表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第3章 鬼九郎と鬼姫
45/86

第44話 斗星の北天に在るにさも似たり






 蠣崎慶広からの使者である近藤義武が角館を去り、津軽為信らと対安東家における戦についての話も終えたところで盛安は沼田祐光から治水について尋ねられていた。

 現在の戸沢家の領内の河川は盛安が家臣である前田利信に命じて、開発を行わせたもの。

 戦国時代では常識とされた堤を築くのではなく、河川の合流地点に新たな流れをつくる事で、水の流れる先を増やし氾濫等を防ぐといった方法だ。

 この方法は特に他国に漏らしたりはしていないが、黙っていても盟友達には何れ知られる事になると思っていただけに祐光からの質問は不都合なものではない。

 寧ろ、自分から戸沢家の領内の事に気付いた上で尋ねてきたのであれば伝えようと考えていた。

 それだけに祐光が領内の治水について興味を持ち、質問を投げかけてきたのは流石の着眼点であると思える。

 為信もまた、この場を祐光に任せた形にしてはいるが、戸沢家の領内の事は察しているようだ。

 その様子からして、盟約を結んだ時の段階で何れ、尋ねるつもりだったに違いない。

 盛安と祐光の話を一字一句足りとも聞き逃がさない構えだ。

 やはり、為政者として腕を振るっている身としては気になるところなのだろう。

 為信と祐光という奥州でも有数の人物達に自らの方策に興味を持って貰えるのは非常に有り難い事だと思いつつ、治水の方法を図説にて解説する盛安。

 河川に新たな水の流れをつくるという事については口で説明するよりも実際に現場を見せるか、図に書いてみせた方が解りやすい。

 口だけだと如何しても細かい部分での説明が漏れてしまうからだ。

 盛安は要点を説明しつつ、治水に必要な事柄を為信と祐光の両名に伝えていく。

 時には問答を交えながらも領内の整備の事も含めて話をするその光景は政を行う者同士であるからか。

 または、安東家との戦が終わった先を見据えての事か。

 何れにせよ、戸沢家が出羽北部の統一を成し遂げれば、陸奥の覇権を争う津軽家としては有利である事に違いない。

 全ては宿敵とも言うべき安東愛季との戦を終えてからの事だが、盛安と為信、祐光はこれから先を踏まえた上で話を進める。

 次にもう一度会う時は全てが終わってからになるのは既に解っているからだ。

 御互いが委ねられたそれぞれの役目を果たし、供に道を征く。

 それが盛安と為信が思う、言葉に出さずとも理解し合っている意志だ。

 出羽北部の覇を唱える者が何者になるかが明らかになる日はもう、1ヶ月前後ほどにまで迫ってる今――――。

 盛安と為信の両名には奥州の歴史が新たに動く時が近付いているという予感が過ぎりつつあった。











 ――――1580年12月下旬






 ――――湊城






「以上が現状の段階で私が知る限りの戸沢盛安に関する情報にございます」



 盛安が為信主従と意見を交えて暫しの後――――。

 急激な拡大を見せ続ける戸沢家の動向を警戒し、戸沢盛安の人物が如何なるものであるかを洗い出している者が居た。

 その人物の名前は南部政直。

 別名を南部季賢といい、安東家の外交官としてその手腕を振るっている人物だ。

 政直は南部晴政や南部信直らと同じく南部一族に属する者であるが、故あってか安東家の家臣という立場にある。

 何故、安東家の家臣となったかの経緯までは明らかではないが、外交方面を主とし、領内の整備にも携わっている事からしても信用のおける人物である事は間違いない。

 南部一族という立場にも関わらず、重用されている事からすればそれは明らかだからだ。

 また、織田信長とのやり取りを任されているのも政直であり、安東家中では中央にも繋がりを持つ数少ない人物でもあった。



「うむ……相、解った。概ね私が掴んでいる情報と同じであるようだな」



 政直より齎された盛安という人物の奥州だけでなく、”畿内での行動”を含めた情報に頷く、政直の主君と思しき人物。

 盛安による数年での戸沢家の勢力拡大の背景については前々から把握していたのか、政直からの情報にも至って驚いた様子はなく、大方の予想通りであったと言った様子だ。

 畿内での盛安の活動についても信長と関わりを持つ身として、殆ど把握している。

 政直からの情報で更に確証が持てたと言ったところに過ぎない。

 自らの眼で見てきた戸沢家は先々代の当主である道盛の頃より対外的な活動を主とはせず、家中と領内を纏める事に専念していた家。

 天文の大乱を始め、動乱期にあった奥州で行われた戦にも目立った干渉もせずにひたすら力を蓄えた戸沢家の勢力が一気に拡大したのは無理もない。

 今まで溜め込んでいた分の力が一気に爆発し、周囲の小野寺家、大宝寺家、由利十二頭に蓄えてきた力をぶつけたのだ。

 起爆剤となったのが現当主の盛安であり、歴代の戸沢家当主でも異色の人物でもあったが故に勢力を拡大出来たと思えば違和感は全くない。

 その異色ぶりは盛安自身が畿内へ出向き、鎮守府将軍に任じられた事が更に拍車をかけている。

 だが、此処までならば奥州の諸大名の皆が把握している事だろう。

 朝廷より直々に鎮守府将軍の官職に任命された事は盛安自身が大々的に明らかにしているのだから。

 嘘か誠かを信じるのは自由ではあるが、任命された経緯に信長と朝廷の両方の名が上がってくる事を踏まえれば真実性は高い。

 そもそも、室町幕府が有名無実化した今、鎮守府将軍が再び表舞台へと立つ事は在り得ない事ではない。

 出羽国にて奥州探題、羽州探題と対等以上に渡り合うにはこの官職ほど相応しいものもないからだ。

 論ずるにも足りないものでしかないだろう。

 しかし、信長と直接のやり取りを行い、大湊の町を拠点に広く貿易を行っている安東家は更に深いところまで知り得ている。

 盛安は畿内にて鎮守府将軍に任じられてきただけではない。

 関係ないところまで網羅するならば、石山、根来、伊賀といった地も訪れている。

 これだけならば、盛安が何をしていたのかまでの特定はしにくいが、畿内の事情にも通じている身からすれば大体の予測はつく。

 何れも畿内では名のある衆が属している場所であるからだ。

 その上で現在の戸沢家が治めている酒田の町に鍛冶師が新たに来ているという点を踏まえれば雑賀衆、根来衆、伊賀衆に対して何かしらの形で働きかけた事は明らかである。

 ましてや先の庄内平定での戦の折には雑賀衆の上席である鈴木家の旗が見えたとも言われており、相当数の鉄砲が見えたとの情報も確認している。

 尤も、奥州の諸大名は鈴木家との関わりがないため、鈴木家の八咫烏の紋には気付かなかったようであるが……これは安東家だからこそ知り得た事だろう。

 奥州の誰よりも畿内の事情に通じ、更には盛安の動向をも知り得ているこの人物。

 その名を――――安東愛季と言う。











 ――――安東愛季






 愛季は『斗星の北天に在るにさも似たり』と評された事で知られる出羽北部随一の英雄にして、室町時代から分裂していた湊、檜山の両安東家の統一を果たした人物。

 だが、その偉業とも言うべき統一を成し遂げた人物でありながら、その名は意外にも知られていない。

 愛季は傘下の町である大湊の町を開発して貿易に力を入れ、越前の敦賀の町を抑える朝倉家と誼を通じて畿内と奥州を繋ぐ航路を創り上げる事を始めとし――――。

 1573年には織田信長の天下人足る器を見抜き、誼を通じるなど、先見性に優れた人物である。

 特に信長との誼を通じた時期は伊達家と同じ頃合いであるため、尚更、その目のつけどころの良さは侮れない。

 また、戦においても堅実な手腕を持っており、大宝寺家、南部家と戦いながらも確実に領地を拡大。

 今でこそ、矢島満安を配下とした盛安に由利郡の覇権を奪われてはいるが、出羽北部の大半を抑えている事に変わりはなく、南部家ですらそう簡単に手を出せないほどだ。

 それに大湊を中心とした貿易だけでなく、河川による内陸部の貿易路をも掌握し、独占している愛季は戸沢家からすれば目の上のたんこぶのような存在でもあった。

 何しろ、出羽北部における河川の物資の流通の関税などを決めているのは愛季なのだから。

 貿易の収入の大きさと他大名の力を削ぐに必要な事を心得た上で政策を行っている愛季は内陸に領地を持つ大名からすれば不倶戴天の敵であると言えるだろう。






「盛安の事は先の庄内平定と合わせて、既に奥州では大体的に知られている。……畿内の事を除けばな。今更、論ずるまでもない。だが、侮れぬのも確かである。

 私としては戦いたくはないが、政直は如何に思う? 盛安が津軽家と盟約を結び、大宝寺義興を従えた事からすれば無理な話だと見るが」


「はい、戦は避けられぬものであると存じます。盛安は全て、安東家と戦うためのものであると見受けられます故」


「うむ……やはり、か」



 盛安の奥州での勢力拡大と畿内での活動の双方の事を考え、戦が避けられない事態にある事を再認識する愛季。

 2年ほど前までなれば、取るに足らないのだが……今の戸沢家は安東家にも迫るほどに力を増しつつある。

 鉄砲を大量導入し、火力を大幅に向上させている事も新たに雑賀衆を加えた事を合わせれば脅威そのものとすら言えた。



「だが、幸いにして此方も戸沢家との戦の準備は進んでいる。政直、鉄砲の搬入は如何なっている?」


「はっ! 順調にございます。年明けには恐らくですが……合計で600丁ほどまでは集まりましょう」


「そうか……。盛安が雑賀衆を従えている事を考えると些かの不安を覚えるが、今の季節ならば大量に運用する事は叶わぬし、妥当なところだろう」



 しかし、畿内との貿易を行なっている安東家は鉄砲をかき集める事が出来ないわけではない。

 信じられないような勢いで火力の強化に務めている盛安には及ばないとはいえ、愛季も鉄砲には注目していただけあり、安東家には中々の数が集まっている。

 雑賀衆を加えた分があるため、数には多少の差はあるだろうが……戦は鉄砲だけで決まるものではない。

 愛季には決して勝算がないわけではなかった。



「唯、問題があるとするならば……何処で盛安と戦うかだ。少なくとも相手が津軽家と盟約を結んでいるため、籠城戦は上策とは言えない」


「そうですね……蠣崎様に援軍を求めたとしても為信に邪魔される恐れがありますので……」


「一応、南部家に要請する手段もあるが、彼の家とは長年に渡って争ってきた仲である故、津軽家の抑えも望めぬ。周囲には敵しか居らぬ状態だ。

 皮肉な話だが、野戦で戸沢家を打ち破るのが手っ取り早い。例え、来たとしても蠣崎家の援軍を頼りにするべきかは悩むところだからな」



 問題があるとするならば、何処で戸沢家との雌雄を決すべきかであるが――――これは自然と籠城戦以外のものになってしまう。

 動員出来る兵力は戸沢家よりも安東家の方が多いものの、周囲からの援軍は余り望めない状態にあるからだ。

 領地を挟む形で敵対している戸沢、津軽の両家に加え、南部家も安東家と敵対している。

 南部家に関しては津軽家とも敵対してはいるが……現状は和睦が成立しており、動く可能性は低い。

 唯一、援軍を望めるのは蝦夷の蠣崎家なのだが――――これを当てに出来るかは微妙なところであった。

 蠣崎家は海を隔てているが、領地を接している津軽家と一定の距離を保っているからだ。

 また、津軽家との関係からすれば戸沢家にも一定の距離を持つために手を打つのは当然で、慶広が使者を送ったとの情報も入っている。

 この行動は蠣崎家が安東家から離反するためのものではなく、命脈を保つために動いたものである事は愛季にも解っていた。

 完全に離反するつもりであれば現当主である季広自らが行動を起こしたであろうから。

 それに蠣崎家が援軍を出したとなれば、戸沢家と盟約を結んでいる津軽家が動かないはずがない。

 下手をすれば、為信までも本格的に軍勢を繰り出してくる事に成りかねないのである。

 南部家から分離し、愛季の娘婿であった北畠顕村を討ち果たした為信が強敵である事は愛季が身を以って理解している。

 娘婿の仇討ちという明確な理由を持っているとは言えども今の段階では態々、此方から仕掛ける必要性はないのだ。

 あくまで対戸沢家に戦力を差し向けるべきである。



「となれば……盛安と戦うのに適した場所は此処になる、か」



 暫く思案したところで愛季は徐ろに地図を広げて、ある地点を指し示す。

 その場所は唐松野と呼ばれる地。

 安東家には前線基地とも言える唐松城があり、戸沢家にも淀川城と荒川城があるという、両家にとっての境目の地。

 これならば、盛安も確実に野戦へと出てくるであろうし、愛季にとっても勝手知ったる地であるため、戦に挑み易い。

 鉄砲の数で劣るため、真っ向からの撃ち合いとなれば些か不利となるが、雪や雨の多い今の季節ならば鉄砲は本来の力を発揮出来ない。

 そのため、弓を準備してくる可能性も考えられるが、火力の面での差が縮まれば、動員出来る兵力の多い安東家の方が有利に立ち回れる可能性が高い。

 野戦という形での戦は決して不利ではなかった。

 だが、愛季が戦場として選んだ唐松野と呼ばれるこの地は自らにとって因縁のある地である事は知る由もない。

 戸沢家と安東家の領地の境目にある唐松野の地――――。











 それは――――史実において戸沢盛安と安東愛季が戦った決戦の地であり、最後の地なのであった。
















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ