番外~ 勇者の絵本と鳶色の瞳
暖炉で燃える薪は、時折パチパチと爆ぜながら部屋を温め、冬の厳しさを和らげてくれる。
そんな冬の夜に、少女は母親に物語をせがむ。
刺繍をしていた母は、ゆっくりと微笑み肩に掛けた上掛けを羽織直すと、安楽椅子から立ち上がる。
絵本を胸に抱いて母を待つ少女は、その鳶色の瞳を母親に向け、満面の笑みをこぼしながら、ソファに座った足を躍らせていた。
「貴方は、本当に勇者様のお話が好きね……」
少女の隣に腰掛けた母は、少女から絵本を受け取ると最初のページを開いた。
「昔々……」
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昔々、この大陸には三つの国があり、勇気がある王様、強い王様、魔法の上手な王様が、それぞれの国を治めていました。
仲の良い王様達は、争いもせずそれぞれの国を助け合いながら平和に暮らしていたのです。
「王様たち、ばんざい!」
平和な暮らしができる民たちは、王様たちをたたえて、楽しく暮らしていました。
ところがある年の秋に、南にある強い王様の国で実り始めた作物が、枯れ始めて民たちは困り果ててしまいます。
民が困っている様子を見た、強い王様は兵達に作物が枯れた原因をしらべるように、命令しました。
しかし、いつまでたっても兵たちが帰ってこないので、王様はたくさんの兵隊を送り込み調べることにします。
すると、しばらくして何人かの兵たちが、傷つきながら戻ってきました。
「いったい何があった!」
王様がわけを聞くと、苦しそうな兵士は小さな声で答えました。
「魔王があらわれました」
そして、そう言うと答えた兵士は死んでしまいました。
兵が死んだことに、悲しみそして怒った王様は、もっとたくさんの兵隊をつれて、魔王に戦いをいどみます。
強い王様は、自分の力なら魔王を倒せると思いましたが、不思議な魔王の力で兵は傷つき、王様は敗れてしまいます。
そんな話を聞いた魔法の上手な王様は、仲の良い、強い王様のかたきを討とうと、魔王にいどみました。
しかし、魔王の手下はどんどん数が多くなってゆき、魔王にはかないません。
勇気がある王様は、そんな王様たちの話を聞いて、どうするか考えました。
勇気のある王様は力も強くありませんし、魔法も使えません。
それでも魔王を倒すために、いっしょうけんめい考えました。
そして、勇気のある王様は二人の王様に声をかけます。
「みんなで一緒に戦えば、魔王を倒せるかもしれない」
勇気のある王様のその言葉で、三人の王様たちは力を合わせて魔王にいどみます。
魔王といっしょうけんめいに戦った王様たちは、あと一歩のところまで進みましたが、どうしても魔王にたどりつけません。
困った王様たちは、どうしたら良いか考えます。
そして、みんなで話し合って、魔王を倒せる勇者を呼び出す事を考えだしました。
力の強い王様が、がんばって地面に魔法の絵をかいて、魔法の上手な王様が魔力を出しました。
「勇者さま、魔王を倒すのに力をかしてください!」
勇気のある王様が声をはりあげてお願いすると、空から星がふってきて、一人の勇者があらわれたのです。
「私をよび出したのは、君たちかい?」
勇者がそう聞くと、王様たちはうなづいて魔王のことを話しはじめました。
その話をきいた勇者は、王様たちと魔王を倒すために、戦うことにしたのです。
勇者は勇敢に戦い魔王にいどみますが、魔王に逃げられてしまいます。
すると勇者はいいました。
「魔王を倒すには、仲間と武器がないといけない」
それを聞いた王様たちは、たくさんの本を読んで魔法をしらべると、魔法の上手な王様が勇者の鏡に願いを込めました。
するとふしぎな光が鏡をつつみ、異界の鏡になりました。
勇者はさっそく、異界の鏡で仲間を呼び出しました。
まだらの服を着た勇者そっくりの仲間達は、とても強く王様たちはびっくりしました。
更に王様たちを驚かせたのは、勇者が呼び出した鉄の杖です。
火をふく鉄の杖は、遠くまでとどいて魔王の兵をたおせるようになりました。
見たこともない魔法で敵を倒す、勇者とその仲間たちに、王様たちは勇気づけられます。
勇者は仲間とともに、魔王にふたたび戦いをいどみました。
魔王はおどろいて海をわたって、自分の城に逃げて行きました。
勇者と王様たちは、鏡から大きな船を出して魔王を追いかけます。
おこった魔王は、毒を流して力の強い王様の国を砂漠に変えてしまいます。
勇者たちが魔王の城にのりこむと、魔王は今度は勇気のある王様のお城を、燃やし尽くしてしまいました。
多くの人が死んでしまいましたが、勇気のある王様はいいました。
「ここで魔王を倒さないと、もっとたくさんの人が死んでしまう!」
涙をながしてそう言った王様の言葉に、勇者が答えました。
「魔王をたおして平和な国をとりもどすんだ!」
鉄の杖で魔王を倒した勇者と王様たちは、国にもどってそれぞれの王国を立て直します。
勇者は勇気のある王様の国に住んで、いっしょうけんめいにお城を作るのを手伝いました。
そうして小さなお城が完成すると、勇気のある王様はそこに引っ越します。
やがてもとのお城の場所は美しい湖になり、民は勇気のある王様と勇者をたたえました。
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「お姫様と結婚した勇者は、いつまでも小さなお城で幸せに暮らしましたとさ……」
すっかり寝息を立てる娘の金髪を、優しくなでた母親は優しく微笑むと、絵本をそっと閉じた。
抱きかかえた娘をベッドに寝かしつけた母親は、少し苦しそうな顔を浮かべると、小さく咳き込む。
少し離れた母は、水差しから水を注ぎ、傍にあった薬を飲み込んだ。
大きく息を吐き、呼吸を整えた母親に誰かが声をかける。
「顔色が悪いぞ…… 大丈夫か?」
言葉の主に視線を向けた母は、弱々しく微笑むとゆっくりと頷いた。
母親の隣に腰掛けた男は、顎ひげをさすると心配そうに、その鳶色の瞳を覗きこんだ。
「無理をしては駄目だよ…… ずっと、私とグレースのそばに居てくれ……」
そう言った声の主は、優しくその母親に手を重ねる。
それに答えず微笑みを保ったまま視線を合わせた両者は、じっと見つめ合う……
暖炉の火は、暖かなゆらめきを保っていたが、カタリと薪が崩れ、火の粉が煙突に吸い込まれていった…………
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