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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第2章 畿内にて
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第27話 八咫烏と小雲雀





「そうか……事情が事情なら仕方がない。重秀殿ほどの人物の力は是非とも御借りしたかったのだが」


「……すまねぇな。俺を直接選んでくれたのによ」


「いや、紀州の今の状況を踏まえれば当然だと思う。重秀殿が気に止む事ではない。それに……顕如殿にも気を遣わせてしまい、申し訳ありません」


「戸沢殿がそう仰れるのならば、構いません」


「それでは、此度は御縁がなかったと言う事で――――」



 重秀の拒否の返答に雑賀衆との話はなかった事として進めようとする俺。


 顕如も重秀も申し訳なく思っているのか、謝意を示した様子で頷く。


 流石に石山合戦が終結した直後での勧誘は難しかったかと思い、話を済ませようかとしたその矢先――――。



「法主、親父殿、戸沢殿からの申し出……俺が受けても構わないでしょうか」



 重秀の隣でずっと黙ったまま話を聞いていたもう一人の人物が決心したように口を開いた。











「む……重朝が行くと言うのですか?」


「まぁ……俺が行けないから、お前が行くと言うのは間違いじゃねぇが……。戸沢の若様が俺を直接選んだって事は奥州もそんなに甘くないって事だぞ?」


「それは承知しております、親父殿。ですが……雑賀衆として魅力的なこの話を蹴る事は出来ないのも事実ではありませんか」


「……ああ、そいつは解ってる」


「ならば、良いではありませんか。親父殿が無理ならば俺が参ります。完全な形では応じられずとも、雑賀衆の上席である鈴木一門が行くとなれば恥にはなりません」



 重秀の内心を読み取ったかのように俺からの要求に応じる答えを出した人物は重秀の息子である鈴木重朝。


 父親である重秀が余りにも有名であるため知名度は低いが、重朝も鈴木家の人間に相応しい戦国時代を代表する鉄砲使いの一人。


 通称で雑賀孫市とも呼ばれる重朝は重秀と間違えられる事が多く、実際に多くの文献等に残っている雑賀孫一の後半生は全て重朝の経歴そのものである。


 それ故か重秀ではなく、重朝が雑賀孫一本人であるとも言われている。


 雑賀衆は普通の大名とは違って傭兵の立場であり、豪族の連合を纏める立場であるためか伏せられている話が非常に多い。


 何しろ、知名度は低くとも比較的、名前が知られている重朝についても不明な点が多々あるのだから。


 だが、逆に不明な点を多く持っている雑賀孫一という人物を構成する人物の一人である重朝は紛れもない雑賀衆が誇る鉄砲使いであり、鈴木家の一門。


 伝説的な人物として名を残す武将である重秀には及ばないが、それでも充分な活躍が期待出来る。



「確かに重朝の言う通りだな。お前が若過ぎるのが若干、問題だが……もう一人くらい付けてやれば、戸沢の若様の要求にも殆ど合わせられる」


「はい。俺も織田との戦で腕を磨いたつもりですが……流石に親父殿には到底、及びません。仰る通り、俺以外に歴戦の者を一緒に連れて行きたく思います」



 しかし、重秀は重朝が自分の域にまで到達していない事を察し、もう一人の人物を付けると言う。


 重朝もそれを自覚しているらしく、同意の返事をする。



「となると、後は誰にするか――――」



 返事を聞き、もう一人の人物を誰にするか考え始める重秀。


 雑賀衆には多くの猛者がおり、鉄砲使いとして名を馳せた人物も非常に多い。


 それだけに重秀が人物を選ぶのに悩むのも無理はないだろう。


 誰を重朝に付けていくかで戸沢家の雑賀衆の立場にも影響が出てくる可能性もあるからだ。


 だからこそ、重秀は悩んでいるわけなのだが――――。



「ならば、俺が行こう。重秀殿、構わないか?」



 重秀の悩みを察するかのように何時の間にか、この場にふらりと現れた一人の人物が口を開いたのであった。











「いや、別に構わないけどよ……良いのか、昌長? 兄貴の傍に居なくて」


「此度のような事情ならば、重兼殿も何も言うまい。それに重朝殿を一人で行かせるわけにもいかぬだろう。重秀殿が気にする事ではない」


「……まぁ、その通りだな。と言うわけで……戸沢の若様、雑賀衆から連れて行くのは重朝と昌長の2人で構わねぇか?」



 ふらりとこの場に現れた人物の名は的場源四郎昌長。


 口ぶりからすると、近くで話をずっと聞いていたのだろう。


 昌長は俺が如何なる目的で雑賀衆を雇おうとしているのかについても全て理解しているらしく、重朝だけを奥州に行かせるわけにいかない事も察している。


 要するに重秀が離れられない事情を踏まえた上で志願してくれたようだ。



「ああ、是非とも御願いしたい。重朝殿に加え、小雲雀と名高い、的場昌長殿が来られるのならばこれほど心強い事はない」



 俺は昌長が来てくれると聞いて喜んで応じる。


 石山合戦でその名を馳せた的場昌長ならば、鈴木重秀と比べても全く劣る事はない。


 だが、遠い先の時代でこの名をどれほどの人が聞いた事があるだろうか。


 経歴的には重秀と比べても全く遜色がないほどだが、知名度としては知る人ぞ知るといったくらいの人物であり、重秀の知名度に隠れがちだったりする。


 しかし、その知名度に反して、昌長は鉄砲以外にも太刀、槍、弓等に精通する雑賀衆随一の豪の者であり、小雲雀の異名を持つ猛将の中の猛将。


 謂わば、出羽国における矢島満安のような人物であり、その恐るべき武勇は敵陣の中でも自らが武器を振るい、幾多の首を取ったと言われている。


 石山合戦の際は重秀に従って織田家の名立たる人物の率いる軍勢を次々と撃破し、昌長が破った武将達の中には明智光秀や堀秀政も居たという。


 また、昌長は雑賀衆特有の戦術以外にも狙撃、撤退を駆使した戦術を得意とし、それらを存分に活用する事で武名を馳せた事でも知られている。


 因みに小雲雀と言う異名はこの時の狙撃後の迅速な撤退の動きに由来しており、その戦運びは芸術的ですらあるのだ。


 そのような人物が来てくれるとなれば此方としては有り難すぎるくらいである。


 武将としては重秀とは違う方向性ではあるが、その手腕と力量は同等の域にまで達しているほどの人物である昌長は充分に奥州でも力を発揮出来る。


 流石に狙撃等の奇策を得意とする人物だけに重秀のように大軍を采配する事は得意ではないようだが……その点は重朝が補ってくれるだろう。


 重秀とは違って多数の軍勢を預けられる人物ではないが、俺としては願ったり叶ったりの人物だ。


 気質からしても満安に近い昌長は戸沢家の面々とも馬が合うだろうし、重朝の方も秀綱と同年代であり、俺とも年代が近いために何かと話をする機会が多くなるだろう。


 そういった意味では畿内随一の将とも言われている重秀よりも戸沢家に招くには相応しいかもしれない。



「なら、この話は成立だな。法主、戸沢家に関しては率いていく手勢の数も含めて、重朝と昌長に任せる。それで良いだろうか?」


「はい、重朝と昌長ならば戸沢殿の期待にも存分に応えてくれるでしょう。私は賛成です」



 俺の返答に重秀と顕如は率いる手勢も含めた上で正式に重朝と昌長の2人を戸沢家に付ける事を確約する。


 当初の予定とは多少違う形となったが……重朝は充分に頼りに出来るし、昌長に至っては満安と並んで切り札に成り得るほどの戦力だ。


 鉄砲の指揮を任せるも良し、単騎駆けを任せるも良しである昌長は徒歩戦を得意とする満安と合わせれば武の両輪となるだろうといっても過言ではない。


 的場昌長という人物はそれほどの豪勇の持ち主なのである。



「重秀殿、顕如殿……感謝致します」



 雑賀衆の主力であり、欠かせない存在である2人を惜しまずに出してくれた重秀と顕如に感謝しつつ、俺は深々と頭を下げるのであった。











 あれからも契約の話は続き、最終的には重朝と昌長の2人を戸沢家の陣営に加え、更には彼らの手勢である400ほどの軍勢を奥州に連れて行く事が決まった。


 戸沢家の身の上の事もあり、雑賀衆から連れて行く軍勢の数はそれほど多いというわけではないが、重朝と昌長の率いている軍勢は織田家を相手にして戦い抜いた精鋭だ。


 俺が家督を継承して以来、鍛え上げてきた軍勢や満安の率いている手勢と比べても決して劣らないだろう。


 雑賀衆との件については雑賀孫一こと、鈴木重秀を陣営に加えるという目的を完遂出来たというわけではないが、的場昌長を陣営に加えられた事を考えれば上々だ。


 場合によっては誰も陣営に加える事が出来なかった上に軍勢を出して貰う事も叶わなかったのだから。


 それだけに昌長だけでなく、次代の頭領である重朝が陣営に加わってくれた事は大きく、予定以上の軍勢を得る事が出来た。


 しかも、鉄砲も軍勢に応じた数だけ持ってくるというのだから戦力の強化と言う点では目的通りといっても良い。


 また、昌長は自らの手勢以外にも紀州にいる鍛冶師も連れて行くと言う。


 昌長曰く、「鉄砲等を主力として運用するのならば、必要な事だ」との事。


 この事については、紀州には芝辻仙右衛門を始めとした名工と呼ばれる鍛冶師がいるが、彼らを奥州に招く事は此方からは言い難っただけに有り難い。


 詳細に至るまで俺の要求で何が必要かを踏まえ、その準備も進めてくれた昌長は正に傭兵の鑑であるといっても良い。


 重秀が重朝の事を含めた全てを一任させただけの事はある。


 雑賀衆でも屈指の武将である、昌長の器量を垣間見たといったところだろうか。


 因みにその昌長であるが、一通りの手配等を含めた準備が終わった後は早速、満安と話し始めている。


 俺が予想した通り、軍勢を率いての戦だけでなく、単騎駆けでも武名を馳せた人物同士なだけあって話が合うらしい。


 御互いの武辺談義に花を咲かせているようだ。


 それに対して、重朝の方は盛直に戸沢家中についての話を聞いている。


 今まで雇われていた本願寺から戸沢家へと雇い主が変わるのだから、違う部分があると踏んで細かい事を訪ねているのだろう。


 流石にこの辺りは雑賀衆の上席である鈴木家の次期当主といったところか。


 自分が率先して何をすべきなのかを良く解っている。


 その様子を見た顕如は安心してこの場を離れ、重秀は満足そうに軽く笑みを浮かべた後、「重朝が思うまま、存分にやれ」と重朝に言い残してこの場を去って行った。


 重秀と顕如が場を離れ、契約の内容も決まった今、雑賀衆とのやり取りはこれで終わりなのだが――――。


 俺は重秀が重朝に言い残して行った事だけが何処となく気になっていた。


 まるで、重朝に全てを託すかのような意味合いを含めた重秀の言葉。


 これが一体、何を意味するのかまでは俺にも解らない。


 重秀は今の一言だけで何が言いたかったのか。


 だが、重秀が最後に重朝に言い残していった言葉は皮肉にも数年後に明らかになる。


 何故ならば――――











 満足そうな表情で言葉を告げた重秀の姿こそが俺と重朝が見た重秀の最後の姿だったからである――――。
















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