食事と今後と電力と
一行は城から戻り、白山の屋敷で夕食を摂っていた。
屋敷に戻る途中、ドリーから屋敷や爵位について聞かれ、それに答えながら屋敷までの道のりを移動する。
王都の南側にある白山の屋敷までは、車両で五分といった距離にある。
この所基地での泊まり込みが多かった白山は、久しぶりに帰宅して湯浴みを済ませようやく一息ついて、夕食と相成った。
久しぶりに湯に浸かり体をほぐした事で疲労が一気に押し寄せてくる。
やはり、頑強な白山と言えど長期の疲労は流石に堪えたようだった。
少しフラフラするが、フォウルから夕食の準備ができたとの報告で白山は食堂へと向かう。
そこでは同じように湯上がりのリオンとドリーが白山の到着を待っていた。
ドリーの手元には基地から持って来た、今後の部隊の運用や訓練に関する資料が置かれており、果実水を片手にそれらに目を通すドリーの姿があった。
白山は、徐ろに着席するとオウルが早速料理を運んで来てくれる。
先日のすり合わせから、白山が食べる食事は簡素なバランスのとれた食事にするように申し付けてあった。
今日はドリーが客として宿泊する手前、普段より幾分内容が豪華だった。
簡単にワインで乾杯の後、前菜に手を付け始めたドリーが白山に声をかける。
「貴方の書いた編成や運用を読んだけど、このレベルの部隊を今後運用していくなら、やっぱり貴方一人では無理ね」
その言葉に頷いた白山は、手早く前菜を平らげ軽くナプキンで口元を抑えてから口を開いた。
「ああ、当初より人数が増えてしまっているし要求も厳しい…… 明日、基地に行ったら早速人選に取り掛かろう」
そう言った白山の言葉にドリーは頷き、真剣な表情で白山に声をかける。
「それと、貴方の負担も減らさないといけない。
正直に言えば、貴方が倒れたら恐らくこの国は持たないでしょうね……
FAQの概要を読んで、貴方が召喚に否定的なのは判らないでもないけど、必要な物品や人材は、迷わず召喚するべきね」
その言葉に耳が痛い白山は軽く頬を掻きながら、わずかに頷く。
何処か心の中で割り切れていない部分はあるが、やはり背に腹は代えられない……
そう思いつつ運ばれてきた肉料理に手を付けた白山にドリーが会話を続けた。
「まずは、人材…… これは、後程選考するとして、次に電力ね」
その言葉に、切り分けた鶏肉を口に運びかけていた手を止めて、ああ…… と、考えを巡らす。
そう言われてみれば、現代の兵器や文明の利器には少なからず電力が必要になる。
その事実に気付かなかった白山は、ドリーがもたらしてくれた新しい視点に、素直に感心した。
白山自身、こちらの生活に慣れきって電気がない暮らしに、順応していたのだ……
しかし電力の供給という難しい問題に、どう対処するのかと思った白山は、ドリーに質問する。
「今後を考えれば電力が必要なのは判るが、どうやって発電機や送電線を確保するんだ?」
その言葉にぐいっとワインを煽り、その味に驚いていたドリーが、視線を白山へ向ける。
「私達がアンタ達の作戦の度に、どんな支援をしてきたか、解らない訳じゃないでしょう?」
そう言ってニヤッと笑ってワインのおかわりを受け取ったドリーは、得意そうに鼻を鳴らす。
その言葉でドリーがどんな電力システムを構築しようとしているのかが、白山にも判った。
「成程、FOB(前線作戦基地)の緊急展開用のコンテナか…… 確かにあれなら、設置も稼働時間も問題ないな」
全世界的に活動する米軍特殊部隊は、その後方支援体制も充実している。
昨今の軍事機材や通信ネットワークなどは、電力の確保が必要不可欠だ。
その為、コンテナに格納されC130輸送機などで手軽に輸送ができるディーゼル燃料の発電システムが備わっている。
それに思い至った事でドリーは、正解と言わんばかりにワインのグラスを白山へ掲げてみせる。
「あとは、文章や事務処理に必要なパソコンやプリンターね。
その辺は明日、人選と一緒にリストアップしておくわ」
その言葉に頷いた白山は、デザートの果物に手を付け始めた。
りんごに似た果物の酸味が口の中を洗い流し、サッパリとした気分にさせてくれる。
「それと、あの召喚用のラップトップだけど、システムに支障が出ない範囲で、内部を調べる必要があるわね……」
ドリーの言葉に少し考え込んだ白山は、自分は門外漢で後回しにしていたが……
確かにシステムの解明は、遅かれ早かれ手を付けなければいけない問題ではある。
「物理法則を完全に無視した異世界の魔法に、興味をそそられたのか?」
その言葉に、薄く自嘲気味な笑いをこぼしたドリーは、「半分はね……」と茶化してから、真面目な表情を浮かべる。
「構造やシステムをしっかり理解していない物に、命を預けたり…… ましてや生身の人間を召喚させるのはいい気分じゃないわ」
その言葉に、少し考え込んだ白山は確かにそうだと思い、同じように真剣な表情で頷いた。
「まあ、まずは部隊の訓練と必要な人や物を召喚するのが先ね」
ドリーは、前菜で出たカナッペをおかわりし、それをツマミにワインを飲むと、すこし笑っていた。
相変わらずの酒の強さで、それを見ていた白山が苦笑すると、グラスに添えた人差し指を白山に向けつつ口を開く。
「それから……」
その言葉に視線を果物からドリーへと向けた白山に、少しだけ柔らかい口調で忠告する。
「夕食が終わったら、今日はとっとと寝なさい。
気づいてるかどうか解らないけど、アンタ相当ひどい顔してるわよ……」
痛い所を指摘された白山は、わずかに頷くと果物を平らげると忠告に従うべく、寝室へ向かうことにする。
席を立つ白山を見て、納得したようなドリーは、メイドにワインの瓶を寝室へ運んでくれるように話をしている。
資料を小脇に抱えたドリーが、二階の客室へ向かう階段で白山に声をかける。
「ちょっと、いいかしら……」
一緒に歩いていたリオンに目配せしたドリーは、視線で少し白山を借りる旨をリオンに伝えていた。
ドリーの視線を受けたリオンが、少しだけ考えた後、少し頭を下げると自分の部屋に歩いて行った。
その後姿を見送りながら、階段の踊場で佇むドリーはリオンが自室に戻ったドアの音を聞いてから、口を開いた。
「いい娘ね…… リオンちゃん」
その問いかけに、「ああ……」と短く答えた白山は、ドリーが何故白山を呼び止めたのか判らず、次の言葉を待っていた。
白山の表情を見たドリーは、小さくため息を吐くと呆れた様子で白山に忠告してくる。
「あのねぇ…… 貴方、このままだと刺されるわよ?
あの娘の気持ち、知らない訳じゃないんでしょ?
王女様の事もあるし、この世界で暮らしていくんだったら…… 色々と考えないと不味いわよ」
ドリーからかけられた言葉に、ドキリとした白山は咄嗟に言葉が出てこない。
だが、内心ではその通りだなと思っていた……
軍人として任務優先と思い、これまで先延ばしにしてきた自身の幸せや将来についても、考える時期に来ているのかと難しい顔で考えこんでしまう。
「まぁ、今すぐってワケじゃないでしょうけど、今から考えておかないと、後々困るわよ……」
フッと笑ってから白山の背中を平手で叩いたドリーは、ヒラヒラと手を振って階段を登ってゆく。
その後姿を見送りながら、少しため息をついた白山は、頭を掻くと自分の寝室に向けて、ゆっくりと歩いて行った……
******
翌日、白山は久しぶりにゆっくりと取れた睡眠に、若干の気だるさを感じながらも、疲労が抜けた事を感じていた。
日課になっているストレッチで体をほぐすと、気だるさは幾分薄れ、体の軽さを実感できる。
食堂で顔を合わせたリオンは、何故か気恥ずかしそうに、白山と朝の挨拶を交わして朝食の席につく。
対してドリーは、少し宿酔いなのか少し疲れ気味の表情で、朝食の席に出てきた。
その姿を見た白山は、ドリーが自分の睡眠時間を削って、リストや諸々の案件について考えていたなと、察して苦笑する。
自分に対して早く寝ろと言いつつ、自分は寝不足で起き出してきたドリーに感謝を感じつつコーヒーを飲んでいた。
朝食を摂った白山達は、早速基地へと急ぐ。
高機動車が基地の門を潜った時には、訓練生達も朝食を終え、日課の体操を行っている所だった。
白山は、彼らの所へ歩いて行くと、午前の訓練を行軍と定めて、目標地点を指示する。
整列した訓練生達は、その言葉に統制の取れた返事を返すと、学生長を中心にキビキビと部隊を編成し始める。
未だ銃を支給されていない訓練生達は、選抜訓練で使用された背負い帯のついた細い丸太を小銃代わりに持ち、重い背嚢を背負う。
王都の郊外にある基地から、北に向かいトニ村の近郊を西へ……
そこから草原を巡って、基地に戻ってくるコースになっている。
基礎的な体力練成を行うにあたり、重視される行軍訓練は、複数のコースを設定して頻繁に実施している。
何度も行っているその準備とルート行軍は、ここ数回は訓練生だけでも実施できるほどになっていた。
まだまだひよっこだが、着実に成長している彼らを眺めて、少し目を細めた白山は、編成を終えて班ごとに出発してゆくその姿を見送っていった。
隊長室に入った白山は、ドリーとともに各種の資機材についてのリストアップ、そして訓練教官に関するピックアップを始めた。
訓練のドクトリン(基本原則)や方向性を考えて、米軍と自衛隊から複数の人員を選抜する事にする。
ドリーはラップトップの使用者権限を上書きした事で、その画面にかじりつき自分が作成したリストと、画面上の召喚リストを見比べている。
送電線や発電機、それに燃料となる軽油など大きな物は野外で召喚するつもりだった。
それ以外の細かい物は、なるべく一括して召喚することで消費される魂の量を節約すべく膨大なリストと悪戦苦闘している。
「まったく、ユーザビリティ悪いったらないわね、このシステム…… 後で絶対改良してやる」
何か不安になる事を呟きながら、時折キーボードを叩くドリーを眺めつつ、白山は溜まった書類と格闘し、少しづつ仕事を進めていった。
「あった! まだあったわ! 私のシステム!」
突然静かな隊長室に、ドリーの大声が響いた。
何事かと顔を上げた白山の目に映ったのは、ガッツポーズを浮かべ、小躍りしている。
コーヒーを持って来たリオンも、白山と顔を見合わせるとドリーの不思議な踊りを暫く眺めていた……
その視線にドリーが気づくと、一瞬固まりそれから何事もなかったかのように画面に向かい始める。
「よしよし、タンパの倉庫に眠ってたままになっていたのは幸いだったわ……これでコイツの解析が捗るわ……」
何か、物騒な言葉が聞こえてきたが、白山はその言葉を聞かなかった事にして、仕事を進めていく。
一時間ほど経った頃だろうか。
ドリーが大きく背伸びをして、息を吐くと白山に声をかける。
「こっちは、リストの作成と仕分けが終わったわ。 後は召喚するだけよ」
相変わらず仕事が速いと、白山は驚きながらもその言葉に頷いてからその言葉に返答する。
「それじゃ、まずは大きなブツから先に召喚するか……
発電機の設置場所は本部の横と、兵舎の脇だな。
燃料保管庫は、後で訓練の合間を見て少し離れた場所に設置しよう」
その言葉に冷めたコーヒーを口に含みながら、親指を立てて答えたドリーは立ち上がった。
ラップトップを持ち、隊長室を出た白山とリオンそしてドリーが、人気のない本部内を歩き、程なくして目的地に辿り着く。
本部の横にある空いたスペースを発電機の設置場所と決めると、白山がドリーの作成したリストから発電機とケーブルを選択し召喚実施を選択する。
これまでの召喚よりも一際大きな光が瞬き、次第に大きなコンテナがその姿を見せ始める。
白山にとって見れば幾らか慣れた光景だが、リオンは先のドリーの召喚が人物召喚を見るのは初めてで、これほど大きな召喚は見ていない。
それに、ドリーは自身が召喚された時の感覚は、覚えていないそうだ。
それぞれが興味深そうに、召喚の光景を眺めつつその白いコンテナが姿を現した。
防音型のコンテナに収められた発電ユニットは、タッチパネル操作で容易に動かせる。
見知ったそのコンテナを横目に、何やら難しい顔をしたドリーがブツブツと何かを呟いてた。
「物理法則の無視は、この際脇に置いて、このプログラムの原理が……」
何か、自分の世界に入っているドリーを横目に、兵舎脇に次のコンテナを召喚すべく、白山は歩き出す。
その姿に気づいて、ドリーが走って追いかけてくる。
「次のコンテナを召喚するぞ……」
白山がそう言って、ラップトップを操作すると再びまばゆい光が周囲にあふれていった…………
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発電システムについては、こちらを参照下さい。
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http://cejl.jpncat.com/generator/generator.html




