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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第2章 畿内にて
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第28話 堺の待ち人






 ――――1580年4月






 重朝、昌長の両名を始めとした雑賀衆を加えた俺達一行は堺へと足を踏み入れていた。


 堺に行くにあたって新たに加わった手勢や鍛冶師等は先に奥州へと向かうように指示を出しておいた。


 無論、雑賀衆が陣営に加わった事を明記した俺からの書状を先に送っておく事も忘れない。


 鉄砲等で武装した集団がいきなり領内に足を踏み入れたとならば間違いなく、戦になるのは明白だからだ。


 折角、雑賀衆を陣営に加える事が出来たのにこれでは元も子もない。


 国へ前もって情報を伝えるのは当然の事だ。


 また、出羽国は鉱山が多く、鍛冶師の求める鉱物も得やすいため、その視点での意見も聞いてみる。


 話を聞いたところ、金や銀を抽出する方法は現代の時代で言うアマルガム法や灰吹法に近い方法だと思われる。


 俺自身はこういった事に関してはそれほど詳しくはないが……抽出する際に必要となる水銀が毒性であるという事は良く解る。


 何しろ、水銀中毒と呼ばれる症状が存在するのだから。


 だが、今の時代は水銀が危険であるという認識がないため、鍛冶師にも山師にも水銀に関する注意を促すようにしておく。


 これで何になるのかと言うのもあるだろうが、危険性を伝えるか伝えないかの差は非常に大きい。


 俺からは大した方策を打ち出す事が出来ないため、せめて解っている事だけでも告知しておかなくてはならない。


 正直、この点に関しては俺の知識不足が悔やまれてしょうがない。


 本来ならば鉱山開発を本格的に進める前に伝えておかなくてはならない事なのだから。


 それ故に昌長が手配してくれた鍛冶師達には本当に感謝したい。


 俺には足りなかった事を伝えてくれた事で、鉱山開発における問題点が遅まきながらも漸く理解出来たからだ。


 こうして、今までは新たな方策を打ち出せなかった鉱山開発に関しての意見を得た俺はそれらの事も含め、国元へと書状を認めたのであった。











「昌長、この銃については如何思う?」



 堺の町へと到着した俺達は最初の目的地である南蛮商館へと足を運んでいた。


 この中で俺が昌長に見て貰っているのは今の欧州の時代でも最新型にあたるミュケレット式の銃。


 ミュケレット式は後の時代に開発されるフリントロック式の銃のプロトタイプのような銃で、大きな違いは撃鉄のバネが剥き出しになっている事である。


 欠点としては発火機構を制御するバネが剥き出しなため暴発しやすいという事ではあるが、比較的安価でメンテナンスが容易なのが利点だ。


 但し、フリントロック式の物と同じく銃の撃発時の衝撃で銃身がぶれるという欠点もそのままなので、いま一つ日本では好まれていない。


 そのためか堺の南蛮商館には幾つかの数は輸入されてはいても、買い取る者がいないため余っている。



「これは普通の火縄銃とは違うようだが……。試してみても良いだろうか?」



 昌長は俺が渡したミュケレット式の銃に早速、興味を示したのか商館の主に許可を求めた後、試射用の的がある場所へと行く。


 それを見て、別の南蛮物を見分していた重朝も銃を見るや否や後へと続いた。


 やはり、銃を主力として扱う雑賀衆の人間だからだろうか。


 新しい物には目がないようだ。



「……」



 俺がそのような事を考えている間に射撃の場へと立った昌長は構えを取る。


 右手で銃の台尻を包み込むように持ち、頬で圧力をかけるようにしてから左手で銃身を支える構え。


 火縄銃を撃つ時の典型的な構えとされるのだが、昌長は左手の肘の角度を頻りに調整している。


 本来ならば肘の角度を90度前後にするのがぶれないと言われているのだが、昌長は自らの感覚で適した位置を決めているらしい。


 流石は狙撃のような難しい芸当を得意とした小雲雀の異名を持つ、鉄砲使いと言ったところだろうか。


 

「――――そこか」



 暫しの時間の後、構えが決まったのか昌長は銃を発砲する。


 その際に撃鉄が振り下ろされ、従来の火縄銃よりも激しい音が響いたのは流石にフリントロック式の原型になったものといったところか。


 一度の射撃にも関わらず、商館の主を除いてこの場に居る誰もがこの音に静まりかえってしまう。


 想像以上の音に高名な剣豪である甚助ですら多少の驚きを覚えたようだ。



「ふむ……この銃は”俺”向き、だな。反動が大きいようにも感じるが、この程度ならば使う分には心配ない。俺の手勢ならば充分に預けられるだろう」



 ミュケレット式の銃を試し撃ちした昌長は満足そうな表情で感想を口にする。


 雑賀衆の中でも随一の豪勇で知られる昌長は銃の反動でも全くものともしない。


 昌長が満安に匹敵するほどに鍛えられているのもあるだろうが、元より狙撃等を得意とする人物であるだけに反動を考慮した射撃は当然の事なのだろう。


 初めて扱う銃でありながら、当たり前といった様子で的の中心を射抜いているのは見事の一言に尽きる。


 普通の鉄砲足軽等では到底、使いこなす事は出来ないであろうミュケレット式も昌長の視点からすれば許容範囲内のようだ。



「そうですね……これは確かに昌長向けです。俺の手勢でも問題ないとは思いますが……何方かと言えば使い分ける形での使用になりそうです。


 火打ちを利用した構造から察するに火縄とは違い、雨や雪の中でも比較的、使い易い物であると見受けられますし」



 昌長の感想に対し、別の視点での感想を述べる重朝。


 早くも従来の火縄銃との構造の違いに気付き、日本では火打ちからくりと呼ばれる事になる物である事を瞬時に理解したのは流石に雑賀孫市と呼ばれている人物だからか。


 反動が大きいため、昌長向けであると評した上でミュケレット式の長所を見抜いたらしい。



「しかし、手を加えないと暴発する可能性がありそうだな。重朝殿、撃鉄の根元に鉤を付ければ如何にかならないだろうか?」


「そうですね……昌長の言う通り俺もそれで良いと思います。確実とは言えないけれども、それなりの効果が望めるでしょう」



 更に銃の構造を見ながら問題点まで指摘する昌長と重朝。


 普通ならば気付かないであろう点に注目し、解決策まで打ち出す2人には俺も思わず唖然としてしまう。



「……これがこの銃に対する俺と昌長の見解なのですが、盛安殿は如何様に見ますか?」


「あ、ああ……2人の意見に同意する。俺もこの銃を見た時から同じ事を考えていたからな」



 それ故に暫しの見分を済ませた後に訪ねてきた重朝に俺は言葉に詰まりながら返事をする。


 フリントロック式やミュケレット式については先の時代の知識を持つ、俺だからこそのアドバンテージがあるものだと考えていたが、これは大きな間違いだったらしい。


 如何に先進的な物であるとはいえ、解る者には解ってしまうのである。


 しかも、昌長と重朝は俺が考えていたミュケレット式の改修点も容易く提案してくる。


 此度の商館での出来事は時代に名を残す鉄砲使いの凄まじさと戦国時代でも屈指の戦闘集団であり、技術者集団でもある雑賀衆の恐ろしさが痛感出来る話であった。


 昌長と重朝を戸沢家の陣営に加えられた事は早速、予想以上の成果を見せ始めていたといえるだろう。











 ミュケレット式の銃についてのやり取りは昌長と重朝が200丁ほど雑賀衆からの費用で購入すると言う事で話が纏まった。


 俺は戸沢家で購入すると言ったのだが、昌長には「良い銃を見せてくれた御礼だ。それに重秀殿にも送り付けるからついでの事でしかない」と言い返されてしまった。


 これでは俺も強くは言えず、昌長の好意に甘える事にした。


 まぁ、機構上の問題で雑賀衆でなくては使いこなせないため、昌長の言う通りにするしかないのだが……堺の町へと足を運んだ目的は果たせたから良いとしよう。


 後は余裕があれば大筒を購入したいとも考えたが、流石にそこまでは戸沢家の力では余裕がないため断念する。


 如何、足掻いても無理なものは無理でしかないのだから。


 此度のやり取りで南蛮商館とも繋がりが持てたし、更にはミュケレット式を購入してくれた御礼に火打石についても融通してくれるとの確約を得られたため成果は上々だ。


 また、購入した銃を奥州と紀州へと送る際に今井宗久、津田宗及といった堺を代表する商人達とも顔を合わせているのだが……。


 以外にも堺の商人達との面会は俺から動いたわけではなく、向こうから出向いてきた。


 正式に鎮守府将軍を就任した事で俺の名は堺でも少しは知られていたらしく、新たに名を残す事になるであろう官職を得た人物とは繋がりを持っておきたいとの事。


 商人らしい打算的な面もあるのだろうが、畿内でも有数の実力者である宗久らとの面識を得られる事は此方としても有り難い。


 京の公家に続き、堺の商人との繋ぎとなれば中央に対しても有利に立ち回れる。


 鎮守府将軍の官職も嘗てほどではないにしろ、奥州では影響力を持っているため一応の土台は完成しつつあると言える。


 後は堺に来た以上は顔を合わせておきたい人物である千宗易との会談を済ませる事だけだ。


 千宗易こと後の千利休は畿内で流行している茶の湯の第一人者で、信長をはじめとする多くの人物に対しても顔が広い。


 俺自身は奥州の片田舎の大名でしかないため、宗易とは接点はないが……こうして、畿内へと出向いた以上は面識を得ておきたいと思う。


 一応、安土城を後にする際に氏郷が宗易に対し、俺が来る事があれば宜しく頼むとの書状を認めておいたと言っていたが場合によっては面会が叶わない事も考えられる。


 まぁ、流石に堺に居る事は確認済みなので門前払いされない限りは問題ないとは思うのだが――――。











「氏郷殿より話は聞いております。良くぞ、来られましたな。戸沢九郎盛安様」



 俺の杞憂を他所に氏郷からの書状により来る事が解っていたらしい宗易が出迎える。


 年齢としては既に60歳に近く、俺とは45歳ほどの年齢差がある宗易は父上よりも歳上だ。


 そのためか、漸く15歳になる俺と比べると祖父と孫のような差がある。



「態々、出迎えて頂いて忝ない、宗易殿」


「ほっほっほっ。構いませぬよ。私がこうして、出迎えておりますのも中で御待ちしている方の御指示のものでござります故」


「御待ちしている方、ですか……?」



 宗易からの意外な言葉に俺は疑問を覚える。


 堺に足を踏み入れ、宗易の下を訪れる事は氏郷が先に話を通している事ではあるが、俺自身は宗易以外と会う約束をした覚えはない。


 そもそも、織田家中での知り合いは安土城で会った氏郷と秀政くらいしかいないはずなのだ。


 後は精々、鎮守府将軍に就任した事を聞いて俺の存在を知られているかくらいだろう。


 だから、俺には此処で待っている人物には全く見当が付かなかった。



「左様。御案内致します」



 身に覚えがないという事で疑問に思う俺を他所に宗易は茶室への案内を始める。


 しかし……何故、俺を待っているという人物がいるのだろうか。


 信長と面会した段階でもこのような話が出ていたとは思えないし、先に足を踏み入れた京でも石山でもそのような話は一切、出ていなかったはずだ。


 考えられる事があるとするならば、待っているという人物が俺に対して直接興味を示したかくらいだろう。


 何れにせよ、奥州の一大名でしかない俺に会いたいという酔狂な人物が居るらしい事は間違いない。



「此方にございます」



 会いたいと言っている人物を俺が想像していた矢先、奥の間に案内し終えたところで宗易が襖をゆっくりと開く。



「おおっ! 御主が戸沢九郎盛安殿か!」



 その中で座して待っていたのは2人の人物。


 俺の姿を見て早速、言葉を発した人物の歳の頃は氏郷と同年代ほどくらいであろうか。


 些か若い人物ではあるようだが……顔付きを良く見てみると何処となく畿内で顔を合わせた誰かに似ている気がする。


 俺が見た限り、この人物が纏っている雰囲気は明らかに将器を感じさせるものであり、只者ではない。


 それに対して俺の姿を見て軽く礼をし、静かに挨拶をしてきた人物は50歳を越えたくらいと思われる年齢の人物。


 唯、座すのみで落ち着き払った振る舞いは年相応であり、事を冷静に考えられる人物であるように見受けられる。


 この人物も隣に居る若い人物とは方向性が違えど、優れた将器を持った人物であるようだ。


 何れにせよ、並の人物ではない事は確かだろう。



「貴殿は……?」



 だが、目の前に居る言葉を発した人物とは面識がない事には変わりがないため、俺は名を尋ねる。


 如何も先の時代の事を含め、記憶の奥底を探ってみても俺の記憶にある人物とは一致する者がいない。


 恐らくは一度目の人生でも顔を合わせた事がない人物だろう。



「む……すまぬ。名を尋ねる時は此方から名乗るのが礼儀であったな」



 何者かを訪ねてきた俺に対し、目の前の若い人物はすぐさま姿勢を正す。


 そして――――



「俺の名は津田信澄と言う。盛安殿の事は伯父上の遣いの者から聞いているぞ」




 信長がこの場に居るのか――――と思えるほどのはっきりとした声で自らの名を告げたのであった。
















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