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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第5章 夢幻の如く
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第84話 膠着する戦い

随分と長らく御待たせして申し訳ありません。遅くなりましたが、漸くの更新となりました。

現状は各地での活動もあり、違う分野で動いております。不定期ではございますが、少しずつでも御話を進めていきたいと思う次第です。






 ――――1582年4月13日






「兄上が……!?」



 兄上に諭されて一度、本陣にまで戻っていた俺は信じ難い報告を受け取る。

 『戸沢盛重戦死』

 昨日に交わしたばかりの話が兄弟最後の会話となるだなんて思いもしなかった。

 本来、兄上はこのような場所で倒れて良い人間じゃない。

 過労死とも流行病による死とも言われる戸沢盛安の身に何があるか解らない以上、兄上の力は必ず必要になるはずだった。

 平九郎と共に遠乗りに出かけた時に兄弟で助け合っていく誓いを果たしてくれた兄上。

 隠居の身にも関わらず、一大決戦となる最上家との戦いに参戦してくれたのもその誓いを守ってくれたからだ。

 俺のために力を尽くしてくれた兄上に何を以って報いれば良いのか。



「……兄上は最期に何と言っていた?」


「はっ……仇を討とうとは考えるな、天童頼貞を侮ってはならぬ、と」


「……そうか」



 兄上は最期のその時まで俺の事を考えてくれていた。

 天童頼貞が疑う余地のない名将なのは一歩も退かぬ姿勢で挑んでいた最上義光との戦いぶりで明らかだった筈だ。

 安東愛季との戦に勝利した事で俺自身に何処か慢心があったのも事実だろう。

 現に此処までの勢力を築き上げるにあたって今までが上手く行き過ぎていた。

 自分の力を過信していたところがあるのも否めない。

 俺自身の愚かさに気付いていたのは他ならぬ兄上だ。

 最期に侮ってはならぬ、と言い残したのはそれを踏まえての事も入っているに違いない。



「他には何かあったか……?」


「はい……。上杉様との盟約通り、本庄繁長殿を頼るように、と」



 他にも兄上は俺に上杉家を頼るべきだとの言葉を遺していた。

 庄内を平定したのも大元は地力を高めるのと同盟を考えての事だった筈だ。

 最上義光は間違いなく今まで最強の敵であり、今の俺に彼の人物を独力で打ち破る事は出来ない。

 ましてや天童頼貞を相手に苦戦するようではこれから先も覚束無いだろう。



「……解った。おって沙汰する故、仕度を進めてくれ」


「ははっ……!」



 兄上の遺した言葉で俺の腹も決まった。

 今は遠くを見る時じゃない、目の前の事を片付けて往く……それだけだ。



「……っ……!」



 だけど、今だけは一人だけで泣かせて欲しい。

 最期の時まで俺の行く末を案じてくれていた兄上のために。

 そして――――不甲斐ない自分の戒めに。

 俺は場を後にし、一人で涙を流すのだった。











「……見苦しい姿を見せたな。此処までの事は俺の責にある。……すまぬ」



 俺は一人で一頻り泣いた後、改めて皆を集め頭を下げる。

 兄上の死も天童頼貞を抜く事が出来ないのも全て俺の責任だ。

 情けない事だが、漸く頭が冷えたように思う。

 確かに大きな分岐点となる彼の事件の日が近付いている。

 それに備えて準備を進め、以前に上洛した際もそれを見据えて僅かな布石を打ったが結末を変えるのは戸沢盛安の役目じゃない。

 天下を継承し、今の時代を変えるのは羽柴秀吉という『皆が笑って暮らせる世』を望む人物の役目だ。

 あくまでも俺は自分の成すべき事の為に力を尽くさなくてはならない。

 『奥州総代』

 これが俺が任された役目なのだから。

 今の俺が全力を尽くすべきは最上義光との一戦に決着をつける事。

 最大の壁となるであろう今を乗り越えなくては先はない。



「兄上の言い残された通り、本庄繁長殿に使者を送る」



 最上家と事を構えるにあたって上杉家と交わした盟約。

 他家の力を借りるのは避けたい事であったが……今の俺では最上義光を凌駕する事は出来ない。

 如何に遠い先の時代からの知識というものがあっても、それが全く通じない相手が存在する事を俺は再認識する。

 津軽為信という人物がそうであったように。

 織田信長という人物が余りにも強大なスケールの持ち主であったように。

 今の俺の目の前には時代にその名を残した傑物が立ち塞がっている。

 不意打ち的な手段で安東愛季との戦に勝利出来たのも”まぐれ”でしかない。

 此度の戦は改めてそれを強く意識して挑まなくてはならないのだ。



「しかし、今からでは時が必要になる。それまでは天童頼貞、いや……最上義光を抑えなくてはならない」



 正直、事前に援軍要請をしていれば楽に展開出来ていただろうが……。

 目的を周囲に明確化出来ていなかったのが此処から響いてくる。

 直江兼続が俺の意図を読み取ってくれている可能性もあるが、都合良くはいかないはずだ。

 釣り野伏せが通用しなかった以上、伏兵も効果は薄い。

 天童頼貞にすら通じなかった事を踏まえると最上義光に通用する訳がない。

 あくまで正攻法でいくしかないだろう。



「故に俺が自ら陣頭に立つ、此処で策を巡らせたとしても意味はないだろう。如何だ?」



 そう結論付け、俺は皆に告げる。

 最上義光は知将として知られるが勇将としても名高い。

 知、仁、勇を兼ね備えた彼の人物を相手するには自分の持つ最も優れた部分で立ち向かうしかないだろう。

 故に俺は”勇”を選択したのだが――――。



「御待ち下され、盛安様。その御役目、この前田利信に御命じを」



 利信が意見を制しながら頭を下げる。

 これまでの方針とは逆の提案をしていた利信。

 今の状況となってしまった以上は実質、腰を据えるという選択肢を選んだのと同義である事からそれに従うと言う事なのだろう。



「腰を据えてかかる以上、此度の戦においては私が最も適任かと存じます」


「……ふむ」



 此処で暫し思案する。

 利信の言う通り、此度の戦に参陣している者達の中では最も老練で最上義光の事も詳しいのは利信自身だ。

 矢島満安、鮭延秀綱といった一軍を預けられる者達はそれぞれに延沢満延、志村光安といった自らにも劣らぬ相手と戦っている。

 奥重政と服部康成の両名は戸沢家に仕官して日が浅く、権限を委ねるのは難しい。

 また白岩盛直、戸蒔義広ら古参の者達は兄上の率いていた軍勢の収拾に務めなくてはならない。

 こうなると意見を具申してきた利信の言う通りに任せるしかないだろう。



「相、解った。此処は利信に任せる。だが……決して捨石になろうと考えるな」


「……ははっ!」



 捨石にならないように、と命じた俺に対して平伏する利信の様子に一抹の不安を覚える。

 兄上が亡くなった事といい、最上義光との戦が尋常ではないものとなるのは目に見えているからだ。

 利信は古強者であるが、天童頼貞もまた古強者。

 更に最上義光は知勇兼ね備えた英傑であり、自ら陣頭で八角棒を振るう猛将の側面も持つ。

 彼の者達を相手に時間を稼ぐという役目は利信にしか出来ないだろうが、撃ち破る事は利信にも不可能だ。

 無論、俺自身が陣頭で戦っても最上義光を相手にして勝てる保証は無い。

 正直なところ一騎討ちくらいしか勝機を見出せるとはとても思えないからだ。

 しかし、此処で利信に危険な役目を委ねるのは躊躇われる。

 今の戸沢家は漸く次代を担う人物達が集まり始めたばかりであり、利信のような人物は後進を育てる役割も担って貰わなくてはならない。

 故にこれからもその力を必要とする利信の存在は大きく、俺自身も教わりたい事が沢山ある。

 だが、もう進みだしてしまった以上は後戻り出来ない。

 兄上の犠牲を無駄にしないためにも。

 そして、自らの成すべき事を貫き通すためにも。

 俺は此処で足を止める訳にはいかない。

 遠い先で伝わっていた歴史とは全く異なる今。

 その道筋が今漸く、俺の眼の前に広がった気がした――――。











「天童頼貞様、戸沢盛重殿を討ち取った模様!」


「……御苦労、流石は天童と言ったところか」



 盛安が報告を受け、次の動きに移ろうとしていた時を同じくして義光も報告を受け取る。

 天童頼貞の実力は自分自身が一番、身を以って知っている。

 働きぶりに関しては驚く程の事でもない。



「しかし……これで何処か散漫だった盛安めの動きが変わるのは確実だろう。守棟よ如何見る?」


「はっ……義光様の見立て通りかと存じます。いよいよ戸沢盛安という人物が見れるかと」


「……うむ。俺も然様に思っていた。彼の津軽為信が見込んだ者がこの程度で終わる訳がない」



 盛重を失った以上、盛安は間違いなく本腰を入れて来るだろう。

 此処から先の戦は順調にいくとは考えない方が良い。

 安東愛季を破った手腕は紛れもなく本物なのだから。

 それに下克上を果たした傑物である津軽為信も盛安の事を認めている。

 決して油断出来る相手ではない。



「恐らくだが、盛安はこの事態を踏まえて上杉に援軍を要請するであろう。本腰を入れるのであれば時間を稼いでくるに相違ない」


「されど、今は柴田殿が北上しているのでは?」


「うむ、その通りだ。しかし、それ故に上杉は必ず動く。直江兼続と傑山雲勝の知略を甘く見ない方が良い」


「……義光様の慧眼、恐れ入りまする」



 義光は盛安が必ず上杉家へと援軍を要請する事を察する。

 上杉家は確かに織田家と魚津方面で戦を展開しているが、未だに余力を残している。

 特に本庄繁長を中心とした出羽に近い武将の率いる軍勢は無傷で健在。

 新発田重家が蘆名家を抑える役目を果たしている以上、後顧の憂いなく繁長は出羽へと援軍を引き連れてくるであろう。

 また盛安が事前に大宝寺を傘下に従え、庄内を抑えていると言うのも大きい。

 上杉家の援軍を手引きする事は容易である。

 それに戸沢家が最上家と戦う事態を直江兼続や傑山雲勝が想定していない訳がない。



「伊達に上杉に備えるように要請せよ」


「ははっ……!」



 義光は軍議の段階から未知の敵が出てくる事を察知していた伊達政宗率いる援軍へと上杉家に備えるように要請する。

 余力を残しているとはいえ、上杉家の本庄繁長の援軍はそう多くはないと予測する義光。

 上杉家屈指の猛将と名高い繁長が相手であると政宗では荷が重いかもしれないが、数の優位と片倉景綱が従っているのであれば問題ないだろう。

 先の相馬家との戦で痛い目を見ている以上、軽率に動く事はないと義光は考える。

 直情的な側面のある本庄繁長には傑山雲勝がついているが、景綱ならば対抗出来るだろう。

 盛安に対して政宗に任せる事で同世代の武将達の器量を見極めたい思いもあるが、そのような真似をすれば足元を掬われる。

 立ち塞がる相手は今まで戦ってきた敵の中でも最大の強敵。

 如何に年齢が若くとも戸沢盛安という人物は今の奥州一の傑物と成り得るだけの器を持つ人物だ。

 義光は盛安をそう認識している。



「戸沢九郎盛安、如何程のものか見せて貰う――――!」



 出羽の驍将と謳われる最上義光の中に『油断』の二文字はない。

 盛安が最大の壁となる以上、相手からすればこの義光が最大の壁なのだ。

 互いに退く事の出来ない一戦であり、此度の戦が出羽の覇者を決める戦い。

 最上家か戸沢家か――――その結末はまだ解らない。











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