本編
「なんで……?」
どうして、こんなことになっているのだろう。私は今まで何のために、あんな辛いことをしてきたのだろうか。私の周囲には私の偉業を祝福する人々で溢れている。みな、一様に明るい顔をして、私の名を大声で叫び、讃えている。そして私の旅に付いてきた者達は誇らしげに私の背中を叩き、群衆に手を振り返している。
私と彼らが成し遂げた事を思えば、当然の光景だ。訝しむことなどない。今が人生最高の瞬間であると言ってもいいはずだ。
それでも私は馬上で口を開けて呆けていた。
常人よりも遥かに優れている私の目には、有り得ないものが見えていたから、喜ぶことなどできるはずもなかった。
それは、私が守りたかったもの。たった一つしかない命を危険に晒しても守りたかったもの。私の全て。私よりも尊くて愛しくて何よりも大切な私の光。それを見れば自然と笑顔になれた。醜くて穢れている私でさえ、綺麗なもののように思えた。沢山の初めてを私に教えてくれた。それを失いたくなかったから、私は旅に出た。
そうして、私は成し遂げた。誰もが不可能だと思っていたことを。私と彼らの旅路は物語となって末代まで語られるだろう。
人類が文明を失わない限り、語り継がれていくだろう。
そして、私の光は失われずに、私を褒めてくれるはずだ。確かに無茶はしたし、死んでいても可笑しくなかった。正直、最初は怒られるだろうと思っていた。でも拒絶されることはないだろうし、最後は苦笑いしながらも抱き締めてくれるだろうと、そう思い込んでいた。
今、この瞬間までは。
まだこの距離からは砂の城のような大きさにしか見えない城。その城壁には凱旋パレードの最後を飾るために、王族と私と旅の一行の親類が立っていた。そこには当然、私が何よりも大切に思っていたものも居た。私の光は瘴気に蝕まれ、後数カ月の命だと言われていた。だから私はその大本を倒すために旅に出た。衰弱した私の光を城に預けて。
いくら強い加護を持った私とは言え、本当に辛い旅だった。数多の魔物を切り捨て、時に人に裏切られ、時に人に救われた。
私は極度の人嫌いではあったが、そんな私の旅に着いて来た彼らは、信用している。そう、仲間と呼べるような人ができたのだ。この旅は、極度の人間不信に陥っていた私を成長させてくれた。
晴れやかな気持ちだった。初めての仲間。帰路では、行きの旅路が嘘のように、みな良くしてくれた。魔物のいなくなった街道では景色を楽しむ余裕すらあった。世界が、本当に輝いて見えた。
そうして、お伽噺にあるように、魔王を倒した勇者は幸せに暮らすのだ。私も幸せになれるのだと、一人未来に思いを馳せ、緩んだ顔を見た仲間にこの幸せ者がと揶揄されていた。
そんな未来が、もうすぐそこに待っているのだと信じていた。
今なら分かる。やはりお伽噺はお伽噺なのだと。
この国の王の後ろ、その影に隠れるようにして二人の人物が寄り添い合っていた。それは普通なら見逃してしまう様なほんの一瞬の出来事。二人は直ぐに離れ、何もなかったように前を向く。でも私は見てしまった。この国一番の、絶世の美女と評されるたおやかな姫と、彼が身を寄せ合う姿を。
……いくら一瞬とは言え、近くにいた者が誰も気付かないはずはない。そして私が彼を救うために旅に出たと言うのは有名な話だ。国民の誰もが知っている話だ。この国の、ましてや姫が知らないはずもない。そして姫であるからこそ、他人に仲を誤解される様な思わせぶりな態度などとるはずがない。
私が呆けている間にも、馬は進む。そうして城門を潜り、兵士達に城壁まで案内される。仲間達はまだ私の様子には気付いていないようで、一体どれほどの恩賞が貰えるのだろう、絶世の美女か山ほどの黄金か、と言っては、まったく俗物だねと他の仲間に窘められている。
どうして、誰も姫の行動に眉を顰めることすらしなかったのか。どうして、姫はそんな行動をしたのか。どうして、彼はあんな幸せそうな顔で微笑んでいたのだろうか。私にすら見せたことのない、そんな笑顔で。
気付いたら、私の前にはこの国の王がいた。何も思っていなくとも体は自然に動くようで、私は膝をつき、臣下の礼をとる。
そして私は貴族の称号を与えられ、王族に伝わると言う聖剣を下賜された。なんの力も持っていない、けれど精緻な細工がなされた美しい儀礼用の剣だ。
顔を上げる様に言われ、私はその場に立つ。そして予め定められていた通りに私は民衆の方を向き、剣を掲げ、魔王は打ち倒された二度と甦ることはないと宣言する。
爆発する歓声。新時代の幕開け、その瞬間。歓喜に涙する者もいる。ただただ叫ぶ者がいる。仲間は後ろで恋人や両親に抱き締められ、喜びを共に分かち合っている。
そして私にも、彼から声がかけられる。
「おめでとう、カレン」
いつもと同じ笑顔で、彼は私を褒めてくれた。そして私は、ほとんど無意識の内に、私に与えられた加護の一つを行使する。
その加護は、人の心の内を覗くことができる加護。日によって限りはあるものの任意で使用でき、私の危機を幾度となく救ってくれた強力な加護。今までその加護に感謝はすれど、疎んだことなど一度もなかった。
けれど今は、何故こんな加護を与えたのだと、そう叫びたい。
(カレン…どうして帰って来てしまったのだろう。別に魔王を倒してくれなくてもよかった。旅を諦めてどこかで暮らし
ていてくれればそれでよかったのに。そうしたら、傷付けることもなかったのに。でも、カレン。帰って来たのなら僕は言わなければいけない。そう、決めたから)
私は続けて、姫に対して加護を使った。
(カレン、英雄。彼の"元"の恋人…。ごめんなさい、カレン。私は酷いことをしました。彼を好きになってしまったのです。そして彼も…。ああ、貴女はどんなに傷付くことでしょう。どんなに私達を責めることでしょう。でも、私たちはそれを受け入れなければなりません。全て、私達がいけないのですから)
二人から流れ込む記憶。瘴気によって床に伏せる彼と、それを気遣う姫。そして月日が経つにつれて、二人の仲は狭まって行く。王族の姫という高貴な身分にも関わらずに献身的に看病をする姫。姫の優しさに心を寄せていく彼。そんな微笑ましい二人を見て絆されて行く周囲の人間。
何故あの時、城壁の上で寄り添う彼らを誰も咎めなかったのか?…彼らは知っていたのだ。二人の関係を。そして祝福していた。誠実な彼と優しい姫君の恋を。当然なのかもしれない。得体の知れない私よりも、自分達のお姫様の方を応援するのは。彼は没落したとはいえ、元々は由緒正しい貴族の家柄だ。私という障害さえなければ、二人はそう、結ばれるのだろう。
「ありがとう、ウェイ。あなたが元気になってくれて、とても嬉しい」
「うん。この通り、もう瘴気は僕の体に残ってないよ。君のお陰で、みんな救われたんだ。ほら見てごらん。みんな祝福してくれてるよ」
そう言って彼は城壁の下を指差す。城壁の下の広場には、様々な色彩を持つ民衆が所狭しと集まっている。私の目にはその表情まではっきりと分かる。父親の肩の上に乗り、こちらを眩しげに見てくる子供。平和な時代を喜ぶ恋人。仲間達と肩を組んで歓喜を叫ぶ人。本当に、色々な人達がいた。この人達みんなが、私と彼らが成し遂げたことを心から喜び、讃えている。
だけど、何故だろう。私の心は今までにないほどに冷えている。かつて、心がないのかと言われた私ですら感動するような光景なのに、心は何も反応してはくれない。
ああ、そうだ。一つ彼に確認することがあった。それが気に掛かっているから素直に喜べないのだ。彼からの一言さえあれば、私の心も溶けるだろう。
「ねえ、ウェイ。私やったよ。魔王を倒した。みんなと一緒にやり遂げた」
「うん。本当にカレンはすごい」
「えっと、だから、何か、ご褒美が欲しいな、と思ったり…」
「ご褒美?なんだい。僕にできることなら何でも言ってよ」
(君にこれから言わなければいけないことがあるんだ。だから最後に、君の望みを叶えてあげたい)
加護の効力のせいで聞こえてくる声なき声。
今、私は淵に立っている。今ならばまだ引き返せる。光のない穴の中に自ら飛び込む必要はない。見て見ない振りをしてしまえばいい。たったそれだけで、私はこの世界に踏み止まれる。だからそう、目を瞑って幸せな未来だけを思っていればいい。
帰路の途中で、私がしていたように。
分かってはいたけれど、言わずには、いられなかった。
「ウェイベルト・レイン、わ、私と結婚して、くれませんか…?」
まるで空気が凍ったようだった。喜びに沸く群衆の熱気が、更にこの場の冷気を加速させるような気がした。驚きに目を見開き、しかしすぐに悲しげな顔で俯いた彼は、しばらくして何かを決意したように、顔を上げた。
「カレン。申し訳ないけど、それは無理だ。僕には、君とは別に愛している人がいるんだ」
光のない世界へ落ちて行く私の体。それは光を知る前の世界よりも酷い世界。闇すらない虚無の世界。私の存在さえ、溶けてなくなってしまうような、そんな世界。
「…それはあなたの後ろのお姫様、なの?」
真実を言い当てられ、体を震わせる彼と姫。二人の関係を知っていた人々が驚いたように私を見つめる。
「…ああ。知って、いたのか?」
「うん。さっきね。見えたんだ。私、目がいいから。城郭の門からでも、二人が見えたんだ」
「…そうか。本当に、ごめん。謝っても許されることじゃないと思うけど、本当に…ごめん」
深々と頭を下げる彼。そんな彼に駆け寄る姫。
「私からも謝ります!私…貴女が彼のために魔王を倒しに行くほど大切に思っていることを知っていたのに…いけないことだと分かっていました。それでも、私は、彼のことを好きになってしまったのです。ごめんなさい。彼が悪いのではないのです。自分の気持ちを抑えられなかった私が…!」
両手に顔を埋め、さめざめと泣く姫。悔恨と自責の涙。本当なら汚いはずの泣き顔も、この姫ならば綺麗に見えるから不思議だ。そんな姫の肩を抱き、悪いのは僕も同じだ。いや、君の気持を裏切った僕だけが悪いという彼。庇い合う二人。関係を知っていた者は二人を悲しい目で見つめ、知らなかった者は私を同情の目で見つめる。
「…二人とも、顔を上げて」
私に対して誠実に謝罪し涙する姫と彼。まさにお似合いの二人。二人ならばこの先も幸せに暮らしていけるだろう。私という負い目があったとしても、幸せな家庭が築けるはずだ。
「正直、驚いたし、落胆した。私が魔王を倒そうと思ったのは、ウェイ…ウェイベルトのためだから。本当は二人の姿を見た時に分かってた。もう、ウェイベルトは私のことを愛してないんだなって。だから、さっきのは悪足掻き。他の人を愛してくれててもいい。それでも一緒に居たいって思ったから、告白した。でも、駄目だったみたいだね」
私は自分でも痛々しいと思う笑顔で、必死に笑う。
「手放しで祝福はできない。でも、貴方がそこまで愛しているのならば、私は、貴方のことは諦めるよ。いつか二人のことを心の底から祝福できる、そんな未来も、あるかも知れないから」
「カレン…!」
「カレンさん…!」
感極まったように私の名を呼ぶ二人。その手は、お互いの手を固く握っていた。これからの未来を示すように。固く、固く、握り締め合っていた。
「皆さん聞いて下さい!」
今まで放置していた群衆に対して語り掛ける。城壁の上での一幕を訝しげに見ていた彼らだったが、私の声により静まり、これから私が言う言葉に耳を澄ませる。
「私、カレン・フィールの旅の目的については皆さん聞き及んでいるかと思います。それはここにいる彼、ウェイベルト・レインを蝕んでいた瘴気を消すためです」
「カレン…?」
行き成り話し始めた私を、訝しむ彼。それは誰もが同じ。私がこの先、何を言うのか分からずに、困惑している。それでも私は構わずに話し続ける。
「そして私は仲間と共に魔王を打ち倒し、瘴気は彼の体から永遠に姿を消しました。私は彼に、結婚を望みました。ですが、彼には私とは別に愛した人がいました。この国の姫、エレノア姫です」
ざわめく民衆。私の周囲の兵達が私の暴露話を止めようか止めまいかと身じろぎする。しかし姫は、それを止める。責められても仕方のないことをした。いずれ民衆にも伝えることだからと。勝利に高揚している民衆、その悪意が、彼女に向けられたらどうなるのか分かっているはずなのに。
「私は!…私は、落胆しました。まさか彼と姫が、と…。ですが皆さん、私は彼を愛しています。彼の幸せを心から願っています。例え幸せにする相手が私でなくとも、私は彼を愛しています!私は二人に負い目など感じて欲しくはありません!姫と結ばれることが彼の幸せならば、私はそれを祝福したいのです!ですから皆さん、どうか祝福を!彼らを責めることなく、どうか祝ってあげてください!彼らが祝福されることこそが私の願いなのですから!」
静まりかえる、民衆。
そこから一つの拍手が聞こえて来たのはどのくらい後だっただろうか。最初は小さな祝福であったその音は、次第に伝播し、やがて大きな祝福へと姿を変える。万雷の拍手。そして私は二人に、今度こそは完璧な笑顔で微笑み、おめでとうと祝福の言葉を言う。
そして私の代わりに、感極まった姫と、手を握り合った彼が民衆の前に立つ。
「皆さん、ありがとうございます。カレン、本当にありがとう。私達二人を祝福してくれて、本当に、ありがとうございます…!」
そう言って、後は言葉にはならず、姫は彼の胸に顔を埋める。そんな姫の顔を上げさせ、彼と姫は皆の前で愛を誓う口付けを交わす――――。
本当に、呆気なかった。人の体なんて脆いものだ。魔王に比べればなんてことはない。ましてや多大な加護を持った私に比べれば―――彼なんて、本当に簡単に死んでしまう。
彼の首に向かって飛ぶ聖剣。さすが国宝と言うべきか。素晴らしい切れ味で彼の首を両断してくれた。思わず見惚れてしまうほどだ。そして刎ね飛ばされた彼の首は、城壁の下へと落ちて行った。ぐしゃり、という嫌な音が、私の耳に響く。
「え、あ、あれ?ウェイ…?」
目を閉じ、口付けをしていたはずの相手がいなくなり、姫はぽかんと立ち尽くす。その様がおかしくておかしくて、からかわずにはいられない。
「まあ、恋人なら愛称で呼び合う仲なのは当然ですか。この下種からはなんて呼ばれてたんですか?レイ?エリー?やっぱりエリーですかね。だって最後に心の中で呟いてた言葉がエリーでしたし」
私は笑う。ああ、世界とはここまで輝いていたものだったのか!今までとは世界がまるで違って見える!もう私を縛るものは何もない!私は思うままに生きて行けばいいのだ!
「私があなた達を憎まないとでも思っていたんですか?ふふ、そんなわけないでしょう。怒るに決まってます。だから最高の舞台で殺してあげたんですよ。皆に祝福されながら愛しい人と口付けを交わすその瞬間に、ね?即興にしては我ながら最高です!これ以上の喜劇はないと思いますよ?」
「カレ、ン…?」
「あらあら、いつまで呆然自失としているんですか?お姫様。まあ私もあなたがたを見た時は心臓が止まるかと思いましたけど。はっは、でもこんなに最高の復讐ができたんですよ?ね、すごいと思いません?」
「な、なんで…なんでなんでどうして!」
狂ったように笑う私と、狂ったように叫ぶお姫様。私の凶行を見た民衆は慄き、息を呑んでこの喜劇を観劇している。
「愛しさ余って憎さ百倍と言うじゃないですか。私はさっきまで彼のことを自分の命よりも大切な存在だと思っていましたが、今はどうでもいいですね。死んでくれてせいせいしました。っというか後に色々と役立つ物を残してくれた魔王の方がましでしたね。ええ、心の底からそう思います」
「あなた、あなたは、自分が何をしたかわかって…!」
「裏切り者を始末しました。それだけです。なに、彼と出会う前はライフワークの一つでしたから簡単なことですよ。あんまりにも呆気ないんでちょっと物足りないかなってくらいですかね?」
「ッ――――この殺人者をひっ捕らえなさい!」
もはや元の美しさは微塵もなく、今や恋人を殺された悲劇のお姫様は悪鬼の顔で兵を私に嗾ける。
命令に従うことに慣れた兵士達は、弾かれたように私に向かって一斉に飛びかかる。だが、その剣が私を傷付けることはない。
私の加護を打ち破る程の力を持っている者は、もうこの世にはいないのだから。
「ふう。これで見納めかと思うと悲しいですね。ん、ああ、忘れていました。今まで私の旅に付き合ってくれてどうもありがとうございました。どうぞお国へ帰ってください」
"それ"を発動させるまえに、共に旅した仲間とその親族達を元居た場所へ転移させる。さすが魔王城にあった魔法具。どれほど離れた距離でも一発で送り届けるとは驚嘆だ。これなら"こっち"も期待できそうだと私は心の中で笑みながら頷く。
「さてさて、お姫様。私が今、この右手に持っている球は魔王が最期の一撃にと取っておいた球です。まあ、なんとか発動する前に倒したんですけどね?戦いで弱っていた私を一瞬で葬り去るくらいの威力があるんですよ、この球。つまりは自爆用ですね」
「あなた、まさか…!?」
「ご名答。ああ、ご心配なく。私が万全の状態で全力で防げば死なない程度の威力ですから。何人かは生き残れると思いますよ?多分ですけど」
「やめ、止めなさ…!」
「それでは皆々様、御機嫌よう」
私は発動のワードを呟き、球を空へ投げる。そして自分の周囲にだけ、加護と魔法を併用した強力な結界を張る。お姫様と無駄話していたのもこの結界を張る時間を稼ぐためだ。自分が何で、どういうふうに死ぬのか教えてあげるって親切心も少しはあったけどね?
空中の球は必死に発動を止めようとする宮廷魔法使いの魔法などものともせずに、定められたその役目を忠実に果たす。
光、溢れんばかりの光。私の周囲をその光が包む。何もかも消し去る浄化の光。
そしてしばらくして光が収まり、その後にあったのは何も無いクレーター。いっそ清々しいくらいに何も無い。ついでに足場もないが浮遊の術も掛けていたので今私は空中に浮いている状態だ。上からクレーター全部が見渡せて丁度いい。
「っと、さてこれからどうしようか。一国の首都を消し去ってしまったのだから、みんな私を放っておくはずない。うん、どこか遠いところでも行こうかな。どこでもいい、どこか遠いところへ」
堕ちた英雄――――後にそう呼ばれ、新たな魔王となるその少女は、まるで涙のように頬を伝う血を気にも留めずに、東の空へ飛び去って行った。
穢れた暗殺者の末路(今更幸せになれるとでも思ったの?ばっかみたい)
この後、各地を彷徨い歩いた勇者は、やがて魔の地へ辿り着く。魔王がいなくなり、数を減らしていく一方だった魔族。その魔族が、もう勇者として働く気がないのならばと、彼女に魔王になってくれと嘆願する。彼女が裏切られ、裏切ったことは魔族も知っていたのだ。魔王を倒されたことに対する思いはそれなりにあるものの、魔族を纏め上げる存在の方が大切なのである。そして何よりも力を尊ぶ魔族は勇者を魔王として受け入れた。
そうして担ぎ上げられた彼女は、今まで発揮しなかった能力を完全に開花させ、人間と敵対し、魔族の国を創ることとなる。
そして晩年、寿命を延ばす魔法や不老不死になる儀式などもあるにも関わらず、彼女は天寿を全うする。
眠るように亡くなっていた彼女の頬には、僅かに涙の跡があったという―――。
絶望の勇者、落涙する魔王エンド。