夜の移動と伏兵と ※
物語が徐々に進行してきました。
※25日1500 後半を若干修正
白山は馬車から少し離れた位置に高機動車を停めると、驚いて近づいてくる面々を車体の側で待ち構えた。
「ホワイト様、これが例の馬車ですか!」
出会ってから何度目か分からない驚愕に顔を固めたクローシュは、高機動車と白山を交互に見てはその周囲をグルグルと観察して歩いている。
オーケンなどは、口をあんぐりと開きながら側で固まっていた。
フェリルは、物珍しそうに車体を叩いたりタイヤと背くらべをして、楽しそうにしている。
「これじゃ、流石に街道を走るのは難しいだろう?」
そう言った白山の言葉に、オーケンは乾いた笑いを浮かべ、クローシュは諦めた方が良いと言う表情で首を縦に振った。
朝から賑やかな、草原の一行はひとしきり高機動車の話をした後、名残惜しむように旅支度を始める。
最初にオーケンが、白山から餞別と言って一握りの銀貨と革袋の食料を手渡されそれを片手に馬を進める。
馬は賢い生き物でオーケンの愛馬は、昨日の夕暮れにひょっこりと主のもとに戻ってきていた。
その後ろ姿を見送った白山とクローシュも王都での再会を誓い握手を交わすと、御者台に乗り込んだ。
フェリルは、一緒に行かないのかと父に聞いていたが、「すぐにまた逢えるよ」と言われ、金平糖を白山に渡されると上機嫌で馬車に乗り込んでいった。
ゆっくりと馬車が進んでいくと、白山はフェリルが振り続ける手に同じように手を振り返しながら、その姿が見えなくなるまで見送った。
「さてと、出発は今夜としてルート検索と計画作成か」
高機動車を森と草原の際に駐車し、白山は昨夜クローシュから聞いた街道と集落の情報が書かれたノートに眼を落としラップトップにそのデータをテキスト入力してゆく。
同時に、大まかなルート上にバードアイを自立飛行させるプログラムを指示して画像撮影を実施させる。
バードアイには、画像比較処理によって擬似的に干渉合成開口レーダーのように地形情報を出す機能がありラップトップ上で、等高線2D画像や簡易3D画像で地形情報を得られる。
これは、バードアイが特殊作戦用に作戦本部からの支援が得られない地域でも、独立して任務遂行が可能なように設計されているためで、正に今の白山にとってはうってつけの装備と言えた。
バードアイの移動には約5時間かかる様だ。うまい具合に追い風が吹いているらしく早い。その間に後部座席から小さなハードケースを取り出し、中身を確認する。
ハードケースの中身は、大小のタブレット端末だった。
今回は監視任務だった為、ケースにしまい込まれていたが近年は地図の確認や位置情報の送信に頻繁に用いられている。
これからの移動では、地図や航空画像を頻繁に確認しなければならない。
いちいちラップトップを開かずに指先で、拡大縮小が出来るタブレットは、便利な存在だ。
ラップトップと同期させ情報をダウンロードし、順次上がってくるバードアイからの画像と地形データを見て白山は、今日明日のルートと潜伏地点候補や緊要地形を確認し、その地点のIR画像やクローシュからの集落の位置を入力し、地図を補完する。
時折、コーヒーを啜りながら午前中をフルに使い、行程の半分ほどを作るとようやく一息ついた。
午後は、少し休んでから本日の移動ルートを検討する。
クローシュから見せてもらった地図では、現在位置は王国の南の国境近くで、港町以外には集落らしい箇所は少ないが北上するに従って集落が点在するようになる。
なるべくそういった箇所を避けて移動する必要があるが、集落周辺の草原が畑になっている場所が多く、迂回する距離が若干長くなりそうだった。
タブレットの画像を仔細に眺めていると、アイコンがポップアップしバードアイが王都近郊まで到着したことを知らせる。
流石に、距離が離れているため表示にタイムラグが感じられるが、画像はそれなりに鮮明だった。
王都レイクシティは、一言で言えば美しい都市だった。
北側には大きな湖が広がり、湖畔には質素な城が建っている。湖の周辺から南には城下町が広がり、周囲には緑が広がっていて白山は、素直に美しいと感じていた。
****
バードアイは、気流の影響で戻ってくるのに電力消費が多くなりそうだったので、ゆっくりと戻すことに決める。
日没後、3時間を経過した辺りで白山は高機動車のエンジンを始動させた。
まずは北に進路を取り、海岸線と平行に伸びる街道と平行に北上を続ける。
GPSが使用出来ないので、高機動車のメーターで距離を読み、地形とコンパスで現在位置を割り出す。
道なき草原をIRライトと暗視装置で進み、2時間毎に10分ほど休憩を取る。
夜明け3時間前には、潜伏予定地点周辺に到着し周辺偵察を行い昼は擬装網を張り、警戒態勢を維持しながら休む。
これまで幾度と無く繰り返してきた手順で、初日の行程<レグ>は滞り無く進み、潜伏準備が整ってから約1時間ほどで朝日が登った。
今日は、約100kmを踏破している。
これから先は、地形的に厳しい箇所や集落を迂回する必要があるので、思うように距離は伸びないだろう。
次の日の夜は、集落を迂回するために『コ』の字に進み、やはり距離を稼げない。
集落を迂回するだけならそれほどの時間はかからないが、集落には付随して周辺に畑が多く点在し、どうしても迂回の距離が長くなっている。
点在する集落を3つ迂回した所で、問題が立ち上がった。
これまで平原が多かったルート上に北上するに従って、だんだんと起伏が大きくなり徐々に丘や山が現れ始める。
3つ目の集落を迂回した所で、北の方向に車両では踏破が難しい山が現れ、行く手を遮っていた。
東から伸びる山は、西に向かってなだらかに下り傾斜となっており、西側の海岸線に近い場所を通る街道に近い位置まで迂回ルートを伸ばさざるを得なかった。
夜明けが近づき白山は、街道からわずか1kmという地点で潜伏を余儀なくされた。
緩い傾斜が街道方面まで続いており、双眼鏡で確認すれば土を固めた街道が見える程だ。
白山は、窪地に車両を偽装してから、徒歩で進行ルートを戻り、車両の痕跡を出来る限り消していった。
夜が明けてからは、街道から馬車の音や蹄の音が時折響いて白山は神経を尖らせる。
こうなっては休息どころではなく、白山は双眼鏡を片手に動体センサーを傍らに、街道を監視せざるを得なかった。
昼に差し掛かった頃だろうか、ふと街道を正面に見て1時方向に何かの反射光を捉える。
光った位置は、街道を挟んで反対側。小高い丘の上が林になっている箇所で最初は違和感かと思ったが、双眼鏡を向けるとオーケン達よりは身なりの良い4名の男達が、姿を隠しながら何やら街道を見下ろし話し合っている。
男達は20分程で何処かへ姿を消したが、何やら不穏な気配がする。
何か違和感を感じた白山は、その正体を確認するために改めて周辺をつぶさに観察する。
東南の窪地に身を隠す白山の背後、右後方4時(東北)は少し急な丘となっており、植生が濃い。
西南の方向10時は、ゆるやかな傾斜で草原地帯となっており見通しが良く、一段下がっているが街道がよく見える。
街道を挟んで反対側は白山が位置する方向よりは、やや急な傾斜だが徒歩なら問題なく通行できるだろう。
そして、中腹辺りからは林になっている。
白山の視界では、街道はちょうど中間からカーブとなっている。
『アンブッシュ……』
地形を見て思い至った結論に、疑問が残る。
クローシュとオーケンの言葉では街道沿いは警備が強化されて、山賊や盗賊は排除されている筈だ。
オーケン達の格好を思い出した白山は、それよりも遥かにマシな格好をしていた先ほどの男達を思いおこし、整合性が取れない今の状況が、違和感の正体だと結論に至る。
採取でもなく、警備でもなく林の中で隠れるように進む姿が気にかかる。
街道沿いの犯罪者は排除されている状況で、山賊とは身なりの異なる人間が地形を調べている……
何が起きているのか、釈然としない思いを白山は抱いていた。
直接的に白山には危害が及ぶとは考えづらいが、間接的には被害が及ぶ可能性がある。
例えば街道で襲撃が発生して、逃げてきた人間が白山と遭遇する場合や、騎士団等の周辺検索で自身の存在が露見する可能性だ。
これらを回避すためには移動が最も適切なのだが、後退しても山間部が交通を阻害して北上が難しい。
また前進するにしても一度街道に出てから再度、草原に出なければならず、昼間に通行はできないだろう。
少し考えた白山は、まず男達の動向を探るべきだと結論を出す。
林から街道の様子を見ていた男達は現状では、まだ様子を見ていただけであり、状況的に白山がアンブッシュの疑いがあるだけであり、その徴候や証拠があるわけではない。
男達に見つからないようCTR(短距離偵察)を実施して、情報を入手しなければ、回避や介入するにしても手の打ち様がない。
そう考えた白山は計画を策定する。
タブレットで素早く周辺の地形状況を確認し、準備を開始する。
まず、3方向に手動式で設置しているクレイモアの起爆方法を無線式に切り替え、動体センサーと組み合わせて小型のカメラを設置し素早く偽装する。
カメラに頼った監視はどうしても隙や死角が存在するので、これまではセンサー単体で使用していたが、対人障害システムとして画像とセンサーを連動させるのが正しい使用法だ。
これらのシステムの画像データ受信とクレイモアの起爆をタブレットで行えるように設定すると、素早く白山は高気動車を隠した窪地から出て下草に隠れながら、匍匐で北に向かう。
M4と個人装具だけの白山は、目立たぬようにそして自身の姿を秘匿してくれる下草が動かないように注意深く進んでゆく。
もしアンブッシュを行うなら白山が潜んでいた窪地から見えないカーブの北側で何かが行われているだろう。
少し汗ばみながら、カーブの先が見通せる位置まで進むとM4を脇に置いて双眼鏡を覗く。
双眼鏡のミルスケールでは、街道まで600m 対岸の男達が居た位置までは約850m 程だ。
街道上には不審な兆候は見当たらない。
そして白山がいる位置より少しだけ小高くなっている林を素早く検索してゆく。
応急捜索と呼ばれる監視方法で、双眼鏡の視野を生かしながら焦点距離を調節しつつ視界に映る画像に、動きや兆候がないかを観察する手法だ。
白山の視線が1点で止まる。林の中に不自然な直線と丸い形が見えたのだ。
素早く焦点を合わせると、先ほどの男達と似た格好の人間が、確認出来るだけで10名は見える。不自然な直線の正体は槍のようだ。
この時代では重武装な人間が数えられるだけで10名。
双眼鏡を仕舞うと、白山は場所を変え観測を行うべく低木を縫うように移動する。
少し小高い位置に移動し、今度は対岸の林と高さが同じ箇所で双眼鏡を覗く。
先程より林の中が見通せる。
奥の方にもう何名かの男達が座り込み、じっと何かを待っている様子だ。
先程の地点では気づかなかったが、今の地点からだと街道の南側に見張りらしき人物も確認できる。
どうやら、奴等の獲物は南からやって来るようだ。
じっと観察を続けながら白山はとりうる選択肢を検討する。
あの男達の身なりからして、下手をすればどこかの騎士団か領主軍の可能性がある。
港町で見た衛兵と遜色ない装備から見て、恐らくその推測は間違っていないだろう。
すると、ここを通るのは何らかの罪人か何かだろうか……?
行商人だろうか幌馬車が1台北に向かって進むが、男達は一瞥するだけで、すぐに身を潜める。
ゆっくりと方向転換をして車両の位置に戻る白山は、男達がここに潜む意味を考え続ける。
少しして、高機動車まで戻ってきた白山は、依然として情報が足りないと結論づけた。
タブレットを操作してバードアイの位置を調べるが、現在位置までは戻ってきていない。
バードアイの監視能力が使えないのは少々痛手だ。
今後を考えて、温存したのが裏目に出た。
少し考えた白山は、溜息をつくと後部座席からボロボロのハードケースを取り出す。
手投げ飛行機型 戦術UAV レイブンがその中身だった。
これまで、散々こき使ってきたレイブンは白山達の任務に無くてはならない存在だった。
動体と動力部を手早く組み立て、バッテリーと光学機器を接続した白山は、コンシューマゲーム機のコントローラーを流用した制御装置を、タブレットに接続する。
「回収が面倒なんで、出来れば使いたくなかったんだがな」
白山は頭の中で、そんな事を考えながら電源を立ち上げ、黙々と動作チェックを繰り返す。
風向きを確認すると、南側に向けて軽く押し出すように空に放つ。
少し水平に進んだレイブンは、すぐに上昇気流を捉えると遥か上空に舞い上がり、下面に塗られた塗装も相まってすぐに認識不可能になる。
制御装置を動かして街道沿いに、南に進路をとる。
少し進むと、それまで賑やかだった街道が急に人影まばらになる。
不審に思った白山は、2騎の騎乗の騎士が旗をなびかせ、先触れの為 早い速度で北上していた。
そして100を超える騎乗の騎士そして、それに続く立派な馬車を見た瞬間、白山の中で男達と、馬車の列が一つにつながった。
『ああ、俺達は元々街道沿いの洞窟にアジトを構える盗賊団だったんだ。
だが、王様が会談で南下するらしくて騎士団やら領主軍が躍起になって、街道沿いの盗賊団や野盗を狩りだしたんだ……』
オーケンはそう言っていた……
『……おそらく、国王陛下がオースランド王との会談で南に出立された影響で、街道沿いの警備が強化されたせいかもしれません』
クローシュの言葉も、白山の脳裏を通り過ぎていった。
気持ちを落ち着かせるように長く息を吐いた白山は、レイブンを自立飛行モードに切り替えると、険しい表情でタブレットの画像を見つめていた。
「クーデター、ないし暗殺か」
突然、放り込まれた進退窮まるこの状況に、白山は自身の立場と状況を踏まえどうすべきか、思考を巡らせていた…………
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次話 26日夜 投稿予定