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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第1章 夜叉九郎、再逢
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第14話 酒田を得る





 ――――1579年4月







 為信と政実が秘密裏にやり取りをしているとは露知らず――――俺は満安の率いる軍勢を主軸にして、由利十二頭の一掃を行なっていた。


 満安は由利十二頭の一つである仁賀保氏、滝沢氏と長年に渡って敵対していたという経緯もあり、戦を仕掛ける準備は始めから整っていた。


 そもそも、仁賀保、滝沢の両氏は1575年〜1576年に渡る矢島氏との戦いにおいて、当時の当主であった仁賀保明重と滝沢政家を満安に討ち取られている。


 また、翌年の1577年に仁賀保明重の弔い合戦を挑んできた仁賀保安重も満安は討ち取っており、2代に渡って仁賀保氏の当主を討ち取っている。


 俺の陣営に加わった段階で既に満安は仁賀保氏、滝沢氏とは不倶戴天の敵同士という間柄となり、後はどちらかが滅ぶだけという段階であった。


 この状況で戸沢家が矢島氏を陣営に加えた事によって戦力のバランスは大きく崩れ、滅亡に至っている。


 だが、これについては無理もない。


 仁賀保、滝沢の両氏は元々より矢島氏単独に劣勢を強いられていたのだ。


 不利な状況にあったにも関わらず、戸沢家が満安を後援した事により、まともに戦っても勝ち目がない段階にまで到達してしまった。


 これでは当主の敵である満安を討ち取る事など夢のまた夢でしかない。


 更に戸沢家の陣営に不倶戴天の敵である矢島氏が加わった以上、戸沢家とも徹底抗戦するしか選択肢がなくなっている。


 矢島氏が戸沢家の援軍を得た状態で決戦を挑んできたらまず、勝ち目はない。


 何しろ、満安が率いる軍勢だけでも両氏を圧倒するほどの強さなのだ。 


 矢島氏と同じ陣営に加わるという選択肢が存在せず、その上で戸沢家の介入があったとなれば滅亡の憂き目にあっても仕方がない。


 仁賀保、滝沢の両氏は既に以前とは比べ物にならないほどに弱体化していたのだから。


 しかも、此度の戦において滝沢氏の方は当主が最上家に逃れた後であるため、事実上では仁賀保氏のみが敵である。


 両氏の軍勢を合わせても満安の率いる軍勢に敵わなかったのだからこの状況では如何にもならない。


 仁賀保氏が満安によって完全に滅ぼされるに至ったのは当然の事であった。
















「盛安殿。此度の戦の援軍、忝ない。宿敵である仁賀保ともこれで決着がついた」


「いや、気にしなくても良い。俺の方も満安の戦いの共が出来て良い経験になった。それだけでも戦に加わった価値があるというものだ」



 由利十二頭の仁賀保氏との戦は相手の事を知り尽くしている満安の采配に任せて戦った。


 騎馬、鉄砲を中心とした戦を前提に軍勢の編成を行なっている俺としては、徒歩戦に長ける満安の戦いは色々と参考になる。


 槍の者を前面に押し出しつつ、弓の者による援護と頃合いを見計らって突入する満安自身。


 鉄砲を使わなくとも確実に戦運びを進めていく満安の戦い方は武勇だけの武将のものではない。


 ひたすらに突き進むだけではなく、頃合いを見極めて一気に押し出すという戦ぶりは見事と言うしかない。


 総大将が斬り込むという危険のある戦い方ではあったが、俺も最前線で戦うのが基本の戦い方なので通じるところも多々ある。


 大きな違いがあるとするならば、満安が単独で討ち取っていく軍勢の数だろうか。


 現代という時代では非常識でしかない事なのだが、単独で満安は戦局に終始影響を及ぼすほどの戦いぶりだった。


 もし、他の現代の知識を持つ人間が見たら絶句しかねないほどの光景だったとしか言い様がない。


 何しろ、満安の目の前に立ち塞がった足軽はほぼ例外なく、一撃の下に頭を叩き割られて散っていくのだ。


 無論、足軽大将や侍大将であろう者達も満安に一撃の下に頭を叩き割られている。


 これは戦国時代も終盤が近付きつつある1579年(天正7年)となった頃の戦の中心は既に鉄砲が中心となっている印象も強いだけに尚更、凄まじいものがある。


 下手をすれば鉄砲を使うよりも満安が自ら戦った方が戦果が大きいからだ。


 この戦果を見れば俺自身もよくもまぁ、一騎討ちで討ち取られなかったものだと思わざるを得ない。


 それほどまでに悪竜と称される矢島満安の力が存分に発揮された戦であったといえる。



「しかし、此処から先が本番だ。庄内の酒田を目指すならば大宝寺の動き次第となる」


「ああ、大宝寺義氏が如何に動くかだな。だが、越後の御館の乱において景虎側を支持していた義氏は上杉家との繋がりを失っている。今が好機だ」



 由利十二頭を抑え、酒田の町を目標とする現在、大きな障害となるのは庄内地方を中心に勢力圏を持つ大宝寺家。


 上杉家との繋がりを持ち、由利十二頭を圧倒する勢力を誇る大宝寺家は鬼門とも成りかねない存在だった。


 だが、1579年の時点で大宝寺家の勢力を削るのはそう難しい事ではない。


 現在の当主である大宝寺義氏は昨年に勃発した上杉家の御館の乱の際に景虎側に味方していたからだ。


 義氏の予想に反して景勝側が勝利した形で乱が集結したため、大宝寺家は上杉家とは敵対関係となり、繋がりを失ってしまった。


 しかも、義氏は最上家とも敵対しており、領地こそ接していないが不利な状況にある。


 更には酒田を治める家臣、東禅寺義長(前森蔵人とも)とも港における利権問題で対立しつつあった。


 そのため、現状の酒田は孤立しつつある。


 大宝寺義氏に直接挑むのは流石に骨ではあるが、現状の問題点を踏まえれば酒田を切り取る事は決して不可能ではない。



「ならば、今すぐ動くとしよう。俺の軍勢も盛安殿の軍勢も余力が充分に残っている。酒田を取るには問題ない」


「……そうだな。今を逃せば義氏は軍勢を向けて来かねない。一刻も早く切り取るとしよう」



 満安も今の大宝寺家の状況を理解しているのか酒田を落とすべきだと同意する。


 上杉家の後援もなく、最上家の脅威もある現在の大宝寺家に余力はそう多くない。


 本格的な戦に持ち込む前に決着を付けるならば今しかないだろう。


 俺は満安の意見に従い、酒田を切り取る事を決断するのであった。
















 ――――1579年4月末
















 由利十二頭を抑え、庄内地方の酒田へと侵攻した戸沢家は酒田方面を制圧した。


 大宝寺家に従い、酒田を治めていた東禅寺義長は対立状態にあった義氏との関係から思うように援軍を得られずに降伏。


 酒田を召し上げられ、義氏の下へと送り返された。


 義長は再三に渡って戻る事を拒否してきたが、盛安はその意見を黙殺し、義長の処遇を大宝寺家に委ねたのである。


 そもそも、史実においては義氏を裏切り自害に追いやった人物である。 


 この処遇については因果応報というべきであろう。


 裏切った相手である主君に処遇を任せるとは皮肉とも言えなくもない。


 先の時代の事を知っているが故に盛安は東禅寺義長という人物の事を許せなかったのだ。


 後は義氏が義長を如何に扱うか次第といったところである。

 

 戸沢家としては酒田を得るという目的を果たしたため、義長については如何でも良い事でしかない。


 後は大宝寺家との戦に突入する可能性を考慮して軍備を固め、備えをしておく事。


 角館を根拠地に由利郡から酒田に渡る勢力圏となった今の戸沢家は出羽国内でも上位に位置するであろう段階まで近付きつつある。


 出羽北部の最大勢力である安東家。


 出羽南部の最大勢力である最上家。


 流石に出羽屈指の大名とされる両家には及ばないが、それに次ぐであろう大名家となる日は間近にまで来ている。


 何しろ、庄内北部の海に面した地である酒田を得た事によって飛躍するための準備が整ったのだ。


 此処から先は酒田の町を拠点に貿易を行う事で莫大な富を得る事が出来るため、大きなアドバンテージを得たのと変わらないのである。


 また、史実では発見出来なかったために開発出来なかった鉱山も場所を特定し、開発する事に成功している事も大きい。


 史実以上に鉱山開発が進んだ事によって得られた金、銀、銅、鉛、亜鉛等の豊富な鉱山資源を貿易にまわす事で確固たる経済基盤を築く事も可能になったのだ。


 物資の流通の要である港町を得られた事により、戸沢家は漸く物資の流通による発展の目処が立ったともいえる。
















(何とか1年と数ヶ月でこの段階にまで持ち込めた……。流石にこれ以上の勢力拡大は暫くの間は待たなくてはならないな)



 酒田方面を抑え、港町である酒田の町を勢力圏に取り込んだ事で俺が初めに掲げた目標の一つは達成出来た。


 物資の流通を安東家に抑えられ、港町を持たない事がネックだった戸沢家も漸くそのハンデを乗り越えたといえる。



(だが……酒田を得た事で大宝寺家だけでなく、最上家の動向も注意しなくてはならなくなる。彼の家も酒田は欲しいはずだからな)



 しかし、目標の一つを達成出来たとはいえ、新たなる問題点が浮上してきている。


 それは最上家との関係だ。


 現在の当主である最上義光は大宝寺家と敵対関係にあり、虎視眈々と庄内地方を狙っている。


 史実における義光の勢力拡大の動きを踏まえれば、俺と同じ目的である可能性が高い。


 義光も港町である酒田の町の価値を大いに理解していたからだ。


 物資の流通による巨万の富を齎してくれる港町は戸沢家と同じく、内陸に勢力圏を持つ最上家からしても是非とも欲しいだろう。


 酒田を目指していた義光に先んじた事は矛先を此方に向ける要因に成りかねない。



(最上義光……今の段階で戦うには荷が重過ぎる。領地を接していないのが唯一の救いだな)



 幸いにして現状の段階では最上家とは領地を接しておらず、小野寺家が壁といった形になっている。


 だが、小野寺家は戸沢家とは宿敵といっても良い間柄で敵対関係だ。


 戸沢家と戦おうとは考えても、味方になろうと考える事はない。


 如何しても味方に引き込むのであればそれこそ、決戦を挑んで雌雄を決する事になる。


 由利十二頭を抑え、酒田を切り取った今の段階ならば充分に勝機はあるため、小野寺家と戦う事は視野に入れるべきだろう。



(だが……流石に盟友なしに複数の大名と戦う愚は避けたい。最上や安東が前提となるなら、津軽と上杉の両家が最有力候補だな)



 勢力が拡大したとはいってもまだ、小大名を脱却したくらいの勢力でしかない戸沢家では如何しても盟友が必要だ。


 現状で候補に上がるのは安東家と敵対している津軽家と最上家と因縁の深い上杉家。


 両家とも味方となった相手には律義であり、信頼も出来る。


 謀略を得意とする津軽家がやや怖いが、同じ敵を抱える事になる以上は敵になる心配はない。


 また、上杉家に関しては疑う必要性は皆無である。


 現在の当主である上杉景勝は先代の謙信を模範とし、義の文字を旗に掲げるという徹底した義将で卑劣な真似を嫌う。


 そのため、盟約を反故にするという事は絶対にあり得ない。


 津軽家以外で同盟を結ぶなら、上杉家が適しているだろう。



(……良し、方針は決まった)



 そう判断した俺は津軽家、上杉家と同盟を結び安東家、最上家に備える事を決断する。


 津軽為信と上杉景勝。


 謀将と義将。 


 両者共に全く異なる気質の人物ではあるが、安東愛季と最上義光という相手を踏まえればこれほど頼りになる人物はいない。


 出羽国が誇る武将にして、大勢力を持つ両者を相手にするには相応の人物達の力が必要なのだ。


 自分の力も万能ではない以上、それを補うだけの味方を得る事は生き残る上でも必須であり、大前提の事。


 飛躍する準備が整った今だからこそ、此処から先は尚更、意識していかなくてはならない。


 俺は改めて今後の脅威となるであろう安東愛季と最上義光の存在を意識するのであった。
















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