テロと訓練と解析と
姿の見えぬ男達は、灰色の装束に身を包んで王都の裏路地を密かに進んでゆく。
夜の帳が下りてから、ずいぶんと時間が経っており、行き交う人々は殆どいない。
裏路地を幽霊のように動きながら、目的の地点まで移動した男達は、千枚通しのような細長い解錠道具で手早く、閂をこじ開け裏口から進入する。
王都の南側、住宅が密集しているこの地域は、王都で暮らす一般的な住民達のベッドタウンのような場所だった。
音もなく侵入した男達は、懐から長い短剣を取り出すと、暗闇の中を進み程なくして夫婦と子供達が寝ている寝室へ辿り着く。
ベッドを並べ、川の字で寝ている夫婦と子供達は、一日の疲れから深い眠りに落ちている。
暗闇の中で、短剣を振り上げた男達は何の躊躇もなく、罪のない家族を惨殺する。
金を奪うでもなく家族を血祭りにあげた男達は、そのまま音もなく闇の中に消えていった……
同じ頃、同様に灰色の装束を着た男達は、市街中心部で二手に別れ、素早く物陰に消えてゆく。
懐から取り出した布に油を染み込ませ、それを家の壁際に押し込むと、そこへ丸めた一枚の羊皮紙を竹筒から取り出す。
そこには円形の幾何学模様が描かれており、その線の合間に細かく文字が刻み込まれている。
それを広げ手をかざすと、僅かに発光するように、魔法陣に一瞬だけ光が走った。
その光はすぐに収まり、そして何事もなかったかのように、男は立ち去ってゆく。
同じような仕掛けを複数箇所に施した男達は、素早く何処かへと消えてゆく……
男達の姿が完全に消え去り、それから少し時間が経ってから、その場所に火の手が上がる。
赤い光を放った魔法陣から、突然光が迸った瞬間、端からメラメラと羊皮紙が燃え上がり、その火の手が建物に燃え移ってゆく。
「火事だ! 逃げろ!」
「いや、火を消すんだ!」
周囲に悲鳴や、男達の叫び声が響き渡り逃げ惑う人々で、狭い路地裏は混乱に陥る。
普段から火の気に気をつけている家の持ち主は、何故自宅から火が出たのか判らず、着の身着のまま逃げ出すと呆然と我が家を眺めていた。
「きゃーっ!!」
火事とは反対方向の路地から、どこかの女性が悲鳴を上げる。
そこには火事の報せを聞き、駆けつけて来たどこかの男が、血だまりに倒れておりそれを発見した女性が悲鳴を上げる。
火事は程なく鎮火したが、住人達には悪夢の一夜となった。
一家惨殺に複数の放火、更に通り魔とこれまで治安が良いとされてきたレイクシティで起きた凶悪犯罪に、翌朝から何処かピリピリとした緊張感が街中に漂う。
朝の市場でも、方々で声を潜め昨夜の事件について噂が流れ、どこかいつもの活気が失われたような気配すらしていた……
******
ファームガーデンの北、基地の施設に隣接している森の中では、小鳥の声が響きのどかな情景が広がっていた。
一見しただけではそこに誰かがいるとは到底思えない景色だったが、『彼ら』は確かにそこに存在していた。
木々を揺らさぬようにゆっくりと膝立ちになったリーダーが、ハンドシグナルで小さく集合を伝える。
すると同じように複数の男達が、ゆらりと立ち上がって、リーダーの回りに集合し始めた。
周囲の警戒を解かず四方に銃を向け、リーダーを囲むように集合した彼らは、黙って警戒を続け、地図を読むリーダーと副長がルートを練る。
早朝から始まった演習は実戦的な偵察訓練で、山中を踏破し敵情を偵察し、情報を持ち帰る事になっている。
勿論、教官連中が仮設敵を務めており、発見されれば無事では済まない。
既にいくつかのグループが教官達に捕獲されており、地獄の責め苦を味わっていた。
副長とリーダーが考えた経路を示して、部隊が進み始める。
僅かな地面を踏みしめる音以外は、クモの巣さえ破らないように慎重に進んでゆく。
「ホワイトからアルファ…… 最後のチームが接近中…… 北東の斜面を迂回して、東側から接近する模様」
「アルファ…… 了」
田中二曹が応答を返して、静かに訓練生達に接近してゆく。
縦隊でゆっくりと藪に入った訓練生達は、もうすぐファームガーデンの目的地に到達すると意気込んでいた。
しかし、不意に停止が言い渡される。
敵である教官が二名一組でゆっくりと周囲を巡回している。
このままやり過ごそう……
リーダーはそう判断して、チームに順繰りにハンドサインで伏せるように命じてゆく。
だが、そのサインが最後まで到達することはなかった。
田中二曹がすでに隠密処理で、最後尾の訓練生をヤブの中に引きずり込み捕縛。
悠然と立ち上がって、訓練生達に銃を突きつけている。
このチームは、それで全滅した。
結果として、半数以上のチームが目的を達成出来ず、再訓練を課されていた。
昼過ぎに終わった訓練結果に、白山は驚きを隠せずにいた。
思ったよりもチームの捕獲率が低かったからだ。
これは、訓練生達が驚異的な早さで技能を習得し始めており、良い意味で白山の予想を裏切っている。
これならば攻撃動作や、防御に関する訓練も早々に始められると、ウルフ准尉と話し合いながら、今後の予定を修正してゆく。
訓練生達は、課題をクリアできなかったペナルティとして、ハイポートを命じられていた。
その後でどこが悪かったのかを検討する為に、現場での指導が待っているだろう。
河崎三曹の号令のもと、訓練生達は牧草地を周回しており、その声が本部の中まで僅かに聞こえてくる。
不意にノックの音が響き、会話が中断された。……
白山がドアを開けるとそこにいたのはドリーで、部屋に来て欲しいと言われ後の仕事を准尉に任せ、彼女の執務室に向かう。
白山は、訓練開始当初のような仕事の過多から開放され、比較的余裕のある仕事をこなしている。
その影にはドリーの尽力があり、今では彼女は王宮の仕事の一部も請け負ってしまっていた。
実を言えば、文書処理に使用されるパソコンを呼び出したまでは良かったのだが、思わぬ盲点が発覚する。
白山はドリー達は、ラップトップを経由して召喚されているため、自動変換のように会話や読み書きが出来るのだが……
召喚したパソコンでは、王宮や外部に向けた対外的な文章を作成する事が、出来なかった。
結果としてブチ切れたドリーが、その才能の片鱗をのぞかせ、大陸共通語のフォントやキーボードの書き換えを行い、力技でその問題を解決する。
これには白山はじめ、教官連中も開いた口が塞がらなかった。
しかし、これによって訓練生達にマニュアルや文章を配布できるようになり、座学や勉強の効率が著しく向上した。
更に、言えばそのフォントが完成してから三日間で、白山の机の上にあった書類を綺麗に処理し、白山の数週間の苦労は何だったのだと、軽く落ち込ませるに至る。
そして今、彼女は召喚用のラップトップの解析を、通常の業務と平行して開始しており、その件で白山は彼女の執務室に呼ばれたのだった。
「まずわかったのは、何とかこのパソコンが分解できそうだって事。
それから、やっぱり何か魔法のようなモノが、このパソコンには作用しているわね」
室内は、LEDの照明が光り、大きめのサーバーと数台のパソコンが並び、とてもこの世界のものとは思えない光景だった。
研究用の長机に置かれたラップトップをポンポンと叩きながら、ドリーが説明する。
中央に置かれた執務机に寄りかかりながら、ドリーの説明を聞いていた白山は、プリントされた写真を見ながら続きを促す。
その写真には、冷却ファンの穴から入れられたファイバースコープで撮影されており、通常の機械部品やチップに加えて、正体不明の紙が幾つも張られた様子が写っている。
「このパソコンは…… 今の段階では推測だけど、通常のプログラムとしてのソースコードの他に、幾つかの魔法の仕組みが備わっているわね」
その説明にあまり理解が及ばなかった白山が首を傾げると、ドリーが苦笑しながら噛み砕いた説明をしてくれる。
「つまり、兵站用のコンピューターに、魔法による配送機能がついていると考えればいいわ。
貴方だってネットショッピングの経験があるでしょ? それと同じね。
商品のリストが並んでいて、欲しい物を選択すると、運送業者がそれを運んできて貴方の手元に届く……
この運送業者の役割を魔法がになっている。 単純に説明すればそんな感じね」
白山はその説明で合点がいき深く頷いてから、疑問点を聞いて行った。
「それじゃ、支払いに使っているのが現金やカードじゃなくて魂を使うって事か……」
その理解に、頷いたドリーはそれを補足するように口を開いた。
「概ねその理解で正しいわ……
もう一つ問題なのは、規格外にタフなバッテリーや、耐久性があるのは知っているわね?
恐らくそのへんも魔法の作用だと思うんけど……」
このラップトップには、本来備わっているはずの、コネクタやピン類、更にはCDなどのドライブも存在していないのだ。
その点から外部を壊さずに、データを吸い上げるのは難しいという事だった。
そこで言葉を切ったドリーは、お手上げと言わんばかりに両手を広げてみせる。
「問題は、魔法に関する知識が私にはない事、更に言えば王宮の図書館にも、それらしい文献はなかったわ……」
写真を元に戻して、腕を組んだ白山は難しい顔で考え込んでいた。
その顔を見たドリーは、髪をかき上げると覚悟を決めるように白山に言葉を発する。
「手段がない訳じゃないのよ。 正直めんどくさいから、やりたくないんだけど……」
その言葉に、ドリーを覗き込むように視線を向けた白山はその返答を待つ。
「本来なら、LANだとか物理的にサーバーにデータを引っこ抜いて、仮想環境でプログラムを走らせれば解析は楽なんだけど……
それがダメなら、全コードを手打ちでコピーするしか……」
乾いた笑いと死んだ魚のような目を浮かべながら、ドリーが返答する。
彼女曰く、恐らくこのくらいのプログラムならばゆうに一万ページは超えるという事だった。
多少外観を壊せるならば、データの吸い出しは今日中に出来るとの事だった……
少し悩んだ白山は、緊急性がある懸案ではない事を理由に、外部破壊を不許可とした。
その瞬間、ドリーは何処か魂が抜けたような顔をして、がっくりと肩を落としていた……
再びノックの音が聞こえ、今度はリオンがドリーの部屋に入ってくる。
隊長室に行ったらここに居ると准尉に伝えられたと言うリオンは、白山に少し深刻な顔で用件を告げる。
「先程、王宮に書類を届けに行って来たのですが……
サラトナ様から、なるべく早く王宮に来て欲しいと、申し伝えがありました」
その言葉に、少し引っかかりを覚えた白山は頷くと、すぐに出発する旨をリオンに伝える。
定期的な連絡として、王宮には週に一度は書類の運搬を名目に、顔を出すようにしている白山だった。
だが、数日前に顔を出したばかりだというのに、呼び出しがあるという事に何か緊急の報せがあるのかと思い、すぐに向かう事にした。
その言葉に、ラップトップを金庫にしまったドリーも声を上げる。
「気分転換がてら、私も行くわ……」
ようやく回復したドリーを同乗させ、白山とリオンは高機動車を走らせ王宮に向かっていった。
城壁をくぐり、城下に入るとどこか様子がおかしかった……
リオンの話では先日から王都で凶悪事件が多発しており、住民の不安や緊張が高まっているとの話だった。
ここの所、訓練で基地に寝泊まりする事が多かった為、この変化に気づかなかった白山は、おおよその呼び出し理由に当たりをつけながら王宮へ向かっていった。
人々の目に不安や怯えが混じっているのが感じ取れた……
それは、内戦や紛争で疲弊した地域を渡り歩いてきた白山が、直感的に感じた雰囲気だった。
王宮に到着した白山は、いつもより警備が厳しい正門を抜け車を停めると、まっすぐに宰相の執務室へ向かう。
しかし、執務室には宰相はおらず王の執務室へ向かったと馴染みの文官が教えてくれる。
礼を言って踵を返した白山は、途中で王宮に残してあった自分の執務室にリオンとドリーを残し、城の奥にある王の執務室に向かった。
「ホワイト子爵、入ります」
従者に面会を告げ、通された先で一礼し室内に入ると意外な面々が揃っている。
そこには、円卓に座るレイスラット王、自分を呼び出した宰相であるサラトナと軍務卿であるバルザム更に親衛騎士団長のブレイズ。
そして、クリステン・カマルク…… 第2軍(北部ヴェルキウス帝国 国境担当)の軍団長代理が、興奮した様子で何かを熱心に話していた。
その様子にただならぬ物を感じ、少し厳しい表情のまま入室した白山に、室内の面々から一斉に視線が注がれていった…………
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