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番外編~白山の過去 後編

2,000,000アクセス記念 番外編


前編はこちらになります。

http://ncode.syosetu.com/n2844bt/51/

 地図判読と歩測そしてGPSの助けを借りながら黙々と歩く白山達は、時折止まって周囲に不審な兆候や気配はないか五感を動員して探る。

1時間に5分程度の休憩を取りながら、水分やチョコバーでカロリーを摂ってコンディションを保つ。


 ポイントマンが停止の合図を後方に伝達する。その合図を受け取り、同様に後方へ伝達してゆく。

その場に停止してゆっくりと膝をつき、油断なく周囲を警戒する。


 一呼吸置いて前方からハンドシグナルが伝わってきた。

どうやら目的地周辺に到達したようだ……


 白山は中央に位置する場所から、ハンドシグナルで『全周警戒』と『装具点検』を指示する。

すると、白山を除く四名がポイントマンを頂点に三角形を作るように移動した。


白山はその様子を見て、三角形の中央に位置する犬神の所へ行くと小声で囁く。


「前方偵察に出る。装具点検を頼む……」


 その言葉に、白山の腕を握って了解の意図を伝えた犬神は、ニヤリと笑い前方を顎でしゃくる。

意図を理解した白山は、ポイントマンの方向に低い姿勢のまま、ゆっくりと接近する。


 ポイントマンの側に膝を付いた白山は、ポイントマンがハンドシグナルで示す方向を、目を細めて観察する。

一キロ程先だろうか? 小さな灯りと薄っすらとした建物のシルエットが、肉眼で観測できた。

暗視装置を通して観察すると、それは緑色の視界の中でハッキリ建物の影を結んでいる。


 GPSの座標と方角を確認し、それが目的の建物である事を確認すると、白山はポイントマンにゆっくりと頷いた。

そこに犬神が近づいて来て、警戒を維持したままのポイントマンの背嚢や装具を確認する。

その動きは緩慢で、音や不用意な動きを、周囲に悟らせないようにゆっくりと動く。

チェストリグのフラップから、水筒の満水具合まで確認した犬神は、ポイントマンの腕を二度スクイーズ(握る)した。


その先任陸曹の点検を受けたポイントマンは、同じように白山の腕をスクイーズして、準備が整った事を告げる。

それを受けて、犬神がポイントマンと入れ替わり、白山とポイントマンが前方偵察に出発してゆく。



 間隔を空けて進む二人は、ゆっくりとターゲットに近づいていった。

稜線上にシルエットを晒さないように注意しながら、双眼鏡で周囲を観察してゆく。

平屋建ての事務所らしき建物と、軽量コンクリート製の二階建ての建物が見える。

隣接して建っているこれらの建物は、正面に二階建ての建物と、左手に平屋が建っており、逆L字型の位置関係になっていた。



 双眼鏡の視界を右に振ると、溜池だろうか?

少し大きめのプール程度の水面と、その手前に朽ちたベルトコンベアと重機の残骸が、何かのオブジェのように鎮座していた。


 約六百メートル離れた白山の位置からは、活発な動向は感じられないが微かに発電機の音らしいエンジンの音が聞こえてくる。

左側の平屋と一階には動きは見えない。

しかし、二階ではカーテン越しに明かりが漏れており、そこに人の気配が感じられる。



 白山は目標の状況と、観測所を設けるのに適した場所をざっと検討すると、仲間達が待つ後方に向けて引き返す合図を送る。

その合図に頷いたポイントマンが、ゆっくりと姿勢を変えて歩き始めた。


もう一度だけ目標を一瞥した白山は、距離をとってポイントマンの後をゆっくりと辿っていった……



******



 白山達が観測所を設置したのは、東南に位置するやや小高い丘にある雨裂だった。

その裂け目を広げて、二人が寝そべられるだけの空間を広げたチームのメンバーは、後方に拠点を構築する。

観測所のすぐ後ろに設けられた拠点は、風化した岩の根本を浅く掘り返した場所だった。

そこにカモフラージュネットをかぶせ簡素な寝床をこしらえたメンバー達は、交代で観測所に詰め始める。


 夜が明け始め空が白む頃には、部隊は地中に潜みそこに誰かが居た痕跡は、一切感じられなくなっていた。

固定式のビデオカメラ、そしてスポッティングスコープ、望遠レンズを取り付けたデジタルカメラがターゲットの方向に睨みを効かせている。

その傍らでは、小さなディッシュアンテナが空に向き、リンクを確立した衛星通信装置が、撮影したデータを即座に送信する準備を整えていた。


ここからは、地味で退屈な監視任務が続く……


 最初の監視を引き受けた白山は、スポッティングスコープの高倍率の画像を覗きながら、少しだけ水を飲みチョコレートをかじる。

これまでの所、TOC(タクティカル オペレーション センター/戦術作戦室)からは、敵情に関する情報は入っていない。


 上空にはグローバルホークが常に旋回しており、周囲に接近する者や特異な徴候があれば、即座に白山達に連絡が入る事になっている。

それでも、高高度から撮影される画像では人質の状況や現場の機微までは伝わってこない。

だからこそ、白山達のような特殊部隊員が現場に派遣されるのだ。


 夜が明けてから暫く経つと、鉱山跡の動きが活発になってくる。

Tシャツに短パン姿のラフな兵達がブラブラと平屋の建物から出てきて、あちこちを行き交う。

その様子を撮影しつつ、兵の配置や人数を数えてゆく。


 そうしたテロリスト達は、古ぼけたAKやG3のライセンス生産品を手に、見張りともただブラブラしている様にも見える。

おおまかな配置をスケッチマップに書き込みながら、おおよその情況を把握していった。


 それによれば、現在この鉱山跡に潜んでいるテロリストは約六名……

自分達の支配地域だからだろうか、警戒はそれほど厳しくはなく紙巻きの煙草とも麻薬ともつかない代物を吸い、薄いパンのような現地の主食を齧っている。



 不意に後方でゴソゴソと何かが蠢いた。どうやら交代の時間が来たようだ。

小声で現在の状況と視界内での動きを引き継ぎした白山は、同じように履い戻って拠点に収まった。

これからは長い時間をここで過ごす事になる。


 強烈な日差しを和らげるために、薄いポンチョをカモフラージュネットの下に張った拠点で背嚢を背もたれにして、白山は体を休める。

長い時間同じ姿勢を取っていたせいで、体の節々が痛むがこうした苦痛も仕事の内だ。

交代までの短い間、少しでも睡眠を取ろうと白山は目を閉じ浅いまどろみの中へ沈んでいった……



 動きがあったのは太陽が中天に差し掛かってから少し経ってからだった。

徐々に聞こえてきたエンジンの音と、熱い風に乗って聞こえてくる途切れ途切れの会話が白山の意識を覚醒させる。


『OP(観測所)より全部署、目標に車両到達 エクスレイ(テロリスト)4、ヤンキー(人質)2を確認……』


 チーム内の戦術無線ネットから、犬神の低い声が聞こえてくる。

その声で急速に覚醒する白山の意識は、無線の声に集中していった。


『ヤンキーについては、男女各1名…… 現地人のようだ…… こちらのパッケージ(保護対象)ではない』


 その声に僅かに落胆した白山は、了解の合図を無線に送ると時計に目を落とし、そろそろ交代の時間だと考える。

米軍からの支援物資であるFSR(ファースト ストライク レーション)から、ナッツとイタリアンサンドを頬張る。

カロリーを摂取して少し落ち着いた白山は、甘ったるいりんご味のソースを舐めながら、シェラカップに水で溶いたインスタントコーヒーを飲む。


出掛けにポリタンクに小用を足した白山は、レーションに入っている小袋入りのガムを上腕のポケットに入れながら、ゆっくりとした匍匐で観測所に向かっていった。



 犬神から引き継ぎを受けた白山は、古びたピックアップトラックと変化した情況について、一瞥すると監視を継続する。

引き継ぎによれば、人質は二階建ての建物に運び込まれたそうだ。


 テロリストの数は確認できているだけで、合計十名……

もし、これに本命である日本人医師が運ばれてきた場合、もう少し人数が増える可能性が高い。


 そろそろ、作戦について考える頃合いだった。

監視を継続しながら、おおよその救出作戦の手順を検討し始めた白山は、時折メモにペンを走らせながら骨子を固めてゆく。


 ジリジリと皮膚を焦がす熱は、体から容赦なく水分を奪ってゆく。

唯一の救いは湿度が少なくそれほど不快感を感じない事ぐらいだった……


 事態が動いたのは、夕暮れの日没間際の事だった。

突如として小さな銃声が響き渡り、白山と横にいる隊員が身を固くする。

一瞬だけ銃口から発せられるフラッシュが、室内で瞬いたように見え、半狂乱になった現地人の女性が、髪の毛を引っ張られ外に引きずり出される。

その顔は、暴行を受けたのだろうか…… 無残に腫れあがり、衣服には血の跡が点々と染み付いていた。


 反射的に、スポッティングスコープから目を離し、白山は傍らに置いてあったM4を手に持つ。

ここからなら男を仕留められる自信があった。


 目を離さず、じっとその行く末を見ている白山の腕を、横の隊員が小突く。

白山が僅かに視線をそちらに向けると、その隊員はゆっくりと首を横に振る。


 その意味を十分に理解している白山は、握りしめていたM4のグリップを離して、ゆっくりと頷いた。

白山達の救出目標である日本人医師は、まだこの場に到着していない……


 ここで感情に任せて彼女を救出してしまえば、彼女は助かるかも知れないが作戦は失敗し、チームも危険な状況に陥ってしまう。

ゆっくりと長く息を吐いて、感情を落ち着けた白山は微動だにせず、眼前の光景を目に映していた。


目を血走らせたテロリストは、容赦なく女性を蹴りあげると数歩離れてからKAのチャージングハンドルを引き、薬室に弾薬を込めた。


『やめろ!』


 心の中で叫んだ白山の願いも虚しく、慈悲と救いを求めて手を伸ばした女性に、銃弾が撃ち込まれる。

着弾の衝撃でビクンと動く体に、次々と銃弾が撃ち込まれた。


 数発の銃弾を受けた女性は、そのまま動かなくなり、周囲の地面には黒いシミがジワリと広がる……

眉間にシワを寄せた白山は怒気を押し殺し、無線のスイッチに手を伸ばした。


『OPから全部署……ヤンキー 一名の死亡を確認…… 』


 僅かな沈黙の後、了解の応答がポツポツと帰ってきた。

任務のためには非情にならなければならない。頭では判っていても感情は誤魔化しきれない。

彼女を救う手立ても能力もあるのに、見捨てなければならないそのジレンマに、白山は落胆する。


 建物に戻ってゆくテロリストが、夕日に照らされて長い影を曳いている。

物言わぬ女性だった躯と、テロリストの後ろ姿を見送りながら白山は、口に含んでいたガムを吐き出していた。



日が沈み、周囲がすっかり暗くなった頃動きがあった。



 交代する間際に、戦術ネットからTOCの通信が入る。

グローバルホークからのライブ映像で、鉱山跡に接近する車両が確認できたと言う事だ。

程なくして接近してくるヘッドライトの灯りと、僅かなエンジン音が周囲に響いてくる。


 交代を延期して、その現状を確認していた白山達はゾクリとする。

四人のテロリストに連れられた女性が、弱々しく歩いてきた。


その特徴と暗視装置越しではあるが、確認できた顔は間違いなくパッケージである日本人医師だ。


 少しやつれてはいるが、ある程度しっかりした足取りで建物に進んでゆく彼女は、周囲をテロリストに囲まれている。

これまでのテロリスト達と違い、この連中はAKを手に、しっかりと周囲を警戒している。

首領格と思しき男が何事かを怒鳴り、それまでだらけていたテロリスト達が、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。


 配置を指示し、建物の周囲に見張りが配置される。

建物周辺には平屋の前に二名、二階建ての建物前に同じく二名…… 更に鉱山跡の出入口に二名が配置されたようだ。


赤い地図判読用の小さなライトで、その配置をメモに書き込んだ白山は、先程から考えていた作戦内容を修正しながら、TOCとの交信を準備する。


 既に、白山の隣では隊員が撮影した画像を衛星リンクに伝送し、画像を送信している。

これが上層部の判断材料となり、作戦を承認するかが決断される事になる。


 白山は、続いて緊急作戦計画をざっと検討し始めた。

作戦が承認されて、本隊が到着する前に人質に危機が迫った場合、白山達だけで奇襲を実施して、逃走を図る必要がある。

そのプランを考えた白山は、その計画を戦術ネットでチームに伝達する。



「ホワイトから全部署、IA(緊急対処)計画を伝える… 後方を迂回し建物の裏手に回る。

そこをスタートラインにして、配置につき次第、見張りを処理、ディストラクション(陽動)として正面のピックアップを72(M72)で仕留める。


それを合図に行動を開始…… ドッグはこの周辺から見張りを仕留めろ。

平屋に二名、二階建てに二名だ。 平屋の組は内部を制圧したら、二階建ての援護に回り、パッケージ搬出を支援。

そのまま緊急脱出地点へ向かう……」



 長年一緒に作戦をこなしているチームの面々は、手短な説明で白山の意図と手法を理解し、次々と了解の合図を送ってくる。

そこに頼もしさを感じながら、白山は後方に控えていた隊員と交代した。


 拠点に戻った白山の目に『本番』に備えて、武器や装具の点検をしているチームのメンバーが目に入る。

同じようにM4と装具の点検を済ませた白山は、目を閉じてじっと動かずに体を休めていた。

この先訪れる、その時に向けてエネルギーを温存しなければならない。


 先ほどの女性が撃ち殺される光景、そして彼女だった躯がこちらに視線を向けている中で、監視を続行した先ほどまでの光景が脳裏をよぎる。

そして、その躯とパッケージの日本人医師とが重なり、僅かに白山の感情が揺らぐ……


僅かに水を飲んだ白山は、僅かに息を吐くと、頭の中からそのイメージを追い払っていった。



 不意に体を揺すられる感覚で、白山は目覚めた。

周囲は日没後から急激に気温が下がり、ストールを羽織っていた白山は、外気が入り込む感覚に思わず体を震わせる。

目を開けると犬神が、白山にコーヒーを差し出している。


それを受け取った白山は、味気ない泥水のようなインスタントコーヒーを喉に流し込むと、犬神の説明を聞く。


「さっき命令が出た。 決行は0430(AM4:30) ヘリからのファストロープでやるそうだ。-5でLZを確保しろって事だ」


 概ね白山が立案した作戦の通りに、作戦が決行されるようだ。

本隊はヘリから太いロープで迅速に降下し、パッケージを確保する。

白山達は作戦行動の5分前に先行して、歩哨を排除しヘリが降下するポイントを確保。


 本体の到着前に降着地点を確保しなければならないが、その前に作戦が露見することは、絶対に避けなければならない。

完璧なステルス(隠密性)が要求される仕事だった……


 メモの内容と先ほどまで飽きるほど眺めていた、建物の位置関係を思い起こしながら、接近経路や射角を考える。

おおよそのプランを固めた白山は、無線に手を伸ばし作戦の概要を伝えていった……



 砂漠の気温がより一層冷え込み、一桁の気温が肌に突き刺さる。

そんな夜明け前の時間に、チームのメンバーは一切の音を立てず、静かに目標に接近していった。


 封鎖された坑道の入口付近に陣取った犬神がチームを誘導する。

チームのスナイパーを任されている彼は、暗視装置越しにチームと標的を確認し仲間を的確に導いてゆく。


 朽ちた重機の側に移動した白山達は、建物の方向と入口付近の歩哨をそれぞれ警戒しながら、時間を待っていた。

秒針が頂点を過ぎた瞬間に、白山は無線のスイッチを二回ずつ、四度鳴らす。

それを合図にして朽ちたコンベアの下に潜り込んでいた隊員が、サプレッサー付きのM4で平屋の横に居た歩哨に銃弾を叩き込む。

微かに響いた銃の駆動音の後に、僅かなドサリという音が響いてくる。


 同じタイミングで犬神が放った銃弾が、ピックアップトラックの周辺にいた歩哨を撃ち倒す。

トラックへもたれかかるように息絶えたテロリストが、ズルズルと倒れてゆく。


それを一瞥した白山は、鉱山跡の入口に立つ男へ照準を合わせた……


 一分と経たずに歩哨を無力化した白山達は、周囲の兆候を確認するとピックアップトラックへ向けて前進する。

ヘリが降着する目印になるIR(赤外線)ビーコンを設置した白山達は、間もなく始まる襲撃に意識を集中させていった。



戦術ネットからヘリの音声が不意に飛び込んでくる。


『こちらViperidaeバイパー降着、一分前……』


 その無線の声に集中した白山は、聴覚に神経を向ける。

低空を飛行するヘリの音は、意外な事に、至近まで近づかなければ判らないのだ。

小さく聞こえているヘリのローターの音が、突然大きくなり、北側の崖の上から機体表記のない真っ黒なブラックホークが姿を現した。

砂埃を巻き上げ、ホバリングするヘリから太いロープが垂らされて、隊員達が次々に降下してくる。


 異変に気づいたテロリストが飛び出してくるが、犬神の放つ7.62mm弾に胸部を撃ち抜かれて転がるように崩れ落ちた。

それを横目に地上に降り立った本隊の隊員達が、建物の入口付近で密集し、突入の態勢を整える。

木の板と発泡スチロールで組まれた爆薬を、素早く戸口に立てかけた隊員が、コードを引っ張って後方に戻ってゆく。


 次の瞬間、警戒な爆破音と共に扉が吹き飛び、隊員達が屋内へ飛び込んでゆく。

銃声とスタングレネードが引き起こす轟音、周囲を旋回しながら警戒を続けるヘリの飛行音が、砂漠の静寂を切り裂いている。


 三分と経たずに突入していった隊員達が、人質となっていた日本人医師を両脇に抱えて出て来た。

最初のヘリが、入口近くの開けた場所に着陸すると人質を乗せて速やかに飛び立ってゆく。


『パッケージを確保、これより帰投する……』



 無線から響いてくる通信音声を聞きながら、白山はチームのメンバーに撤収の指示を出す。

集積点から背嚢をピックアプした白山達は、後続のヘリに背嚢を投げ込み自分達も機内に身を沈める。


 旋回するGを感じながら、僅か二十分程度ですべての作戦を終えた白山達は、疲労感を覚えながら旋回するヘリのドアから鉱山跡に視線を向けた。

白みつつある空のおかげで肉眼でも、建物の輪郭がある程度判る明るさが出ていた。


 不意に白山の視界へ、何か小さな影が飛び込んでくる。

それは昨日の夕方に射殺された現地人の女性の死体だった……


 機密作戦である今回の作戦では、彼女の死体を回収することは出来ない。

後に現地の警察か軍が突入し、鉱山跡を制圧したことにするように段取りが組まれている。

それまでは、彼女の躯はそのまま打ち捨てられたままになるだろう……


何か後ろ髪を惹かれる想いで、目を離せなかった白山は視界からその姿が見えるまで、その姿を追い続けていた……



******



 ヘリが帰投したのは、TOCがある現地の基地ではなく、隣国の空軍基地だった。

既に役目を終えたTOCの施設や人員は、作戦終了とともに撤収し今頃は跡形も無いだろう……


 手短にデブリーフィング(報告聴取)と装備をコンテナに収め、撤収を残すのみになった白山に意外な命令が下る。

本来であればこのまま輸送機に乗り込み、帰国となるのだが……



 下されたオーダー(命令)は、先程救出したパッケージの護衛だった。

極秘作戦となる今回の任務は、救出成功についても一切報道はされることはない。


 つまりは救出した人質も、別の手段で救出された事にする必要があった。

今回呼び出されたチームの中で、現地の情勢や地理に詳しい白山達に白羽の矢が立ったのだ。


 交渉を担当したNGOが依頼した危機管理会社に、人質を引き渡す必要がある。

今回の誘拐事件は、交渉によって開放された……


 そう言う筋書きで、世間一般には発表される。

先ほどまで点滴を受けていた女性医師は、先程よりも幾分しっかりした足取りに見えた。

白山達が待つレンタカーのSUVまで来た医師は、白山達を見ると僅かに頭を下げ、そして後部座席に乗り込んだ。



 慌ただしくシャワーを浴び、埃と汗を落とした白山達は、拳銃を腰に押し込むと移送に向けた準備を整える。

砂漠特有の青い空にギラギラと眩しい太陽が、疲れた体に突き刺さる。


 思わぬ残業に、チームのメンバーは少々落胆していたが、こんな予定の変更はいつもの事だ……

数時間のドライブで帰りは輸送機の固いベンチではなく、国際線のシートで眠れることを考えれば、気分も紛れる。


そう思い車を発進させた白山達は、広い道路を速い速度で飛ばしてゆく。



「あの…… ありがとうございました」


 不意に女性医師が声を上げた。

誰かに視線を向ける訳でもなく、前を見据えて呟くように紡がれた言葉は、SUVの車内に染みこむように消える。


「先程、説明を受けました。 貴方達の事は決して口外してはいけないと……」


その言葉は誰かに向けたものではなかったが、確かに白山達の心に響いていた。


「ご無事で何よりです……」


 白山が短く返答した精一杯の言葉が、車内で交わされた会話の全てだった。

静かな車内の中で、ミラー越しに見た女性医師の頬には、僅かだが光る物があった。

白山には、その光る物がどんな心境から流れたのかは判らないし、聞くことも出来ない。


ただ、生きていればこそ涙も流せるのだと、周囲を警戒しながら漠然と考えていた。


 無言のまま女性医師を、現地の危機管理会社の事務所へ送り届けた白山達は、そのまま大使館へ出頭する。

外交行嚢に銃器や無線機を収納して、公用パスポートと航空券を受け取った。



 トランジットで立ち寄ったハブ空港のニュース掲示板に、海外ニュースで人質の開放が速報される。

危機管理会社の職員に左右を囲まれて、フラッシュを浴びる彼女は伏し目がちに空港へ向かっていた。

それを見た白山は少しだけ安堵してから、彼女の行く末に少なからず同情する。


恐らく彼女はこれからマスコミの無遠慮な質問攻勢や的はずれなバッシングなどに晒されるだろう……



アナウンスを聞き、搭乗ゲートへ向かう白山は乗客達の姿に紛れ、そして見えなくなっていった……




******



 日本ではすっかり誘拐事件の報道が消え去り、過去の事になった頃……



今回の誘拐事件を起こしたテロ組織の幹部が、何者かに暗殺されたという、国際欄の小さな記事が新聞に掲載される。

ニュースバリューとしては、持って数日といった国際情勢に、特段の関心を持つ者でなければ、誰も気にしない小さな扱いだった。



その記事の裏で人知れず、静かな作戦が遂行されている事は、世間の誰にも知られる事はないのだ…………






おかげさまで2,000,000アクセスを超えました。

いつもお読み頂き誠にありがとうございますm(__)m


今後も拙い文章ではありますが、よろしくお願い致します。

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