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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第4章 奥羽の将星
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第54話 相馬の誇りに懸けて






「ふう……」



 遠矢で伊達家の大将の一人だと思われる人物を討ち取った私。

 その後も騎射による立ち回りを基本として次々と仇を討とうと迫り来る足軽達を射抜いていく。

 暫くの間は流石に対処する事で手一杯だったけれど、私に引き続き氏幹殿が大将の一人を討ち取った事で戦況は随分と落ち着いてきた。

 佐竹家の戦において常に先陣を切って戦う氏幹殿が大将首をあっさりと取ってしまった事はその圧倒的な強さを伊達家の方にも見せ付けたという事で。

 少しでも近付けば、意図も簡単に木杖でその命を奪われてしまう。

 弓、鉄砲を射かけても氏幹殿はその弾道を理解しているのか、その射線上に立つ事はないし、矢が飛んできても信じられないような動きで叩き落とす。

 話によれば義重様も氏幹殿と同じように飛び交う矢や鉄砲の中を潜り抜けて次々と敵対する者を討ち取っていくみたいだけど……。

 流石に今の私の身じゃそういった離れ業は難しいし、遣ろうとは思わない。

 だから、騎射で戦っているのだけど……義久殿曰く、「甲斐殿も充分に離れ業を演じています」との事。

 本音をいえば、いっぱいいっぱいだからこそ遠矢に徹しているだけなんだけど……。

 氏幹殿に比べれば私なんかは常識の範疇なんじゃないかな……?



「甲斐殿、敵が退いていきます。恐らくこの状況で殿を務める事になるのは亘理元宗殿。此処からは勝手を知っている盛胤様に任せて援護に徹しましょう」



 落ち着いてきた戦況の中で義久殿が私の姿を認めて声をかけてくる。

 二つの大将首を取られた事で伊達家の軍勢が退いていくのを見た義久殿は輝宗殿が撤退を指示した事を看破しているみたい。

 それにこういった状況で殿を務める事になるであろう人物の事も。

 義久殿が相手になると読んだ人物は亘理元宗殿。

 元宗殿は先々代の当主である伊達稙宗殿の十二男で対相馬家における最前線を任されてきた人物でその手腕は現在の伊達家でも随一と名高い。

 佐竹家というイレギュラーともいうべき存在によって劣勢へと追い込まれてしまった現状でそれを立て直し、反攻する事が出来るのは確かに元宗殿だけ。

 長年に渡って盛胤殿と戦ってきた経緯といい、窮地の状況で信頼の出来る指揮官とくれば元宗が相手になるという義久殿の予測は的を射ていると思う。

 私も伊達政宗殿が表舞台に立つ以前の伊達家で恐ろしい存在だと思っていたのは元宗殿だし……義重様もその手腕には警戒していた。

 そういった意味では此処で元宗殿が出てくる事は当然とも言っても良いのだけど……。

 盛胤殿が相手をするとなれば佐竹家が直接戦うよりも援護に徹するのは妥当な選択肢で。

 互いに勝手知ったる相手であるだけに優勢の状況にある今なら盛胤殿が有利なのは間違いないと思う。

 義久殿もそれを理解しているからこそ、盛胤殿に任せると判断したみたいだし、氏幹殿も反対はしない。

 佐竹家としては私も含めて伊達家の大将首を二つ取っているので、此処にきて三つ目の大将首まで取ってしまえば相馬家の立場がなくなってしまう。

 しかも、現状で既に佐竹家からの軍勢が戦果を出しているのだからそれは尚更で。

 相馬家にとっては不倶戴天の宿敵である伊達家との戦で成果を残せないのは自分の武名を落とす事にも繋がる。

 だから、義久殿は盛胤殿の立場を考えて、戦を運ぶ事を良しとしている。

 盛胤殿もそれを望んでいるだろうし……。



「……解りました、義久殿」



 私に義久殿の方針に反対する理由はない。

 この戦での私の初陣の目標は既に達成出来てるし、佐竹家としても充分に相馬家を助ける事は出来ている。

 後は盛胤殿が戦の終止符を打つ事だけ。

 元宗殿と因縁の対決次第でこの戦の決着が付く事を考えれば、もう相馬家の勝利はほぼ間違いない。

 それ以外に展開が解らないものがあるとすれば、義重様が戦っているはずの別働隊の方。

 私の記憶に間違いがなければ、彼方には伊達政宗殿が居るはずなのだけど――――?











「最早、これまでか……!」



 家臣である原田宗政が討ち取られ、佐藤為信を立て続けに失った今、戦線を立て直す事は出来ない。

 輝宗は佐竹家の介入の報告を聞いた直後から一気に崩された事を実感しつつ、舌打ちを鳴らす。

 聞こえてくる足軽達の悲鳴からは頻りに鬼真壁の名前が聞こえてくる。

 先程の討ち取られたという報告は事実上の氏幹が斬り込んできた事の証明だ。

 流石に単独で本陣まで接近する事はないだろうが、相手は鬼と恐れられる猛将であるだけに輝宗の常識が通じるかと言われれば解らない。

 氏幹と交戦した事で明らかに動揺している軍勢の様子を見れば嫌でもそう思わされる。



「輝宗殿、此処は退かれよ。殿は儂が引き受ける」


「……叔父上」



 もうこれでは戦にならないと判断した輝宗の様子を察してか叔父である亘理元宗が近寄り、殿を務める旨を伝える。

 佐竹家により完全に崩された戦線を立て直し、敵勢の足を止める事は此度の戦に参陣した者の中では元宗にしか出来ない。



「躊躇っている暇はないぞ。佐竹の旗だけではない、相馬の旗も動き始めておる」


「……解りました、後は頼みます。叔父上」


「うむ、承った」



 残念だが、それは輝宗も理解しているため此処は元宗の意見に従うしかない。

 この場を元宗に預ける事として、輝宗は撤退のための指揮を執る事に専念する。

 だが、歴戦の将である元宗ならば確実に殿の役目を果たしてくれであろう事が解っていても此度ばかりは一抹の不安が拭えない。

 予想だにしなかった佐竹家の軍勢の来襲が齎した影響の大きさは輝宗の想像を大きく超えていたからだ。

 例え、元宗が殿の指揮を執ったとしても生還して戻ってくるとは限らない。

 それほどまでに此度の戦の佐竹家の存在は大きいのである。

 また、今の段階で余力を残している盛胤率いる相馬家の軍勢も侮れない。

 先代の当主である盛胤の軍勢は騎馬を中心とした精兵。

 数こそ、伊達家よりも少ないが数の劣勢をものともせずに幾度となく渡り合ってきた騎馬隊は南奥州でも屈指のものだ。

 それに盛胤の指揮が加わるのだから、騎馬隊に関しては此度の戦での佐竹家よりも上かもしれない。

 しかし、輝宗には拭えない不安を抱えながらも元宗に任せるしか方法はなかった。

 今の伊達家で尤も盛胤の事を知っているのは元宗だからだ。

 他に考えても適任な人物が如何しても存在しない。

 家督を継承して以来、常に支えてきてくれた叔父の身を案じつつ輝宗は苦渋の決断をするのであった。











「盛胤殿の進む道は俺が開く。だから、殿を務めるはずの亘理元宗殿は任せるぞ」



 伊達家が撤退の動きを見せ始めたところで氏幹は相馬盛胤に突撃を敢行する旨を伝える。

 明らかに此方側が有利な状況で相手が退くという事は何かしらの策があるとも考えられるが、伊達家は余力を残して退くわけではない。

 大将首を二つ取られての撤退である。

 輝宗自らが全軍の指揮を執っているとはいえ、瞬時に立て直す事は不可能だ。

 それ故に氏幹は伊達家の戦力が大きく落ちている事に気付いているのである。



「……忝ない」



 因縁の戦いである此度の戦に援軍の要請を行ったのは相馬家の側だが、殆ど確実な段階にまで勝機を掴めるところに導いた佐竹家には感謝するしかない。

 盛胤は異常とも言える戦いぶりで完全に戦の流れを決めた氏幹と輝宗の先を読んで一度足りとも隙を見せない義久の采配にそのように思う。

 しかも、敵総大将である輝宗を相手にしながら佐竹家は義重がこの場の指揮を執っていない。 

 名代である義久が采配を振るっての圧倒的なまでの優勢である。

 これは鬼真壁の異名を持つ氏幹の武名が大きく影響しているのだろうが、此度の戦で初陣を迎えるという甲斐姫にも目を見張るものがある。

 伊達家の原田宗政を遠矢で討ち取ったのを見た時は余りの事に開いた口が中々閉じなかったほどだ。

 騎射で遠矢を以って敵将を射抜く芸当なんてまるで鎌倉時代の武士のようにも思えた。

 僅かばかりではあるが、噂で聞いていた巴御前の再来であると言われていたのもこういった芸当が出来るからなのかもしれない。

 例え類い稀な技量を持つとはいえ、女性の身である甲斐姫に劣るとなれば武名で知られる先代の相馬家の当主の名折れである。



「この相馬盛胤。必ずやその期待に応えよう」



 ましてや、氏幹が道を開いてくれるとまで言っているのだ。

 此処で戦果を上げられなくては何のために戦場に立っているのか解らない。

 人間五十年とも言うべき年齢を既に越えた身ではあるが、こうまで御膳立てされてはそれに応えるしかない。

 それに目の上のたんこぶである亘理元宗を討ち取る千歳一隅の機会だ。

 佐竹家の力を借りる事になったとはいえ、二度目があるか解らないこの時を逃す理由はない。



「亘理元宗の首は儂が取る……!」



 盛胤は確かな決意を以って自らの意志を明らかにする。

 元宗は盛胤の母の弟であり、血縁者ではあるが長年に渡って戦ってきた伊達家の一門衆。

 親と子ですら争う今の時代に叔父であるとはいえ、加減をする必然性は全くない。

 寧ろ、血縁関係で固まり過ぎている南奥州の古い秩序を打ち崩す好機だ。

 これで伊達家との関係は今以上に絶縁状態となるだろうが、それも仕方がない。

 だが、此度の戦で勝利したとしても相馬家単独では伊達家を相手にして戦線を維持し続ける事は不可能である。

 金山、丸森の地における優勢を得られたとしても何時かは押し切られてしまう。

 盛胤はそれを察しているからこそ、佐竹家に援軍を要請した。

 例え佐竹家に降る事になる事が避けられないとしても――――宿敵に敗れるよりもよっぽど良い。

 盛胤の伊達家に対する執念は想像以上のものがあったのだ。











 佐竹家に属する真壁氏幹の加勢を得た相馬盛胤は殿を務める亘理元宗の軍勢に対して攻めかかった。

 長年に渡って対峙してきた宿敵を相手に自ら陣頭に立って槍を振るう盛胤。

 だが、盛胤の手の内を知り尽くしている元宗の采配の前に中々、先に進む事が出来ない。

 それが今までの伊達家との戦において良く見られた光景だった。

 しかし、此度の戦には佐竹家が相馬家に味方しており、鬼真壁こと氏幹が助勢している。

 我先にと元宗の軍勢の真っ只中へと飛び込み、木杖を振るう氏幹は次々と周囲を取り囲む軍勢を蹴散らしていく。

 それはまるで巨像が蟻を踏み潰すかのようでもあった。

 伊達家中でも精鋭で知られる元宗の軍勢が氏幹一人に全く歯が立たない。

 向かっていた者は例外なく木杖の前に倒れ伏し、息絶えていく。

 弓、鉄砲を射かけようとしても氏幹はそれを察して軍勢の中にその姿を晦まし、不意を突く。

 認識の外から接近して弓、鉄砲隊をも木杖で叩き伏せるという常識外の光景は一人の人物が戦場を一変させてしまう可能性がある事をまざまざと見せ付ける。

 この鬼神の如く戦う氏幹の姿こそが鬼真壁と呼ばれる由縁であり、関東でその名を轟かせる猛将の真骨頂であるといっても良い。

 乱戦で最大限の実力を発揮し、幾多の者達を討ち取る事で敵の戦意を削ぎ落とす――――。

 これは真に鬼と呼ばれている者だからこそ出来るものであるのだと盛胤は追走しながらそう思う。



「見つけたぞ! その首、この相馬盛胤が貰い受ける――――!」



 だが、氏幹の戦いぶりに気圧されるわけにはいかない。

 氏幹があくまで奮戦しているのは盛胤の進む道を開くためだからだ。

 本命である元宗の首は盛胤自身が討ち取らなくてはならない。

 故にその姿を認めた段階で躊躇う事なく、馬を走らせる。



「盛胤っ――――!」



 元宗も向かってくる盛胤の姿を見付け、応戦の構えを取る。

 盛胤が首を狙ってくるのは想定の範囲内だ。



「うおおおぉぉぉっっっっっ!!!!」



 しかし、元宗が動くよりも先に盛胤は勢いを落とす事なく馬を走らせつつ槍を投擲する。

 馬上での戦いで槍を捨てるような真似をするなんて命を捨てるも同然だ。

 元宗は盛胤の意表を突いた行動に僅かばかり面食らうが、咄嗟に馬首を翻して飛んできた槍を躱す。

 だが、元宗がそのように動く事こそが盛胤の狙いであった。

 僅かな隙が出来た頃合いを見逃さずに距離を一気に詰めた盛胤は刀を抜き、元宗の首筋にその刃を突き立てる。



「ごふっ……!」



 手応えあり――――。

 盛胤は確実に自らの刀が元宗を捉えた事を確信する。

 そのまま、引き抜く事なく横薙ぎに払い、元宗の首を斬り落とす。

 長年に渡って戦ってきた宿敵の最後だ。

 盛胤自身が引導を渡さなくては失礼に値する。

 責めてもの手向けであろう。



「亘理元宗! この相馬盛胤が討ち取ったり――――!」



 殿を務める大将の首を取ったという事実を盛胤は声高々に宣言する。

 輝宗の叔父であり、伊達家随一の戦上手と名高い名将、亘理元宗を討ち取ったという事を。

 だが、元宗を討ち取ったとはいえ、此度の戦は佐竹家の助力が無ければ今の結果は在り得なかった。

 万が一、この戦場に氏幹の存在がなければそう容易く元宗の首を取れたとは思えない。

 寧ろ、数での不利が祟って不覚を取る可能性だって考えられる。

 元宗と単独で戦うとなればそれだけの対価を支払わなくてはならなかった。

 だからこそ、盛胤は宿敵との戦いに終止符を打ったにも関わらず、ある事を実感する。

 恐らく、此度の戦が終われば伊達家は南奥州の覇権争いから大きく後退する事となり、相馬家は佐竹家に属する形となる。

 佐竹家が介入した事によって齎された亘理元宗の死というものはそれだけの要素を充分に兼ね備えている。

 これによって南奥州の勢力図は大きく塗り替えられる事になるであろう――――と。
















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