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説明とラップトップと怒声と安堵【挿絵あり】

 白山はソファに横たわり目を閉じている赤毛の女性を見ても、興奮や動揺を示す事もなく、冷静に上着を脱ぐとテーブル越しに素肌の上体に掛ける。

どちらかと言えばゲンナリと言った表情をうかべ、リオンに毛布を取ってくれるように依頼した。


  挿絵(By みてみん)



それを聞いたリオンは、この女性のどこが悪魔なのか?

そして何故全裸なのかと、無言ながらも思いつつ白山の命に従い、毛布を棚から引っ張り出す。


薄っすらと赤毛の女性が目を開き、天井を眺めそれから周囲を眺め、最後に白山に視線を向け、その焦点を合わせた……


「あら、ホワイトじゃない…… 久しぶりね……」


 白山を認めたその女性は、そう言ってから自分が全裸である事に気づいたようで、自分の裸体と白山を交互に見て口を開く。


「私……貴方とヤった……?」


 その言葉に、今日になってから何度目か分からない盛大なため息を吐いた白山は、ゆっくりと首を横に振ると、リオンが取ってくれた毛布を彼女に放おる。


「いや、ドリー…… ヤってもいないし手すら触れてない。

とりあえず後で着替えを用意させるから、それでも羽織っておいてくれ」


 その言葉に、何故か『チッ』 と短く舌打ちしたドリーと呼ばれた女性は、黙ってその毛布を羽織ると改めて周囲の景観や白山…… そしてリオンを見る。


「もしかして…… 3ピ……」


「それもないから……」


 若干、かぶせるように否定した白山は、とりあえず毛布を羽織って直視できるようになったドリーに、ゆっくりと視線を向けた。


「お前さんは、何処まで最近の記憶がある?」


 白山は、リオンに彼女の分のお茶を淹れてくれるように頼むと、ゆっくりとドリーに尋ねた。

その言葉に、上体を起こして戦闘服の上着を肩から掛け、毛布をひざ掛けのように纏ったドリーは少し考え込む。


「鮮明に記憶があるのは、20XX年の6月12日の昼…… までね……


休日だったからカフェで昼食とってて、そこにトラックが突っ込んできて……」


そこまで話したドリーは、少し表情を曇らせてから改めて白山に目を向けた。



「ここって、天国? それとも……地獄?」



 当時の情況を思い出したのか、ドリーはそんな言葉を吐いて天井を見上げる。

そして、ため息を吐くと何かつぶやいている。


「あ~、HDの中身今頃解析されるとか、NSAに送られたりしてるのかなぁ……

出来ればそのまま物理的に、完璧に破壊して欲しかったんだけどなぁ……」


 独り事の内容については、聞かなかった事にして白山は、ドリーの最初の問に答える。


「残念ながらここは、どっちでもない…… 強いて言えば、別世界…… って所か」


 その言葉を話半分に聞いていたドリーは、ブツクサと何やら物騒なことをつぶやいている。


「物理的なトラップも仕掛けとけばよかったかなぁ……? あそこのボンクラ共に私の防壁クリア出来ると思ってないけど、あれ見られたらマズイわ……」



 何かシュールな空気が隊長室に流れ、リオンがドリーの意味不明の独り事について、不安げな視線を白山に投げかけてくる。

諦めた様な弱々しい引きつった笑みをリオンに返しながら、白山はコーヒーを一口啜った。



「んで、別世界ってどういう事?」


 天井を仰いだまま、ドリーは視線も向けずに白山に尋ねる。

話半分で聞いていても、相変わらずの情報処理能力だと、白山は呆れながらも説明を始めた。



「文字通りだ。 ここは地球じゃない。

俺も詳しくは判らない。ただ、俺が最初にこの世界に召喚されて、そして俺がドリーを召喚した」



 白山がそう言うと、ゆっくりと天井から視線を白山に向け、怪訝そうな顔を向ける。


「私を担ぐつもり……?」



 そう言ったドリーは、周囲を見回し白山に少し厳しい視線を投げかける。

その視線を受けて苦笑しながら、白山は首を横に振り真剣にドリーと向き合う。



「いや、真面目な話だ。俺も最初は戸惑ったがペテンでもなければ夢でもない。

ましてやイカれてるわけでもないんだ……」


 そうして、白山は召喚されてからこれまでの経緯を、ドリーに語り始める。

毛布の下で長い足を組み、胸回りが窮屈そうな上着の胸元を隠そうともせず、その話に聞き入った。

白山もこれまでの行動ログや動画、そしてこの世界の地図やバードアイの写真をドリーに提示して、説明を補足する。



 画像を眺めるその視線は、まさにプロの視線で、彼女にかかれば画像の偽造や偽装は通用しないだろう。

そんなドリーに臆することなく画像を提示する白山の態度と、データによって提示された証拠……


 それらを精査したドリーは、小さくため息をつくと開け放たれた窓から外の景色を眺める。


ドリス・アボット 二九歳

USSOCOM アメリカ特殊作戦軍 指揮支援センター 所属 中尉相当


19歳で大学を卒業

MIT大学院 卒 物理 理学 数学 語学 など複数の博士号取得 六ヶ国語を話す(英・仏・露・日・アラビア・スペイン)


 ラップトップに残された『召喚が完了しました』 と出ているアイコンの下に見える経歴は、そう書かれている……


 しかし、その裏の経歴は、もはや伝説になっている。

MITで恒例となっている学生による悪戯は有名だが、その悪戯でNSAのメインサーバーにハッキングを掛けて、データを盗み出し改ざん……


 学長をFBI に対テロ容疑で逮捕させ、直後に保釈させるという悪戯では済まされない離れ業をやってのける。


 当然、退学となって然るべきだが、何故か当の学長を含む審査委員会の全員が嫌疑なしを言い渡してしまう。

あくまで噂だが、彼女が委員のクレジット履歴や良からぬ趣味に関する詳細なレポートを、全員に送りつけたとも言われ、その腕を見た政府機関はこぞって彼女をスカウトにかかった。


 結局、軍に入隊したドリーは、そのまま特殊作戦軍の指揮支援センターにその居場所を見つけそこに収まった。

特殊作戦における情報支援ネットワークの根幹になるソフトウェアを、独自に改良し、その驚異の能力を十全に発揮していた。


 未だに語りぐさになっているのは、突発的な緊急事態が発生し、三つの特殊部隊が中東・東アジア・南米で同時に異なる作戦を実施して、その支援を彼女がすべて統括し、支援した事があった。

いつもと変わらない落ち着いた口調で支援しつつ、難しいすべての作戦を成功に導いた事もあった。


 白山とは、合同訓練でフォートブラッグを訪れた時に、ブリーフィングルームで初めて顔を合わせ、それ以来度々世話になっていた。

合同訓練の打ち上げでバーで飲んだ際、ドリー達も同じ場所で飲んでおり個人的にも見知った仲だった。


 突然の訃報が飛び込んできたのは、白山が休暇で米国を訪れていた時だった……

私費で訪れていた訓練を切り上げ、葬列に参加した事を、昨日の事のように思い出せる。

多くの見知った特殊部隊員達が、彼女の死を悼み、葬儀に参加していたあの日。


 彼女の死亡で、1ヶ月近く作戦遂行に支障が出たという逸話が帰国した後、白山の耳に届く。

特殊作戦センター内部は、暫く大騒ぎになったらしい。



 それがこうして元気に自分の目の前にいて、これまでと変わらず会話を交わしている。

そのことにどちらが夢で、どちらが現実なのか白山には判断がつかなかった……



「なるほどね…… とりあえず私はこの何の変哲もないPCに呼び出されて、ここに居ると……」


 手にした資料とラップトップを交互に眺め、一呼吸おいたドリーは徐ろにリオンが出してくれたお茶を飲む。

白山が、やっと納得したかと安堵した瞬間、資料を投げ出したドリーは、素早い動きでラップトップを回転させた。


「ふむふむ、これが噂の召喚プログラムちゃんですか~」


 手をワキワキさせながら、外観をしげしげと眺めたドリーはキーボードを叩き、そして眉を顰める。


「こしゃくなぁ、使用者権限だと~ぅ」


 ものすごい速度でキーボードにかじりついたドリーは、キッと白山に視線を向けると腕を伸ばして白山のシャツを掴む。

突然のことで驚いた白山は、されるがままにモニタの前に引っ張られ、画面に顔を向けられる。


 腕を伸ばしたことで、ドリーの足元に掛けられていた毛布がずれて脚が露わになるが、当人はそれを気にした様子もない……


 白山の顔の位置を片手で操りつつ、もう一方の手でキーボードを叩くドリーは、ニヤリと顔を歪めると用済みとばかりに白山をソファの対面に放り出した。


 ボスンと派手に弾むソファで、あっけにとられていた白山は、何が起こっているのか把握できない。


「よ~し、クローズドのバイオ認証なんぞ、チョロいチョロい……」


 どうやら、白山にしか扱うことの出来ない筈のラップトップを書き換え、自身が使えるようにしてしまったらしく、それを聞いた白山は目頭を押さえて大きく息を吐いた……



「頼むから、壊すなよ……」



 そう言った白山にモニタから目を離さず、ヒラヒラと手を振ったドリーは、手を止めてじっと画面を凝視している。

どうやら白山も概要を読んだFAQを読みふけっているようだ……


 これは、暫く掛かると思った白山は、リオンに倉庫から戦闘服を出してきてくれるように頼むと、自身はコーヒーのおかわりを入れるべくカップを持って席を立つ。


「あ~ホワイト、私にもコーヒー頂戴。 出来れば濃い目で……」


 一切モニタから目を離さないドリーは、言葉だけを白山に向けてそう言うと、画面をせわしなくスクロールさせている。

ドリーの前に置かれたカップを手に取った白山は、コーヒーを淹れるべく壁際の棚に向かっていった……





 結局、彼女がモニタから顔を上げたのは、それから二時間ほど経ってからだった。

首をコキコキと回して、ふぅ……と小さく息を吐いたドリーは、すっかり冷めたコーヒーを飲むと白山に視線を向ける。


「おおよそのシステムと貴方の話は理解できたわ…… どうやら本当に召喚されたらしいわね……私」



 そう言ったドリーは、頷いた白山から投げ渡された戦闘服を受け取りながら、なんとも言えない表情を浮かべていた。



「それで、私はここで何をすればいいのかしら?」


 白山が目の前に居ることも構わず着替え始めたドリーに慌てて、後ろを向いた白山は、側面から浴びせられるリオンの視線に、ピクリと頬を引きつらせながら答える。


「今の所は、立ち上げた部隊の運営に関する支援と部隊運用の補佐、それと……ラップトップの解析だ」


 そう言いながら、ドリーの着替えの音が響く室内で、自分のデスクを指で示した白山は、後ろから聞こえるため息にピクリと緊張する。


「パソコンもプリンターもなしで書類作成なんて、時間がかかって当然じゃないの!」


その言葉に答えに窮した白山は、話題を切り替えるべく部隊の話を切り出す。


「いや、さっき話した通り、今は新規部隊の立ち上げに時間を取られていて……」


そこまで言った白山の言葉を、ドリーが遮る。


「それで? 五十人規模なら最低でも六名…… まさか、貴方一人でやってる訳じゃないでしょうね……?」



 その言葉に、いよいよ答えに窮した白山は、チラリとリオンを見るが、何故かリオンがゆっくりと首を横に振った。

どうやら知らず知らずのうちに、孤立無援の状況に陥ってしまったらしい。


「お、俺一人だ……」



 そう答えた白山の後頭部に、鋭い一撃が振り下ろされる。

パンと、小気味良い音が響いて頭を叩かれた白山は、恐る恐る振り返ると、腰に手を当てて怒りの表情を浮かべたドリーが立っている。

既に着替え終わったドリーは、口を尖らせながら白山を睨むと、その胸元を小突き、強制的に白山をソファに着席させた……


「あのねぇ…… アンタ達特殊部隊員が器用貧乏の何でも屋だって事は、支援している私達が一番良く知ってるわ!

ただ、組織的なバックアップがなければ何も出来ないのは、現場に出れば判ることでしょ?


今までの訓練で、何を学んできたのよアンタは?」


 その説教に、返す言葉が見つからない白山は、叱られながらも何処かで安堵している自分に気づき苦笑する。

そして、その苦笑がドリーの加虐心に火をつけた……


「いい度胸してるじゃない……」


 白山がハッと気づいた時には、拳を握りしめたドリーが、実に記憶に残る笑顔を浮かべている。

ドリーには天才的なハッカーであり複数の博士号を持つ才女であると同時に、もうひとつの異名を持っていた。


『オペレーションセンターの鬼姉』


 作戦本部の指揮や命令を現場が無視したり、作戦でミスを犯すと帰投後のカーゴエリアに押しかけてまで引っ叩きに来るのだ……


 でかい図体をしたマッチョな特殊部隊員をしばくその光景は、シュールの一言に尽きる。

そんな破天荒な彼女ではあるが、何故か隊員たちの受けは良かった。


 それは、彼女が出すオーダーやサポートは常に的確で有能。

更に言えばその小言と殴り込みは、現場の隊員を慮っての事だと、皆が判っているからだった。



 そんな懐かしい小言を聞きながら、白山は何か肩の荷が急に軽くなったような気がしていた…………



本日の白山くんは過去最大の女難の相が……(笑)


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