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創世の書  作者: 中原 ゆえ
第一章 ユィノの日常
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3

 あれは、何年前の事だっただろう。

 雪の降る日だったのは、確かに覚えてる。


 また寝てるユィノをたたき起こし、色々世話をやくルグから逃げるため、街へと繰り出したユィノは、城下街をまたあてもなくふらついていた。

 雪の降る日だったせいか、昼間であるにも関わらず、歩く人も少ない城下街。

 たまたま抜け道をしようと入った、その路地裏で、一人の少女が倒れていた。


「大丈夫か!? おい、しっかりしろ!」


 慌ててかけつけ、抱き起こすも、少女の体には力が入っておらず、ガクンガクンとゆれるだけだった。

 雪の中倒れていたせいか、体温もかなり下がっている。

 これは医者につれていった方がいいんだろうか?と悩んでいると、少女のまぶたがぴくりっとゆれた。

 暫く待つと、そのまぶたがゆっくりと開き、茶色の瞳がぼーっと宙を見つめていた。


「おい、起きたのか? 僕の声が聞こえるか? 」


「……な……くぅ……なる……の」


「ごめん、声が小さくて、聞き取れないんだ。もう一度、言ってくれないか? 」


「お腹が……くぅくぅって鳴るの……」


「腹が減ってるのか? 見る感じ食い物を持ってる様子もなさそうだしなぁ……。

 めんどくさいなぁ……まぁ、わかった、仕方ない、何か買ってきてやるよ」


「ダメ……行かないで、一人に……一人にしないで……」


「だからって……あぁ、いいところがある!食堂だ、お金持ってるか?」


「……?」


「持ってないんだな……あぁ、めんどくさい事に首つっこんじまったなぁ……。

 こんなめんどいことまで本に書いてあるのかよ……。

 仕方ない、貸しにしといてやるからいくぞ」


「……?」


 まだあまりよくわかってない少女の、その小さな手を掴み、誘導するように前に立ち歩き出すユィノ。

 少女は、寒いのか震えながら、だがそれでもしっかりとユィノについて歩いてきた。

 途中で、色々と少女に何故倒れていたのとか、聞こうとしたユィノだったが、聞くのは店についてからでも遅くないと思い、まずは暖かい場所へと少女を導く事を優先にと決めた。


「ついたぞ、ここだ」


 ユィノが案内したのは、食堂リスト。

 ちょび髭のおじさんの顔を模した店名ロゴの看板をちらりと見やると、扉をあけ、ユィノ達は中に入っていった。

 小さなお店で、カウンターが4席とテーブル席が3席。どれもすべて木製である。

 レンガではなく木製の店内は、昼間なのに雪で薄暗い店内を灯すランプがところどころに配置されている。

 唯一のレンガ造りである、暖炉はパチパチと音をたてて、店内を暖かく保っていた。


「ユィノ君じゃないか、久しぶり。今日はどうしたんだい? って、あれ? その子は? 」


 人の気配を感じ取ったのか、奥の厨房から人が出てきて、ユィノに声をかける。

 少し丸っとした体型に、鼻の下だけのちょび髭。年のころは40に入ったばかりといった感じだろうか。

 苦労があるのか、ところどころの髪に白いものが混ざり始めている。

 そして、人柄の良さが顔に出来た笑いじわがよく物語っていた。

 

 この人物こそが、この店の看板のマークにも使われている、リストのマスターだった。


「わからないんです。抜け道しようとした路地裏で倒れてた。

 お金ももってないっぽいくせに、腹が減ったとか言われちゃって。

 さすがに僕も、正直なところ、めんどくさいから放り出そうと思ったけど。

 少女だったから、見捨てたら気まずくて連れてきました。

 それにきっとこうなるように本にかかれてたんだと思いますしね。

 だから、申し訳ないんですけど、何か食べさせてやってください」


「そうか。ユィノ君が人助けなんて珍しいから今日は雪が降ったんだね。

 おかげで、今日は誰も来なくて商売あがったりだよ。

 まぁ、でもちょうどいいや、試作品のシチューがあるから、それとパンを出すよ。

 試作だから、勿論お金はいらないよ」


「なんか、前半がひっかかるんですけど……どうも、ありがとうございます」


「しかし濡れた状態だから、彼女、酷く寒そうだね。

 シチュー持って来る前にうちでウエイトレス用に作った服があるから、それに着替えるといいよ。

 着替えはトイレでしたらいい、ちょっと待ってて、持ってくるから」


 マスターは言うだけ言うと、厨房に引っ込んでいった。

 大方、厨房の裏から出たところにある倉庫に服を取りにいってくれたんだろう。

 一度だけ、マスターに頼まれて店内の模様替えを手伝った時に、倉庫を見た覚えがある。


「ほらほら、これだよ。じゃあ着替えておいで」


「きがえ……?」


「そうそう、今着てる服を脱いで、新しく渡した服を着ればいいからね」


「……」


「寒いからかな、口がまわらないのかな?すぐ温かい物を用意するからね。

 とりあえず、濡れたものを脱いで、渡したのを身に着けておいで」


 バタバタと戻ってきたマスターが、服を手渡すと、トイレに少女を案内していった。

 そして慌しく戻ってきたマスターに、ユィノはふと疑問を投げかけてみた。


「なぁ、マスター……ここってウエイトレスなんていたっけ? 」


「いや、これから先必要になるかもしれないと思ってね」


「買うのは、雇ってからでも遅くないと思うんだけど……」


「いやいや、先に買っておかないと、いつ必要になるかわからないじゃない」


「募集かけても誰も来なくて、必要ないって事もありますよ? 」


「でも、今必要になったでしょ?結果的には買っといてよかったじゃないか」


「うぐぅ……まぁ、そうですけど」


 そんなやり取りをして、二人の会話が自然に止まった頃、少女が着替えて戻ってきた。

 手には、今まで自分が着ていたであろう、ぬれた服をもっている。

 ウエイトレスの衣装は、少しサイズが大きいのであろうが、大きすぎるといった感じではない。

 多少ダボついてる、といった感じ。


 だが、着方というか、そういうのは滅茶苦茶だった。

 ボタンはかけたがえていたり、服の(えりは片方は立っているのに、片方は寝てるといった風で。

 少女とはいえ、多分15.6歳程度ありそうなそんな少女が、まるで3歳児のようなアンバランスな着こなし方をしてる、そちらはかなり違和感があった。


「ぬれた服は暖炉の前にイス並べて、乾かしておくといいよ。今日はお客さんもこないだろうしね。

 じゃあ、こっちはシチューを温めて持ってくるから」


 そういうと、マスターはまた厨房に引っ込んで行った。


「おい、言われたように服乾かすぞ。僕はイスを運ぶから、服をそれにかけてくれ」


「……?」


 ちょっと困ったような表情を浮かべる少女。

 どうしたらいいか、思案している、そんな表情。

 いくらまっても、返事も動きも見せない少女に、ユィノはイライラしつつあった。


「あーもういい、僕が全部やるから、そっちの暖炉に近い側のイスに座っておいてくれ」


「……」


 てきぱきと、イスを動かし、少女の服を乾かし、ちょうど全てイスにかけ終わった時。

 タイミングを見計らっていたかのように、マスターがシチューとパンを持ってきてくれた。


「あれ?ユィノ君、彼女になんていったの?

 イスが濡れたりするのなんて構わないから、座って待たせておいてくれてよかったのに」


「え……? 」


 驚いて振り返ると、少女はそこにまだ立っていた。

 最初と変わらず、どうしたらいいか思案しているといった、表情で。


「僕、ちゃんと言いましたよ? 」


「うーん、話してる言語が違うのかな? だから、伝わらないのかもね。

 わたしの言葉と同じ言葉が言えるかな?

 そうだなぁ、シチュー。これ言える? わかるかな? 」


「シチュー。言える。言ってる言葉も聞き取れてる。でも、言ってる言葉の意味がわかんない」


 何か食べたい。それ以外の意思表示が一切なかった少女からの、突然の意思表示。

 それは二人を驚かせるには充分だったから。

 言葉は伝わるのに、言葉の意味がわからない。そんな人間に二人とも始めて出会ったのだから。


「えーっと、じゃあ例えばさっき僕が、服をイスにかけてくれって言ったよな?

 それも意味がわからなかったから、しなかったって事かい? 」


「うん、そう。かけるってどうしたらいいか、わからなかった」


「なぁ、自分の名前、思い出せるか……?」


「なまえ……?」


「自分を表すものだな、つまり。

 自分ってのは、こうして話してる僕ら他人じゃなくて、考えてる本人、君の事だ。

 名前は、僕だったらユィノ、とかそんなの。

 言い方は悪いかもだけど、人間の個体を識別する名称みたいなものかな」


「君はユィノ。じゃあ、あたしは……わかんない」


 思案顔で、色々考える少女。

 マスターが彼女が座るであろう席の前にシチューとパンを置いても、イスに座って食べようとはせず、悩んでる感じであった。


「なぁ、ユィノ君。彼女は記憶喪失なのかなぁ? 」


「多分そうだろうとは思います……ただ……」


「ただ……? 」


「これは聞いた話にしかすぎないんですけど、記憶って喪失しても日常生活に支障はでないらしんです。

 体が動きを覚えているから、例えばスプーンを使ったり、座ったりはできるんだそうです。

 でも、彼女はそんな風じゃない、だからどうにもひっかかるんです」


「なるほどね……」


 二人が思案顔になっていると、突然少女が大声をあげて飛び上がった。


「何だ今度は!? 」


「わかった! あたし、エリン。他はわからないけど、エリンって言葉だけ浮かんできた!

 だからきっと、あたしはエリン! 」


 わかったのが、嬉しかったのか、飛び上がってしまったみたいである。

 そして、食べれるであろうもの、シチューとパンをみるとしょんぼりとした顔になった。

 こちらを向き、目だけで「食べてもいいの? だけど、どうやって食べるの? 」と語っている。


「座ってゆっくり食べるといいよ。座るって言うのはね、こうするんだよ」


 見かねたマスターが少女の目の前の席に座ってみせると、それをまねて、料理のおかれた席にちょこんと座った。


「そのふかふかしてるのは、パンと言ってね、ちぎって食べるといい。

 隣の器に入ってるのがシチュー、それにつけて食べても美味しいよ。

 シチューだけ食べたいなら、目の前の道具、それはスプーンといってね。

 それをうまく扱いやすい方の手で、器からすくって食べるといい」


 マスターの説明を聞き、ぎこちなく、食事を始めるエリン。

 だが、少し食べたところで、徐々にまた思案顔になっていく。


「なんかあるのかい? あ、試作品だから美味しくなかったのかな? 」


「違う。なんか食べてるとふわっとしたいい気持ちになる。

 これを言いたいけど、できない。だから考えてる」


「はは、多分それは美味しい、だな。

 マスターの料理はうまいからな、僕もいつもそういう気持ちになる」


「美味しい……これ、どれも美味しい! 」


「それは光栄だなぁ。まだまだあるから、どんどん食べるといいよ」


「えーっと、美味しいじゃないけど、またふわっとした気持ちになった。

 二人になにかしてあげたい気持ち。これは? 」


「んー、それは多分ありがとう、だと思うよ。

 でも別にわたし達は君に何かして欲しくてやったわけじゃないからお礼はいらないよ」


「わかった、でも、ありがとう! 」


 それで彼女の気持ちはすっきりしたのであろう。あまり上品とは言えない作法で、食事を再開しだす。

 その間に、マスターとユィノは今後の事を考える事にした。

 エリンの行く先についてだ。


「本当は医療所にいかせるのが一番いいんだろうけどね」


「それがいいと僕も思います。でも……」


「言いたい事はわかるよ。彼女はとても珍しいケースの記憶喪失だ。

 色々と研究対象にされてしまうんだろうね」


「かと言って、孤児院に引き取って貰える年齢って訳でもなさそうですしね」


 二人して、思案した後に、マスターがひとつ、閃いた。

 医療所にも孤児院にもかからず、エリンが暮らしていける道。

 それは……。

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