巡る
ここは緑が香る山の麓の村だ。
私からすればなんの変哲もないただの村だが、都会から来た奴が言うには安心するいい匂いがするらしい。
地元から出たことのない身としてはよくわからない。
というより都会に興味がない。
なぜならここで生きるのに困るということはないからだ。
日が暮れ始めたころ、いつものように私はとある一軒家に寄った。
「今日も来たの?」
彼女は私が近くまで来ると、私の目の前にしわしわの手を差し出した。
「はいどうぞ」
彼女の手からは甘酸っぱい匂いがする。
私は手に乗っているそれを食べた。
「おいしいかい?」
口の中に蜜柑の香りが広がる。
「もうひとついる?」
また差し出してきたそれを、私は遠慮せずに食べた。
そうこうしているうちに少し肌寒くなってきた。
日が沈んだようだ。
私は彼女の前から離れ、帰ることにする。
「また来なさい」
彼女の見送る声を聞きそのまま歩いて帰った。
彼女の家に寄るのは、私の日課となっていた。
夕暮れに訪れては、日が沈むと帰る。その繰り返し。
そんなある日、私はいつものように彼女の家に寄った。
日が沈むのを肌で感じながら彼女が現れるのを待っていた。
だが、日が沈んでも彼女は現れなかった。
翌日いつものように彼女の家を訪れると数人の知らない人たちがいた。
その中の一人が私の近くまで来た。
「もうこの家の人はいないの。ごめんなさいね」
そう言って私の体をやさしく抱きしめた。服から線香の香りがした。
背中に暖かい水が数滴当たるのを感じたが、やがて冷たく乾いていった。
彼女が私の前からいなくなってからも、私は彼女の家に通い続けた。
雨の日も晴れの日も関係なく、彼女が現れるまでずっと待ち続けた。
それからまたしばらく立ったある日。
彼女の家を訪れると、人がいた。
「そのダンボールはこっちにお願いします」
その人たちは車と家の間を行ったり来たりしている。
私は構わずに家の敷地へと足を踏み入れる。
「あ!」
誰かが私に近づいてくる。
「こんにちは」
私の目の前まで来ると立ち止まった。
「あなたはどこから来たの?」
小さな手が私の体に触れる。
「そうだ!ちょっと待っててね」
私から手を離しどこかへと行くと、すぐにまた戻ってきた。
「はい!これあげる」
私は差し出された手の中にあるそれを食べた。
「おいしい?」
あの頃と同じ、甘酸っぱい匂いがする。蜜柑だ。
「もうひとついる?」
私が物ほしそうにしていたからだろうか、またひとつ差し出されたそれを私は食べた。
自然と、『彼女』と過ごした時間が蘇る。
もう戻らない時間、だけどまた、新しい時間はやってくる。
明日も、私はこの家に来るのだろう。
『彼女』の面影を感じさせる、今目の前にいる『少女』に会いに。
語り手 = 犬
彼女 = おばあちゃん
少女 = 孫もしくは誰かの娘
という構図のつもりで書いてます。
最後のところは『彼女』の家に『少女』が引っ越してきた描写のつもりです。