プロローグ
「よう坊主、運が良いのか悪いのか、お前は異世界へ送られる生贄に選ばれました」
「ヘイおっさん。人の夢に出る時はまずは挨拶しろと、両親に教わらなかったかい」
黒色の紳士服を来てグラサンを掛けたおっさんが、
ヤンキー座りで目の前に座わり、いきなり話しかけてきた。
つい反射的に突っ込んでしまったが、そもそもここはどこよ。
辺りを見回すも、真っ暗で何もない。
いるのは現状を把握できていない俺とおっさんだけだ。
まあ、座れて手も付けるから、床があるのは間違いないか。
下を覗き込んでも真っ暗だが、手を突けばガラスのような冷たくて凹凸の無い感触がする。
「ああ、そいつは悪かった。俺は神の使いのエド。ソラってのはお前でいいんだよな?」
「空と書いてソラと読むなら、俺だな」
本名は佐藤空だが……苗字は気にするな。
「小学校の頃オナラの音が大きくて名前も空だから、プ~ちゃんと呼ばれていたのもお前だな?」
「おいやめろ。それ以上はいけない」
何故俺の黒歴史を知っている!
いや、俺の夢なんだから知っていてもいいのか?
しかし自分の夢の登場人物に黒歴史突き付けられるとか、自虐的過ぎるだろ俺……。
「まあいい、時間も無いし手短に説明するぞ。
さっきも言ったが、お前をこれから異世界に送る、と言うかすでに送っている最中だ」
「やっぱゲームや漫画が好きだという理由でゲームショップで働いているから、こんな夢を見るのか」
でもデブになるのも舐められるのも嫌だから、ボクシングジムで鍛えてはいるんだけどなぁ。
「まぁ夢だと思っているならそれでもいい。
とにかく時間が無いから必要な事だけ簡潔に伝えるぞ」
エドのおっさんがサングラスを外して胸ポケットに仕舞う。
わお、以外に渋くて落ち着きのある顔立ちだ。
「お前のいた世界の他にもこの世には沢山の世界がある。
魔法の存在するファンタジーな世界。SF小説のように発達した科学技術のある世界。
他にもお前が女の世界やオカマな世界も勿論ある」
「おいなぜオカマの世界があると言った」
「そんな世界を管理するのが神様達だ。
役割は色々で、俺の上司の神様は物語担当の神様だ」
む、無視された。せっかく突っ込んだのに。
「仕事内容としては別の世界であった事を、さらに別の世界に伝える仕事だ。
媒体としては色々あるが、お前の世界ならゲーム、漫画、小説といった物が多いな」
「という事は俺がやったゲームや、読んだ漫画や小説の世界も、実際にあるかもしれないのか?」
「ああ、全てじゃないがな。その世界で実際に経験した主人公の話だ」
さすが俺の夢、なんと都合の良い設定。
そして夢だと分かっていても羨ましいぞ主人公ども!
「んで、まず始めにお前には、ハッピーエンドを迎えて貰いたい」
「ハッピーエンド? ラスボスでも倒せって事か?」
「そりゃトゥルーエンドだろうが。
ハッピーエンドはお前が幸せな結末を迎えろって事だ。
魔王なんて放っぽって惚れた女と結婚してイチャイチャしたり。
気にいった女侍らせてハーレム作ったり。
海賊王になったりすればいい」
最後のはともかく前半はいいな。
ああ、特にハーレムがいい。男の夢である。
「殺されたり事故死した場合はバッドエンドだが、お前が後悔も無く死んだ場合は有りだ。
惚れた女守って死んだり、世界を守る為にその身を犠牲にしたりって奴だな」
「王道展開って奴だな。
まぁ俺は身を犠牲にするより一緒に死ぬ方がいい根暗な奴だがな」
そもそも惚れた女残して死ぬとか絶対嫌だ。
しかもそれが美人だったら物凄く嫌だ。
しかもそんな美人な奥さんを狙う不逞な奴が現れたら、新たな魔王となって復活するくらい嫌だ。
俺は寝取られよりも寝取り派である!!
「そりゃいい。うちの上司と話しが合うかもな。
因みに上司の神様はハッピーエンドを迎えた物語しか認めないハッピーエンド主義者だ」
「認めないとどうなるんだ?」
「お前の物語は神の世界にある本に自動的に記されるんだが、その本を焼却処分する」
「人の人生を一体なんだと……」
「ま、神様だからな」
なんかその一言で済ますのはずるい気がする。
「ちなみにバッドエンドとかで物語が終わったら次の候補を探す。
これから行く世界に送ったのは、お前で六人目だな」
「前の連中はどうなったんだよ?」
「死んだに決まってんだろ」
シビア~。俺の夢なんだからもう少しオブラートに包んで言えよ。
「次に、お前はもう元の世界には戻れない。送られた世界で一生を生きる事になる」
「まあ、ありがちな設定だな」
前半に比べて、これは普通によくある設定だ。
俺の脳のボキャブラリーも、ついに底をついたか?
「それとお前には『主人公補正』が与えられる」
「死にそうになったら誰かに助けられたりとかのお約束か?」
「それはない。
あくまでこれから行く世界で有利な能力を三つだけ持っているってだけだ。
それ以外は神様がサイコロ振って勝手に決めた」
「選ばせてくれないどころかサイコロかよ!」
「文句は神様に言ってくれ。
まあお前は運がいいのか有利な能力以外の能力も使えるものが多いぞ」
「ふっ。日頃の行いのお陰だな」
昨日何をとち狂ったのか、酔った勢いで一万も募金したからな。
きっとその御利益に違いない。
「以上だ。ふむ、少し時間が余ったな」
「って! 肝心の異世界の説明は?」
「ない。自分で調べろ。体感しろ。考えろ」
当たり前の様に言いやがったよ、このおっさん。
「だがまぁ、もう五人も死んでるし、終わんねぇと俺も残業だから、ちょっとだけオマケしてやる」
このおっさんにとっては異世界への案内は残業扱いなのか。
一体神の世界とはどういう労働基準なのだろう。
俺達の世界と同じでブラックなのだろうか。
「お前の好きなゲームの知識は役に立つ」
「…………」
何か言葉が続くのかと、黙っている。
「さ、着いたぞ」
「え!? 話し終わりかよおおおおおぉぉぉぉ」
いつの間にか足下に白い穴が出来ていて、それに吸い込まれる。
一気に視界が白くなり、意識を失った。