異世界
意識がはっきりしてぼやけていた視界がクリアになる。
「はへ?」
意図せずに呟きが漏れる。
頬を撫でる風に、視界に見える小高い岩山、間違いなく外だ。
俺は確か休憩室で寝てたはず。
見上げると今まで見た事が無い大きくて赤い月が、俺を照らしていた。
多分月だ。空に星が輝いているから間違いないだろう。
ああ、夢じゃなかったんだな。
納得するしかない。
だって俺がいたのは休憩室で、昼で、あんな月なんてないのだから。
「本当に来ちゃったよ。異世界に」
子供の頃は異世界に憧れを抱いていたけど、この年でいざ来てみると……。
「仕事の付き合いで行った海外で、迷子になった事を思い出すぜ」
言葉も通じない、知り合いもいない、土地勘も無いというあの心細さと言ったら……。
「いやいや、ネガティブはいかん。おっさんはゲームの知識が役に立つと言った。ゲームならまずは自分のステータスの確認だ」
ではさっそく確認しよう……どうにかして。
取り敢えず自分の身体を確認する。
上は半袖無地の白シャツの上に、長袖ワイシャツを着て、下はジーパン。靴は黒のシューズ。
ポケットには何も無し。
たとえ服が装備扱いだったとしても、脆弱過ぎる気がする。
服装確認の後は身体を触る。
特にどこもおかしくはないな。
腕を捲くってみたり裾を上げてみたが、肌に何がしかの模様がある訳でもない。
「う~ん、ステータスも開けないんじゃ、町か村に移動するしかないか?」
辺りを見回すが見つからない。
いや、まずはこの岩山群からの脱出か。
ちらほら見える小高い岩山のせいで視界が悪い。
「こんな時はあれだな」
傍に落ちていた枯れ枝を立たせて、手を離す。
乾いた音を発てて枝が倒れる。
「よし、右に行くか」
枝の倒れた方へと向かう。
取り敢えず自分の運を信じて突き進もう。
今はそれしか出来ないしな。
「それにしばらくは退屈しないで済みそうだしな」
異質な世界の景色を眺める。
月が赤いせいか、よく見れば空は黒や紺というよりも紫っぽい。
月にもクレーターのようなものは無い。
それでも直視できるんだから、それなりに光は弱いのか?
いや、そもそも地球の法則が成り立つとは限らないか。
地面に屈んで砂や石、土を手に取る。
大地は普通に俺のいた世界と変わらない感じだな。
成分とかは分からないが、似通った部分があるだけでも少しは安心できる。
「お、そろそろ抜けるな」
岩山群の先に、開けた野原を見つける。
しばらく進んで最後の岩山の端、つまり岩山群と野原の境界線上に立つ。
ある意味ここが、俺のこの世界での最初の一歩だな。
無理矢理壮大な感じを演出してテンションを上げる。
「さあ、行くか!」
勇気一番、足を大きく踏み出す。
「ごめんなさい!」
が、その足が地面に付く前に、何者かによって上空へと連れ去られる。
どうやら俺の異世界の旅は、早くもクライマックスを迎えたのかもしれない。