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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第2章 畿内にて
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第25話 天下人





「大儀である」



 謁見の間の上座へと座り、一言発する信長。


 発した言葉はありきたりな言葉ではあるが、広い場所でも良く響くと謳われたその声はこの場を支配するかのような言霊を秘める。


 たったの一言でしかない言葉にも関わらず、俺は背筋が震えた。


 真の英傑と呼ばれる人物は顔を合わせれば一目でそれが解るとも言われているが、信長は正にその通りの人間だ。


 自然とプレッシャーのようなものを放っている。


 先程、俺は満安達に気を抜くと圧倒されると言い含めていたが、これは想像以上だ。


 前もって伝えておかなかったら全員が気圧されていた事だろう。



「話は久太郎から聞いておる。奥州、出羽から良くぞ参った」


「ははっ!」



 信長からの労いの言葉に平伏する俺。


 何の事でもないはずなのに如何も身体が自然と動いてしまう。



「そこまで畏まらずとも良い。面を上げよ」



 そんな様子を見かねたのか、信長は俺に対して面を上げるようにと言う。



「……はい」



 声色が想像していたものと違い、存外に暖かく感じられる事に内心で驚きながらも俺は信長の言葉に従う。


 穏やかとも思える信長の言葉遣いはとても、鬼と呼ばれる異名を持ちながら第六天魔王と称するような人物には感じられない。


 寧ろ、異名の方が間違いなのでは? とすら感じられるほどだ。



「ほう……」


「如何されましたか……?」


「いや、良き眼をしていると思うて、な。戸沢九郎よ、其方は幾つになる」


「15になりましてございます」


「ふむ……」



 俺の眼をじっと見ながら品定めをするかのように見据える信長。


 今の俺が15歳だという事に僅かな驚きを覚えたのか、その眼は至って真剣だ。



「人物としては忠三郎にも匹敵する、か。些か若いが悪くはない。して、九郎よ。此度は何を目的として参った。この信長に品々を献上する事が目的ではあるまい」


「……!?」



 一目で見極めたのか信長は俺の才覚が氏郷にも匹敵すると評し、更には此方の目的を悟ったのか献上品があくまで口実に過ぎない事を看破する。


 史実でも信長の人を見る目は確かであったと言われているが、こうも的確に評されるとそれが事実である事を実感させられる。


 やはり、信長が相手では此方の真意を隠す事は出来ないし、誤魔化しも通じない。


 それならば、真っ向から真意を伝えるしかない。



「……実は此度については私が称している官職を正式な形として認めて頂きたく参りました」


「官職とな? 良い、申してみよ」


「はい。その官職は――――鎮守府将軍にござりまする」


「ほう……鎮守府将軍か。中々、面白い官職に目を付けたものよ。……室町幕府が事実上、無実化した今でなくては就任する事は叶わぬものであるしな」



 俺が鎮守府将軍の名を出した事に信長が良いところに目を付けたと笑みを浮かべる。


 鎮守府将軍は歴史上でも藤原秀衡、北畠顕家といった人物達が就任しているが、何れも幕府が存在しない頃に就任している。


 俺がこの官職を称した理由を信長は既に見抜いているようで、満足そうに頷く。


 信長は存外に面白いと感じたのだろうか。



「だが、敢えてその名を称したと言う事は相応の覚悟も持っていると見える。それならば……儂の幾つかの問いに応ずる事が叶えばそれを認めよう」


「誠にございますか!?」


「……うむ。なれど、儂が満足せぬ答えであれば認めぬが、な」



 冗談であるという様子もなく、信長は鎮守府将軍を認めても構わないと言う。


 但し、幾つかの質問に応じる事と信長が満足する答えを出せるかと条件付きでの話だ。


 しかし、無条件で認めないとされるよりはずっと良い。


 俺と信長の判断次第では鎮守府将軍のお墨付きを得る事が可能であるという事なのだから――――。
















「では、九郎よ。改めて聞くが、其方は何故に鎮守府将軍を称した?」



 まず、信長からの一つ目の問い。


 俺が如何して鎮守府将軍を称したのか。



「はい。私が鎮守府将軍を称したのは、この官職が探題、管領等とは違い、幕府とは関係ないものであるからです。


 鎮守府将軍は幕府に任命権はなく、あくまで朝廷にあり、その役割は征夷大将軍”本来”の在り方とそうは変わりません。


 如いて、違いを言うのであれば征夷大将軍はあくまで臨時の時に就任するものであり、鎮守府将軍は平時に就任するもの。


 謂わば、”天下が治まった”際における”唯一の将軍”……この官職が正式な形で在る限り、征夷大将軍が存在する必要はございませぬ。


 未だに足利義昭公が征夷大将軍にあるとはいえ、それは無実化したものであり、将軍としての役割は失っております。


 それ故に私は征夷大将軍の意義を完全な形で無意味なものとせんがために鎮守府将軍を称した次第にございます」



 鎮守府将軍について思う事を包み隠さずに伝える。


 平時の時に就任する唯一の将軍である鎮守府将軍は謂わば、太平の世の中に存在する事の出来る将軍。


 歴代の鎮守府将軍は常に天下が治まった時に存在し、源平合戦の時代にその立場にあった藤原秀衡でさえ、源氏と平氏の戦が本格化する前に就任している。


 また、鎌倉幕府が滅亡し建武の新政が始まった頃に鎮守府将軍の立場にあった北畠顕家も足利尊氏との戦が始まる前に就任していた。


 過去を紐解けば鎮守府将軍が在る事は天下泰平の世である事の証明でもあり、乱世となればそれを治めるための力となる義務がある。


 それに対し、征夷大将軍は本来ならば臨時の際に就任し、夷敵に備えるのが役割であったはずなのに何時しかその本分を忘れ、幕府を成立させてしまった。


 臨時の者が長い時に渡って政を行うと言う矛盾した体制を確立させてしまったとも言える。


 俺が鎮守府将軍を称し、正式な形でこの立場を望むのはその矛盾した政権である幕府を抑え、成立させる理由を失わせる事にある。


 しかし、数百年も空位が続いたこの官職にどれほどの力が残っているかの保証は出来ない。


 下手をすれば鎮守府将軍が存在していても征夷大将軍に就任出来るという可能性も考えられるからだ。


 だが、官職としての役割からして幕府を成立させようとする者が現れたとしても妨害する事は可能なため、決して無意味ではない。


 それ故に俺は幕府とは関係のない鎮守府将軍の立場を望んでいる。



「成る程……。九郎は征夷大将軍……いや、幕府は必要のないものであると言うのだな?」



 俺の答えに対して、信長の問いかける二つ目の問い。


 征夷大将軍――――幕府は必要なものではないと言う事。



「はい。幕府のようなものは必要とは思えません。武家が力を持つようになって数百年もの時を経て、征夷大将軍が成立させた幕府も鎌倉、室町と続いていきました。


 しかしながら、双方の幕府は共に滅亡の憂き目にあっております。これは幕府と呼ばれるものが国を治める存在として、正しいものではないと言う事の証明です。


 それに対し、鎮守府将軍を任命する立場にある朝廷は実権こそ失えど、幕府が成立する以前から今になってもその存在は変わる事なく存在し続けております。


 これが幕府と朝廷の決定的な違いであるものだと存じます。朝廷は今も尚、必要とされているのに対し、幕府は必要とはされていない――――。


 信長様が幕府に頼らず、朝廷に近付く形で政を行われているのはそういった事情があるのではと考えます」


「ふむ……完全とまでは言わぬが、幕府を否定しつつも儂の一端に触れてくるか――――見事なり。それに幕府を要らぬと申した事も道理である。


 ならば、此処まで答えを導き出した其方にもう一つだけ問おう。九郎よ、何故に儂が天下を望むかは解るか?」



 俺の答えに道理があるとして、頷く信長。


 此方としては先の鎮守府将軍を望む理由を含めて、思うところを包み隠さずに答えただけではあるが……思いの外、信長には面白く感じられたらしい。


 だが、今までの反応と話からすると信長という人物が後世に伝わっているイメージと違い過ぎて戸惑う。


 比叡山の焼き討ちや撫で斬りを行い、第六天魔王と称した覇王とも呼ばれるべき人物――――それが多くの人々が思い浮かべる織田信長という人物だろう。


 しかし……直接、話してみて俺が感じた事は全く違う。


 信長の本来の姿は情けも容赦もなく、苛烈な行いを平然と行うとされる絶対者とも言うべき姿は本質ではない。


 恐らくは寛大で誠実であるというのが、織田信長という人物の本質だろう。


 史実においても自らの手で盟約を破った事は一切なく、手切れをしてきた者以外には最後まで手を離した事はない。


 また、羽柴秀吉を召し抱えた事を含め、民とも自分自身で接し、事実上の天下人となった今でも相撲大会等を開催する事で民と接する場を設けている。


 それに家臣には厳しいが、自分に非があれば、家臣が相手であってもそれを認め、謝意を示した事も多々ある。


 しかしながら、焼き討ちの件や撫で斬り、天正伊賀の乱等の苛烈なまでの行いの性で信長の本質を見失ってしまった者も多い。


 唯、苛烈で非情な人物であるならば、家臣達に慕われ、民を始めとした多くの人々を魅せるような人物には決してなれないのだ。


 この場に居る氏郷も秀政も信長の本質が解っているからこそ、傍に仕え、学んでいるのだろう。


 ならば、俺も話すうちに垣間見えてきた信長の本質を信じて、思う事を伝える。


 信長が何故、天下布武を掲げ、それを目指すかの理由。


 それは――――



「信長様が天下を望む理由は――――乱世の業を打ち砕かんがためである、と見受けます」



 乱世の業を打ち砕く事。


 信長の在り方と本質からすればそのように思えてならない。


 天下を望んだのは乱世とも言うべき戦国時代を終わらせる事。


 唯、それだけの事なのである――――と。
















「ふははは! 良くぞ、申した!」



 俺の答えに信長は我が心裏を得たりとばかりに笑う。



「儂が望むはこのくだらぬ乱世を終わらせらんがためよ。其方が申す通り、”乱世の業を打ち砕く”事が天下布武を成すために必要な事であると思うておる」



 信長が天下を望む理由は乱世を終わらせる事。


 史実でも多くの大名が上洛を目指すか、明確な指針を持たないままに天下を語っていたが、織田信長だけは違う。


 如何にすれば天下を取れるか、または天下を取って何を成すかのビジョンを明確に持った上で動いている。


 余りにも斬新で、革新的な政策の多くは信長にはそうした目指すものがはっきりと解っていたからに他ならない。


 それに何よりも民を重視したものが多い信長の政策は天下泰平の世が訪れた時の事も前提としている。


 楽市楽座、関所の廃止、商業奨励、南蛮貿易――――。


 これらはあくまで信長が行なった事の一部ではあるが、全ての政策が先の時代でも高く評価されている。


 そういった意味でも、先の先まで見通していた信長は見事というしかない。



「……良くぞ、若き日の儂が考えていた事と同じ答えを見出したな。誠に天晴れである。九郎よ、鎮守府将軍の官職はこの信長の名に懸けて上奏しよう」


「有り難き幸せにございます」



 俺の答えに一定上の満足感を得られたのか、信長は鎮守府将軍の官職を上奏してくれるという。


 正直、賭けには近かったがこれで此度の俺の目的は事実上、果たされた事になり、それに感謝しつつ平伏する。



「いや……これだけでは不足であるな。鎮守府将軍並びに九郎には奥州総代の役割を与えるとしよう」


「は……!?」



 しかし、信長から更に驚きの言葉が告げられる。


 何と、信長は鎮守府将軍だけではなく、奥州総代の役割を与えるという。


 奥州総代――――奥州を統べると言う意味を持つ、この役割は俺に奥州を統一する権限を与える事に他ならない。


 本来ならばそのような役職は存在しないが、信長は朝廷に奏上し、正式な形のものであるとした上でそれを与えると言う。


 想定した事を大きく超えている事態に俺は思わず言葉を失ってしまった。



「む……不服である、か?」


「い、いえ……滅相もない事にございます」


「ならば、良い。九郎よ、嘗ての藤原秀衡のように力の及ぶ限り、奥州を思うが如く、統べてみよ。儂の望む天下が見えたのならば、その程度の事は難しくあるまい」



 あくまで鎮守府将軍のお墨付きを貰うつもりであったのが、まさか統一する権限を与えてくるとは。


 信長の思惑は俺の思惑の大きく上を行き、大きく先を行っている。


 常識では測りきれない人物である事は理解していたが、それだけでは足りない。


 寧ろ、規格外と言うべきだろう。


 信長の思惑は先の時代の知識や記憶があってすら全く届かないものであり、それすらも超越したもの。


 大きなアドバンテージがあるにも関わらず、俺は圧倒され、見事にその心を掴まれてしまった。



「は……ははっ――――!」



 これが、織田信長という人物なのだろうか。


 余りの器の大きさに俺は唯々、平伏して言葉を失う事しか出来ない。


 俺の目の前にいるのは第六天魔王でもなく、鬼でもなく――――紛れもない一人の英傑。


 遠い先の時代の事を知る俺ですら見えなかったその先を見据える信長は正に天下人に相応しいと言えるだろう。


 一応、その天下人を前にして、此度は目的を達成する事は出来たが、これはあくまでも全て信長の掌の上。


 本当は出し抜くくらいのつもりの心構えで鎮守府将軍の官職を望んだのだが、それ以上のものを以ってして抑え込まれてしまった。


 しかも、信長は大きな権限を意図的に与える事で俺の事を試している。


 弱冠、15歳の俺が鎮守府将軍を称した覚悟を汲み取り、更なる課題を与えてきたと言うべきだろうか。


 その名に相応しいだけの力を示す事が出来るか否かを問うために。


 此処までくると最早、信長の掌の上である事を承知の上で、自分の思うがままに動くしかない。


 如何に動いたとしても、この天下随一の英傑を出し抜く事なんて出来はしないのだから。


 ならば、鎮守府将軍として、奥州総代として俺が成すべき事は――――乱世の業を打ち砕くための力の一端となる事。


 決して、私欲のためだけに自らが得る事になった官職の持つ権限を使ってはならないのだ。


 信長に対して自らが思う事の全てを語り、鎮守府将軍が虚から実になった今、それは尚更である。


 例え、俺自身が上に立つ事が出来ない事が解っているのだとしても、己の本分は尽くさねばならない。


 織田信長という天下人の言葉を受け、俺は改めて自分の志を強くするのであった。
















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