四天王
俺達は、小学生にして早くもオタク素養を伺わせる仲良し4人組みだった。クラスのメインストリームから弾かれたユニットである。
登下校、昼休み、遠足、なんやかや。集まれる時はいつも集まったし、グループを作る時は当然4人で組んだ。
俺達の中での「設定」なんてのも作った。四属性の「四天王」とか言ってさ。
火属性のアキラ(俺)、水属性のユウダイ、風属性のタケヒロ、土属性ダイチ。ヒー書いてて鳥肌立つわ。
我慢して告白すると、これは俺の提案だった……。 体育館裏の大木前で「四天王の誓い」とかやって……。うぅ。
ファンタジーRPGをやってた人なら分かるだろうが、属性が決まるということは、強さと弱点が決まるという事でもある。だから建前上は、火である俺は水のユウダイに弱く……あれ? 水が火に弱いんだったかな。じゃあ風は何に強いんだ。うーん、さっぱり思い出せない。
いやまぁ実際は属性の相克(?)どおりの関係だったわけじゃない。普通にリーダー役ってのがいた。
それは俺だったと思う。
だから俺が好きな「火」をとったし、乗り気じゃなかったダイチを名前的な理由で土に任命したのも俺だ。タケヒロとユウダイには残りをジャンケンで選んでもらったが、二人とも満足そうだった。
俺達はこの「属性設定」を四人間の云々ではなく、主に対外的な事柄に当てはめて、学校生活を楽しんでいた。
例えば焼却炉で
「火を点けるなら俺に任せろ!」
「おおー さすがアキラの点けた火は燃え方が違うわー」
「フフッ」
体育がマラソンの時
「ユウダイ頼む!」「ユウダイ雨!」
放課後になって振り出した雨。
「おお、降って来たぞ! 今更だけど」
「ズレたな……今日は調子がわるかったか」
校庭に砂埃が舞えば
「タケヒローやめろよー」
タケヒロ、それまでは自分も目を辛そうにしていたのに
「ふははは食らえウインドストーム!」
そして勿論、地震で揺れた時はダイチが睨まれるのだった。
「ダイチそのくらいにしとけよな」
「え? あ、う・うん」
四天王しかいない、というのもアレなので、俺達はクラスメイトにも密かにあだ名をつけた。
ゴブリン、オーク、オーガ、ハーピー、半魚人……雑魚っぽいモンスターばかりだ。自分達は「精霊を象徴する四天王様」だというのに。
クラスの人気者達から殆んどシカトされているのをいいことに妄想世界を広げていった。調子に乗る俺達。わざと口に出したりもするようになる。
授業終了直後
「貴島君(タケヒ口)の席の周り汚いですー 残って掃除してくださいー」
「うるせ、このゴブリン」
「え、何?」
横で、俺やダイチがクスリとなる。
なにやら自分が馬鹿にされたと感付いて怒る女子、『歩美』。
「むかつくーー なにこいつら。 花音聞いてよー」
『花音』は委員長でありながら真面目一辺倒というわけでもなく、男女分け隔てなく(だがオタクは隔てて)なかなか器用な人間関係を築いている。間違いなくクラスの中心メンバーだ。この二人に話を大きくされるとまずい。
「ゴブリン? ゴブリンってあれでしょゲームの」
花音はゴブリンを知っているようだ。イカン。
「ヒドいと思います」
花音は歩美の方をちらりと見て、言った。歩美も「ゴブリン」がどんな類のものか、花音の態度でなんとなくわかったようだった。
「いや、ゴブリンって言っても色んなのがいてさ、島崎さん(花音)が言ってるのはFFのでしょ、もっとカワイイのもあるのよ違うゲームとかで」
俺はあわてて取り繕った。
「ヒドいと思います」
花音は取り合わなかった。歩美をパーフェクトサポートする正義の弁護士になっている。
「ホームルームで議題にしようよ歩美」
「だまれよホブゴブリン」
トイレから戻りざまのユウダイのこの一言に、花音はまさか自分も言われるとは思っていなかったらしく、きょとんとなった。窓際にもたれていたNo1イケメンのツカサ君が吹き出した。
ホブゴブリンというのは、ゴブリンよりちょっと強いゴブリンの眷属だ。こいつらはよくセットでゲームに登場する。歩美と花音の関係はゴブリンホブゴブリンの関係と相似だった。ツカサ君が意外とファンタジーに詳しいらしくて助かった。
ツカサ君にウケたという事は、このクラスの中では神の認可を受けたに等しい。歩美と花音は矛をおさめる他なくなり、更に、男子全員の間で「モンスターあだ名付け」が流行りだした。俺達はホームルームで晒し上げにあうのを回避しただけではなく、「謎キモイ奴等」から「オタ面白い奴等」へと地位が向上したのだった。
暫くすると四天王設定がバレて一旦は嘲笑されたが、その頃には人気者達からも「こいつらとオタ話で程よく絡んでみせるのも、むしろいけてる」という有り難い感じになっていた為、肩身の狭い思いはしなくて済んだのである。
だが、黄金時代は長くは続かなかった。今でこそお笑い種だが、小学生の不良ってのは確かにいた。
「四天王ってどいつらよ?」
教室の戸口に現れたのは、別の組の高見沢。臭い。
小学六年にして極度のワキガを発症している。骨格の成長ぶりも華奢な高校生なら倒せそうな程だ。性欲の方も一足も二足も早く噴出してしまったようで、クラスの女子にちょっとした「いたずら」をしたのがビジュアル的に洒落になってなかったようで、親御さんが呼び出され、色々あって、その後不良化した男だ。
彼は何か「四天王」という言葉を勘違いしているようだったが、その敵意は正当なものと言わざるをえなかった。
俺達は、イケメン達に乗せられて、この高見沢をからかっていたのだ。
からかい方は「モンスターあだ名付け」の時と同じで、陰湿で自己満足的なものだった。「ポイズンジャイアントだ!」などとモンスター名を言ってしまうとすぐにバレるので、学年行動などで通りすがった時に「く、、さすが毒属性」「いや、まさに闇の力」等と呟くだけだった。高見沢は最初自分の事だと気付いてはいなかったようだ。だが、それをいいことに次第に他の者もやるようになった。最終的には俺達のクラスの男子だけでなく、高見沢のクラスの男子までもが。
窓枠をドツいて憤りをあらわにする高見沢の体からは、まさに闇属性のオーラが立ち上っているかのようだった。しかもこちらを向いている。どうやら大体の目星はついているようだった。
「四天王は……解散します」
そういうことになった。
ブームは去り、以前ほどじゃないが俺達は日陰者に戻った。その後も焼却炉や、雨の日や、砂埃や、地震や、様々な火、水、風、土に関係ありそうな出来事あるいは高見沢等との遭遇時、おおっぴらにはしゃぐ事はできなかったものの、四人とも必ず気付いて目配せをするのは密かな楽しみだった。これは静かな第二次四天王期と呼んでいいものだった。第一次では嫌々っぽかったかもしれないダイチも、楽しんでくれていたようで、俺はちょっと嬉しかった。
蛇足
中学でダイチは高見沢など問題にならない大不良になり「ダイチさん」とも気軽に呼べない相手となった。高校退学後工事現場で働いているのを見たという話もある。
ユウダイは実家の銭湯を継ぐらしい。タケヒロは後ろで漫画を読んでいる。
あきらはにーとがーるwwwww←タケヒロが書いた。タケヒロこそが風俗ライター気取りのニートで、俺は慎ましく可憐なカジ手伝いである。
そろそろ行くか。「四天王の誓い」の地へ。成人式会場では会えなかったが、きっとあそこで4人揃う気がする。いや……5人だな。タケヒロが携帯をいじりだした。どういうわけだか中学から親友となった、高見沢を呼び出しているのだろう。彼は今、科学者の卵だ。