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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第1章 夜叉九郎、再逢
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第8話 出羽に棲む竜







「くっ……始めから計られていたとは!」


「赤尾津殿、ここは退くしかありませんぞ」



 目の前で繰り広げられている光景に赤尾津氏当主、赤尾津光延と羽川新介は悔しさを滲ませる。


 前田利信が病に倒れたという報告を聞き、それが確かなものであると判断した両氏の当主は示し合わせて大曲へと攻め寄せた。


 利信の弟、兄とは違って五郎は戦下手で知られており、主家である戸沢家の方も柱石であった戸沢政重が没した現状である今こそが好機であると判断したのだ。


 事実、攻め込んで暫くの間は前田五郎が守る大曲城からは弓矢が射掛けられる程度でまともな抵抗はない。


 兄である利信とは違い、射掛ける間に見せる動きも凡庸なもので単に城を守っているだけでしかないのだ。


 また、城を守っている軍勢の数も100人程度でしかなく、赤尾津、羽川両氏の率いている軍勢300人には到底、及ばない。


 古来より、城を攻めるには3倍ほどの兵力が必要と言われているが、今度の戦ではそれを充分に満たしている。


 ましてや、戦下手で知られる前田五郎が相手だ。


 家督を継承したばかりの戸沢盛安が対処してくる前に大曲を陥落させる事など造作もない事であるはずであった。


 しかし、実際は異なり、盛安は両氏が攻め寄せる頃には既に戦の準備を完了していた。


 攻め寄せた赤尾津、羽川の軍勢が大曲城に釘付けとなっている間に軍勢を伏せ、機を見て弓、鉄砲を撃ちかけて奇襲する。


 その間に病で伏せっていたはずの利信が大曲城から出陣し、両氏の軍勢を一気に追い詰める。


 要するに大曲城を包囲している側を逆に包囲、奇襲するという方法を取ったのだ。


 そもそも、籠城戦とは援軍があってこそ成立するものだが、若干13歳である盛安が戦の駆け引きを知っているとは考えてすらいなかった。


 想定外の奇襲を受けた事により軍勢は混乱し、瞬く間に蹴散らされてしまったのである。


 

「仕方ない……して、如何する? このまま退いたとて、もう一度戦えるとは思えぬぞ」


「それについては一考があります。……矢島満安殿を頼りましょう」


「矢島殿か! 確かに彼の人物の合力があれば勝機はあると思うが……しかし、矢島殿は動いてくれるだろうか」


「恐らく、大丈夫でしょう。矢島殿は小野寺家と繋がりがあるため、戸沢家に味方する理由がありません」


「確かに……考えてみればそうだな。戸沢家を敵とするという点においてならば、矢島殿と我らは同じだ」


「そういう事です。それに今度の戦の顛末を説明すれば矢島殿は必ずや動くでしょう。彼の人物は武辺者として通っております故」



 このままでは盛安に押し切られてしまうと判断した両氏の当主は同じ、由利十二頭の一つである矢島氏を頼る事を決断する。


 矢島氏は由利十二頭の中でも小野寺家よりの立場を取っており、幸いにして戸沢家に味方する理由を持っていない。


 戸沢家と直接的に敵対しているというわけではないが、小野寺家の側に属している以上は何時かは戦う可能性も考えられる。


 また、現在の矢島氏の当主である矢島満安は出羽国内でも随一の武辺者で知られており、戦上手としても知られている。


 武辺者と呼ばれる性もあり、満安は自らの武勇を活かした戦い方を得意とする人物。


 余りにも故に下手な策を弄するだけでは全く歯が立たないような武将なのだ。


 それに満安は常日頃から強者と戦いたいと公言しており、新たな戸沢家の当主が戦上手と聞けば嬉々として応じるであろう。



「解った。羽川殿の言う通り、此処は矢島殿を頼るとしよう」


「それが良いでしょう。矢島殿ならば戸沢が相手でも負ける事はありますまい」



 矢島満安の人間性を考慮し、赤尾津、羽川の両氏の当主はすぐさま、馬を走らせる。


 今度の戦では不覚こそ取ったが、満安の力さえ借りられれば盛安など敵ですらないと言うのが両氏の当主が持つ双方の見解であった。


 2人から見れば盛安は所詮、13歳の若者でしかないのだ。


 ましてや、今現在の行動も盛安に全て見通されていた事など考えすらもしなかったのである。
















「赤尾津、羽川の双方共に退くか。深追いはせず、此処までにしておけ」



 両氏の当主が退く姿を認めた俺は大曲城から打って出てきた利信を始めとした全員に指示を出す。


 当初の予定通り、奇襲を行う事で赤尾津、羽川の両氏の軍勢を散々に破る事が出来たが本番はこの後に控えているのだ。


 深追いをする必要はない。



「なれど……赤尾津、羽川を討つ絶好の機会です。私に命じて頂ければ如何なる事があっても討ち果たしてみせましょう」



 しかし、両氏に対して深い因縁を持つ利信が異を唱える。


 敵を討ち取る絶好の機会を前にして動かずにいる事が残念でならないのだろう。



「確かに利信の言う通り、両氏を討つ絶好の機会ではある。だが、今度の戦は赤尾津、羽川だけでなく矢島も巻き込むのが目的だ。


 その際に勿論、赤尾津、羽川の両氏は討つが、それについては今暫く我慢してくれ。討つ機会が来たら必ず、利信に任せる」


「解りました。盛安様がそう申されるのならば」


「……すまぬな、利信」



 目的を告げる俺の言葉に頷く利信。


 利信も今度の戦における目的が矢島氏を引っ張り出す事にある事を理解しているからだ。


 敵を討ちたいと思うのは当然だが、俺の考えている構想を崩してまで成し遂げようとは思ってはいない。



「いえ、構いませぬ。しかし……今度の戦における盛安様の太刀筋は見事でございました。あれほど戦えるのならば矢島満安と戦う事に反対は致しませぬ」



 逸る気持ちを抱えながらも何処か冷静であったが故に利信は戦っている最中の俺の事も見ていたらしい。


 今度の戦において俺は鉄砲、弓を撃ちかけた後、真っ先に敵陣に突入し、多数の敵兵を相手にした。


 この際、馬上で槍を振るい俺の首を取ろうとする者達を次々と討ち果たしていったのだ。


 本来ならば戸沢盛安の初陣ともいうべき合戦ではあるが、既に一度目の人生を終えている今となっては戦い方は骨の髄まで染み付いている。


 ましてや、常に最前戦で戦い、槍または太刀で戦ってきた身なのだ。


 乱戦には慣れているし、一騎討ちも幾度となく経験している。


 史実においては猛将であるという名を残している盛安という身からすれば序の口でしかない。



「利信がそう言ってくれるのならば心強い。この戦、必ずや勝ちにいくぞ」


「ははっ!」



 だが、利信からの言葉を受けてその感覚は間違いではないと実感する。


 利信もまた、武勇に優れた人物でその腕は確かであるからだ。


 戦において何も解っていない人間が口にするのとは訳が違う。


 そういった意味では利信の言葉は充分に信用出来る。


 俺は来るべき矢島満安との戦いの前に改めて、気を引き締めなおすのであった。
















「……という次第。戸沢盛安は若いながらも侮れぬ」


「そうか。それでおめおめと引き下がったわけか。面白う、ないな」


「ぐっ……」



 大曲での戦いに敗れた赤尾津、羽川両氏の当主は矢島氏当主、矢島満安に事の顛末を伝えた。


 城攻めの最中に戸沢盛安率いる軍勢から奇襲を受けた事。


 その際の戸沢家の軍勢の先頭に立っていたのは元服を済ませたばかりであろう若武者であった事。


 若武者は年齢とはかけ離れた槍捌きで両氏の軍勢を次々と蹴散らした事。


 しかし、事を伝えた満安からの言葉は辛辣なもので不甲斐ないという事を包み隠そうともしない。


 何とか反論しようと思うが、六尺九寸もの身長と鎧のように引き締まった体躯を持つ満安の前では如何しても萎縮してしまう。


 見上げるほどの身の丈であり、巨人のようにも見える存在感は強烈なものがあり、豪勇の士として知られる満安の纏う空気は刃のように鋭い。


 迂闊に下らない事を口にしてしまえば、傍に立てかけてある四尺八寸の大太刀に斬られかねない。



「だが、今の戸沢家当主は面白そうな人間だ。元服し、家督を継承したばかりにも関わらず、既に戦の駆け引きは身に付けていると見える。


 しかも、陣頭に立って槍を振るっていたというのだから尚更、良い。漸く、最上義光殿や延沢満延殿以外にも骨がありそうな人物が現れたものだ」



 両氏の当主が内心で怯んでいるのとは裏腹に喜びに満ちた様子で頷く満安。


 盛安の話を聞き、興味を覚えた様子だ。


 出羽国内では武辺者として知られている満安だが、自身が認めた人物というのは殆どおらず、今回のような様子は非常に珍しい。


 そもそも、満安が出羽国内で認めた人物は最上義光と延沢満延の2人しかいないのだ。


 盛安のような人物が出てきた事を喜ぶのは無理もないのかもしれない。


 満安からすれば漸く、戦うに足るであろう人物が出てきたという事なのだから。



「それでは……!」


「ああ。今度の戸沢家との戦、俺も加わらせて貰おう。戸沢盛安殿とは一戦交える価値が存分にありそうだ」



 待ちに待った人物の登場に満安は戸沢家との戦に参加する事を表明する。


 由利十二頭の中でも最も武勇に優れ、戦上手として知られる満安は盛安が年齢にそぐわない強敵である事を感じ取っていた。


 仮病を利用した奇襲による戦術に馬上で槍を振るっていたという膂力。


 どちらも僅か13歳である若武者が簡単に出来るような事ではない。


 満安が聞いた事のある話の中で似たような経緯を持っている人物は関東の常陸国の大名で鬼の異名を持つ彼の人物だけだ。


 しかし、若年でありながらも成果を出しているという意味では共通点は多い。


 そういった意味では盛安もまた鬼と呼ばれるほどの人物になるかもしれない。


 だが、本当に盛安がそれほどの者であるかは解らない。


 全ては実際に戦ってみれば解る事だ。



(久し振りに自分から戦いたいと思う相手だが……。戸沢盛安殿は俺を凌駕出来るだけのものを持つ武将であるだろうか。


 いや……考えても仕方のない事か。全ては実際に戦って判断するまでだ。今度の戦で見せたという片鱗が本物か如何か、この矢島満安が確かめてやろう――――!)



 満安は盛安の姿を思い浮かべながらゆっくりと立ち上がる。


 まるで巨像が動くかのような仕草に赤尾津、羽川の両氏の当主は胆が冷えるような感覚を覚えた。


 間近で六尺九寸もの巨漢を誇る満安の異形を見てしまったのだ。


 鋼の鎧のように引き締まった身体に丸太のように太く、長い腕。


 力を込められただけで殺されてしまうのではないかと思えるほどの満安の姿に並みの人間では圧倒されてしまっても無理はない。


 豪勇の士にして、出羽国が誇る無双の人物。


 矢島の悪竜と称された矢島満安は由利十二頭の中でも余りにも持っているものが違い過ぎる。


 四尺八寸の大太刀と一丈二尺の八角の樫の棒を軽々と振るい、七寸八分もの体躯を持つ愛馬、八升栗毛の上で戦う姿は化物であるといっても良い。


 満安の得物である八角の樫の木棒の前では太刀、薙刀は一撃の下に叩き折られ、兜、鎧に当たった者は、2度と生きてはかえれない。


 大太刀を振るっても鎧武者ですら斬り捨ててしまうほどの豪勇の士。


 由利十二頭の中で最も恐れられ、悪竜の異名を持つ怪男児としての名を欲しいままにしている矢島満安。


 後に夜叉九郎と呼ばれる事になる戸沢盛安との邂逅の時はすぐ傍にまで迫っていた――――。
















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