プロローグ
少女は詠う。
この世界は一冊の書から生りえる物と。
詠み手の少女は、――――を待っていた。
暗い世界に浮かぶ一冊の本。
「さぁ、それを手にしてください」
どこからか脳裏に浮かぶ言葉。
この本はなんだろうか?
古びた装丁、黄ばんだページ。
初めて目にするものなのに、前から知っているような感覚。
「その本は貴方であり、私であり、全て」
その声に振り返ると、そこにはおぼろげな少女の姿。
だが、声が終わると姿はふっと、闇へと消えた。
「森も、海も、全てはここから創られました。勿論私も貴方もここから始まった」
今度の声は本の方から。
声がした方を見やると、本は光と共に輪郭を変え、少女となる。
そこにあるのは、淡い透けるような、少女の姿。
(貴方は……誰……?)
そんな問いかけも脳裏に浮かぶだけで言葉にはならず、声はかすれた音を出すだけ。
だが、浮かんだだけなのに少女には伝わったようで、笑顔で答えは紡がれた。
「私は守り人。貴方を、本を、世界を守るだけに存在を許された者」
少女、本、少女。
その姿は交互に移り変わり、やがて本の姿のまま変わらなくなる。
答えを聞いてもさっぱりわからなかったが、少女の声がどこか懐かしく、また、昔から側にいてくれたかのような安心感が心をくすぐり、なんとはなしにその本に手を伸ばしてみる。
すると、本は音もなく光もなく、忽然とその姿を消した。
気がつけば、いつもの自室の風景。
細く開けた窓からは、ほのかな月明かりが差込み、風に揺れてカーテンが踊っていた。