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湖畔と青空と逡巡と

 翌日は、一五日に一度の休息日になっていた。

初期訓練段階の兵達は、まだ外出は許されていないが、白山が兵達に教えたサッカーや野球もどき……

更にはオセロなどで、休日を楽しんでいる。


 中には、将来を考えて勉強を行っているものや、体力づくりに目覚め走りこむ者も見受けられる。


 そうした和やかな休日を尻目に、白山は隊長室で今後の資料作成と、溜まった書類の処理に追われていた。

今日のうちにある程度書類を片付けてしまわなければ、更に訓練が遅れてしまう。


 鉛のように重い体をどうにか動かし、机に向かった白山は、朝から机に積み重なった書類と格闘している。


 少しづつ書類を処理している最中、唐突に隊長室の扉がノックされる。

何かトラブルでも起きたのだろうか? 白山は、そのノックの音を聞きながら、対応に立ったリオンを見送った。


 カチャリと控えめな音が響いて、ドアが開いた音がする。

書類の隙間から来訪者を確認した白山は、突然の訪問者に驚き、思わず手を止めてしまった……


そこには、簡素なドレスに身を包んだ、王女であるグレースが微笑んでいた……


「本日は、どのようなご用件で……?」


 仕事を中断し応接セットに収まった白山は、何故グレースが突然基地に現れたのか、その理由が判らなかった。



「ホワイト卿は、遠出の約束をお忘れですの?」


 グレースの言葉を聞くまで、意識の隅に追いやられていた約束を、ようやく思い出した白山は、チラリと横目で書類の山に目を向けた。


しかしグレースは、その視線を見逃さず悪戯っぽく微笑んだ。


「王女との約束とお仕事、どちらに天秤が傾くかは、口にする必要もありませんよね?」



 初めて聞いたグレースの我が儘に、白山はやや驚きながらも、今日の仕事を諦めてグレースの要望を受け入れた。

苦笑しながらも、こうした口実がなければ休めなくなっている自分に、余裕がなくなっている事を、今更ながらに実感させられる。



「分かりました…… それじゃあ、少し出かけましょうか……」


 頭を掻きながらため息を付いた白山は、意識を切り替えて立ち上がった。

それを見たグレースは、ニッコリと微笑み白山に手を差し出す。

少し躊躇い気味にその手を握って、立ち上がるのに手を化した白山は、リオンに目配せをする。

書類を整理していたリオンは、その視線に黙って頷くと後方の戸棚から黒いケースを取り出し、準備を始めた。


 やけに素直なリオンの態度に、一瞬だけ疑問を感じたが白山も準備を整える。

乱雑にチェストリグをバックパックに押し込み、腰回りの装備を身につけてM4を持つ。


それだけで身支度は整った……


 本部を出た白山に気づいた訓練生達が敬礼を行い、そして白山と一緒にいるグレースを見て、そのまま固まってしまう。

答礼を行った白山が外出する旨を伝えると、普段聞けないような上ずった声で返答した訓練生達に、思わず白山は笑ってしまった。


「あの方達が、貴方の新しい部下なのですか……?」


柔らかい笑みを訓練生に向けて、呆けさせたグレースがにこやかに白山へ尋ねた。


「はい…… まだ訓練途中ですが、それなりに見どころのある奴らですよ」


 そう答えた白山は、グレースを高機動車に誘い、自分は運転席に座りエンジンを掛けた。

セルが軽快に回り、エンジンが息を吹き返す。


 王宮で何度も見ているが、グレースが高機動車に乗るのはこれが初めてだった。

侍女とリオンが後方に乗り込み車両はゆるやかに発進した。


 基地を出て、右に曲がった車両は、グングンとスピードを上げると、上り坂を物ともせず速度を上げた。

グレースはその速度と正面に見える景色が流れるように消える様に驚き、後ろからは侍女の小さな悲鳴が聞こえてくる。



 白山は一度行軍訓練で訪れていた、湖畔の草原にグレースを連れて行った。

ここは少し小高い丘と、眼前に広がるマザーレイクの景観、そして所々で咲くレンゲソウに似た花が綺麗な所だった。


 少し味気ないが、OD色のビニールシートを敷き、バーナーで湯を沸かす。

プラスチックのカップにコーヒーとミルクと砂糖で、簡単な茶会の準備を整える。

連絡のひとつでもあれば、屋敷に連絡してそれなりに準備ができたのだが、今はあるもので何とかするしか無い。


 一応、簡単だがドリップした物だし、レーションから取り分けておいた副食の菓子も少し準備した。

物珍しいものと言う事で、お茶を濁そう。


 それを見ていたグレースや侍女も、コーヒーをドリップする姿や菓子の包装を好奇心旺盛な様子で見ている。

何とか通用すればいいのだが……


 内心少しビクビクしながらも、白山はコーヒーをグレース達に差し出し、菓子の包装を切り開いた。

その様子を眺めていたグレースは徐ろに一口だけコーヒーと菓子を摘むと、驚いた様子で目を細める。


 失敗だったか……?と、不安に思いつつ白山も平静を装いコーヒーと一緒に生唾を飲み込む……


「美味しいですね。 カカの実を煎じる所は、初めて見ました……

それにこのお菓子、変わった風味ですが食べたことのない味です」


 その言葉を聞いて、内心でほっと胸をなでおろした白山は、ニッコリと微笑み、それを見てグレースと笑い合った。


「お口に合ったようで何よりです。 しかし、突然の訪問驚きました……」


 そう言った白山に、グレースはからかうような視線を向けると白山に切り返してくる。


「あら?私との約束を蔑ろにして、軍の訓練に掛り切りになってしまわれたのはホワイト卿ではなくて?

それに屋敷の準備が出来たら王宮からも出られて…… 寂しいではありませんか……」



 本気とも冗談とも取れないその言葉に、先程の簡素な茶会の準備だけではない、心拍が上がる状況に白山はたじろいだ。


 そのたじろぎを見逃さず、グレースはかすかな目配せを侍女に向けると、心得ている彼女はスッと席を立ち、少し離れた所に遠ざかる。

その意味がわからない白山は、戦闘でも感じない薄ら寒い感じを覚えながらも言葉を紡ぐ。


「それで、来訪された…… 本当の目的は?」


 久しぶりに寛いだ雰囲気と暖かな陽光に、少し眠気を覚えつつ、それをコーヒーで紛らわせる白山は、グレースの真意を尋ねる。

微笑みを消さないグレースは、はぐらかすように口を開き、白山をじっと見つめた。


「貴方に逢いたかった……では、駄目ですか?」


その言葉を聞いた白山は、ドキリとして気恥ずかしさから、視線を湖の方向に向ける。



「本当は、貴方のことが心配だったからです……」



白山と同じ方向に視線を向けたグレースは、先程よりも優しい声でそう語りかける。


 小さくため息を吐いた白山は、どこから話が漏れたのか白山の現状が、グレースに伝わったのだと理解した。


 短く、 「ありがとうございます……」 と伝えた白山は、黙って前を向いたままコーヒーを啜る。

いらぬ気を遣わせてしまったかと思いながら、白山が説明を始める。


 軍人として向こうの世界の経験を有しているのは自分だけである事……

今は一番大切な創設期であり、ここで頑張らなければ、後々まで影響が響く事を、なるべく感情を交えずに噛み砕いて説明する。


「成程、概ね判りました……」


 元々聡明なグレースは、その説明だけで理解してくれたようで、白山はひとまず安心する。

しかし、次の一言が白山を凍りつかせた……


「ならば、異界の鏡で人を召喚することで、貴方の負担は減るのではないですか……?」



 小鳥が飛び立ち湖面を撫でるように飛んでゆく。

その光景を眺めながら、白山はじっと押し黙ったままだった。


「何が頑なに一人で頑張る事を、貴方に強いているのですか?」


 同じ方向を見つめながら、何か違う景色を見ているような二人の間を、さわやかな風が吹き抜けてゆく。


「グレース様は、もし自分の役目を終えて天国へ旅立った後、他者の都合で呼び戻されたらどう……思われますか?」


 白山の言葉は、優しく問いかけるような口調だったが、そこには何か信念のような強い想いが篭っていた。

それを聞いたグレースは、少し考える仕草をしてから、やがて口を開いた。


「この世に未練がなければ、何故自分を黄泉帰らせたのかを…… その人間に問いかけるでしょうね……」


 およそ想像の埒外にある事を、考え込むように慎重にグレースは答えた。

それを聞いた白山は、ゆっくりと座り直すとグレースに向き直る。


その瞳には強い決意と、そして憂いが揺らめいていた……


「私は、戦地で散った仲間達に自分の都合で、その安らかな眠りを妨げ、もう一度戦場に立てとは、絶対に言いたくない」


 白山はこれまで、数多の戦場を駆け戦っていった。

それはそうする事が白山の仕事であり任務であり、そして仲間のためだったからだ……


 笑って死地に旅立つ仲間に守られ、命を助けられた事、さっきまで何気ない言葉を交わしていた男が、次の瞬間には物言わぬ躯に成り果てる。

そして何人もの冷たくなった仲間を担ぎ、そして、見送ってきた。


 どんな激戦でも棺に収められ、国旗に包まれ最後の別れを告げる時は、誰でも安らかに、眠っているような顔を浮かべていた。


 確かにグレースが言うように、副官となる人物や訓練教官達を召喚してしまえば、白山の負担は大幅に減る。

それでも、これまでに散っていった仲間の顔がよぎり、どうしても召喚を実施することは出来なかったのだ……


 小鳥たちのさえずりも遠ざかり、柔らかな風が周囲を撫でる。

昼に近づいた高い太陽が放つ光が、湖面に反射して輝いている。


「それでも貴方は、召喚を行うべきですわ……」


 ややあった沈黙の後、そう言ったグレースは真っ直ぐに白山を見つめると、真剣な表情で決然と答える。


「しかし……」



白山が反論を口にしかけた時、その言葉をグレースが遮る。


「今の調子で軍務を続けられて、貴方が倒れられたら、この国はどうなるのですか?

まして、軍の訓練が遅れれば遅れるほど、危機は増すと仰ったのは貴方でしたよね?」


 その言葉に白山は深く頷いて、グレースを見つめる。

これは、感情 対 正論 の戦いで、どちらも正しいのだ……


「それに……」


 グレースが何かを含むように口ごもると、やがて花が咲くような笑顔を浮かべる。


「貴方は結婚前なのに、私へ未亡人になれとおっしゃるのですか……?」


 その笑顔と言葉に、白山は言おうとしていた事を、すっかり忘却の彼方へ流し去ってしまう。


「いや……私は、まだ候補で…… その……」


 寝不足と突然の状況に言葉が出てこない白山を見て、グレースはクスリと笑った。


 その表情に、すっかり毒気を抜かれた白山は、張り詰めていた感情を吐き出すと、少しだけ笑ってシートに寝転んだ。

青い空を真っ白な雲が流れてゆく……


 はるか上空を先ほどの小鳥だろうか? 小さな影が踊りながら飛び去っていった……




******



 昼前に基地へ戻り、馬車で王宮へ戻っていったグレースを見送った白山は、隊長室へ戻ると書類には向かわず、ソファに体を投げ出した。

グレースとの会話、そして自身の感情と向き合い、黙って天井を仰いだ。


 リオンはコーヒーを出した後、何も言わずに自分の席に座って、白山を眺めていた……


 やがて何かを決意したように、体を起こした白山はゆっくりと戸棚へ向かい南京錠を外すと、鉄の扉を開けて中からラップトップを取り出す。


 何か晴れない表情ではあったが、小机にラップトップを広げ電源を入れた白山は、ゆっくりと人物召喚のタブを選択する。

後方支援職種から、目的の箇所を見てゆく……


そして、馴染みのある名前をその一覧に見つけた時、白山の手が止まる……


 逡巡するような何かを考え込むように、腕を組んだ白山は微動だにせずモニタを凝視している。


『確かにアイツは今の事態では適任で、それ以外の選択肢はない。

それでも出来れば、永眠させておきたい……


いや、マジで……』


 珍しく独り言をつぶやいた白山は、盛大に溜息を吐くとがっくりと肩を落とす。


 何度か、躊躇うように、いや未練がましく、その他の候補者をスクロールしてそのプロフィールを眺めていく。

その様子を不思議そうに眺めていたリオンは、恐る恐る口を開く。


「何で、それほど躊躇ってるんですか? 何か、悪魔を召喚するような顔してますよ……?」



 モニタと睨めっこをしていた白山は、もう一度大きな溜息を吐くとリオンに視線を向けた。


「いや、実際悪魔でも召喚するほうが、いくらか気が楽だよ……」



 引きつった笑みを浮かべた白山は、喉の渇きからかコーヒーを一口飲むと、もう一度モニタに視線を向けた。



「やっぱり、アイツしかいないか……」


そう言って覚悟を決めた白山は、召喚のアイコンをクリックする。



『 本当に召喚しますか Y/N 』


 確認用のポップアップが現れた時、白山はもう一度考え込む。

普段ならばさして注意を払わない確認用アイコンが、これほど重く感じられるとは、白山は思っても見なかった。


大きく深呼吸をした白山は、ゆっくりとエンターキーを押し込む。


 ファンが大きく動き出し、周囲からゆっくりと光の粒子が集まり出した。

白山は、苦渋の決断を下したように厳しい表情を浮かべながら、その光を見つめている。


 リオンは白山の言葉から、一体どんな人物を召喚したのかと身を固くしていた……


 やがて光の粒子がソファの対面に収束し始めると、次第に人の形を形成してゆく。

周囲に光が溢れ、これまでの物品召喚より強い光が周囲を支配する。



そしてその光がゆっくりと収まった時、姿を現したのは……



赤毛のセミロングが特徴的な女性が、全裸で横たわっていた…………


新キャラ登場です。

今回はずっとグレースのターンでしたね(笑)


ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m

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