1
さっきまで歩いてきた道のりを、慌ててかけ戻るユィノ。
ちらほらと、走る横目に移るのは平和そのものといった街の人々。
危機感もなにもなく、ただのんきに歩いていたり、話をしていたり。
(街にはまだ何も起こってないみたいだけど……
非番兵士まで駆り出されるほどの『命令』って、一体何だ……? )
暑さもまじり、汗だくになりながらも、兵舎へと戻る。
兵舎の中庭、花も何もない、ただのむき出しの地面があるだけの場所に、ルグと全員ではなかったが、かなりの隊員達が戻ってきていた。
隊員達から、非番なのに駆り出されるなんてなぁ、とぼそぼそとした話し声が聞こえる。
つかまらなかった奴ラッキーだよな、なんて声もする。
「おぅ、お前ら悪かったな、非番のところ。見つからねぇ奴もいたけど、この際仕方ない」
その言葉を多分聞こえているのであろうが無視した形で、ルグが大声を張り上げる。
それにつられて、周りの空気がたちどころに変わった。
先生に授業をさぼっているのがばれたかのような、そんな空気に。
ピンと張ったような糸のような、そんな空気。
「い、一体……『命令』って……なんなんですか……」
走ってきたせいで、息も切れ切れにユィノが問いかける。
空気の流れが変わったのを知ってかしらずか、いつも通り発言するユィノ。
その言葉につられて、他の隊員達もまだ『命令』は聞いていなかったらしく、教えて欲しいとばかりに、全員がルグに目を向けた。
「緊急事態だ。大量の魔物の群れが街道近くまで迫ってきているらしい。
今いる団員達じゃ手に負えないらしく、非番の隊にまで命令が下った。
おーっと、これはまだ街には伝えてないから、慌てさせて大混乱が起こっても困る。
だから、お前ら、装備したらすぐに兵舎の裏の抜け道から外にでるようにな」
皆の不安を少しでも軽くしようとしてか、すぐそこに散歩に行きますよといった調子で、ルグが命令を下す。
兵舎の裏には、非常時に兵士をすぐ駆り出せるようにと、勿論見張りの兵士付ではあるが、裏口がついていた。
一見したところ何もないような石壁なのだが、一箇所が軽い何かで作られているらしく、押し開くようにできていた。
「で、でも……非番の隊まで呼び出しがかかるなんて……そいつら強いんじゃ……」
だが、そうやってルグが軽い調子で語ったにも関わらず、隊員の不安は掻き消えることがなかった。
ざわざわとした、喧騒が辺りに広がる。
そして、まず先にルグに対して口を開いたのは隊の中でも一番弱気な、アイドだった。
怪我や死への恐怖からか、真っ青な顔色で、恐々といった感じで口を開く。
「そうじゃねぇ。どうにも向こうさんの数が多くて
今いる団員達だけじゃ人員が足りないからの呼び出しだ。
大丈夫だ、オレたちが担当するのは街に近づいてくる敵の駆除だけだ。
群れ自体は、他の隊がやるらしい。オレらははぐれた奴だけの退治だな」
だから、心配すんな。と、続けて、ルグは優しく、アイドの肩を叩く。
それでも、不安そうなアイドではあったが、いくらかは不安はとけたのであろう。
少し赤みが増した顔で、わかりました、とばかりに頷いた。
(毎度毎度このやり取りかよ、めんどいなぁ)
ユィノは誰にも気付かれないように、そっとため息を漏らした。
アイドとルグのやり取りは、毎回出撃命令が出た時、恒例のやり取りだったのであった。
魔物討伐に怯えるアイドを、なだめるルグ。その後の出撃がいつものやり取り。
そんなに魔物が怖いものか、とユィノは思うのだが、アイドは違うらしく、いつも怖がっていた。
「さて、じゃあ各自準備を始めてくれ。終わったら、またここに集合だ。
全員揃ったら、出撃だ」
ルグがパンパンと手を打ちながら、そう話すと、兵士達は兵舎の武器庫へ散り散りに武器を取りに向かう。
ユィノもそれにあわせて、兵舎の武器庫へと向かった。