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洗礼と着任と硝煙と嘲笑

 朝もやが漂う夜も明けきらぬ早朝に、数人の男達がファームガーデンで蠢いていた。

よく動きよく食べ、そして疲れた体を簡素な寝床に横たえる訓練生達は、未だ夢の世界で束の間の安息を貪っている。


 静かに展開した男達は、二手に分かれ一方は本部前で何かの仕掛けを施している。

もう一方の男達は、訓練生達の寝息が聞こえる兵舎に近づき、静かにその扉を開け、内部へと侵入してゆく……


 左右に二段ベッドが作り付けられた兵舎は、薄暗く寝静まっており、侵入した男達は円筒形の筒をこすると、アンダースローで静かにそれを転がした。

同時に突然誰かが、声を荒げる。


「敵襲! 起床!起床! 起きろ!」



 ガンガンと鉄鍋と棒を打ち鳴らし、普段よりもかなり早い時間に眠りを妨げられた訓練生達は、寝起きの働かない頭で必死に情況を把握しようとする。

突然の事態に跳ね起きる者や、毛布を引っ張り頭を隠す者反応は様々だった……

しかし周囲は暗く、なおかつ発煙筒から焚かれた煙が周囲に充満して、何が起こっているのかを把握できる者は少なかった。



「早く着替えて本部前に集合しろ! グズグズするな!」



教官達の怒声や周囲の混乱が輪をかけて広がり、普段なら問題がない着替えも、満足に行うことが出来ないでいる。



「普段から整理整頓していないからだ! どこに何があるか、寝てても判るようにしろ!」


「とっとと、着替えて表に出ろ!」



 やっとの事で着替えを済ませた訓練生達が表に出ると、さらに手荒い洗礼が待ち構えている。

柄杓や桶で浴びせられる冷水が、先程までの寝床の温もりを容赦なく奪い、そして強制的に意識を覚醒させる。



「さっさと整列しろ! 間隔を開け、体操間隔だ!」



 両手を伸ばした間隔で整列した訓練生達は、何が起こっているのかも判らずに教官達の怒声に従う。

明らかに昨日までと違う、恐怖を感じている彼らの脳裏に、昨日の准尉の言葉が蘇っている。


『いいか、俺はホワイト教官ほど甘くはないぞ! 今日より楽な日は、無いと思え!』



 体力向上運動や腕立てなど、延々と続く肉体を酷使するメニューが続き、トドメは速いペースでのランニングだった。

手にいつもの丸太を持ち、ハイポートの体勢で草原をランニングしてゆく。


すでにずぶ濡れだった体は、熱くなり訓練生達の体からはいつしか湯気が立ち上っている。


 朝日が登り切る頃、ほんの少しだけ水分の補給が許される。

ようやく暫しの休憩が与えられると思ったが、容赦の無い一言が訓練生の希望を容赦なく奪った。



「よし、準備運動は終わりだ! 背嚢を背負い丸太を持ったら、すぐにここへ集合しろ!」



つかの間の希望が打ち砕かれた訓練生達は、空腹と疲労、そして鈍い思考を引きずり、緩慢な動作で宿舎へ荷物を取りに向かっていった……




******



 訓練生達が地獄の夜明けを体験する前日、夕暮れの道を高機動車が男達を乗せて、王都への道を疾走していた。

少し遠回りをして屋敷に向けて移動を開始した白山は、バックミラーで後部座席の様子にちらりと視線を走らせる。


後部座席に乗り込んでいた面々は、興味深そうに王都の街並みや人々の往来を眺めている。



 程なくして屋敷に到着した男達は、リオンと家人からの出迎えを受け、屋敷の中に招き入れられる。

すでに用意されていた歓待の準備は、連絡を受けたフォウルの指示で、抜かり無く整っていた。

男達を誘導するフォウルの仕草や、一流ホテルかと見まごう食事が一行を出迎え、別の意味で面々を驚かせる。



 貴族に叙任されたと白山の言葉を聞いていたが、これまでそうした生活など映像でしか知らない面々は、現実にそうした歓待を受け、何処かぎこちなく振舞っている。

戦闘服のまま着席してグラスを掲げた白山は、少し硬くなっている面々に苦笑しながらも声をかけた。


「では、我々の出会いと部隊の今後に……」


そう言ってグラスを掲げた白山に、合わせて男達が高くグラスを掲げる。


 和やかに食事が進み、白山のこちらでの活躍や過去の共通した作戦について話が弾む。

ひとしきりそうした会話を楽しんだ後に、ワインで少し赤くなった顔でウルフ准尉が口を開く。


「ところで皆、最終確認だがこの任務…… 全員参加で問題ないな?」


 その言葉に全員が頷いて、ウルフ准尉……そして白山に顔を向けた。

全員が参加の意思を見せてくれた事に、内心ほっとした白山は、その意思表示に頷いて答える。


「よし、それじゃ全員起立! 向こうに並べ!」


 アルコールの所為かいつもより大きなウルフ准尉の声で、全員が立ち上がる。

そしてテーブルから少し離れた位置に、一列の横隊で整列した面々は、黙々と列を正す。


 その並び方でピンときた白山も、フォウルに帽子を持って来るように指示し、それを受け取った白山は目深に被った。

正対する位置に立った白山に、ウルフ准尉の太く、そしてよく通る声がぶつけられる。


「現時刻を持ちまして、ウルフ准尉以下、五名の者は、ホワイト中尉の指揮下に入り、王立戦術研究隊 訓練教官として着任致します!」


「敬礼!」



様式はそれぞれ所属していた組織によって異なるが、バシリと音が聞こえそうな敬礼が、一斉に白山へ向けられた。

スッと姿勢を伸ばした白山が、全員の顔を見ながら答礼を返し、素早く不動の姿勢に戻る。


「直れ!」


 白山は、敬礼と報告受けた瞬間に、『帰ってきた』と言う、どこか懐かしい感情を覚えていた。


この世界で出来た仲間は多い……


 それでも軍隊という共通の価値観や経験を共有する仲間が、同じ様式で迎えてくれる。

そんな嬉しさが、白山の胸にこみ上げ、言葉が一瞬詰まりそうになった。


 皆の視線が訓示を行うであろう白山に注目している。

大きく息を吸い込み、胸のこわばりをほぐすと、皆を見回してから声を発した。


「皆の着任を歓迎する。 正式な辞令書は明日発行するが、隊長として諸君らの働きに期待する!

要望事項は、一点…… 範を示し訓練生を導け 皆それぞれ、精鋭部隊の出身者だ。それを忘れるな!」



「気を付け! 敬礼!」



 再び交わされた敬礼によって、教官達は白山の指揮下となり、この瞬間に、訓練隊が正式に発足する。

そして、再び白山が口を開いた。



「今夜は着任祝いだ! 明日に響かない程度に大いに飲もう!」



 その言葉に教官達から、歓声とも返事とも取れないリアクションがあり、全員が席に戻る。

先程までのぎこちない動きは消え、同じ部隊の仲間として、皆が明日からの訓練の話で盛り上がっていた。



山城一曹が不意に白山に声をかける。


「隊長! 基地から海までの距離はどのくらいですか?」


その言葉にウルフ准尉と語り合っていた白山が、おおよその距離を答える。


「車両なら半日程度で海に出るぞ」


ウルフ准尉にワインを注ぎながらそう答えた白山に、山城一曹がニヤリと笑ってリック軍曹と何やら密談をしている。


「隊長、意見具申します! 砂浜でリック軍曹と自分で、訓練を実施したいのですが!」



 その言葉に同じようにニヤリとした白山は、計画書をウルフ准尉に提出するように言い渡した。

それを聞いた二人は、膝を突き合わせて嬉しそうに、何やら話し込んでいる。



その様子に、少なからず訓練生達に同情を覚えながらも苦笑した白山に、前川一曹がワインの瓶を片手に近づいてくる。


「隊長、先程までは失礼致しました。 着任した以上、全力でやらせて頂きます」



 そう言って白山のグラスへワインを注いだ前川一曹が、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

その表情に少し笑ってから、彼のグラスにワインを注ぎ返した白山が、自身の体験を語る。


「しょうがないさ。俺もこの世界に飛ばされてから、事実を受け入れられるまで暫くかかった……」


その言葉にホッとしたのか、少し恐縮した様子で白山に口を開く。


「教範類は、例のパソコンから出せるのでしょうか? 諸元や細かい数字を曖昧なまま教えるのは、性に合いません」



 生真面目そうな性格をした前川一曹の言葉に、それももっともだと思った白山は、召喚可能かどうかをドリーに聞こうと彼女を探す。

リオンと一緒にテーブルの端で、なにか話し込んでいたドリーは、白山の視線と手招きに気付きこちらに寄ってくる。


白山が前川一曹のリクエストを伝えると、何か勝ち誇ったような表情のドリーが口を開いた。


「そんなの当然準備してあるわ。 貴方が召喚したパソコンの中に、米軍のFMフィールド マニュアルと、自衛軍の教範がデータで入ってる」


 その言葉に驚いたのは、前川一曹だった。

満足そうに一人頷くと、丁寧な口調でドリーに礼を言う。

すると、ドリーはそんな前川一曹が気に入ったのか、背中をバシバシと叩きながら白山から離れて、二人でワインを注ぎ合う。


 最後に声をかけてきたのは、河崎三曹だった。

そして彼の口から出た話は、少し意外なものだった。


「隊長、あいつらの班付を、自分にやらせて貰えませんか……」



その真意を聞いた白山は、深い感銘を覚えていた。


「口べたなんで、あまり上手く言えないっすけど、教官の皆さんはすごい部隊とかキャリアで、自分が経験不足に思えます。

なので…… 自分の出来ることを考えたら、班付であいつらの内務を見てやって、それと同時に自分も皆さんから色々と…… 学びたいです」


 過去の経歴や経験した任務を見ても、河崎三曹は経験不足などと言うことは絶対にない。

そうでなければ白山は、彼をこの地に召喚してはしていなかっただろう……


それでも飽くなき向上心から、半分訓練を受ける側に回りたいと言う彼の情熱を、白山は無視できなかった。


「わかった…… 明日以降、班付であいつらの面倒を見てやってくれ」


 肩に手を置き、その向上心を眩しそうに見つめた白山は、彼のグラスにワインを注いでやる。

慌てて返杯してくれた河崎三曹は、少し恐縮そうに一礼すると、自分の席に戻っていった。



「やれやれ、これは楽しいチームになりそうですな……」



 そう言ったのは、白山への各教官からの話を聞いていたウルフ准尉だった。

その言葉に深く頷いた白山は、准尉のグラスにワインを注ぐ。


「全体の統括、よろしくお願いします」


ワインを注ぎながら、叩き上げである古参の准尉にそう依頼した白山は、連帯感の生まれつつある教官達を眺め、小さく安堵の溜息を吐いていた……




******




 教官達の着任は、初日の手荒い洗礼から始まっていた。

衝撃と畏怖をもって訓練生達に認識された教官達は、彼らを一人前の兵士にすべく、情け容赦のない罵声とペナルティを浴びせていった。


その様子は、周囲の警備に来ている親衛騎士団の団員達が、「あそこは地獄だ……」と、揶揄するほどだった。


 それでも多少のけが人や、へこたれる者が出ても、課程の脱落者は誰も出ない。

そこにはある事情があったのだが、それを教官達が知るのはもう少し後の事になる……



「いいか、教えられた姿勢をしっかりとって、照星に集中しろ! 射撃が出来て初めて、お前等はヒヨッコに格上げだ!」



 情け容赦のない教官達の罵声にも、すっかり怯まなくなった訓練生達は、精悍な顔つきで大きな返事を返していた。

初日の洗礼から二周間が経過して、今日は初めての実弾射撃を実施する。


「一射群、射撃線まで進め!」



 M4を手に持って、緊張した面持ちで射撃線に進む訓練生達は、じっと標的を見据えていた。



「寝撃ち、姿勢点検はじめ!」



 伏せ撃ちの姿勢をとっている訓練生の後ろを歩きながら、白山は時折その姿勢を修正してやりながら号令を待つ。


「射撃、開始します!」


前川一曹の報告に答礼した白山は、少し下がって訓練生全体を見渡す。



「射撃用意!」



「撃てっ!」



 号令とともに、連続した破裂音が周囲に響き渡る。

その光景に目を細めながら、白山は土煙が上がる標的の方向を、じっと見つめていた……




******



 王都の酒場では、昨今流行りの酒の肴は、専ら白山達の部隊の話だった。

曰く、まだらの服を着て、大荷物を背負った男達が馬にも乗らず、丸太を抱えて幽霊のように歩いている。


またある者は西の港街付近で、砂まみれになって転げまわる男達を見たと言って、笑いを誘う。



 誰もが嘲笑するかのようにその存在を笑うが、中には違う意見を述べる者もいる。

どうやら毎日腹いっぱい食えて、おまけに夕方には勉強まで教えてくれるらしいと……


 貴族の子息や裕福な家庭でなければ、高度な学問が学べない市井の人間にとって見れば、何故荒くれの兵隊が勉強をする必要があるのかと首を傾げている。



 目立たぬ席でそんな噂話に聞き耳を立てていた男は、ある程度の話が聞けたと思い、勘定を払い席を立つ。

その様子は誰にも見咎められず、誰の記憶にも残らないほど希薄な存在感だった。


 部屋に戻って、燭台の下で小さな紙切れに話の内容を刻み込んだ男は、小さな筒にそれを押し込んだ。

宿屋の表は、夕方の浅い時間ともあってまだ、多くの人々が行き交っている。


 あてどなく彷徨い歩いたように思えるその男の動きは、家路につく酔客のようにも見えた。

しかし、時折見せる剣呑な視線は、明らかに街往く人々とは異なっている。


フラフラと歩いた男は、クルリと来た道を引き返す。気づけば男の手から筒は、綺麗サッパリ消えていた。


 代わりに色の違う筒を受け取っていた男は、その中身を一瞥する。

大陸の共通語と異なる文字で書かれた暗号は、男にだけその意味を伝えていた。


それを丸めて口に放り込んだ男は、僅かに咀嚼すると一気に紙を飲み込んだ。



 新たな指令を受け取った男は、人混みの中を静かに何処かへと消えていった…………




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