デュエル大会
「まさか調律者とはねぇ」
館長室にやって来た俺とジーナの様子を見たエルメイルさんは、最初は冷やかす様に笑ったりこちらをイジって来たが、俺が調律者だった事と、すでにジーナを使い魔にしてしまった事を話すと、なんとも言えない表情をして溜息を吐いた。
「ふむ、物は試しだ。ボウヤ、あたしにもエンゲージってやつをやってみな」
エルメイルさんはそう言うと、椅子から立ち上がって目の前にやってくる。
「え、でも……」
ジーナを見る。
「私なら構いませんよ。ご主人様の話を聞く限り、使い魔が増えればご主人様も強くなられるようですし」
いつもの笑顔だ。うん、怖い笑顔とかではないはず……多分。
「ま、あたしがボウヤの使い魔になる確率は低いと思うけどね。ほら、男は度胸だよ」
「じゃ、じゃあ。エンゲージ」
俺が唱えるとジーナの時と同じ状態になる。
エルメイルさんのクリスタルはアイコンと同じ黄色だ。
そしてエルメイルさんとキスをするのだが。
し、身長差が……。
腰を深めに屈める。地味にキツイ、空気イスしている気分だ。
「ボウヤ、片膝付きな」
「あ、はい」
ついつい素直に従って片膝をついて屈む。
今度は俺がエルメイルさんを見上げる形になる。
ここで手を空に上げたら、お~姫よ~って感じだな。
などとアホな事を考えていたら、エルメイルさんが俺の頬に手を添えて来た。
「さあボウヤ、いくよ」
舌なめずりするエルメイルさん……なんだろう、ヒワイというよりコワイです。
内心ビクビクしながらキスをされる。
そして向こうから、堂々と舌を入れられ、大胆に舐め回された。
こ、これは男として応じない訳に行かない!
お返しとばかりにこちらも存分に舐め回した。
「んん、ちゅっ、中々だったよボウヤ」
「きょ、恐縮です」
ちらりとジーナの方を一瞥する。
特に変わった様子は……あっ。
見つけてしまった。
尻尾が、尻尾がありえない形に!?
さっきまで可愛く下に垂れていたのに、今はなんか雷マークみたいなグネグネした形で立ってる!
つか尻尾の筋肉どうなってんの!?
早く終わらそう。俺は瞬時に心の中でそう判断した。
視線をクリスタルに向けると、ちょうどクリスタルが一つになる所だった。
そして二つのクリスタルが触れ合った途端、ガラスが砕けるような大きな音がして、ソウルクリスタルも魔方陣も砕けて消滅してしまう。
「やっぱりか」
エルメイルさんは納得すると、椅子に戻った。
「どう言う事でしょうか館長?」
「あたしは以前特殊ジョブを纏めた文献を読んだことがある。その文献にエンゲージによる契約の情報も書かれていた。エンゲージによる契約に必要な条件は互いが両思いの状態で、合意の上で行う事」
「つまり、今回は合意の上だけど、両思いじゃないから失敗したと?」
「そう言う事だね」
やはりエンゲージという名がつくだけあるぜ。
ほとんど結婚と変わんないじゃんそんなの。
そして同姓に使える可能性は極めて減ったな。
むしろできちゃったらヤバイ気がする。いろんな意味で。
「まぁこの世界は男も女もハーレムは認められている。使い魔にしてもお互いが納得しているのなら問題は無いだろう」
おおハーレムを作っても問題はないのか。
いや待て慌てるな、今はジーナのことだけ考えよう。
「さて、次は使い魔の状態でのデメリットか。もしデメリットが魔物の使い魔と同じなら、多分ボウヤが死んだらジーナも死ぬね」
「え?」
ちょ、ちょっと待って欲しい。
そんなどでかいリスクは聞いていないぞ。
「ジーナは知っていたのか?」
「私は……」
「知っていただろうね。ジーナは勉強熱心だから」
「……」
黙るって事は肯定か、でもなんで。
「さてジーナ、あたしは別にそのボウヤの使い魔になっても問題は無いさ。問題は、あんたの今後の身の振り方だ。使い魔って事は、サモンのアビリティで主に意図的に呼び出される場合も、主の命に危険が迫った時に強制召喚される場合もある」
サモン、新しく追加されたやつか。あれは使い魔を召喚するアビリティだったのか。
「さてジーナ、答えて貰おうか……あんた、娼婦を続ける気があった上で、使い魔になったのかい?」
エルメイルさんがジーナを睨む。
ビクリとジーナが肩を震わせた。
「ジーナ、あんたがどの男に惚れるのかはあんたの勝手だ。娼館だが、恋愛も認めている。だが娼館から女が出る方法は一つだ。その説明も無しに、無知な堅気を騙して使い魔になるとはどう言う事だと聞いているんだ」
「……すいません」
ジーナが震える手で俺の手を握って来た。
ジーナが怯えるのも無理はない。
さっきまでのエルメイルさんとは明らかに雰囲気が違う。
言動は静かで冷静だが、眼光は鋭く、こちらを萎縮する迫力がある。
俺も実際ビビっている。それでもジーナの前ではカッコイイご主人様でいたい。
そんなちっぽけな男の子のプライドから、俺はジーナの手を強く掴む。
ジーナが一度だけ俺の方を見る。俺は丈夫だと言う思いを乗せてしっかりと見据えて頷いてみせる。
「どうしたジーナ? あたしは説明しろと命じているんだ」
「……からです」
「ん?」
ジーナが小さく何かを呟いた。
「聞こえないよ。はっきりといいな」
「……ご、ご主人様以外の方に、抱かれたくなかったからです」
「ジーナ……」
そんなにまで俺のことを。くう、俺はなんて果報者なんだ!
場の空気が空気ならその場で抱きしめていただろうが、今は空気的にそんな事をできる状況ではないので我慢する。
エルメイルさんの方をみると、ジーナだけをじっと見詰め続けた。
ジーナも言いたい事を言って開き直ったのか、その視線を真っ向から受け止める。
こ、こういう時って女の人は強いよなぁ。
「はぁ~。まったく、賢い子だと思ったらあんたもやっぱり悪魔族だね。惚れた相手の傍にいたいって欲求は、女性悪魔族の性だからねぇ」
先に折れたのはエルメイルさんだった。
先程までの殺気はどこえやら、呆れた様な安心したような表情で苦笑するエルメイルさんは、机から一枚の紙を取り出した。
「これはジーナの身請け書だ。いいか。娼婦が自由になるには娼婦を身請けするしかない。つまり買い取りって事だ。ジーナは仕事についていない実績の無い娼婦だ。体つきもイマイチだしな。だから一番安い買い取り額にしてやる」
「いくらなんだ?」
「十万MSだ。期限は明日から十日以内」
え、エムズ? それがこの世界のお金なのか?
「あ、あの館長。ご主人様はこの世界の常識をあまり知りません。なのに十万MS、それも十日でなんて」
「関係無いよ。とにかく稼げないならお前を自由にする訳には行かない。そして処女でない以上は働いてもらう。勿論働き始めても買い取る気があるなら契約は続けてもいいが、金額は上がるだろうね」
「すまないエルメイルさん」
二人の会話に割って入る。
「なんだい? やっぱりやめるかい?」
「いや止める選択肢は俺には無い。だが一つ、甘えだと分かっているが聞かせてくれ。この世界の常識を殆ど知らず。金の稼ぎ方も知らない奴が、十日で十万も稼げる方法が、この世界にはあるのか」
少なくとも俺の世界では、十日で十万は犯罪を犯す以外にない。
一月ならブラックな企業か夜のアレな店で働きでもすれば、可能かもしれないが。
「無い。と言ったらどうするんだい?」
「その時はジーナには悪いが長いこと待ってもらう。だが必ず身請けはする。例えどれだけの月日が掛かってもだ」
「ご主人様」
前に進み、机を挟んでエルメイルさんと睨み合う。
「ふっ。ボウヤもいっちょ前に男って訳だ。いいよ、お姉さんからの選別だ」
エルメイルさんは机の引き出しからもう一枚別の紙を取り出して机の上においた。
「ボウヤ字は?」
「読めない」
「そうか。ならジーナ、代わりに読んでやりな」
「は、はい」
良かった字が読めなくても別に変じゃないのか。
ジーナが机の上の資料を手に取って読み上げる。
「第278回デュエル大会参加申し込み書、そんな!?」
「デュエル?」
「そうだ。この町の名物のひとつに、デュエルがある。所謂闘技だな。ボウヤは来たばかりだから知らないだろうが、北区には円形の闘技場、コロッセオが建っている。そこでは毎日のようにデュエルが行われている。相手に勝てば賞金が貰える。勿論そのデュエルの勝敗で賭けも行われている」
「つまり毎日それに参加しろって事か?」
確かにデュエルなら、俺の手持ちがなくても、最悪参加費とかをエルメイルさんに借金して後は勝ち続ければいいだけな訳だし。
「いやいや、ボウヤの今の力量じゃ一番下のランクからになる。一番下のランクじゃ良くて一日の収入は100MSが良いとこだろうね。十日じゃ参加費用をウチから借金して、それを返すので精一杯だろうねぇ」
「え? じゃあ何故この話を?」
「ご主人様、それは普通の賭けデュエルです。これは町主催の大会ですから、参加費は不要です。試合形式は分かりませんが、上位に入ればそれなりに高い賞金が出ます」
なるほど読めてきた。つまりその大会で上位に入れって事か。
「十万MSの賞金を手に入れるにはどれくらい上位になればいいんだ?」
「優勝です」
「……はい?」
「十万MSは優勝賞金です」
わお……。
レベル1の勇者がいきなりラスボスに喧嘩売られたような絶望感が俺を襲った。
もしくはトイレ寸前で漏らした絶望感でもいい。
「し、死ぬ気でやったら!!」
「いやいや無理だろう」
エルメイルさんに可愛そうな子を見るような目で即否定される。
「うおおい! その無茶をさせようとしている本人が突っ込むんかい!」
そしてお返しとばかりにエルメイルさんに向かって激しく突っ込む。
「まあ優勝できたらラッキーだけどね。流石にそれは無理ってもんさ。だけど、一つだけあんたの働き次第で優勝しなくても十万MS分の価値が手に入る方法があるのさ」
「優勝しなくても?」
「あっ!?」
「お、ジーナは気付いたようだね」
できればこの無能者にも教えて頂きたい。
「ジーナ、どういうこと?」
「大会への出場は無料ですが、必ず町のどこかの店にスポンサーになっていただく必要があるんです」
「スポンサー、代わりにお金を出したりとか?」
「そ。大会出場費はスポンサー持ち。勿論大会中の寝食の面倒もね」
あ、なんとなく分かった。
「つまり宣伝か」
「そ、自分の選んだ闘士が勝てば勝つほど店の宣伝になる。しかもボウヤはどう見ても弱そうだ。だから賭けの方も最初は倍率が高いはず。あたしはスポンサーだから賭けれないが、知人に頼んでボウヤが勝つ方に賭ける。そうすれば……」
「店の宣伝の効果の収益と賭け金での収入を入れて十万MS目指すって事か」
「そういうこと。中々頭が回るじゃない」
そりゃまあ元の世界じゃ一応ショップ社員だったし、ゲームなんて宣伝の仕方一つで利益に直結するからな。
「だが、もし大会に出るならこの格好はまずいんじゃないか?」
ステータスを確認したが俺はノー装備である。服は装備の内に入らないらしい。
「分かっているさ。ボウヤ、宿はあたしお勧めの宿を教えてやる。それと装備費用も出してやる。もちろん諸々の費用も含めて借金って事で十万MSに上乗せするがね」
何とも世知辛いが、それでも破格の条件なのは違いないか。
「装備はどうすればいい?」
「ボウヤの一番得意な得物は?」
「強いて言うなら……これか」
俺はワンツーの後に右ストレートを打ち込む。
うん。ちゃんと鍛えているから感覚はそれ程衰えていないな。
むしろちょっと良くなった?
もしかしたら身体強化のスキルがあるお陰かもしれない。
「素手かい?」
「あ、ああ」
「ご主人様あの、戦闘経験は?」
「一応、ナイフとか金属バ、金棒持った相手なら倒したことならある」
喧嘩でだけど。あとバッドはこの世界には無いだろうから言い直した。
「ん~まあそれなら大丈夫か。魔法には注意しろよ」
そっか! この世界の連中は魔法が使えるんだった!
背中に冷や汗が出る。
まずい。魔法には慣れておく必要があるかもしれない。というか必要がある。
萎縮してしまっては勝てるものも勝てなくなる。
「それじゃボウヤ、は字が読めないんだから書ける筈もないか。ジーナ、代わりに書いてやんな」
「本当によろしいのですか、ご主人様?」
ジーナが不安そうな顔で俺を見詰める。
「もちろん! 任せておけジーナ!」
魔法対策も浮かばぬまま、俺は目の前の女の子の不安を拭い去るために、精一杯の笑顔を見せた。