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夜叉九郎な俺(不定期更新)  作者: FIN
第1章 夜叉九郎、再逢
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第12話 為信の神謀





 ――――1579年3月






 俺が鎮守府将軍を称する事となって早、数ヶ月。


 季節も雪が溶け始める時期となり、俺が称した鎮守府将軍の名も大々的に広まりつつあった。


 だが、14歳になったばかりの若者が堂々と失われたはずの官職を名乗ったという事に多くの大名は馬鹿げた事であると考えていたらしい。


 嘲笑するかのように祝いの言葉を送り付けてきた者もいるくらいであった。


 しかし、余り過剰に反応されていないのは俺にとっては好都合である。


 鎮守府将軍は征夷大将軍と同じく、奥州にとっては大きな意味を持つ官職。


 官位としては従五位下と余り高くはないが、その名は決して小さくないものなのだ。


 だが、奥州の大名の全てが鎮守府将軍の名の意味を知っているからであろうか。


 俺が称しても若者の戯言であるとして、取り合わなかった。


 高々、家督を継承して1年程度の若者が称するには過大すぎる官職であるのが理由かもしれない。


 また、現状では鎮守府将軍の官職に最も反応するであろう浪岡北畠家は津軽為信によって既に滅ぼされているし、室町幕府も既に無実化している。


 征夷大将軍が役目を果たせない状態にある今だからこそ、鎮守府将軍を称したのであって、同時に存在していた時期としては南北朝という前例もある。


 頃合いとしても堂々と名乗る事が出来る貴重な機会だ。


 それを態々、逃す理由もない。


 俺が鎮守府将軍を称したのは今しか時がない可能性がある事を考慮しての事なのだ。


 しかし、俺に対する周囲の評価は満安を降したという点を除いてはそれほど評価はされていない。


 満安と一騎討ちを演じ、大曲の戦に勝利した事は俺の武名を確かに奥州に広めてはいる。


 だが、評価するにはまだ早いというのが実情だろう。


 家督を継承して僅か1年。


 年は漸く、14歳になろうというばかりの俺はまだまだ器量が読めないという段階。


 これでは評価するのも難しいだけだろう。


 尤も、一部の人物を除いてだが――――。
















「戸沢盛安殿が鎮守府将軍を称したようだな。祐光は如何思う?」


「はっ……私見を申しますれば、盛安殿は良きところに目を付けられたように思えまする」



 盛安が鎮守府将軍を称した事を嘲笑する事なく、評価するべき事として断じているのは津軽為信と沼田祐光。


 奥州の大名の中でも抜きん出た洞察力と智謀を持つ為信は盛安が無意味に鎮守府将軍を名乗ったわけではない事を明確に理解していた。



「ふむ、祐光も俺と同じところに目を付けたか……。幕府と征夷大将軍の双方が無実化した今になって鎮守府将軍を名乗ったのは良い頃合いだ。


 鎮守府将軍は征夷大将軍が役目を果たしている限りは存在出来ないからな。それに盛安殿が躊躇いなく称したのも俺が浪岡を落とした事が理由の一つだろう」


「はい。殿が浪岡を滅ぼした事により、異を唱えるであろう北畠顕村もこの世にはおりませぬ。気兼ねなく称する事が出来る頃合いと見ても間違いはないでしょうな」


「それを見極めるとは……やはり、盛安殿は只者ではないか」


「そうですな。しかしながら、只者でないからこそ盟を結ぶ価値がありまする」


「うむ」

 


 考えを同じくする祐光に為信は頷く。


 盛安が鎮守府将軍を称したのは従五位下という高いとはいえない官位相当の官職でありながらも奥州にとっては強い意味を持つという事。


 室町幕府が政権としての形を失った今なら鎮守府将軍とは対極に位置する征夷大将軍が無実化している状態となっているため、称する事が可能であるという事。


 嘗て、鎮守府将軍に就任していた北畠顕家の家柄に繋がる浪岡北畠家が滅亡しているという事。


 恐らくではあるが、盛安がそれらの全てを理解している可能性は非常に高いと為信と祐光は踏んでいた。


 しかしながら実際に彼らの予測は全て事実であり、盛安の目論見は津軽為信と沼田祐光の2人には全て看破されていたといっても良い。



「鎮守府将軍の件に関してもこれは盛安殿が独断で考えられた事でしょう。彼の前田利信殿とてその考えには至りますまい。


 彼の人物は戸沢家の中でも一門衆を除けば最も若い重臣ではありますが、既に壮年の域に達しつつある彼の人物が賭けに出るとは考えられませぬ。


 大胆にして、新しい発想を躊躇いなく出来るのは若さ故の特権でしょう。矢島満安殿を降した手腕といい、疑うまでもないかと存じます」


「……俺の思うところと一致するか。ならば祐光よ。そろそろ、盟約を結ぶ頃合いが近付いてきたと見ても良いな?


 盛安殿が矢島を降し、更には由利十二頭の一部を下したとなれば次の標的は小野寺か庄内方面へと絞られてくる。


 狙いは酒田の町を取るか、小野寺と雌雄を決するか、はたまた両方を狙っているか。何れにせよ、これで盛安殿の器量も明らかになるであろうよ」


「そうでございますな。殿の仰られる通りであるかと存じます」



 更には盛安の次の狙いすらも為信と祐光は看破する。


 由利十二頭の一部を下した事で戸沢家の影響力は確実に由利郡への影響力を持つに至っている。


 大曲に重臣である前田利信を置き、由利に十二頭の中でも最大の力を持つ矢島満安がいるという現状は戸沢家有利に傾いていた。


 残る十二頭の勢力では戸沢家の後ろ楯を得た満安を打ち破る事は困難を極めるのである。


 そのため、由利十二頭は最上家か小野寺家のどちらかを頼るしかない。


 もし、増援を求める上で現実的なのは戸沢家と領土を接する小野寺家であろうか。


 元より、敵同士である小野寺家ならば戸沢家の増長を面白く思うはずがない。


 それに小野寺家に近しいはずの満安までが盛安の陣営に加わったのだ。


 出羽北部において、劣勢になりつつある事には気付いているだろう。


 戸沢家と小野寺家が戦うのもそれほど遠い先にはならないと思える。


 また、盛安が目指しているであろう酒田の町に辿り着くには由利郡を通るしか道はない。


 出羽国の庄内地方にある酒田の町はちょうど由利郡の南側にあり、由利郡を抑えなくては自由に指示を出せるほどの影響力を持つ事が出来ない。


 盛安が由利十二頭を切り取り始めたのも酒田の町を目標としていると踏まえれば不自然ではないのだ。


 それに盛安の家臣である前田利信は由利十二頭の一つである赤尾津氏と羽川氏とは数十年に渡る因縁を持っている。


 戦端を開くにしても始めから準備が出来ていたと見ても可笑しくはない。


 盛安は自らの置かれている状況に一早く手を打ち、動いていたといえる。


 為信は盛安の意図を尽く読みながらも、明確に評価していた。
















「祐光と俺の考えも一致している故、盛安殿が小野寺または庄内地方を抑えた後に盟約を結ぶ方針でいく」


「畏まりました」



 盛安の意図を読み取り、先の動きを予測した為信は今後の方針を明らかにする。


 戸沢家が小野寺家との雌雄を決するか、酒田の町にまで迫る頃合いを見て盟約を結ぶ。


 または、その両方を一気に得る事になったとしても同様に盟約を結ぶ。


 何れにせよ、安東家と敵対し、南部家にも因縁がある戸沢家とは歩みを共にする理由はあれど、戦う理由はない。


 同じ敵を持つ者同士として、為信は一早く盛安の動きに着目していた。



「しかしながら、それを行う前に我らはあの方にこの方針を伝える必要がある。同意を得られるか得られぬかは解らぬがな」


「……確かに。なれど、あの方には伝えておかなくてはなりますまい」



 だが、盛安に着目しているとはいっても、為信には秘密裏に通じている人物が存在する。


 寧ろ、その人物との関わりがあったからこそ思い付いた策もあるくらいだ。


 特に南部家の重鎮である石川高信を討った時と浪岡北畠家を滅ぼした時は彼の人物の運用する軍勢の運用方法が頭にあったが故に大胆な策を練る事が出来た。


 為信にとっては恩人ともいうべき人物であり、自身がまだ津軽の地へ流れ着く前に世話になった事がある人物でもあった。



「現状では流石に南部と安東の両家を同時に相手にする事は出来ない。例え、戸沢の力を借りる事が出来るようになったとしてもだ。


 安東と敵対する者として大宝寺と一応の盟約を結んでいる形ではあるが、戸沢が庄内の酒田の町へ影響力を伸ばそうとしている現状では余り良くはない。


 大宝寺については安東と南部に備えるという理由を以って暫しの間、黙殺するのが上策であろうな」


「はい、殿の申される通りであるかと存じまする。大宝寺よりも戸沢の方を盟友とするべきと解っている今はそれしかありませぬ。


 されど、殿は安東とは全面対決を望んでも南部とはこれ以上、事を大きくしたいとは思ってはおりますまい」


「……ああ。南部から津軽の地を完全に独立させたいとは思っておるが、あの方とは出来れば戦いたくはない。大恩もある故な」


「なれば、あの方には然と伝えねばなりますまい。戸沢と手を結び、安東に備えると」


「……それしかあるまい。後は彼方の判断に任せよう。恐らく、あの方ならば俺の意図も理解出来る」


「そうですな。あの方を信じましょう」



 為信と祐光はそのとある人物に判断を委ねる事を決断する。


 とはいっても、津軽家の方針としてはあくまでも戸沢家と盟約を結ぶ方針であり、委ねるのは為信の選んだ道を如何見るかだ。


 為信にとっては師ともいうべき人物であり、祐光も一目置いている彼の人物はそれを委ねるに値するだけの力がある。


 しかしながら彼の人物は南部家中にあり、敵対している現在は秘密裏にしか繋ぎを取る事が出来ない。


 だが、敵対していながらも繋ぎを取ってくれる事を踏まえれば中々にしたたかな人物であるともいえる。


 それ故に智謀に長ける為信とは馬が合うといっても良いのかもしれない。


 また、彼の人物が率いる一党は南部家の中でも屈指の精強さを誇り、奥州でも随一との呼び声が高い強力な軍団だ。


 自身もその軍勢を手足の如く動かすだけの采配の持ち主であり、時には予期せぬ形で軍勢を運用する。


 陸奥国一の豪の者であり、戦の駆け引きにも長けている人物で奥州を代表する猛将として名を轟かせている。


 彼の人物は出羽国一の豪の者として名高い、矢島満安にも匹敵するだろうと為信はそう見ていた。


 石川高信を討ち、北畠顕村を討つ事で陸奥の国で一気に名を上げるまでに至った津軽為信。


 その為信がこれほどまでに信頼を置き、武将として尊敬している彼の人物――――。
















 その名を――――九戸政実といった。
















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