流星群とラップトップ ※
【注意】※は改定後の文章です
20××年 某国
迷彩色の高機動車は、バラキューを四方に展開して窪地の中でその姿を隠していた。
小高い岩山の中腹に築かれた観測所は、テロリストと目される日干しレンガの粗末な小屋を
24時間体勢で観測している。
夜も明けきらぬ早朝に煮炊きの僅かな煙が上った以外は、これといった動向は確認できていない。
かれこれ4日間 90時間近くを身じろぎもせず、4人の男が交代で僅かな兆候も見逃さぬよう、注視を続けてきた。
岩の割れ目に作られた観測所から一人の男が這い出してきた。
日本人としては少し大きい。元から痩せ型だったのだろうが、長年のワークアウトで鍛えあげられた筋肉が、引き締まった印象を与えている。
A-TACSと呼ばれる迷彩のコンバットシャツに、プレートキャリアチェストリグを胸につけた男は、砂漠の地面に同化するように塗られたM4を手に持っていた。
砂漠の夜は冷える。
日没の余熱が冷めた深夜は、気温一桁まで下がる。
男は、基地近くのテイラーで制作してもらった同じA-TACS柄のストールを羽織ると、観測所から少し離れた窪地に足を向ける。
目を細めて、注意深く窪地を進み高機動車にたどり着く。
高機動車に貼られたバラキューを揺らさないように注意しながらその下に潜り込むと、男は大きく息を吐きだし、ストレッチをして体をほぐす。
4時間近く、同じ姿勢を続けていたせいか節々が悲鳴を上げている。
背中のハイドレーション(水筒)から伸びるチューブを咥え、水分を補給し一息ついた男は、高機動車に備え付けられた無線機に手を伸ばし、衛星とのリンクを確認する。
「定時報告 動向なし 監視継続」 ここ何度か繰り返して送っている電文を打ち込んだ男は睡眠を取ろうと、泥で汚れた荷台に横になりバラキューの隙間から見える星空を眺めた。
「なんで、こんな所でこんな事してるんだろう……」
辛い訓練や単調な任務を繰り返していると、ついつい頭をよぎるこのフレーズが出てきた。
SFgp 特殊作戦群に入ってから、かれこれ6年か。
声に出さず見上げた星空を眺めながら漠然と思い返す。
さしたる考えもなく自衛隊に入ったが、適性があったのか
憲法改正があり国防軍に名称が変更され気がつけば、特殊部隊の隊員となっていた。
集団的自衛権が解禁となり、PKFが本来任務となると色々と紆余曲折もあったが、各国からの評価は高い。
これまでの海外派遣のノウハウを十全に発揮しているからだ。
今では年中、国防軍のどこかの連隊が海外にいる。CRR(中央即応連隊)などは、海外にいる時間のほうが長いとさえ言われている。
その中には、通称S 特殊作戦群も大きな変革を迎えていた。
PKFに派遣されている多国籍軍の特殊作戦タスクフォースに組み込まれ、テロリストの捜索・監視・捕獲を秘密裏に実行するようになり、その他にも、国防軍となってからは積極的な運用が徐々に開始された。
ベールに包まれた「S」の活動の中でも更に秘匿された活動は多岐にわたる。
裏では、すでに戦死者も出ているが、そうした事態はニュースとなる事はない。
「白山、用を足してくる。ポリタン取ってくれ」
男は白山から遅れて観測所から出てきた男は、埃にまみれたヒゲをさすりながら、小さな声で囁く。
「ついでに、脱出ルートの監視装置とクレイモアも確認頼む」
助手席の背中側に置かれたポリタンクとワグパックを渡した白山は、ニヤリと笑いかける。
「帰ったら、ビール奢れ」
塩素剤と少量の尿が入ったポリタンクを受け取った男は、笑い返してからバラキューをくぐる。
白山は、同僚の言葉に任務終了後のひとときの休息を想像して、時計に目を向ける。
あと30時間弱で撤収かと気を引き締める。
疲労が蓄積している。
先程頭をよぎったフレーズが出てくる様になったら、疲労が溜まっている証拠だ。
これまで、新隊員・演習・空挺・レンジャー・選抜過程・S教育課程と、徐々にフレーズが出てくるまでの感覚は、長くなってきているが、特殊部隊員といえど人間だ。
疲れれば、判断ミスも出てくる。
少し休むか……
改めて、荷台に横になった白山はM4を抱き、眼を閉じる。
疲労で少し重く感じる体から力を抜き、少しでも眠ろうと息を吐いた。
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石造りのお世辞にも瀟洒とはいえない質実剛健な西洋風の城
宮廷魔術師である初老の男は、紫の絹布で包まれた古びた本を胸に抱き
ランプを片手に地下へと通じる螺旋階段をゆっくりと降りていった。
階段を降りきった先は、短い廊下となっており槍を掲げる兵士2名が左右に立ち
何人も立ち入らせぬよう静かな威厳を持って見張りを行なっている。
「少し、早かったか……」
一人つぶやいた宮廷魔術師は、わずかに響く複数の足音を背後に聞き、後ろを振り向いた。
一見して貴族然とした2人の男が供を従えて階段を降りて来ていた。
「サラトナ殿、トラシェ殿、ご足労お掛け致しました」
先頭を歩く2名はわずかに頷くと、年かさの貴族が口を開く。
「それが、例の古文書かね?」宮廷魔術師が胸に抱く、紫の包を見て目を細める。
「はい、宰相殿。先日王宮の図書室を修復していた際、壁の中から発見された古文書ですな」
「ふむ……」と、小さく返答した宰相は、門番の兵を一瞥すると口を開いた。
「詳しくは、中で伺うとしようか」
やや、年下の貴族に頷いて見せた宰相は、胸元から鍵を取り出す。
「トラシェ財務卿、個別鍵をお願い致しますぞ」
トラシェ財務卿は、神妙な顔つきで頷き返すと細い鎖でたすき掛けにされた鍵束を、一本ずつ確認してゆく。
やがて目当ての鍵を見つけると、1本の大柄な鍵を撚り出した。
「宝物庫の兵に確認する。レイスラット国王より出された命令書と、正当な証である文様の鍵を示す」
サラトナ宰相が重厚な門に立つ兵に対して、サラトナ宰相とトラシェ財務卿が1本の鍵、そして宮廷魔術師が一枚の羊皮紙を示す。
無論、二人の兵士は王宮勤めが長く三名の顔をよく見知っているが、これは定められた手順だった。
宮廷魔術師から差し出された羊皮紙を受け取った兵士は、宰相と財務卿が示す鍵の文様を確認し大きく頷く。
「文様を確認致しました。お通り下さい」
重厚な金属鎧を鳴らしながら、扉の左右に退いた兵は槍を胸元に引き付け敬礼を示す。
一歩前に出た宰相は、自身の持つ鍵を鍵穴に差し込んだ。
ガチャリと言う音が扉から響き、鉄で補強された重厚な木製扉は、その戒めを解かれた。
「では、参りましょうか」
宰相を先頭に、財務卿と宮廷魔術師がそれに続く。
重厚な扉の奥は、僅かな蝋燭の明かりに照らされた細長い廊下で、左右に独特の文様が描かれた扉が、一定の間隔で並んでいた。
「……ここ、ですな」
国務大臣としては控えめな態度を取る財務卿が、扉を一瞥してからつぶやいた。
財務卿が鍵を差し込みひねると、扉は静かな音を立ててわずかに開く。
少しだけかび臭い空気を感じながら、財務卿は扉を引き開ける。
石造りの10帖ほどの部屋の中、中央の奥よりにひとつの木箱が置かれていた。
「これが、異界の鏡ですか」
部屋のランプに火を灯しながら、財務卿が問いかける。
「早速、出しましょう。私も30年ぶりに目にします」
宮廷魔術師は、小さな机に古文書を置くと、木箱に手をかけて上蓋を厳かに開いた。
中から取り出されたのは、石造りの城には似つかわしくないプラスチックの大柄なケースだった。
ゴトンと、机の上に置かれたプラスチックケースを慎重な動作で開け放つ。
中から現れたのは、四隅をプロテクターに守られたラップトップPCが、金属の表面にランプの
光を微かに反射している。
「此度、発見された古文書は約100年前に起こった王国動乱の際、現れた勇者が携えていたと記されておりました」
2つに折り畳まれた本体を、少し伸び気味の爪でラッチを苦労しながら開く宮廷魔術師は
解読された古文書の内容を空で、語り続ける。
「この異界の鏡は、勇者が用いた召喚の魔法具であり、選ばれた者しか扱うことが出来ないと記されております」
ラッチを解除して筐体を開いた魔術師は、宰相と財務卿に向けラップトップを回転させ、その姿を確認させる。
「今回解読できた内容では、勇者が再び必要となった場合、異界の鏡はそれに呼応すると書かれています」
顎髭をさすりながら、黙って宮廷魔術師の話を聞いていた宰相は、顔をしかめ口を開く。
「北に帝国、東に皇国。例え伝説であろうが、少しでも戦力となるなら藁にも縋るべきか」
大きなため息を吐いたサラトナは、備え付けの椅子にどっかりと腰を下ろし、宮廷魔術師に顎をしゃくった。
サラトナの苦渋に大きく頷き同意した宮廷魔術師は、古文書をめくり目的のページを開きラップトップと比較する。
100年経っているとは思えないラップトップは工業製品特有の無機質な存在感を示しており、キーボードには
多少ではあるが、使い込まれたと思しき艶で薄く光っている。
現在の文字とは違う古代文字で書かれた古文書にあるとおり、電源ボタンを長押しする。
バッテリーはどうなっているのかと、現代人の感覚からすれば不思議ではあるが、冷却ファンの回転音
とともに、液晶が息を吹き返す。
しかし、OSが立ち上がる様子はなく黒い画面にグリーンの文字で、下記の文が示されていた。
【前所有者が消失しました。新しい所有者を召喚しますか? ○Y-1 N-2 30-】
宮廷魔術師が顔をしかめる。
古文書には、OSが立ち上がった画面が記されているが明らかに違う画面に戸惑いを隠せない。
「おかしい、記述と違う……」
その様子に気づいたサラトナとトラシェが立ち上がり、宮廷魔術師に近づく。
二人は、古文書と画面を交互に見比べ、訝しむ。
そうこうしているうちに、右端に表示された数字のカウントダウンが刻々と減っていく……
「どうなっているんだ?」サラトナが宮廷魔術師に尋ねる。
「判りません。古文書にはこのような記述はなかった」
重苦しい空気と静寂が続く……
液晶画面の数字が0になった所で、カリカリとハードディスクが動く音と共に新たな文字が画面に現れる。
【召喚を実施しました 座標ランダム 電源をシャットダウンします】
不意に、液晶画面が黒くなり、音が止む。
慌てたのは宮廷魔術師である。
古文書の内容を解読し、王の前で自信たっぷりに説明してようやく裁可を取り付けたのだ。
更に、この場にいるのは王を支える宰相と財務卿である。
震える手で、もう一度電源を入れ直すが、無常にもラップトップが反応を示すことはない。
【新たな所有者が召喚されました。所有者以外の使用は許可されていません。 シャットダウンします 】
この文字が現れ、無常にもラップトップは立ち上がらなかった。
「もうよい…… やはり、伝説は伝説であったか」
ラップトップを見つめていたサラトナは、溜息とともに椅子に座り直す。
「英雄譚に出てくる勇者に会えるかと、少し期待したのですがね」
サラトナの様子を見ていたトラシェは苦笑を浮かべながら、宮廷魔術師の肩に手を置く。
「待ってくれ! きっと何かがあるはずだ!」
狭い地下室に宮廷魔術師の声が反響する。
「終わりだな。暫く自宅にて謹慎しておれ…… 王が帰還されたならばこの件は報告する」
サラトナの無情な一言が、地下室に再び静寂をもたらす。
その日のサラトナの日記には、「勇者召喚は失敗」と短く記されていた……