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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第5章 夢幻の如く
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第77話 戦雲、南より





 ――――1582年3月20日







 ――――角館城






 佐竹家からの返答が届き、上洛する前までには甲斐姫を送り届けるとの報せを受けた俺はこの上なく上機嫌であった。

 漸く、彼女と逢えるのだと思うと表面上は冷静に装っていても、内心ではそれを抑えきれない。

 何処かで恋焦がれていた相手と巡り合える事は何にも変え難いものであるからだ。



「……随分と御機嫌なようですね。重朝殿や昌長殿も気にしていました」


「……重政」



 甲斐姫との婚姻の日を今か今かと待ちつつ、すぐにでも上洛出来るように手配を済ませた俺を訪れたのは重政だ。

 家臣に召し抱えてからの月日はそれ程長くはないが、軍事では鉄砲隊を預かり、内政では利信の指導を受けている事もあってか、重政は俺と接する機会が非常に多い。

 そのため、俺の様子を察したのだろう。



「……殿、只今戻りましてございます」


「……康成も戻ってきたか。して、情勢に何か変化はあったか?」」



 重政に続き、各地の情報収集を任せていた康成もこの場に訪れる。

 武田家が滅亡する時期であり、織田家の今後に関わってくる問題の一つでもあるためか、俺は奥州の動きよりも其方を優先して康成を働かせていた。

 一先ずは俺が干渉した事で史実と違って上杉家にかなりの余力が残っている状態のはずだが……果たしてどれだけの変化があったのだろうか?



「はっ……殿の立てた予測通り、織田家が武田家に侵攻し、これを滅ぼした由にございます。しかしながら、当主である武田勝頼様は上州の岩櫃城に逃れた様子です」


「……勝頼殿は無事に逃れられたか」



 康成からの報告で勝頼が無事に上州に落ち延びた事に俺は安堵する。

 上杉、佐竹の両家と同盟を結んでいるとはいえ、武田家とは接点の無い戸沢家では出来る事は殆ど無かった。

 分の悪い賭けではあるが兼続や昌幸らが如何に判断して動くかに任せるしかない。

 そのため、武田家の行く末に関しては案じこそすれ、天命に委ねるしか無いだろうとみていた。

 上州の岩櫃に逃れたと言う事は昌幸が動いたのだろう。

 甲斐源氏としての武田家は滅んでしまったとはいえ、勝頼が生存しているのならば結末としては大きく変わったと言っても過言ではない。

 御館の乱後の処置が行われる前に上杉家と接触した影響の大きさが改めて此処で活きてきた事を実感する。

 何しろ、史実とは違った結末を迎える事が出来たのだから。

 俺の動きは決して無駄ではなかったと言う事になる。 



「他には何か得た情報は無いか?」


「……現状、上杉家と織田家が越中東部、信濃北部で睨み合っている模様。また、殿が警戒して居られる会津、米沢に関しては目立った動きは見られませぬ」


「相、解った。良くぞ、調べてくれた康成」


「……勿体無き御言葉にござる」 



 康成からの報告でそれが解っただけでも充分だ。

 間接的な干渉であっても僅かにでも結果を変えられたのならば、直接干渉する事が出来れば大きく結果を変える事が出来る。

 これならば、俺が阻止しようと目論んでいる彼の大事件の結果を変える事だって夢では無いかもしれない。

 確実に史実とは違う流れに進んでいる事を噛み締めた俺は自らの成果が確かなものである事を確信していた――――。











「利信様、奥重政、服部康成、参りました」


「……うむ」



 盛安への報告を終えた重政と康成は重臣である前田利信に呼び出されていた。



「盛安様の様子は御主らには如何見えた?」


「……はっ、頻りに中央の動向を探っているように見受けられます。やはり、上洛が最優先の目標としているからでしょう」


「重政殿と同意見にござる。殿は某に西の情勢を主とした諜報を御命じでありました故」



 利信が尋ねると重政と康成は盛安からは奥州よりも西の情勢を深く気にしていると告げられる。

 年が明けた段階で上洛の準備を進める方針である事を表明していた事もあって特に驚きは無いが……。



「……ふむ、危いな」



 如何にも危いと利信には思える。

 今の盛安は明らかに視野が狭まっているからだ。

 上洛中の事を考慮して軍備や領内の整備は万全ではあるが、それでも利信には穴があるようにしか思えない。

 本来ならば、中央の事よりも南の最上家、伊達家の動向を気にするべきだからだ。

 鎮守府将軍としていよいよ相応しいだけの勢力になってきた戸沢家の存在を羽州探題、奥州探題の家柄である両家が放置するとは考えられない。

 現状は確かに盛安の見通し通り、最上八楯の天童頼貞が壁となってはいるのだが………。



「盛安様は最上義守殿の存在を見落として居られる。最も脅威となるのは現当主、義光殿だと言うのが盛安様の見解ではあるが……此度に限っては当て嵌まらぬ」


「それは如何言う意味でしょうか?」



 奥州の事はまだまだ詳しいとは言えない、重政と康成には何故、利信が気にしているのかが解らない。

 義光と義守の確執が根深いものである事は盛安が断言している。

 そのため、事情を知らない重政と康成が解らないのも無理はないだろう。

 


「壁となってくれるはずの最上八楯の事よ。彼の者らは義光殿には従わぬであろうが、義守殿には絶対の忠誠を誓っておる。……故に危いと儂は見ている。

 盛安様が義守殿を警戒していない今、其処を突かれる可能性があるやもしれぬと、な」


「利信様……」


「儂も進言はしてみたものの、杞憂に過ぎぬと言われてしまった。……盛安様が若過ぎるが故の事やもしれん。義守殿の脅威を知る者は皆が老いた世代故」



 義守の存在の大きさを語りつつ、利信は世代が新しくなったが故に彼の人物が知られなくなった事を思う。

 現当主、義光の権謀術数は奥州でも随一であり、奥州屈指の大名に最上家を仕立て上げたのも全ては義光の代になってからだ。

 義守の代では今一つ、雄飛する事の無かった最上家の現状を踏まえると盛安がとるに足らないと思うのも無理はない。

 何しろ、盛安が生まれて数年以内には義光に世代が交代している。

 あくまで最上家の事も伝え聞いた事しか知らないはずだ。

 義光と義守の確執の深さは余りにも有名であり、今の奥州の若い者達も殆どがその確執の酷さしか知らないだろう。



「………如何にも嫌な予感が拭えぬのだ。もしかすると、取り返しのつかない事になるかもしれぬ、とな」



 だからこそ、古い世代の人間である利信には脅威が間近に来ている予感がしてならない。

 義守が動けば、戸沢家の楯となっている最上八楯は皆が揃って義光の下に付くだろう。

 天文の大乱や家督相続争いの頃も義守の味方として戦った彼の者らが従わないと言う事は考えられない。

 盛安が見落としているのはあくまで義光を警戒するが故の事だ。

 それに上洛する事と甲斐姫との婚姻を最優先としている今、義光ほどの人物であれば寸前まで隠し通す事は造作もない。

 奥州でも随一の知恵者とも名高い義光ならば、盛安を最後まで欺く事が出来るだろう。



「御主らを呼んだのは万が一の事がある前に儂の全てを伝えおきたいと思ったからだ。………今の戸沢家で儂の後を継いで盛安様の力になれる者は重政、康成だけだ」



 利信は時が近い事を察しながら重政と康成に呼び出した本当の目的を伝える。

 今までは治水を始めとした領内整備の全てにおいて利信が携わり、盛安の補佐をしてきた。

 だが、還暦を迎えた今、そう長くは盛安のために働く事は出来ない。

 それ故、新たな世代である重政や康成に自らの全てを伝えなくてはならないのだ。



「これからは御主達が要となる。………儂の最後の御奉公の時も近いようだからな」


「………利信様」



 最上家が水面下で動いている事を確信している利信は自らの最後が近い事を悟る。

 今の戸沢家は確かに強大だが、最上家と戦う事になれば全力を尽くさねばならない。

 ましてや、最上八楯が義光の味方となれば容易く片付く敵ではないのだ。

 豪勇無双の士である満安にも劣らない勇士である延沢満延。

 幾度となく義光を打ち破ってきた知勇兼備の名将である天童頼貞。

 安東家との唐松野の戦いの時こそ通じた奇策も既に知られている事を踏まえればそれも通じない。

 謀略を仕掛ける手もあるだろうが、それは義光の方が盛安よりも明らかに上手だ。

 故に事実上は正攻法で戦うしかない。

 そのため、死力を尽くして戦うしか最上家を打ち破る事は出来ないのだ。

 例え、犠牲を払う事になったとしても。

 最上家との戦が近いと見た利信は自らの身を捨石とする覚悟を決める。

 後継者に成り得る重政と康成の存在があるのだから後顧の憂いは何もない。

 後は道盛から3代に渡って仕えてきた戸沢家に忠節を尽くす――――。

 利信の中にあるのはそれだけであった。











 ――――同日






 ――――山形城






「……いよいよ、戸沢と一戦交えるその時が来た。光安、手筈は整っておろうな?」


「ははっ! 万事抜かりなく整ってございます」



 盛安が上洛に思いをはせている頃――――。

 利信の予測通り、義光が戸沢家侵攻の準備を完了させていた。

 父、義守の助力で最上八楯を傘下に収めた今、義光の前に戸沢家への道を阻むものは存在しない。



「……うむ。して、伊達への要請は如何なっておる」


「輝宗様は快く引き受けて下さいました。先の戦で武名を轟かせた片倉景綱殿を参陣させて下さるとの事」


「伊達の鬼、小十郎景綱、か」



 安東家、南部家にも対戸沢家に参陣させる手筈を整えていた義光は伊達家にも参陣するように手回しをしていた。

 相馬家との金山、丸森を巡る戦いの際に亘理元宗を失い、勢力を後退させた伊達家。

 しかしながら、田村清顕らを始めとする大名達の協力もあり、一定の勢力を保っていた。

 現在は元宗に代わり鬼庭良直が取り纏めていると聞いている。

 歴戦の武将である良直が指揮を執っている事もあってか、流石の相馬家も積極的に侵攻する事は無いらしい。

 以前よりも弱体化したとはいえ、今でも奥州では有数の勢力を誇る伊達家はまだ力を残していると言える。

 義光の要請の応じたのも余力が残っているからか、または同じく探題を務めた家柄と言う出自が鎮守府将軍を認めないのか。

 何れにせよ、最上家と目的が一致した伊達家は対戸沢家に参加する事を表明した。

 中でも此度の戦に参陣する片倉景綱は先の戦いで殿を務め、相馬家に大打撃を与えた事で知られる武将。

 年齢は20代半ばという若さでありながらも、既に智謀は伊達家中でも並ぶ者なしと言われ、武勇にも優れた武将として評価されている。

 このような人物を寄越してきたと言う事は輝宗も盛安の存在を警戒しているのだろう。

 此処で勢力拡大を阻止するべきとの判断なのは間違いない。



「流石の輝宗殿も戸沢の盛安めが脅威と判断したか。ならば、蘆名も動かしているだろうな。厄介な新発田の動きを抑えねばならぬ」


「となれば、上杉で警戒すべきなのは本庄だけになると?」


「うむ……俺はそう見ている。庄内は安東の水軍に牽制を任せるとはいえ、如何やっても繁長めを抑える事は出来ぬ。援軍があるとすれば本庄だけだ。

 後は津軽も援軍を出そうと試みるであろうが、安東は嘉成重盛を守りに残すつもりらしい。……そうなれば津軽も戸沢の力になる事はあるまいよ」



 最上側が警戒するべきなのは越後北東部の本庄繁長のみ。

 戸沢の味方である津軽家は安東家と南部家が抑えるため動く事はなく、上杉家も景勝率いる本隊が織田家と、兼続率いる主力が信濃へと赴いており不在。

 伊達家が動いた事により、その要請に応じた蘆名家が上杉家の新発田重家を抑える事でほぼ全ての戸沢側の勢力は動けなくなる。

 義光が描いた戸沢包囲網はいよいよ、完成の形を迎えていたと言えるだろう。



「盛安めが何を目的に軍勢を集めているかは最後まで解らなかったが……此処は先手を打つまでよ。矛先が此方に向く事になる前に、な」



 戸沢家との戦準備の目処が立ち、状況の全てが自らの思惑通りに動いている事を確信した義光は扇子を鳴らす。

 確執のある父、義守を動かしてまで準備を進めた戸沢包囲網。

 出羽の暁将、羽州の狐の異名を持つ謀将である義光の集大成と言える。

 伊達家、蘆名家、安東家、南部家をも巻き込んだ奥州の一大決戦ともなる戸沢家と最上家の戦――――。

 これは出羽北部の羽後と呼ばれる国と出羽南部の羽前と呼ばれる国を合わせた羽州全体を巡る事になる戦いだ。

 決戦の時が近いと見た義光は遂にその矛先を戸沢家へと向けるのであった。











 ――――1582年4月1日





 上洛の準備を済ませ、後は甲斐姫を迎えるだけとなった盛安の下に鮭延秀綱、戸沢盛吉、安東道季、小野寺義道から思いもよらぬ報告が齎される。

 秀綱からは天童頼貞らを先方とした最上家、伊達家の軍勢が侵攻中との報せ。

 盛吉からは安東水軍が酒田の町を海上封鎖しているとの報せ。

 道季からは安東愛季率いる軍勢が侵攻中との報せ。

 そして、義道からは南部家の九戸政実からの侵攻を受けており、救援して欲しいとの報せ。

 まるで示し合わせたかのような頃合いで四方に敵が出現する。

 今までは上洛を最優先して準備を進めていた盛安は此処にきて自らの判断の誤りを悟る。

 義光にばかり気を取られていたために最上八楯が先代の義守の命令であれば如何なる時でも最上家の味方になる可能性があった事を。

 盛安が西に目を向けている間に戦雲は南より戸沢家を包み込まんと既に広がっていたのだ。

 この戦雲をたった一人の人物が生み出したのだと考えれば義光がどれほどの存在か解るだろう。

 しかも、伊達家を含めた有力大名の全てを巻き込んで生み出したのだから。

 安東愛季に続き、奥州が誇る最大の壁となる義光が盛安の前へと立ちはだかる。

 これが僅か数ヵ月後には畿内の天下人の命運そのものを決する事になる戦となるとは――――今は誰も知る由は無かった。
















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