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協調性と訓練と邂逅と

 絶望の表情を浮かべた参加者達は、ノロノロと丸太に向かい言われた通り、胸元に丸太を抱え横一列に並ぶ。

身長が異なる参加者達は、バラバラに並んでおり必死に丸太を支えようとする者や、逆に重さがかからない位置にいる者もいる。


「よし、丸太を頭上に掲げろ! 怠けている者や、力を抜いている者はすぐに分かるからな!

もう一度繰り返す! これはお前らの結束を見る為の訓練だ! 自分だけ楽をしようとするなっ!」


 その言葉で、参加者達が声を掛け合い、場所を替わって懸命に頭上に丸太を掲げようと努力する。

ようやく全チームが、頭上に丸太を掲げたのを見て、白山が声を出す。


「よし、丸太を肩に担ぎ、向こうの柵まで行って戻ってこい。 無理して走るな!

これは速度を見る訓練じゃない! お前らの協調性を見る訓練だ! 」


 その言葉を聞いた参加者達は、大きな返事を返して、それぞれのチームが二百メートル程先にある柵に向かって歩き始める。

白山はその参加者達と一緒に歩き、時折大きな声で注意や発破をかけ、それぞれのチームを鼓舞してゆく。


 すると次第にチーム内で声を出して皆を引っ張る者や、手を抜く者がハッキリと判るようになってくる。

白山はメモにそうした人間たちのタスキをチェックし、また罵声を浴びせかけた。


「ほら、ちんたら運んでたら日が暮れるぞ! 根性見せてみろ!」


 柵まで到達した各チームを、白山は立ち止まらせて、再び頭上に丸太を掲げさせる。

障害走やここまでの疲労で参加者達の腕はパンパンになっており、掲げられた丸太はフラフラと揺れて安定しない。

最後尾のチームが柵に到達するまで、先に到着したチームは丸太の上げ下げをさせられ、その理不尽さに参加者に不満がたまってゆく。


その不満は、視線となりそして小声でのつぶやきになり、やがて罵声に変わっていった。


白山は、そのストレスを上手く誘導してゆく。


「お前らは、ここへ何しに来たんだ? さっき言ったよなぁ? これは協調性を見る訓練だって?」


 囁くように小さな声で、各チームを引っ張っている人間に言って回り意識の方向性を変えてゆく。

それを聞いたチームの人間は、罵声に負けない声を出して最下位のチームを激励していった。


「ほらどうした! 仲間が激励しているぞ。 早く柵まで進め!」


 最下位のチームを激励しながらも、疲労に負けつつある先行したチームの動きに留意する白山は、めまぐるしく動きながら声を張り上げる。

そうしてようやく辿り着いた最後のチームは、息も絶え絶えに柵にタッチした。


「よし、元の位置まで戻れ! そこまで行ったら休憩させてやる! 行け、行け、行け!」



 その言葉で最後の気力を振り絞った参加者達は、皆で励まし合いながら元の位置まで進み始める。


 這々の体で元の位置に辿り着いた参加者達は、音を立てて丸太を投げ捨てて草むらに寝転んだ。

皆が気力体力を振り絞ったはずなのに、一部でいざこざが起こる。



『お前のせいで負けた』だとか、『足を引っ張った』などと言いながら、しきりに頑張っていた参加者をけなしている。

白山は、メモを見ながらその参加者をピックアップし人数を数える。


「その辺にしておいたらどうだ? この訓練は協調性を見ると言ったが、お前は失格だ。さっさと帰れ」


 そう言って、手を抜いていた者や罵っていた者達の肩を叩き、白山はそう告げてゆく。

その中には白山に食って掛かる者も居たが、あっさりと制圧され騎士団員が連行されていった……



 そんな様子を見ていた他の参加者達は、ようやく息が整ったように体を起こし、その様子を眺めていた。

それによって五七名の居残った参加者に白山はもう一度声をはりあげて告げる。


「諸君らは、選抜訓練を生き残った。 だが、これは最初の関門だ!

これから訓練を通じて、適正がないと判断された者は、容赦なくふるい落とす。


 運動の時間は終わりだ! 各組ごとに本部に移動しろ。井戸を使って汚れを落としたら、食事だ。

その後は、身体検査と面接を受けてもらう」



 そう告げた白山は、参加者達を先導して本部前に進んでゆく。

井戸の前で汚れを落とさせた白山は、休む事なくそのまま次の準備にとりかかる。


 倉庫から兵士の手を借りて、重量感のある段ボール箱を出してきた白山は、その箱を開封すると中にあるタブを引っ張る。

すると一呼吸置いて、ダンボールから水蒸気が上がり、熱を発し始めた。


 UGR E と呼ばれるグループ用レーションだった。

このレーションは多人数で、主食など四つの大きなトレーと食品、そして食器類や副食の菓子などが一纏めになっている。

進行速度が早い米軍では、炊事車や補給が追いつかない場面でも、温かい食事が取れるように、こうした効率的なレーションが開発されているのだ。

盛大に水蒸気を上げるダンボールを横目に、白山は井戸の近くで体を洗う候補者達に声をかける。


 体調不良者はいないか? 怪我をしたものは居るかと、一人ひとりに声をかけてゆく。

先ほどまでのギャップに戸惑い、そして曲がりなりにも貴族である白山からかけられた声に、緊張しながらも口々に問題ない旨を伝える。


 ある程度の体の手入れが終わった時点で、白山は食事の準備を手伝うように伝え、それに従って参加者達が目の色を変えた。

長いテーブルを出した白山は、水蒸気で十分に温まったプラスチックトレーを並べると、ナイフで開封してゆく。


 途端に、周囲に良い香りが漂い始め、騎士団の兵も参加者達も、興味津々と言った表情でその光景を眺めていた。

交代で配膳するように伝えると、白山は手本を見せて配膳の仕方や、トレーの使い方を教えてゆく。

食に関する事は、時代も国の東西も関係なく、食欲という本能が人間を突き動かす。


 先程までのギスギスした空気や緊張はほぐれ、周囲にはだいぶ親近感に似た、やわらかな空気が流れていた。

紙製のトレーに盛られた、如何にも米国風な食事も、この世界では違和感が無いようで、その豪華さに驚いている。

副食で付けられたチョコの小袋を先に開き、それを口に含んで周囲の者とその甘さに感動している者もいた。


そんな和やかな空気の中、午前中の激しい運動の疲れも癒えていったようだった……



 午後からは、簡単な面談と身体検査が行われた。

医療水準が発達していないこの世界では、些細な怪我や病気が命取りになる事も多い。

ましてや作戦中に病気や後遺症が原因で、任務を失敗する訳には行かないのだ。


 しかし、残念な事に虫歯や骨折の自然治癒による四肢の変形などで、三名ほどが脱落してしまう。

ここまで来て激しい試験にも耐えたが、脱落してしまったある青年は、涙を流していた。

先程までの厳しい蹴落としとは違い、白山は肩を叩きながら励まして、彼を送り出してやった。



 そうして行われた面接で、大体の出身や身上がデータとして白山の手元に残る。

半数は平民出身で、農家や街の出身などで少数の冒険者が混じっていた。

残る半数は貴族とその従僕で、その数は半数以下に減っており、午前の訓練で弾かれたのは、やはり貴族出身者が多かった。


白山は、残った五十三名の面々を講堂に集め訓示を行う。



「まずは、本日の試験ご苦労だった。

諸君らは今日の選抜をくぐり抜けた。それは誇っていい。


ただ、今日は入り口に過ぎない! 今後の訓練でも厳しい事や辛い事は多々課せられる。

しかしその時は今日の連帯感を思いだせ。 仲間とともに乗り越えろ。


訓練は、三日後から開始する。

それまで家に帰りたい者や支度がある者は済ませてこい。 行く宛のない者は、兵舎での寝泊まりを許可する。

訓練が開始されれば、外出は許可制になる。別れを済ませたい者には会っておけ」



 そう言って、参加者を解散させた白山は、入隊者の書類をかかえ、本部に設えた隊長室に向かって歩いて行った……




******



訓練が開始されて二週間が経過していた……


 当初は二〇名の予定が、思わぬ横槍から五十名に増員された訓練生達……

厳しい環境で育っているせいか適切な食事を与え、しっかりと運動させる事で、飛躍的にその身体能力を伸ばしていった。


 選抜訓練の頃には、すぐに顎を出していた障害コースも今ではタイムをいかに短縮するかまでに成長していた。

しかし、そんな訓練生達の成長とは裏腹に、白山は多忙を極め、更に訓練プログラムの遅延に頭を悩ませている。


 白山は訓練生達の教育の他に、他の軍団への戦術指導関連の書類作成や、王宮とのやりとり、出資金の決済など、隊長としてのペーパーワークも相当な分量に増えている。

更に、白山が二十名に訓練生の上限を設定したのは、白山が目の届く人数はそれぐらいが精一杯だったからだ。


 しかし、訓練生達を休ませる訳には行かず毎日訓練を実施しているが、どうしても白山が訓練を見るチームと、それを見学するチームの偏りが発生し、見学の比重が増えてしまう。

それでも訓練の水準は落とせない為、必然的にひとつのカリキュラムに時間がかかりすぎるのだ。


 また、現代兵器を扱う上で必須となる、基礎的な算数や科学などを教えるために、午後の後段を夕食までの時間、勉学に割り当てている為、その遅れはどんどん大きくなる。


 その為苦肉の策として、隊を分割し基礎的な筋力トレーニングやランニングを割り当てているが、皮肉にもそれが飛躍的に訓練生達の体力を伸ばしていた。


 それに加えて訓練準備や後片付けなど雑務も多く、如何に白山といえど昼夜に及ぶ訓練と書類仕事は、オーバーワークになっている。

流石に一週間程は持ち前の体力で乗り切っていたが、二週間を経過すると些細なミスが増え始めていた。


 リオンにも準備や書類仕事を手伝ってもらっているが、それでも仕事の分量は一向に減らず、それどころか徐々に増えてゆく。


 少ない睡眠時間を削り深夜まで書類と格闘し、訓練生の起床前に訓練の準備を整えるべく訓練場所に向かう…… そんな日々が続いていた。


 割り当てられた書類の整理をしながら、心配そうにリオンが白山に視線を送るが、白山はその視線に気付かず、目を瞬かせながら書類を捌いていた。


「リオン…… この書類を王宮に頼む」


 書類に目を落としたまま、書類の束を机の脇に押し出した白山は、大きく息を吐くと次の書類に取り掛かる。


「あまり、ムリしないで下さいね…… すごく疲れた顔してますよ」


 リオンは書類を受け取りながら、そう言って白山の肩を優しく揉んだ。

ようやくペンを置いた白山は、リオンの気遣いに体の力を抜き、ほんの少しだけ休憩する。


「ありがとう…… 今は産みの苦しみだよ。 これを乗り切れば、一息つけるだろう……」


 目を閉じながらそう言った白山は本人も気づかないうちに、意識を手放していた。

聞こえてきた小さな寝息に、リオンはそっと手を離すと、毛布を白山の肩にかける。


 如何にリオンの前だろうと、これだけ無防備な姿を見せるのは、これまでの白山にはあり得ない事だった。

後ろから優しく白山の背中に寄り添ったリオンは、そっと白山の頬にキスをする。


 少しだけ顔を赤くしたリオンは、隊長室を後にして書類を持って王宮に向かった。

そっと自分の指を口元に持って行き、そこに初めて触れた白山の頬の感触と、疲れた仕草を思い出す。

複雑な心境を抱えたままリオンは馬を駆り、王宮に向けて夕暮れ時の街道を走り出して行った……



******


 裏道を駆使して王宮に着いたリオンは、顔見知りの門番に会釈し正門をくぐる。

迷彩服を着ているリオンの存在は、既に王宮内では白山の護衛として認知されており、問題なく王宮に入れる。


 そうして、目的地である宰相の執務室に書類を届けると、白山の着替えを取りに、屋敷に寄ろうかと思いながら、リオンは王宮内を門に向けて歩いていた。

すると、少数の侍女を従えたグレース王女がこちらに歩いてくる。

その優美な姿は、これから晩餐会にでも出向くのだろうか……


 壁際に身を寄せ、わずかに頭を下げたリオンは、白山の寝姿を一瞬だけ思い出した。

グレースの知らない白山を知っている事に、少しだけ嬉しさを覚えたリオンだったが、無論それを顔に出すことはない。


ふと、通過すると思われたグレースの足がリオンの前で止まる。


「ホワイト様は、どうしていらっしゃいますか?」


 思いがけずグレースに話しかけられたリオンは、どう答えるべきか思い悩んだ。

ここで実情を話すべきか、それとも当たり障りない答えを述べるべきか……


白山の寝顔と、疲れた顔が交互に思い出され、その想いが逡巡を生む。


「何か……あったのですか?」


 少しだけ顔を上げたリオンの視界に、心から心配そうな表情を浮かべたグレースの顔が映る。



「実は……」


 リオンの口調に、何かを感じ取ったのかグレースは侍女達が時間を気にすることも意に介さず、すぐに別室へリオンを誘った…………


ご意見ご感想、お待ちしております m(_ _)m


UGR Eについては、こちらをご参照下さい(pdf注意)

http://militaryfood.org/newsite/wp-content/uploads/2012/10/F12_SessionVI_UGRDev_Durkee.pdf

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