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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第3章 鬼九郎と鬼姫
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第31話 反魂せし者




 ――――1580年6月下旬






 石山にて的場昌長と鈴木重朝の両名を加え、根来にて奥重政を加え、伊賀にて服部康成を加えた俺達一行は奥州へ戻る準備をするべく越前の敦賀の町に滞在していた。


 この敦賀の町は奥州から安土へと向かう際にも先に立ち寄っており、この町に来たのは2度目である。


 それもあってか船に関しても話が通し易く、順調な形で準備を進めていた。


 後は出港の準備が終わるのを待ち、輪島、直江津等の町に立ち寄りながら酒田へと帰還するだけだ。


 多くの出会いがあり、俺の生涯の宝となるであろう経験を得る事が出来た畿内を去る事は名残惜しくもあるが、次の機会がないというわけではない。


 奥州の情勢が定まれば、訪れる機会もある事だろう。


 だが、多くの出会いがあればまた、別れもある。



「盛安様、拙者はこれにて失礼させて頂きます」


「……甚助殿。此処までの御案内と畿内での供の件、感謝致します」



 それを証明するかのように、俺は甚助との別れの時を迎えていた。


 初対面であったにも関わらず、酒田の町から畿内での活動の全てに同行し、時には高い名声で公家との交流等にも一役かってくれた甚助には感謝してもしきれない。



「いえ、此方こそ良い経験をさせて頂き申した。拙者の思いがけない事も多々、拝見する事も出来ましたし……盛安様に同行させて頂けた事はまたとない事でした。


 此処で御別れするのは心惜しゅうござるが……何れ、機会もあれば御会いする事もござりましょう。その時は宜しく、御願い致します」


「……解った。甚助殿も御気を付けて」



 短い会話の後、甚助はゆっくりと立ち去っていく。


 甚助が何れ、機会があればまた会うだろうと言ってくれたのは後に何かが起きる可能性がある事を知っての事だろうか。


 俺が信澄と信張に伝えた事についてはもしかすると、甚助も何となくで気付いていたのかもしれない。


 信長の身に何かがあれば天下は覆ってしまう事と信澄の置かれている立場故にその身に危険が迫る事になる可能性が高い事を。


 もし、そうだとすれば諸国を廻り、見識を高めていた甚助ならば納得のいく話だ。


 何しろ、俺とは比べ物にならないほどの経験を積み重ねているのだから。


 今の俺では見えないものも甚助ならば見えるのだろう。


 こうして、俺はまたの再会を約束して甚助と別れる。


 高名な剣豪である林崎甚助との出会いもまた、俺にとっては容易には得られるものではなかった事を深く心に刻みながら――――。











 甚助と別れて一人になった俺は船の様子を見に行こうと考えて、港の方角へと足を向けようとした時――――。



「漸く御一人になられたか……。そこの御方、少し待たれよ」



 その頃合いを見計らっていたのか僅かに離れた場所に居たと思われる老人が俺に声をかけてくる。



「……何者だ?」



 目の前の老人から常人とは全く違う、気配を感じた俺は咄嗟に腰の太刀に手をかけながら尋ねる。


 見たところ、年齢は50代後半から60歳前後だろうと思われるが、口振りからするとこの老人は俺と甚助の両名に気付かれる事なくずっとこの場で待っていたらしい。


 俺に気付かれないのならまだしも、多くの場数を踏んできた甚助にもその気配を悟らせなかった事を踏まえれば間違いなく、この老人は常人ではない。



「ほっほっほっ……儂は諸国を廻っておる、しがない老人じゃよ。とは申しても、このような芸当が出来る老人ですがな」



 俺の対応を見て笑いながら、老人は手に持っている錫杖を軽く地面に突き合わせる。


 すると、周囲がゆっくりと霧に包まれたかのようになり、俺と老人の身を隠してしまう。


 無論、この時に辺りに居るはずの民は誰も俺達に気付かない。



「これは……っ!? 」



 種も仕掛けも何もないところから真っ白に覆われるかのような感覚。


 まるで、狐に化かされたかのように視覚に異なる世界を見せてきた老人の術の前に俺は驚きを隠せない。


 試しに手を伸ばしてみると、ただ空を切るだけであり、俺の目の前を包み込むものは幻である事を伝えてくる。


 人間の視覚に幻を見せる術――――。


 謂わば、幻術という非常識とも言うべき方法が存在する事は知っていたつもりだが……本当に容易く用いてくる人物が居るとは思いもしなかった。


 只者ではない事は察していたつもりだが、これは予測を大きく超えている。


 最早、信じられないと言っても良いくらいだ。


 だが、俺が見ている霧のようなものは確かに周囲を覆い隠し、この場には俺と老人以外には誰も居ない状態へと導いた。


 これは人間技ではないといっても良い。


 だからこそ、目の前の老人が異常な人間である事が理解出来る。



「流石に理解が早くて助かります、戸沢盛安殿。やはり、”反魂せし者”は違うという事でしょうかな?」


「っ……!?」


「おや? 違いましたかな? 儂が見るには盛安様からは他の者とは全く違う気質が感じられるのですが」



 俺の事を反魂せし者と評し、更には明確に俺の名前と隠していた事実を言い当てる老人。


 為信以外には前世がある事を示唆した事はなかっただけに容易く見破ってきた老人には戦慄すら覚える。



「……違わない。だが、御老体には何故、それが解った?」


「ほっほっほっ。簡単な事にございますよ。反魂については色々と心得がありましてな。容易に出来るとは申しませぬが……他者との違いを読み取る事くらい出来ます。


 それに反魂せし者が持つ気は余りにも強いため、儂のような者であれば、大凡ではありますが、何処に居るのかを探す事も不可能ではありませぬ。


 事実、儂がこうして盛安様の前に現れたのも先に他の反魂せし者に会い、是非とも盛安様に会って欲しいと頼まれたからでございます故」



 老人が尋常な人物ではない事を踏まえ、俺の身の事を肯定した上で老人が何故俺の正体に気付いたかを尋ねると更に驚くべき答えが返ってくる。


 俺以外にも反魂せし者が存在し、その人物から俺に会うように頼まれたからこの場に現れたのだと。


 荒唐無稽にも思えるが、反魂せし者とは前世の記憶を持っている人間の事を指していると考えれば、間違ってはいないと思える。


 何しろ、俺という事例が既に存在しているからだ。


 それに俺がこうなった切欠となった遠い先の時代で見た最後の光景の中には彼女が居た。


 光に包まれて意識が覚醒した時には戦国時代であった点も含めると、俺と同じ光に包まれた彼女が居ないと言う事は道理に合わない。


 まだ、老人は反魂せし者が女性か男性かについては示していないが……あの時に同じ条件を満たしていたのはもう一人だけだったのでほぼ、間違いはないはずだ。


 それだけに俺の心は何処かで昂りつつある。


 本来ならば目の前の老人を疑い、何者かを確認するべきなのだが……如何も抑える事が出来ない。


 やはり、何処かで恋焦がれていたのだろうか。



「そういえば、申し遅れましたな。儂は果心居士と申す、術師とも称されるしがない老人にござる」



 俺の様子に気付いているのか、尋ねるまでもなく自らの名前を告げる老人。


 その名を――――果心居士と言う。


 果心居士は戦国時代における幻術師にして、忍の者であるとも言われる正体不明の術師。


 他者に化けるという恐るべき芸当が出来たといわれており、死者に化けたり、笹の葉を魚に化えるなどと術師としての話には暇が無い。


 それ故に正体不明の人物であるとされ、多くの逸話や伝説が広まり、遠い先の時代でもその実態は掴めないほど。


 もし、歴史上で近い人物をあげるとするならば――――中国の後漢末期から三国志の頃の時代における左慈に近いだろうか。


 歴史上で仙人とも呼ばれていた左慈もまた、果心居士と同じような話題が多く、実態が掴めない。


 ある意味で似ている存在であり、果心居士は左慈の日本版であるともいえる。


 また、果心居士は梟雄として有名な松永久秀をも恐れさせた智謀の持ち主である事でも知られている戦国時代屈指の知者でもある。


 その智謀は人の心理を容易く読み取るほどであると伝わっており、毛利元就や尼子経久にも追随するかもしれない。


 何れにせよ、尋常な人物ではない果心居士が目の前に居る――――ならば、偽る事は一切出来ない。


 例え、俺が今より10年後の知識を持つ戸沢盛安であろうとも、それよりも遠い先の時代の知識を持つ人間であろうとも果心居士の前では全てが無意味だ。


 そう悟った俺は覚悟を決め、正体不明の老人との秘密裏の対談に挑むのであった。











 ――――1580年6月末






 あれから数日後――――思いもよらない形で邂逅する事になった果心居士との対談を終えた俺は奥州へと向かう船の上で一人、物思いに耽っていた。


 果心居士から聞かされた話は俺が望んだ通り、もう一人の反魂せし者の事とそれに関わる人物達の事が中心だった。


 話によれば、その人物は関東の武蔵国の出身で今の年齢は漸く、9~10歳になるといったところで俺よりも6歳程も年若い女性。


 まだ少女でしかない年齢でありながら、薙刀、弓、鉄砲、馬術等の武芸に励み、軍学等も学んでいるという男顔負けの事を行っているという。


 しかし、これらの教育を行っているのはその人物の親ではなく、義理の祖父にあたる人物らしい。


 何でも継母と祖母の伝手を利用して実家を抜け出し、女性でも過去の時代に同じような前例があったと言われている源氏系統の家の保護下に入ることを望んだのだとか。


 女性でありながら、俺と同じように史実とは違う歴史を歩もうとしたようだが、この行動を見る限り、とてつもなく御転婆な女性である。


 だが、その御転婆な女性を保護し、本格的に学ばせている義祖父もだが、それを良しとした大名の方も相当な大物であるように見受けられる。


 果心居士の話の中であがったこの話でその大名は「女子でありながら、戦を嗜むのは彼の巴御前の前例もある。然程、可笑しな事ではあるまい」と言ったらしい。


 更にそれを踏まえた上で「このように武士として良き、志を持つ女子にも劣るは我が家の名折れ、家中の者共も妬む暇があればとくと励め」とまで言い切ったとの事。


 聞く限り、この大名は武辺者としての気質を持ち、質実剛健を旨としているように思えるが、色々な意味で洒落になっていない。


 普通の人物ならば余程の理由がない限りは女性を表舞台に立たせるような真似を許さないからだ。


 だが、この大名は女性の望みを聞き届け、彼女の義祖父に徹底的に教育するように手を回した。


 もしかすると、年齢にそぐわない志と知識を感じ取り、何かがあると思ったのかもしれない。


 才覚があるのならば、腐らせるには勿体無いと判断したと考えればあながち間違いではないだろう。


 また、女性の保護を認めた大名は俺が同盟を結んでいる上杉景勝の同盟相手であり、その付き合いは先代の上杉謙信の頃からのものであるという。


 義を重んじるその大名の気質は上杉家の家風とは馬が合うらしく、景勝も義兄のように慕っているらしい。


 そのためか、俺の事も既に聞いているらしく、機会があれば何かしらの形で繋ぎを持ちたいとの事。


 これはあくまで果心居士の話の中で聞いた事でしかないが、そのような大名であるならば盟約を結んでも損はない。


 何より、景勝が義兄と慕い、謙信の頃から深い繋がりがあるのならば信頼に値する。


 実際に機会が訪れたのならば是非とも盟約を結ぼうと思う。


 相手は関東に根拠地を持っているようだが、現在は奥州の南にまで勢力を拡大しているため、相手としては非現実的ではない。


 上杉家との盟約を合わせれば、伊達家、最上家の双方を牽制する形となり、戦略的にも有利になるのだから。


 更なる一手を投じる事が可能となる事を実感し、俺は聞いた話を思い返す。


 もう、「2度と会う事はない」と言って去っていった果心居士に免じ、聞いた話には嘘偽りがないであろう事を信じて。


 そして、俺と同じく前世の記憶持つというもう一人の反魂せし者――――。











 成田甲斐というその名を俺は深く心に刻み込むのであった。
















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