考えた。
それには情報の処理と分析に長けた人間のサポートが必要だろう……
「私の副官が、執務室に控えているのですが、この場に呼んでも構いませんか?」
王に向けて許可を求めた白山は、宰相から報告が上がっているのだろう。
サラトナに目配せをすると、視線で何事かを訴え、サラトナがそれを受けて、言葉を発した。
「構わんよ。少しでも現状を良くするなら、たとえ猫の手でもな……」
その言葉を聞いた白山は、従者に使いを頼むと程なくしてドリーが、ノートパソコンを小脇に抱え執務室に姿を現した。
「陛下、彼女はドリス・アボット 今は私の副官をしてもらっています」
王にドリーを紹介した白山は、普段の暴れっぷりを隠して有能な分析官を演じているドリーに内心で苦笑する。
パソコンを開き電源を入れたドリーの仕草に、何人かが驚きを見せる。
それは、異界の鏡の存在を知る王やサラトナだった。
「ご心配なく、異界の鏡ではありません……」
ドリーの笑顔とやわらかな声でそう言われて、落ち着きを取り戻した室内は、すっかり蚊帳の外に置かれたカマルクを尻目に、状況の検討が始まる。
「まずは、被害があった場所とその種別、それから判っている情況を教えて頂けますか?」
ドリーの問いかけに、初対面のブレイズが普段のだらしなさをどこかにしまい込み、紳士然とした口調でそれに答える。
白山は両者が猫と羊の皮を被って居るのをよく知っているが、面白そうなのと王の手前黙っている事にした……
それによれば、放火の箇所はこれまでに四箇所、殺人は五箇所で発生していた。
どちらも王都南側の人口密集地域と東南の商業区域に集中して発生している。
ドリーは、そこで一端作業の手を止めると周囲に向けて幾つかの提案を行う。
「まず、王都の南側に被害が集中しているという点に、着目する必要があります。
これは、二種類の可能性があります。
単純に犯人の行動半径がこの周辺に潜んでいる可能性……
そしてもう一点は、こちらに意識を集中させるための、陽動……」
その言葉に一同が再びざわめくが、ドリーは構わずにその先を続けた。
「次にこの行為の目的ですが、幾つかのパターンが想定されます……」
ドリーが挙げた可能性は幾つかあった……
まずは、単純に放火犯や殺人犯が自然発生的に集中した可能性
そして治安を乱す目的で、何者かが凶悪な犯罪を行っている可能性
更には、どこかで何か別の目的を持っていて、それを隠す意味で犯罪を行っている可能性
慎重に言葉を選びながらそう言ったドリーに、王をはじめとして居並ぶ面々が、それぞれじっとその言葉を反芻している。
「何が目的であったとしても、民に安寧を与えねば施政者とは言えんな……」
王がゆっくりと発した言葉に、皆が一様に頷く。
その言葉は、先ほどまで自己の存在を大いに主張していたカマルクまでも押し黙らせる。
「いずれにしろ、内と外両面から王都の守りを固める必要がありますな……」
これまで、沈黙を守ってきたバルザムがゆっくりと口を開く。
その面々の言葉に頷き、サラトナが言葉を引き継いだ。
「王都内の治安と王城の警備を今以上に強化し、更に周囲にも目を光らせる必要がある。
内に向けた目を盗み、王都に攻め入ろうとする不逞の輩が存在しないとも限らない」
その言葉に、誰もが脳裏に幾つかの可能性をよぎらせる。
その首謀者は皇国や、北の帝国かもしれないし、国内の動乱に乗じた何者かが、謀反を起こそうとしている可能性も無視できない。
「しかし、皇国の戦役で動いている最中とは痛い所を突いてくる……」
サラトナの言葉に反応したのは、ドリーだった。
「対皇国の配備部隊ですが、そろそろ段階的に縮小しても構わないと思われます」
その言葉に居並ぶ全員が驚いた。
その驚きを意に介さず、ドリーは淡々とこれまでに判明している事実から、皇国が再侵攻の兆候がないことを示してゆく。
バードアイに寄って映し出された偵察写真の推移や、捕虜からの聞き取りによって判明している事実を、照らしあわせて列挙する。
その報告を喉を鳴らし、聞いていたのはバルザムやカマルクだった。
およそこの世界の常識では考えられない分析や、画像から読み取れる情報に戦慄してた。
その情報で、この場での趨勢は決していた……
王の裁決で親衛騎士団を呼び戻し、第二軍団は第一軍団が王都周辺に戻るまでの間、周辺の警戒を行うことで決着した。
しかし、そこで問題となったのは、概ね三~四日かかる親衛騎士団の移動までの王都の警備増強だった。
そこへカマルクが鼻息荒く主張を始める。
「それならば、親衛騎士団が戻るまでの間、第二軍団から選抜した精鋭を、城下に配備致します!
放火犯など、我らが即座に捉えて見せましょう!」
そう主張したカマルクの意見を黙って聞きながら、白山は周囲の情況をじっと伺っていた。
本来ならば自分や、部隊が出られれば一番早いのだが、白山だけでは広大な城下をカバーするのは不可能だ。
それに、部隊は能力こそ高いが、まだ訓練途中であり、実戦配備は当分先になるだろう。
自己推薦が激しいのはご愛嬌だが、他に選択肢がない以上、カマルクに任せても良いのではないかと白山は考えていた。
しかし、その意見はサラトナからの無茶な要求で、ひっくり返されてしまう……
「ホワイト卿の部隊は、まだ出られんのか?」
その言葉に部屋に居た全員の視線が、白山に集中する。
確かに、アデーレに駐留している第二軍団が王都まで辿り着くには、それ相応の時間を要する。
準備その他を含めて二日から三日は必要だろう……
地図を見ながらその話を聞いていた白山は、訓練の進捗情況と実戦配備の可能性について、じっと計算していた。
先日サラトナへ部隊の訓練進捗状況を報告しているのだが、それでも白山に話を振って来た、この老獪な宰相の意図についても考える。
そして、真剣な表情を宰相に向けると、ゆっくりと口を開く。
「まだまだヒヨッコではありますが、ご命令とあらば今夜までには、準備を整えます」
ドリーが何か言いたげな表情をしているが、白山は目線でそれを制してから、周囲に視線を投げかけた。
王はどこか嬉しそうな顔を浮かべ、サラトナそしてブレイズは何処か安心したような表情をしている。
バルザムはと言えば、少し疲れたようにため息を吐き、そしてカマルクは、顔を真っ赤にして白山に食って掛かった。
「宰相殿は、海まで出かけて砂遊びなぞして、帰ってくるような無駄飯食い共に、王都の治安を委ねるお積もりか!」
その言葉に、そう言えば准尉の報告に、海岸での着上陸の訓練に向かう途中、アデーレ近郊を抜けた時に第二軍団に冷やかされた、との記述があったのを思い出す。
白山が顔色も変えず、その言葉を聞き流していると、これをチャンスと勘違いしたのか、カマルクが畳み掛ける。
「市井に流れる噂では、鎧も着ずに丸太を持ち、大荷物を抱えて歩くだけで、剣の稽古など一度も見たことがないと言うではないか!
そんな訳も分からぬ部隊に王、都の治安を任せても良い訳がない!」
さて、どう黙らせようかと白山が口を開きかけた時、思わぬ援軍が横から現れる。
「そうか? 俺の所に入ってきた報告とは……ずいぶん違うな?」
ブレイズが王の前だというのに、耳に指を突っ込んで眠そうな顔でカマルクに反論する。
白山達の部隊はいまだ訓練半ばであり、周辺の警備や物品の輸送には、多少ではあるが、王都に居残っている親衛騎士団の手を借りていた。
「訓練で、ウチの連中が興味本位で参加させてもらったんだが……
二十人で固めた屋敷にたった五人で攻めこんで、ものの三分と経たずにウチの連中が全滅したらしい」
その報告を受けた時の兵長の顔がよほど面白かったのか、ブレイズは笑いを噛み殺しながらそんな言葉を、さも嬉しそうに言った。
更に親衛騎士団の団員たちが口をそろえて白山達の訓練は絶対に受けたくないと、青ざめた様子で語っていると言い、王がその言葉を興味深そうに聞いていた。
それはもっともだろう。
訓練の量で言えば、現代の精鋭部隊にも引けをとらない、過酷な訓練を施している。
そして教官連中も、精鋭と呼べる優秀な人員が揃っているのだ……
ブレイズの話に出た制圧の件は、この世界の精鋭である親衛騎士団を相手にして、部隊の能力がどこまで通じるのか、すり合わせる為に胸を借りたのだが、結果は圧勝だった。
振り上げた鉾の行く先がなくなったカマルクは、パクパクと金魚のように口を開けながら、言葉を失っていた。
ブレイズの言葉に興味をそそられたのか、王が訓練の視察を組めと側近に漏らしている。
その様子に、すっかり毒気を抜かれた白山は、自分の部隊が褒められて嬉しいのか気恥ずかしいのか判らず、小さくため息を吐いていた…………
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