募集と障害と泥と丸太
白山達が傅かれる生活に慣れず、夕食後フォウルに今後の生活について意見を述べた所、その旨を認めてくれる。
何とか食事のレベルや生活についてすり合わせを行い貴族的な生活と、簡素な白山達の日常を上手く組み合わせてくれると約束してくれた。
私室でゆったりと食後の余韻に浸っていた白山達は、そうした会話を交わし、徐々にではあるが生活スタイルを戻してゆく事にする。
フォウルは今後、屋敷に来客があった場合も考え、ある程度は貴族の様式にも慣れて貰わなければ困ると、チクリと釘を差してきた……
苦笑しながらも、その提案を聞いた白山はどうやってこの短時間に、あれだけの使用人を揃えたのかと質問してみる。
すると、成程と思わせる確かな経験によって達成された仕事だった。
メイド長は、旧知の間柄であったとある貴族家の経験豊かな者を引き抜き、その伝手から三人を揃えたそうだ。
残りのメイドに関しては、フォウルが王都で宿泊していた宿屋の女中を、見習いという形で雇い入れる。
調理人に関しても、元はマクナスト伯爵の料理人だった男が、事件以前に王都で店を開こうと旅立った。
しかし、資金の問題から食堂で働いていた所を誘い、その食堂からもう一人を雇い入れる。
庭師に関しては、なんとクローシュ商会から招き入れたそうだ。
その話を聞いた白山は、給金についてはどうなっているかと、フォウルに尋ねる。
法外な料金で誘いを入れたり、逆に少ない給金ではないかと少し心配になったからだ……
フォウルならば、そうした心配は無用だとは思うが、雇用主は自分なのだからある程度は把握しておかなければならない。
そう考えた白山は、どの程度の給金で雇用したのかを聞いてみた。
「ふむ…… お館様が気になさる程の事ではありませんが、そこまでおっしゃられるのでしたら……」
そう前起きして語りだした給金は、それほど高くない。
むしろ想像していたよりも、ずっと低い物だった。
メイドたちは経験に応じて、メイド長が月に銀貨八枚、その他のメイド達は銀貨五~三枚、調理長はそれより少し高くメイド長と同じ八枚……
もう一人は、五枚だという。
これは、住み込みである事と周辺の相場がこの程度であるとフォウルが教えてくれる。
この国で一年生活するのに必要な金額は、およそ金貨一枚と言われている。いくら住み込みといえ、少し低いのではないかと思った白山は、その点を尋ねる。
すると、住める場所と簡素ながら食事も出る。その上給金まで出すのだから、問題ないと答えが返ってくる。
白山はその答えを聞き少し考えてしまう。
実は、今回の軍設立にあたり給金や待遇を考える必要があり、他の軍団の内容を下敷きに考えたのだが、そこでも現代とのギャップに考えさせられていた。
休日の概念がなかったり、極端な給金の格差や労働基準など、どこ吹く風といった状態なのだ。
しかしあまり待遇を良くすると、今度は他の軍団都の格差が開く為、その点についても段階的に改革を実施しなければならない。
実に頭の痛い問題なのだ……
軍の改革を実施する立場の人間が、家人の給与や待遇を軽んじていると言う事は、貴族派などに付け入る隙を与えてしまう。
とりあえずは、少し経費がかかっても良いので、フォウルには家人の待遇を上げ、交代で月に二度休日を与えるように指示した。
それを聞いたフォウルは、たいそう驚いていたが先の事情を説明すると納得したようにそれを承知してくれた……
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大きく書かれた立看板には、王立戦術訓練団 募集会場と書かれている。
朝もやの中、気の早い男たちはそれぞれの思いや志を胸に王都郊外にある『ファームガーデン』の門扉を潜ってゆく。
その会場に掲げられた荒い紙に刷られた募集要項には、下記の文言が書かれている。
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15~25歳の男女
王国に住む身体健康な者
身分の貴賎については不問
身分保障を地域の長ないし、しかるべき身分の者から受けた者
衣食住を保証 及び指定された階級・技能に応じて給金を払う事とする
尉 年 金貨一枚以上
曹 銀貨五十枚以上
士 銀貨 二十五枚以上
その他接遇に関しては、軍規により定める通り
月6日の休日を保証する
入団を希望する者は、親衛騎士団の詰所に届け出るように
軍団長 ホワイト子爵
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そう書かれた紙は、王都周辺の街や村そして親衛騎士団の詰所などに張られ、道を行き交う人々はその内容にそれぞれの感情を抱きながらそれを目にしていた。
ある者は、軍にしては良すぎる待遇に疑問を抱き、またある者は鉄の勇者の名前に、興奮した表情でそれを眺めている。
そして、当日集まった市井の候補者達は、所定の手続きの後ファームガーデンの本部の講堂に集められていた。
周囲には白山が、人数整理や応対のために借り受けた二十名の親衛騎士団員が周囲に立ち、受付を行っている。
参加者達は、集まった講堂で提出する書類を書かされ、声が掛かるまでこの場で待機するように言われるが、それ以外の説明は一切なかった……
しきりに辺りを見回す者や不安げに下を向く者、逆に自信満々で胸を張り周囲を威嚇する者など、個性的な面々がチラホラと講堂に集まっていた。
静かなファームガーデンに重低音を響かせながら、白山の高機動車が滑りこんでくる。
昨日から基地に泊まりこみ、最後の準備を行っていた白山は、これから行う選抜訓練の最終準備を終え、参加者たちの前に姿を現したのだった。
王都に住まう者はその車両の威容を稀に見たり、その話を聞いた事がある者も多いが、近隣の町村から出てきた者などはそれだけでどよめき、高機動車を凝視する。
白山とリオンは、そんな視線を気にする様子もなく、本部へと足を運んだ。
「朝二番の鐘が集合の刻限だったな……」
その言葉に、リオンが頷きおよそ一時間後に迫った訓練の開始に意識を向けていた。
本部に入った白山の目に、何やら騒ぎが目に留まる。
見れば、如何にも貴族と言った若い男達が、受付をしている親衛騎士団の兵士に詰め寄っている様子だった。
「何をしている?」
白山は、真っ直ぐにその集団を見据えて近づくと抑揚の少ない低い声で問いかけた。
その声は感情を感じさせない冷たい声で、その声に騒ぎを起こしていた貴族風の男達がたじろいだ。
「ホワイト子爵殿! これは一体どういう事ですか!」
集団の中で少し身なりの良い男が代表して白山に声をかける。
それを一瞥した白山は、確かどこかの貴族の次男坊だったなと、記憶を思い返す。
「何か問題でもありましたかな?」
白山は、何も事情を知らない親衛騎士団の兵士とその間に割り込むと、その男達を入口付近から引き離す。
すると、それで後ろから受付を躊躇っていた人間がチラホラと顔を覗かせる。
少し講堂の入口から男達を引き離した白山は、事情を聴き始めた。
「問題どころではありません。何故、私達貴族の子息が、平民と同じ部屋で待たされなければならないのですか!」
それを聞いて、心の中で苦笑した白山はガラリと口調を変え、男達を睨みつけ怒鳴った。
「表の募集要項が見えんのか? 身分の貴賎については不問との一文が読めなかったのか?
ここは軍人としての適正を見て、我が軍団に相応しい人物を見出す場所だ!
身分の貴賎は一切関係がない!
貴族だというなら、それに相応しい素養を見せてみろ。 もしこの待遇が気に食わんなら…… 出口はあっちだ!」
本部の入口を示す白山の迫力に、一部の貴族達は、すごすごと本部を後にして、それ以外についてはおとなしく講堂に戻っていった……
「まったく、先が思いやられる……」
珍しく、小言を吐いた白山は、ポツポツと講堂に入ってくる人間を見て意識を引き締める。
今日だけは、R<レンジャー>助教並みの迫力で、試験を行うと予め決めていたのだ。
隙を見せて侮られては、今後に差し支える。
そして、遠くで鳴り響いた朝二番の鐘を聞き、ゆっくりと白山は講堂に入っていった……
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「諸君! 本日はよく集まってくれた!
この部隊を指揮することになるホワイト子爵だ。 ここに集まってもらったのは他でもない。
新設される我が隊に相応しい人間を選抜するためだ!
ここまで来て怖気づいた者は去れ! それ以外は受付で渡されたタスキを掛けて、本部前に集合しろ!」
ビリビリと響く白山の怒鳴り声に、参加者たちは一瞬、身を固くしたが慌ててタスキを引っ掴むと外に駆け出す。
参加者には受付の時点で、数字の書かれたタスキが配られており、それで参加者を管理する事になる。
白山は、モタモタしている参加者に発破をかけて急がせ、常にプレッシャーを掛けさせる。
「帰りたくなった奴は、すぐに申告しろ! タスキを返してそのまま帰れ!」
手を叩いて、急がせる白山は鋭い視線を参加者に浴びせ自身も小走りで本部前に急ぐ。
「よし、向こうを見ろ! 煙が昇っているのが見えるか?
あそこが折り返し地点だ! あの煙の地点に印が置いてある。それを取ってここまで戻ってこい。!
印を持っていなければ、無効だ! 間違ってもズルや不正は許さん!
それとな……」
そこで言葉を切った白山は、ニヤリと笑ってから最後の言葉を吐く。
「印は一定の数しか無いからな! 早く行け! 早い者勝ちだ!」
その言葉に反応したのは、やはり市井の男達が素早く反応し、逆に貴族出身者は『何故自分達が……』と言う思いから反応が遅れる。
皆が一斉にかけ出したのを見て、大きく息を吐き肩の力を抜いた白山は、双眼鏡を手に小さくなる参加者の背中をじっと見つめていた。
およそ、三キロのランニングを参加者達は必死になって走る。
中には、喧嘩まがいに先を争っているが、そうした人間は後ろから白山の双眼鏡で監視されている事を知らない。
そうした人間を選別しながら、白山はじっと待っている。
およそ二十分程の時間で皆が戻ってくるのを見ながら、白山は非情な裁きを下してゆく。
「そこのお前、それとお前、それからお前だ……
ご苦労だったな。帰っていいぞ」
牧草地のような障害物の少ない地形は、容易に双眼鏡での識別を可能にする。
それを知らない男は、白山に食って掛かるが、目配せをした親衛騎士団の兵に取り押さえられて、連行されていった。
「よし、次はこっちだついて来い!」
白山は、十数名が脱落した参加者を引率し、ハイペースでランニングを開始する。
そのペースに、三キロを走りぬいた参加者達は、必死になって喰らいついて行く。
一キロほど走った白山は、後ろを振り返り参加者達の到着を待つ。
速いペースではあるが、荷物も何もない『クリーン』な状態である為、特段呼吸に変化もない。
やっと辿り着いた参加者達は、肩で息をする者やその場でしゃがみ込む者など、かなりグロッキーな様子だった。
「よし、そこに小さな丸太がある。 各自一本ずつ持て!」
白山は、顎をしゃくり整然と並べられた拳ほどの太さの丸太を示す。
それには、釘で帯が着けられており重さ的にも長さも小銃を模したサイズになっている。
緩慢な動作で、それを握った参加者達はその重さに喘ぎ、そして次に何が始まるかのかと不安げに白山に視線を投げかけていた。
「よし、ここから先に障害が設置してある。順路は看板を見ろ!
よし、行け!行け!行け!」
再び発破をかけるように、手を叩きながら参加者達に前進を促す白山の姿は、参加者にとっては鬼にも見えるだろう。
そして、ゆっくりと白山も参加者の横を小走りに並走しながら、各種障害の様子を確認しに動く。
最初の障害は、丸太で組まれた一本橋だった。
両脇は周囲から流れる小川を引き込み、小さな池になっている。
すでに、バランスを崩して池に落下している人間も何人か居るようだ。
「落ちた者は、順番待ちの最後尾に並べ! 横入りするな! 失格にするぞ!」
白山の声が響き、底の泥がかき回されて沼と化した水の中で、必死に列に並び直す参加者達。
それを横目に見ながら、白山は次の障害に走る。
次はロープ登攀で四メートル程の高さの壁に、太い綱が垂らされており必死に参加者はそれを乗り越えてゆく。
背中に回した丸太が暴れ、参加者は思うように綱を登れず悪戦苦闘しているが、この障害の怖さはその先にあるのだ。
登り切った先にも、同じように綱が垂れており、そこを伝って降りなければならない。
落下しても良いように、地面は砂が敷き詰められているが、滑る手で必死に綱を握らなければならないのだ。
「綱の下には入るなよ! 落ちてきた奴に巻き込まれるぞ!」
そう言いながら、途中で落下をこらえている参加者を煽る。
「ほら、根性見せてみろ。 どうした?それで終わりか!」
そんな掛け声をかけながら、次の障害に目を配る。
そこには、無限に連なるかに思える凹凸の群れが存在する。
塹壕を模した深い空堀に、背丈ほどの塀が連続して存在し、体力を使い果たした参加者達は、これまでより低い壁を乗り越えられずにいる。
そしてこれを超えれば、雲梯と泥水の中を匍匐で這いずる為の、針金の低い天井が待ち構えている。
そうしてドロドロとなった参加者達を見ながら、ゴールで参加者を待つ。
息を切らし、その場に仰向けに倒れこむ参加者や胃液をまき散らすものもいる。
そんなゴールの阿鼻叫喚を見ながら、参加者達に柄杓やコップで水を飲ませた白山は、最後の参加者達が到着するのを待っていた。
途中脱落した者や、最後尾付近の人間を切り捨てた白山は、到着順に参加者を均等に分け、六個の十名一組のグループに分けさせる。
ようやく息が整ってきた参加者達は、その意図が判らず泥だらけの体を引きずって、同じチームの参加者達を眺めていた。
そこで、白山は周囲を見渡すと、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。
「諸君、ここまでは個人の資質を見た。 ここからはチームとしての連帯感を見る!
範を示してグループを引っ張れ! 協調して目標を達しろ!
最下位の組は、脱落する! この組は、諸君らの体力順に均等に組を分けた! 言い訳は聞かん。結果を示せ!」
その言葉に、ザワザワと困惑する参加者達に白山が気合を入れる。
「返事はどうした! 声も出ないほど弱ってるのか?」
『おーぅ!』
バラバラでどこか気恥ずかしい様な返事が返ってくるが、再度白山が活を入れる。
「聞こえんぞ! 肚から声を出せ!」
『おおーっ!』
ようやく気合の入った声が聞こえ始めた声に、頷いた白山は、背後を指で示す。
「良し! その気合に褒美をくれてやる。 各組、後ろの丸太を取れ!」
白山の笑みと対照的に、参加者達の顔は、泥で汚れてはいるが明らかに青くなっていた…………
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障害コースについては、こちらをご参照下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=7XJu-2E7RT4