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創世の書  作者: 中原 ゆえ
第一章 ユィノの日常
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4

 ずいぶん長いこと、思い出に浸っていたような気がする。

 気がつけば、いつの間にか、リストは目の前にあった。

 エリンを連れて行った頃から変わらないままの、ちょび髭のおじさんの看板もまだしっかりと残っている。


『ただいま休憩時間の為、夜の開店は17時からとなります』


 ドアにそう小さな看板がかかっている。

 エリンお手製の看板なのだろうか。

 丁寧な文字を書くマスターとは違い、ぐにゃぐにゃとゆがんだ様な文字で書かれている。


(休憩中だしな、休憩が終わるまでどこかで時間をつぶしてこようかな)


 と思い始めたところで、ドアがカランカランと大きく音を立てて開いた。

 最近になってマスターが呼び鈴代わりにつけたドアの鈴の音を響かせて、飛び出すように出てきたのはエリン。


「お、そろそろ付く頃だと思ったよー!

 休憩って形になってるけど、中でマスターが料理作ってくれてるから、入って入って」


「お前、マスターに無理言って、僕の為だけに料理させただろ」


「違うもんっ! マスターが久々にユィノ君が来るなら人も少ないし早めに休憩にして

 貸切にしようって言ったんだもん」


 だから入って、と言わんばかりに手招きするエリンに、渋々ユィノもついて中に入る。

 マスターには久々だったし、会いたかったのだが、エリンがいるのがどうにも気まずい。


「お、いらっしゃい、待ってたよ」


 年を増すごとに、かっぷくのよくなっていくマスターが、店内に入ったユィノ達に声をかける。

 前は少し丸っとしていただけだったのが、今では丸々として、お腹が前に張り出していた。


「こんにちは、なんか僕の為にすみません」


「いやいや、気にしないでよ。

 わたしが、ユィノ君が来るなら客もいないから閉めちゃおうって言ったんだから」


 マスターはユィノが何に対して謝っているのか、わかっているらしく、頷きながら言葉を続ける。


「それに、エリンちゃんの事も話しておきたかったしね」


「あたしの話ですか? マスター」


 案内していた時はユィノの前に立っていたエリンだったが、今はユィノに隠れるようにその背後にいた。

 自分の名前が出たからだろうか、横からぴょこんと顔を覗かせる。


「まぁ、ただの現状報告だから。

 先日お皿を二枚割ったとか、お客さんに水をかけた、なんて事は言わないよ」


「もう、それ言ってるじゃないですかぁ! 」


「あははは、もうこれ以上は言わないから、ユィノ君用に作ってある冷やしポタージュと、パンと……

 それからそうだな、冷蔵庫にある野菜でサラダを作って持ってきてくれるかい?」


「はい、了解です、マスター! 」


 ユィノと話したいそぶりを一瞬だけ見せたものの、それ以降はてきぱきと厨房の奥に引っ込んでいった。


「で、エリンの話ってなんですか?」


「うん、あの子もね、今は完全に自分で生活できるようになったよって事を伝えておきたくてね」


「そうなんですか、まだ言動とかはでもわからない事も多いんじゃ? 」


「いや、この店でウエイトレスしてくれる分だけに関しては充分わかってきてくれてるよ。

 それに今だって、話をしたくて頼んだわけだけど、サラダ作って来てくれないかな?

 その言葉でちゃん と動けてる」


「あ、そういえば!

 前回あったときは、料理を何番テーブルへ運ぶ、とかしかできませんでしたもんね」


「うんうん。本当にね……嫁が生きてたら娘もこの位だったのかなぁって考えたりしちゃうと

 エリンちゃんと暮らしたり、リストで過ごしたりするのが、わたしも前以上に楽しくなってきたよ」


 そう、エリンは数年前の出会った日、マスターの家に引き取られていったのだった。

 マスターは奥さんを早くに亡くし、でも思い出のある家からは離れたくないとかなり大きな家に一人で暮らしていた。

 その家で、エリンに社会生活を教えるため、一緒に暮らす事を提案したのだった。


 初こそ、言葉を覚えさせたり、食事の作法や服の着方等、教えることはたくさんあったらしかったのだ が、マスターはいつ話しても楽しそうにそれらを語るのであった。

 それから大分経ったころ、エリンが言ったのかマスターが提案したかのかはわからないが、エリンはリストのウエイトレスとして働いていた。

 ウエイトレスとして働く事になったのは、エリンからもマスターからも聞かされたのだが、嬉しそうに語る二人を見て、ユィノはどちらが言い出した事なのか、判断がつかなかった。


 そして、ユィノはマスターからそんな話を聞くたびに、結果的にお互いが必要だったんだと考える。

 

 マスターは奥さんの分のあいた時間と誰かと過ごす時間を作るため。

 エリンは社会勉強と誰かの優しさに触れるため。


 それはきっと、空いた心のスペースを埋めるためというよりは、誰かに必要とされたい、必要としたい、といった思いからのもので。

 マスターがエリンを引き取ると言った時は、声も出ないほど驚いたユィノであったが、こうしてみるとそれがよかったのかもしれない。


 ユィノがそんな事を考えている間に、マスターは、エリンがこれができるようになった、あれができるようになった、と、言葉を色々続けている。

 そして最後にちょっと今まで以上に嬉しそうに、二人は親子なの? と聞かれるようになったんだよ、と言って話を終わらせた。


 よかったですね、と声をかけようとしたところに、厨房から大きな盆をかかえて、エリンが戻ってきた。


「じゃーん! サラダ、作ってきたよ。

 まだ見た感じおかわりもあるから、ポタージュもパンもいっぱい食べてね」


 そういって、ユィノの前に器を並べていく。


「大分大きなサラダを作ったね」


 苦笑いしながら、マスターはエリンに言う。

 パンもポタージュも普通の器なのだが、サラダだけやけに大きな器に盛られてたからである。


「だって、さっき、ユィノかなりお腹すいてそうだったんだもん」


「言うな !恥ずかしい! 」


 耳がかーっと熱くなるのを感じながら、ユィノは器をみやる。

 白い冷たいスープに、マスターが焼いたであろうパン、そして大きなサラダ。

 日ごろ兵士寮や野営でしか食事を取らないユィノだったので、お金は貯まる一方で出る事がない。

 勿論危険手当なんかもつくので、普通に生活してる人よりはある。

 だから、お代わりしようが、ここでこれ以外の物を食べようが自由なのではあるが……。


(サラダでお金かかるのもしゃくだよなぁ……

 どうせなら、もっとマスターの作るうまい飯だったらよかったのに……)


 そうは思っても、そばで目を輝かせて、美味しいと思うんだけど、どうかな?食べないの?といった顔で見つめているエリンに言っても意味がない。

 仕方なく、サラダをフォークでさす。

 既にドレッシングがかかっているらしく、てらてらと濃い色合の液体が、サラダにかかって光っている。

 濃い味付けが苦手で基本サラダは塩派のユィノだったが、ドレッシングがかかって運ばれて来た以上は仕方ない。

 マスターならそこのところ把握してくれてるから、楽なのになぁと思いながらぱくっと一口。


「あ、うまい……」


「でしょー! そのドレッシングね、マスターとあたしで考えたんだよ! 」


「色合い的には味濃そうなのにな。すげー薄味でうまいわ、これなら僕も食べれるな」


「うんうん、名づけて、ユィノ専用ドレッシング! だからねー! 」


「はぁ……? 」


「だからぁ、マスターと開発して、ユィノが来る時の為に作っておいたの! 」


 なるほど、だからマスターはサラダをエリンに作らせたのか、と思い横目でちらっと見やると、面白そうに、にやにやとしている。

 マスターはエリンが妙にユィノになついているのを知ってか知らずか、時折こういった茶目っ気を出す。

 エリンがユィノの為にこういう料理を出したい、こういう事をしてあげたいと言えば、必ずその手助けする。

 むしろ面白がって便乗している、と勝手にユィノは推測していた。


「ここは食堂と言っても、基本肉体労働の人が多いからね。

 それだけ薄味になってしまうと、彼らは味がわからなくなってしまうんだよ」


「確かにマスターの言うとおり、このドレッシングは今まで食べたことないくらい、薄いですもんね」


「そうそう、だからそれはユィノ君専用なんだよ」


 なるほど、と思いながら、ユィノは食べるスピードを止めない。

 それほどまでに二人の料理が美味しかったのと、あまりにも空腹だったからだ。

 その間、二人は気を使ってか、ユィノには話しかけてこなかった。


「あー、美味しかったです、ご馳走様」


 見た当初は、こんな量食べきれるか! と思ったサラダも、ポタージュもパンも食べきり、ユィノは手を合わせる。


「どういたしまして、かな。じゃあ、わたしは食器を下げてくるよ」


 そういうとマスターは器を持ち、厨房へと入って行った。

 さっきのマスターとの会話でもそうだが、基本厨房では音は聞こえない。

 ギリギリ入り口の鈴の音が聞こえるか聞こえないか位である。

 マスターなりに気を使って、二人きりにしてあげよう、という魂胆なのだろう。

 ユィノ的には、そんな気遣いは非常に気まずいのだけなのであるが。


「ねぇねぇ、最近兵士隊ってどんな事してるの?」


「最近は特に国家間同士の争いもないしなぁ……大体が魔物討伐か戦闘訓練だな」


 魔物とは、人間ほどの知能のない物の総称である。

 食用である豚も鳥も、大元をたどれば、魔物にいきつく。

 魔物を家畜用に改良したものが、食用鳥や食用豚だ。


 魔物は、知能が低いので、魔物自身と魔物の種族か群れ以外は全部襲ってくる厄介な敵であった。

 勿論同士討ちもあるのだが、基本街の側に現れたら、街になだれ込んでこようとする。

 

 しかし、だ。街の外には城壁があり、中で生活している人間が見えるわけでもないのに、何故街を襲ってくるんだろうか? と考えた事が、一度ある。

 その時に相談したルグ曰く『城壁が敵に見えるんだろう。見た事ない物を恐れるっていう意味でも』という事らしい。


 中には多少の知能を持ち合わせているのもいるらしいが、あくまでも多少らしい。

 らしい、らしい、と続くのは、まだユィノがそんな魔物に出会った事がないからである。


「魔物討伐! 面白そうだね! どんな姿してるんだろう? 可愛いのもいるのかな? 」


 また目をきらきらと輝かせて、ユィノの話に聞き入るエリン。

 彼女は記憶を喪失してるので、魔物とかは話に聞くだけでみたことがなかった。

 その為、怖さを知らないので、とても面白く感じるのであろう。


「面白くもないし、可愛いのがいたとしても切るだけだ」


「そうなんだ……魔物も城の近くに来ただけなのに、可哀想だね……」


「可哀想も何もないよ。

 ほっとけば、もしかしたら城下街に入ってきて、リストにだって被害がでるかもしれないだろ? 」


「まぁ、それもそうだよね……うーん、でも可哀想だなぁ」


「可哀想、可哀想じゃ生きていけないんだよ! 」


「そうだよね、ごめん……」


 ユィノの強い口調に一瞬、しょぼんとした顔を見せたものの、めげずにエリンは今度は違う話題でまた続ける。


「えーと、じゃあねぇ、さっきの料理美味しかった? マスターのポタージュ、絶品だったでしょ」


「あー、あれうまかったなぁ。お代わりしようか、迷ったところだった」


「どうしてしなかったの? まだ一杯あったのにー。あ、わかった、所持金が少ないんでしょ」


「違うよ、所持金なら結構まだ持ってる」


「じゃあ、なんで?」


「お腹一杯で動けません、って状態じゃ兵士なんてやってられないんだよ」


「んー? どうして? 」


「それはな……」


 ユィノが言葉を発しようとしたと同時に、力強く入り口につけられた鈴がカランコロンと音をたてる。

 ドアも大分あわててあけたようで、ドンっとこちらもまた力強い音がする。


「お、やっぱ、ここにいたか、ユィノ。出動命令だ、行くぞ」


 ドアから入ってきたのはルグの姿だった。

 走ってきたようで、かなり息の上がっている。

 ヒューヒューとかすれたような音を出しつつも、はっきりとルグは命令を伝える。


「了解です……エリン、つまりこういうことなんだよ」


「こういうことって、どういうことよ? 」


「いくら非番の兵士でも、捕まったら出動命令には従わなきゃならない。

 出動命令でてるのに、お腹一杯で動けません、じゃ話にならないだろ? 」


「つかまったとか言うな! 人聞きの悪い! 」


「だって、表の張り紙してあるに関わらず、僕がここにいるってわかったじゃないですか」


「お前のための張り紙だって事はちゃんと読めてるんだよ。

 っと、そういう場合じゃないな。一度兵舎へ戻って来い。そこで改めて命令を説明する」


「……こうなる事もきっとかかれてたんだろうなぁ……

 ふぅ、わかりました、すぐ向かいます」


 騒ぎを聞きつけて、厨房から出てきたマスターに食べた分より少し多いくらいの金額を渡し、店を出る。

 支払いをしたり、釣りを受け取ったりする手間すらもどかしかったためだ。

 

 なにせルグが言ってたのは『命令』である。

 命令を守らず首になった兵士を見てきたユィノは、急ぐに越したことはないと判断したのだった。


 その頃、リストの中ではというと。


「いつもながら、慌しい子だね、ユィノ君も」


「そうですね、今回もちゃんと無事で帰ってくるといいんですけど……」


「ユィノ君なら大丈夫だよ、心配しなくても」


「そう、ですよね……」


 マスターに諭されなくても、ユィノが今まで全部無事に帰って来た事はちゃんとわかってる。

 でもそれでも、エリンは祈らずにはいられなかった。


(ユィノがまた無事に帰ってきますように……)

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